⑭斡旋所
「まあ、どこも同じとは限らないから、ここは大丈夫なんじゃないか?」
そう言うとハンスは平然とエレナを伴いながら、次の斡旋所の扉を開けた。
夕暮れの陽射しを背に受けて中に踏み入ると、先程の場所とは違い静かな室内に二人はホッとする。しかし、自分達は仕事を求めてやって来たのだから、安心していても意味は無い。そう思い直し、誰か出てこないかと声を出そうと口を開いた瞬間、
「おや、お二方とも見ない顔だね。今日ここに着いたばかりかい?」
丁重な口調と共に、肩に掛かる髪を揺らしながらハンスよりやや年上に見える女性が現れ、カウンター越しに二人を出迎えた。
「は、はい……その、仕事を探してまして……宜しければ、色々とお話をお聞きしたいんですが……」
先程の一件もあり、エレナが慎重に言葉を選びながら訊ねると、襟元を締めた白いシャツを着たその女性は彼女の態度から何かを読み取ったらしく、
「……ふむ、何かあったようだね。まあ、今日はご覧のように暇だから、気兼ね無くお話を伺うよ」
ややハスキーな声で丁重にそう言うと、二人に座って話すように脚の高い椅子を勧めると、自分もカウンターの向こう側に置かれた椅子に腰掛けた。
「……成る程ね、あそこは質の悪い所だから、あんまりお勧めはしないよ。何せ、獣従士に妙な因縁を付けたがる奴がふんぞり返って居るような所だから、ね」
ハンスとエレナから話を聞いた彼女はそう言うと、懐かしむ目付きでエレナとハンスの顔を眺めてから、
「……君達はテイマーになってまだ日が浅いみたいだけど、使役獣は町の何処かで待たせてあるのかい? この近くなら馬丁頭のハリーの店辺りだろうけれど……」
そう言って二人の返答を待った。しかし、エレナとハンスの答えを聞いた彼女は、不意に固まってしまい暫く何も言えなくなった。
「あの……私のテイム・ビーストは……こちらのハンスさんなんです」
「……騙すつもりはなかったが、彼女の言う事に間違いはない。さっきの店で大立ち回りをした使役獣は、自分だったんでね」
「……それはまた信じがたいが……本当かい?」
流石に面食らったのか、肩に掛かる髪を指先で触りながら漸くそう言うと、ハンスの顔をまじまじと眺めた。
「ええ、その通りです。これでお分かりになると思うんですが……」
ハンスはそう言うと彼女に提げていた銀獅子のメダルを見せた。
「……確かに本物の銀獅子だね。ねえ、お二人さんは【銀獅子の印】がどんな意味を持っているか、ご存知かい」
そのメダルを一目見て理解した彼女は、申し遅れたがアルベルナだと名乗ってから、二人に獣従士と使役獣にのみ与えられる【銀獅子の印】について話し始めた。
……まだ、この国が古い体質の王世襲制を維持していた頃、一人の世継ぎ候補が生まれたんだ。四番目の側室の長男だったが、彼に兄弟は居なかった。他の世継ぎ候補達は最も後に生まれた彼に「何もしなければ何もしないが継承争いに加わるなら命は無いと思え」と忠告した。つまり、お前に参加権利は無いと注げた訳さ。
……でも、彼は元服すると同時に他の候補達を順番に粛清し始めたんだ。慌てた候補達は彼を倒そうとしたが……返り討ちにされた。怖いよね、腹違いとはいえ、彼は兄達を一人づつ徹底的に滅ぼしていったんだ。
……その彼に従っていた獣従士と使役獣に、一対のメダルが授けられたんだ。それが【銀獅子の印】さ。刻印されているのは左右別々の方を向いた一対の銀獅子で、その意味は【どんな困難も対となり全力で退ける】だそうだ。一人きりじゃなくて、一人と一頭で常に先陣を切り、道を切り開いてくれ、って願いが籠められる……そうだよ。
「……アルベルナさんって、随分とテイマーについてお詳しいんですね。もしかして、アルベルナさんも……?」
エレナの問いに、ほんの僅かだけ寂しそうな表情を見せつつ、彼女は二人に自らの【銀獅子の印】を見せた。
「……あのカッコ付けはね、いちいち小難しい理屈を捏ねないと、頼み事一つも出来ない不器用な奴だったんだ」
「えっ!? 中央都市って昔から王制だったんですよね……?」
昔を懐かしむようなアルベルナの言葉に、エレナはまさかと言いたげな表情になるが、
「……君って案外失礼な奴だね。でも、私も彼もそんなに年寄りじゃないよ? こう見えても、まだ三十路前なんだからね……」
アルベルナは言い終えて少しだけ拗ねた表情を見せたものの、しかし直ぐにニコリと笑って提案した。
「そんな訳だから、二人共この国で仕事を探しているなら、是非ここで探さないかい?」
そして、そう言いながら手を差し出して来る。無論、エレナも断る理由は見当たらない。
「は、はい! 改めまして、エレナです! これからも宜しくお願いします!」
「……自分は、ハンス・ウェルナー。元ドイツ陸軍戦車兵伍長だ。今は訳有って、エレナさんの使役獣をしているが……宜しく」
自らの手を重ねながら握り、明るく受け答える彼女に続き、ハンスも自己紹介をした。