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⑬光と影



 「また来てねーっ!!」

 「ああ、近いうちに再び……必ず来る!」

 「ご馳走さまでした!!」


 ハンスとエレナは誠に旨い料理を堪能し、支払いを終えて喜びに浸りながら店を出た。ここは是非とも又来たい、そう思った二人が同時に振り向いて看板の屋号を見上げると、


 【 クエバ・ワカル亭 】


 流麗な殴り書きでそう記されていて、ハンスは知らぬ内に笑みを浮かべてしまう。


 「……ここの店主は少し変わり者みたいだが、料理は実に旨かったな」

 「ええ、また来ましょう」


 同様に微笑みながら、エレナも快く同意して店の前から街の雑踏へと紛れて行った。良い店に巡り逢えた事で、二人はこれからの展望に希望が見えてきたのだが……幸も不幸も表裏一体、なのだろう。





 


 「あの、ハンスさん……ごめんなさい……」

 「エレナさん、君は悪くない。謝る事は無いよ」


 二人は半壊した建物から抜け出すと、その場から立ち去った。


 (……しかし、ビースト・テイマーとは人により随分と評価が変わるものだな)


 ハンスはそう思いながら振り向き、今さっきまで居た【斡旋所】の看板が、ガタンと音を立てて壁から落ちるのを眺めてから、他を当たるしかないかと溜め息を吐いた。





 ……その数刻前。


 「ハンスさん、ここにしましょう!」


 エレナが彼に促した先には、【斡旋所】と銘打たれた看板が張られた建物があり、内から人のざわめく気配が漂っていた。


 ハンスにとって、右も左も判らぬ土地で彼の案内をするエレナは、年齢こそ離れ年下ではあったが、頼もしい存在である。しかし、実際は彼女も彼と同じように新しい環境に出たばかり。まだ気負いが先立って小さな機微を見逃す事も有る。


 彼にはその建物から聞こえる会話の端々に、荒れた戦場で垣間見られる独特の気配が漂っているように思えたが、


 (……まあ、街中で揉め事が頻発する訳もなかろう)


 と、楽観しながら彼女の後に続いて中へと踏み込んだ。




 「……仕事だって?」


  その中でハンスの目に最初に写ったのは、カウンター越しに男に向かって話し掛けるエレナの後ろ姿と、両脇の壁近くに置かれたテーブルを囲む男達が、エレナの姿を眺めながら小声で何か呟く様だった。


 (……見掛けねぇ顔だな)

 (大方、出てきたばかりの田舎娘ってとこだろ)

 (しかし、悪くない面だな)

 (……ちと若過ぎやしねぇか?)


 伝え聞こえる会話の中身は、彼女の外見の印象を囁く声ばかり。そのせいで妙な居心地の悪さを感じるハンスだったが、黙ってエレナの傍まで歩を進める。


 「……壁に貼ってあるだろ、好きなのを選びな」


 カウンターの向こうに陣取る男はそう言うと、エレナの顔をじろりと眺めてから、


 「ただ、あんたが出来るような()()()()が有るかは、保証しないがね」


 嫌味を込めてそう呟くと、エレナの傍に立つハンスに気付く。


 「……なんだ、連れが居たのか……なあ、あんた。その嬢ちゃんの()()()かい?」

 「いや、飼い主ではないが……」


 男の無遠慮な言葉に思わず返答しかねると、相手は再びエレナの顔を眺めてから、


 「ふーん、まあまあ見られる顔だな。だったら向こうの仕事から始めたらいいんじゃないか?」


 そう言って反対側に貼られた数枚の紙を指差したが、エレナはその紙面を見ると表情を急変させた。


 「あの……御酌の相手とか、夜の仕事ばかりなんですが……」

 「ああ、そうだぜ。あんた、まだ客を取って商売するには慣れてないだろ? いきなり身売りするより軽いのから始めた方が……」


 どうにも話の中身が怪しげな気配を漂わせ始めた為、ハンスが割って入る。


 「おい、ここに獣従士(ビースト・テイマー)が請けられる仕事は無いのか?」

 「……なんだ、二人とも獣従士だったのかよ。そうならそうと、さっさと言いやがれって」


 男はつまらなそうに言うと、後ろの棚から乱雑に書類束を抜き取り、エレナの前に放り投げた。


 「ほらよ、ここで獣従士が請けられるのはそれだけだ。読んだら手数料を寄越しな」


 酷い物言いだと思いつつ、ハンスは紙面を捲って内容を確かめる。しかし、中身は屠殺した家畜の残滓処理や、飲食店から出された廃棄物の回収といった、典型的な忌み嫌われる類いのものばかりである。


 「おい、これはいくら何でも酷いぞ」

 「ああ? 何言ってんだよ……戦場以外で獣従士が出来る仕事なんざ、人が嫌がる事を()()()()にやらせるのが相場だろ?」

 「……。」


 粗野な言葉にエレナが思わず口を閉ざす中、ハンスは男が言った内容を理解し、複雑な気分になる。


 人より優れた力や能力が有るにせよ、獣は獣でしかない。戦う事をしないなら、町の中で使役獣(テイム・ビースト)が担う仕事は、人が忌み嫌う内容に片寄るのも致し方無いだろう。


 そう思ったハンスだったものの、男が放った次の一言が、一気に彼を怒りの只中へと向かわせたのだ。


 「……で、あんたらの使役獣共は、ちゃんと鎖で繋いであるんだろうな? 町の中で暴れられたら迷惑だからよ……」


 ああ、そうなのかとハンスは男の真意を悟り、静かに息を吸いながらカウンターの端を掴んだ。


 「……ハッキリ言っておくが、彼女の使役獣は……()()()だッ!!」


 言い終えると同時にバキッ、と大きなカウンターを床から引き剥がして男ごと持ち上げ、軽く振って相手を落としてから天井目掛け放り投げた。


 「……あ、あ、ああ……銀獅子の紋ッ!?」


 男が床に落ちたその拍子に、ハンスのベルトに提げてあった銀獅子の紋章が見え、思わず叫ぶ。


 「……行こう、エレナさん。ここにはろくな仕事がなさそうだ」

 「あっ!? ええ……は、はい……」


 建物の天井に突き刺さったカウンターがグラリと揺れ、慌てて男が逃げると同時に彼が元居た床の上へと落下するが、ハンスは意に介さずエレナを伴って外へと出た。





 「……エレナさん、だから、あまり気に病む事は無いさ。たまたま悪い場所に鉢合わせしただけだろう」

 「……そうですね、ありがとうございます……」


 すっかり意気消沈してしまったエレナを励ましつつ、ハンスはどうしたものかと思案した。


 と、やや傾きかけた日の光に照らされた一軒の建物があり、そこに先程の看板と同じ文字が記されていた。ただ、その入り口から中を見ても人の気配は感じられず、活気も喧騒も見受けられない。


 しかし、ハンスは妙に気になってしまい、エレナに向かって其処を指差しながら、


 「あそこはどうだろう、先程よりは静かだが行ってみないか?」


 そう言ってエレナを促した。



 

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