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⑨格付け試験



 中央都市の街に着いて早々に、衆人環視の元でエレナに秘密(と下半身)を晒したハンスだったが、彼女の思い込みによって、自らの異常性は予想より穏やかに受け入れられたようである。その証拠に、エレナの態度は村を出る前と余り変わらなかった。


 「ハンスさん、今夜の宿を探しましょう!」


 照会所を出て歩き出して直ぐ、彼女にそう促されたハンスは中央都市の街の中を見回してみる。そこでふと気付き、エレナに聞いてみる。


 「……そう言えば、何故俺はあの字が読めるんだ?」


 彼は近くに建っている店の看板を指差し、その見慣れない筈の字が【皮革道具店】とはっきり明記されているのを理解しつつ、その書体が一度も見た記憶の無い異国の文字だと判る、明らかな違和感について尋ねてみる。


 「ええ、それは私を介して判っているんですよ。ハンスさんと【主従関係】の私から、色々な知識が伝わっていますからね」

 「そりゃ便利だが……もし、離れ離れになった時はどうなるんだ?」


 ハンスはその答えになるほどと思いつつ、この先にどんな事があるか判らないからこそ、明確にしておきたかったのだが、答えるエレナの声は僅かに憂いを帯びていた。


 「……距離が離れれば当然ですが、互いの繋がりは薄まります。余り遠くに行くと、意志疎通の効果も無くなり……言葉も通じなくなります」


 そして、更に続くエレナの説明は、二人の関連性が【獣従士(ビースト・テイマー)】と【使役獣(テイム・ビースト)】の間柄である事を物語っていた。


 「……それに、繋がりが薄まれば……【主従関係】そのものが消えてしまい、そうなったら私とハンスさんが再び出会っても……何も起きないでしょう……」

 「……そうか……つまり、俺は君と離れてしまったら、二度と元に戻れないのか。まあ、その()()()()()()()


 しかし、ハンスの返答を聞いたエレナは、語尾の言葉に沈みかけた表情を留めた。


 ハンスにとって、今までの五年間は国を護ろうとして戦争に参加してきたが、対象がエレナ一人に変わるだけ。そう思えば何の問題も無い上に、国を護るという広大で漠然とした目的より、目の前に居る女性一人を護れば事足りるのだ。


 (……それに、若くて綺麗な娘さんだ。張り合いも違うってもんさ)


 そう思いながらハンスがエレナの顔を見ると、彼女と視線が合う。その眼差しが真っ直ぐハンスへと向けられたので、思わず恥ずかしくなり逸らしそうになるが、エレナの眼元に涙の粒が光り、慌てて取り繕う。


 「あ、勿論この先ずーっと、て訳じゃないよ……君が新しい相棒を見つけるまでって、意味だからさ……」

 「いえ! それは判ってます! でも……何だか嬉しくて……」


 彼女も慌ててフードを被り、顔を隠すようにしながら口ごもる。どうにもお互いの話が上手く噛み合わなくなりそうで、ハンスは話題を変える事にした。


 「あー、その……それで、エレナさんはどんな仕事を探すつもりかな?」

 「……そうですね、まだ初心者ですから……ハンスさんに護衛して貰いながら採取に行ったり、隊商のスカウトに雇って貰うような仕事なら、私にも向いているんじゃないでしょうか」


 エレナの話を聞いたハンスは、自分より遥かに若い彼女が独り立ちしようと職探しする事は応援したかったが、


 「他にも仕事はあるだろう、そういうのはやってみないのか?」

 「……そうかもしれませんが、小さな頃から【獣従士】になる為に頑張ってきたので……今は他の事は考えられません」


 当然のように返されて、夢を叶える為に尽力してきたのなら、仕方がないかとハンスは納得するしかなかった。




 質素な宿(無論相部屋だった)で一晩を明かした二人は、宿の食堂でパンとスープのみの質素な朝食を済ませると宿を出た。


 「今日はハンスさんの【使役獣(テイム・ビースト)】としての能力がどれだけあるか……試験するんですが……」


 エレナの浮かない表情を見てハンスは手を振りながら、


 「気にしなくていいさ、どうせ走ったり何かすればいいだけなんだろ?」


 気楽そうな雰囲気を見せ、彼女を安心させようとする。しかし、エレナの言葉にハンスは振っていた手を停めた。


 「……いえ、もっと単純です。きちんと会話が出来れば一つ目は終わりなんですが……二つ目はちょっとした模擬戦闘をします。但し条件は()()()()()()()……です」


 「……身に付けず……?」





 試験と聞いてはいたが、ハンスの想像していたような会場もなく、前に訪れた身元検分所の裏庭であっさりと始められた。


 「……異例中の異例ですよ、今回だけはね」


 そう言いながらハンスの着衣を入れた(かご)を眺めた試験官(例の検分係官では無かった)は、続けて下着姿のハンスに向かって呟く。


 そもそも、ある程度の知能が有れば、何かの道具を使って本来以上の能力を偽る事も出来る。使役獣とて様々な生物が居るからこその決まりだったが、ハンスのようにどう見ても人間の使役獣は居なかったのだから、仕方ない。


 会話が出来るか否かの試験に難無く合格したハンスが、それなりの交渉を経て男性係官の前で一度全裸になり、それから下着だけ身に付ける許可を得られたのだ。


 「ええ、そうでしょうとも……それでは次は何をすれば?」


 朴訥(ぼくとつ)な質問を投げ掛けるハンスに、係官は一本の棒を差し出して一言。


 「では、これを折ってみてくれ」

 「……これを? 判りました」


 棒を受け取ったハンスは手に持って確かめてみる。長さは両手の端から端まで有り、持ち重りの感触から(かし)に近い種類の木だろうか。固く締まりなかなか頑丈そうではある。


 ハンスはその棒を持って建物の壁際まで歩み寄り、斜めに立て掛けると足を上げて踏み降ろした。


 乾いた音と共に棒は容易く折れ、真っ二つになる。二本に別れた棒を掴むとそのまま歩いて戻り、係官に手渡した。


 「折れましたよ、これでいいですか?」

 「……ああ、確かに……折れとるな」


 係官はそう言いながら受け取るが、その表情は明るくなかった。ハンスは裸足のまま蹴り折ったのだが、木とはいえどかなり丈夫で簡単には折れない部類の太さである。


 (……何か問題があったのか?)


 ハンスは係官の奇妙な反応に困惑するが、そのまま次の試験は続けられた。





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