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始まりの章



 なだらかな日差しの元、低い下草が棚引く風光明媚な丘陵地帯。その平穏な景色の真ん中に、黒いシミのような縦穴が石組みの下にぽかりと口を開き、その中から人とも獣とも思える醜悪な声がざわめいている。


 と、まるで生首のように(あなぐら)から髪も無く目付きの悪い顔が突き出すと、周囲の様子を用心深く眺めてから、引っ込んだ。


 ……ゴブリンである。


 低級な魔族と言えど、徒党を組んで襲い掛かってくれば、侮れない敵である。錆びた剣や棍棒、石突きの取れた槍等の戦利品を手に殺到し、相手が自分より非力ならば容赦なく打ち倒すだろう。


 そんな粗野な暴力の象徴たる彼らが、誘き出されて巣穴の外に再び顔を出すと、人間の娘と男の二人連れが付近の茂みに隠れていたのか、ゴブリンを挑発するように姿を見せたのだ。


 娘の方は魔法を使うような服装だが、杖の類いは持っていない。男の方は黒い服を着ているが鎧も目立つ武器も携行していない。流石にゴブリン達にも怪しいと感付く者がぼちぼち居たものの、食欲と性欲に支配された無鉄砲な奴が一目散に駆け出せば、一人また一人と後を追い掛けて飛び出していった。


 「おっ、おっおっ!! おんな"ぁっ!!」

 「あばっ!! おれんだぁっ!!」

 「いちばんがきめるだぁ!! おれだらぁ()()()()()やるだぁ!!」


 口々に叫びながら武器を振り回し、二人連れに向かって殺到する彼等が、数瞬後に辿り着いて男を切り刻み串刺しにし、娘を引き剥いて巣穴に押し込めるのは容易いだろう。


 そんな状況にありながら、獣従士(ビースト・テイマー)のエレナは腰の短刀に手も伸ばさず、ただ連れの男に向かってゴブリンの群れ目掛け指差しながら、叫ぶのみ。


 「は、ハンスさんっ!! ()()()()にお願いしますっ!!」


 エレナの懇願は受け入れられたようで、ハンスが即答する。


 「……よし、判った。それじゃエレナは()()()で……頼む!」


 ハンスはそう言うと、カチャカチャとベルトを外してズボンを降ろし始め、エレナは顔を真っ赤にしながらゴブリン達に背を向けた。


 「あ、あの……早めに終わらせてください……」


 エレナの恥ずかしげな表情と言葉は、場所が違うなら実に意味深長だが、残念ながらここは二人だけの空間ではないし、ゴブリン達も一瞬だけハンスの動きに戸惑ったが走りを鈍らせる事は無かった。


 「敵に背を向けるのって、結構怖いんで……」

 「……ああ、判ってる……俺も似たようなもんだ……」


 二人は互いに顔を合わせないまま、そんな事を囁いているが、ハンスは下半身を既に露出していた。



 ……ハンスは下半身を既に露出していた。


 そうである!! その時ハンスは下半身に鎮座する【鋼鉄に包まれたミニチュア版の()()()()()()()()()()()】を露出していたのだ!!


 そして、そのまま砲塔に搭載された88ミリ(実際はそこまで巨大ではない)砲をぐいっと突き出し、


 「……目標っ!! ゴブリン小隊っ!!」


 そう叫びながらぐりんと腰を動かすと、ゴブリンに正対したまま()()を少し上向きにする。


 「……砲弾選択、破砕榴弾っ!!」


 ハンスが叫ぶと同時にカチンッ、と砲塔内から歯車が噛み合う音が響き、砲弾庫から赤い印の付いた榴弾が選び抜かれ、ガシャンと砲尾が後退し薬室が露出する。


 「……同軸機銃っ、一掃射っ!!」


 ……と、砲弾が自動装填される間に砲身脇のMG34機関銃がババババッと咆哮を上げ、先頭のゴブリン達に容赦無く銃弾の雨を叩き込む。


 「あっばっ!? いでぇえぇ……」


 ミニチュアと言えど、放たれる弾丸は本物である。いや、サイズから見れば過大な威力を発揮した弾丸を多段に浴び、パパパッと撃たれた所から血煙を放ちながらゴブリンが次々と足を止める。


 「じゃまだらぁ!! おらあっ!!」


 負傷した仲間を後ろから蹴り倒し、踏み潰しながら後続のゴブリンが遂にハンスの数歩先まで迫った瞬間、



 「……情け無用っ!! 零距離射っ!! 発射せよ(フォイヤァーッ)!!」


 ハンスの絶叫と共に砲弾が発射される。砲腔内に刻まれたライフリングで旋回しながら前進し、大気を押し破りながら砲弾は一瞬で超音速に到達する。遅れて砲身前部のマズルブレーキから燃焼ガスが放出された後、


 「……はうっ!?」


 ……砲身がハンスのデリケートゾーンを、激しく叩いた。



 しかし、そんな彼の苦渋に満ちた表情を余所に、88ミリ砲から放たれた榴弾は目標のゴブリンの手前に着弾し、扇状の破砕片と燃焼ガスを容赦無く撒き散らす。その破片は走り寄るゴブリン達に到達し、頭を、腕を、足を腹を腿を首を指を次々と引き千切り、情け容赦無く吹き飛ばす。


 そして仕上げとばかりに燃焼ガスが彼等を飲み込み包み込み、業火と熱波で体表をそして呼吸器や眼球そして臓腑に至るまで焼き尽くし、周辺一帯を焦げた肉と骨の海へと変えた。



 「……うう、痛いって……何故に()()()()()に付けたんだよ……有り得んぞ全く!!」


 ハンスは痛みを和らげる為に腰を回しながらズボンを引き上げ、ベルトを閉めながらブツブツと愚痴りつつ、顔を背けて居たエレナに報告する。


 「エレナさん、戦闘終了しました」

 「あっ、終わりまし……た、ね……」


 振り向いたエレナは、ゴブリンの血の海と化した荒野に目を向け、表情を曇らせる。


 敵対していたとは言えど、彼等にも命は有る。それを容赦無く刈り取る無情の鉄の虎……ティーガー重戦車と一体化したハンスは、果たして本当に彼女の【テイム・ビースト】なのか。


 一瞬だけ、そんな想いが脳裡を過るが、エレナはそれを口にはしなかった。


 「ええっ! 終わりましたね!! さ、早く済ませて帰りましょう!!」


 努めて明るく振る舞いながら、腰に提げた短刀を抜き、少しだけ顔をしかめつつゴブリン達の耳朶(みみたぶ)を切り取ろうと歩み寄るエレナだったが、


 「……汚れ仕事は、任せてくれて構わん。それが俺の務めだからな」


 そう言うとハンスが彼女を手で遮ぎりながら自分の短剣を抜き、ゴブリンの死骸に近寄ると耳朶を切り取り始める。その彼の手に収まる短剣には、鉄十字の紋章が刻み込まれその刃の峰に、ドイツ語でこう(しる)されていた。



 【 我が命は祖国(ハイマット)の為に 戦車を以て戦友と共に 】




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