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9話

大変長らくお待たせしました。

 昨夜は双葉にとって、かなり充実した時間を過ごした。一晩たったのに白鳳(はお)の言葉が頭の中でずっと回って離れないから……。


(言われて嬉しかったから、長く残るのね)


 ほっこりした気分に浸り、ふぅっと優しくため息を着いた後。椅子に座っていた双葉はぽぉっと斜め上を見つめた。なんと言うか、今は気が抜けてしまっている。

 学校にいて、こんな気分になる事なんて無かったのに。


「せんせ、せんせーってば。双葉せんせ」

「ッッ。ご、ごめんなさい。えと、なにかしら?」


 無意識に昨日のことを考えてしまって、正直他のことに身が入らない。気持ちを切り替えないと、心の中で自分を叱ったあと、話しかけてきた生徒に双葉は話かえした。


「あの、えと。今日の部活動のことを聞きたいんですけど」

「え、あぁ。そ、そうね。えと、今日は……」


 けれど、なんだか集中できない。やはり昨日の事が頭の中に残ってしまう。白鳳と過ごしたあの時間。

 自分の悩みに向き合ってくれて、力になると言ってくれた。そして、あの後食べたラーメンの味は絶対に忘れられないし、今思い出しても涎が出てしまう。


(ホントにしっかりしないと!! 生徒の前なのよ)


 流石に気が緩みすぎだ。シャキッとしないと。そう自身を叱った時、生徒が心配そうに見つめつつ問いかけて来た。


「あの薄木先生、なにかありましたか? 思い悩んだ顔をしてたけど。もしかして風邪でもひきました?」

「別に何事もないわ。あと、風邪なんて引いてないから安心して」


 生徒の目というのは時に恐ろしく感じる。しっかりと先生を見つめて、考えている事を当てたりするから……。

 けれど、これは双葉自身の問題だ。生徒に言う訳にはいかないし、バレる訳にはいかない。


(既に輝竜院さんにはバレてるのだけど)


 と、そんな事を考えた時。1人の生徒が冗談っぽく言ってきた。


「せんせー、もしかして好きな人でも出来ましたかぁ?」


 クスクス微笑みながら冗談っぽく言う生徒。それに対して双葉は明らかに誤解されると言うのにビクッと震えてすぐ様首をふるう。


「なっ、何を言ってるのよ。変な事を言わないで」


 キッパリと否定する双葉だけど、それだけでは生徒達は引きはしない。双葉のその態度がより、生徒達の興味を掻き立ててしまう。

 絶対になにかある!! そう思い立ちニヤニヤと微笑みながら双葉を取り囲んだ。


「薄木せんせ。私たちに隠し事は通じませんよ」

「え? か、隠し事なんてないわ」


 何なのだろう、生徒達の勘は。的確に図星をついてくる。僅かに動揺はしたものの、双葉は直ぐに平静を保ちつつ冷静に返した。だが、それだけで生徒達は止まらない。


「ふっふっふっ、先生から感じるんですよ。(ラブ)の香りが!!」

「ッッ!? 恋の香り? い、一体なにを言ってるの?」

「普段は見せない思い詰めた顔を見せたのが何よりの証拠。先生はいま、恋をしている!! 間違いなーい!!」


 謎に格好いいポーズをとり、ニヨニヨ微笑んで先生を追い詰めていく生徒達だが。微妙にズレている。

 双葉は苦笑いしながらため息をして、生徒達に言った。


「変な妄想なんてしないの。今日の活動は、学校の周りを撮る事よ。はやく行きなさい」

「いやいやいや、コレばかりは譲れませんよ。恋愛絡みの話にはしつこく絡みますから」

「そーですよ。で、相手は誰なんです?」

「気になるなー」


 けれど、生徒達は詮索を止めたりしない。一度ラブの気配を感じればトコトン追求したくなってしまうのだ。

 部員全員がしつこく双葉に言い寄り、時に腕を引っ張り聞いてくる様に面倒くさく思ってしまう。


(学生特有の好奇心は恐ろしい。まぁ、変に勘ぐられるような仕草をした私が悪いんだけど)


 大きくため息を付いた双葉は、生徒達を引き剥がしてピシッと真面目な雰囲気で話した。


「変な詮索はお終い。はやく課題をしなさい、じゃないと怒るわよ」

「えーー」

「そうやって、先生の立場をフルに使って話題を逸らすのは卑怯だと思いまーす」

「そーだそーだ」


 部員達から不満な声があがるけど、双葉は気にしない。

 でも、部員から言われた"恋の香り"と言う言葉だけが引っかかった。


(生徒相手にそんな感情なんて抱かないわよ。絶対に)


 先日会ったばかりで、お互いに悩みの為に力になるとは言ったけれど。それ以上の関係にはならないだろう。

 それだけで教師としての立場上、危ない事をしているのに生徒相手に恋をしたら……その先は考えたくはない。


(まぁ。そんな事になる筈がないんだけど)


 だから、変に怖がる必要はない。生徒と過剰に関わってしまう事は気にしないといけないが……。


「あなた達なんでもない事を気にし過ぎです。気をつけなさい」


 双葉がそう言うと、部員達はつまらなさそうに口々に返事をした、丁度その時……。


(ぇ。輝竜院……さん?)


 双葉からしか見えない角度で、ちょこんと白鳳が写真部の部室を覗き込んでいた。双葉が自分を見ている事を確認した白鳳はなにやら身振り手振りで何かを伝えようとしている。わちゃわちゃと慌ただしく両手を動かすも、双葉は白鳳が何を伝えているのかが解らない。


(え、えと。んー……)


 深く悩んでしまう双葉、でも白鳳のその素振りが必死すぎるし、伝わらずに焦り始めたのか口を「あわわ」と言わんばかりに動かしているのが可愛いと思ってしまい双葉は暫く魅入ってしまった。


「あれ? 薄木せんせ、どうしたんですか?」

「っ。な、なんでもない」


 そりゃ、あらぬ方を見ていれば誰でも気になってしまう。部員の1人が不思議がって顔を覗き込まれて、咄嗟に視線を外した双葉。白鳳も出した顔を引っ込め、姿が見えなくなった。と、その時。漸く双葉は察した。


(輝竜院さんは私に会いに来た?)


 真意は分からないけれど、それっぽい気がする。

 だとしたら会うべきかも知れない。本来なら部活を指導しなきゃいけないけれど、白鳳に"私も力になる"と言ったから……。

 なんて考えてた時だった。


「あれ、外に誰かいるよー?」

「ッッ」


 部員の一人が白鳳の存在に気が付いた。その声に他の部員が集まり、早くも白鳳は見つかってしまった。


「えー、本当だ。誰かの知り合いかなぁ」

「あ、いや。あの、あわわわ……」


 わかりやすく慌てた白鳳は、部員達に「あいでおいで」と手を引かれ部室に連れてこられてしまう。

 隠れて来たのに簡単に見つかった白鳳は申し訳なさそうに双葉を見つめた。


(輝竜院さんを見られたからって何も困る事は今のところは無いから気にする必要はない、と思う……たぶん)


 双葉も、若干焦ったけれど。根拠も無しに大丈夫だと思う事にする。その合間に白鳳は部員達に話しかけられまくっていた。


「ねぇねぇ、君って中等部の娘だよね」

「え、えぇ。そうですわよ」

「わ、すご。お嬢様言葉だぁ、気品があるなぁ」


 何も知らない部員達は白鳳の気にしている事に触れてしまう。しかし、白鳳は慌てぶりから一変してお淑やかに微笑んだ後……。


「褒めていただきありがとうございます。でふが、先輩型の方が気品があります事よ?」


 爽やかに受け流し、周りに美しい百合の花が咲き誇る様な美しいオーラをまとい部員達を褒めていく。それを間に受けた部員達は「でへへ、そーかなぁ」と間に受けてしまう。


 なんと言うお嬢様オーラだろうか。本人は気にしているモノの長年演じてきただけあって、素晴らしいお嬢様っぷりである。

 それを言ってのけた後、しゃららんっと髪を撫でてみせ、双葉の方へ近づいていく。


「せんせ、少しお話がありますの。よろしくて?」

「へ? ぁ、は、はい」


 初対面な話し方をされた事に疑問を持ったけれど、関わりがあることを知られるのは不味いと思い、双葉は動揺しつつ白鳳の話にのった。

 その後「では、こちらへ」と白鳳に教室の外へと案内された。

 ここまでの白鳳の一連の仕草は完璧なお嬢様。美しくお淑やかな女性にみえた。双葉は純粋にスゴいと思ったけれど……。


「ぁぁぁぁぁぁぁぁ……。ぁぁぁぁぁぁ」


 教室を出てから、白鳳は足早に歩き両手で顔を隠した後。廊下の曲がり角を高速で曲がり屈んでしまった。


「やっちまいましたわ、やっちまいましたわぁぁっ。見ず知らずの人にっ、しかも先輩方にあんな言葉使いをぉぉぉぉっっ」


 双葉にしか聞こえない位の声量で悶える白鳳は恥ずかしさに悶えて赤面した。その直後、双葉を見て"屈んでくださいまし"と言うようなジェスチャーをとる。


「薄木先生っ。ワタクシ輝竜院 白鳳は先輩方にお嬢様言葉を話す痛い女と思われていませんこと?」

「へ? あ、えと。輝竜院さんに直ぐに連れ出されたからソレは解らないけど。あの娘達はそんな風に思っていないと思うわ」


 双葉が見て聞いた感じ"気品がある"と言ってたし。白鳳のお世辞? に正直にも喜び照れまくっていた。


「ほ、ほんとですの!?」

「え、えぇ」


 ズイッと双葉に顔を近づける白鳳。鬼気迫る表情に双葉は"多分"と言う言葉を飲み込んだ。だってそんな事を言ってしまったら白鳳は"多分ってどう言う事ですのー!!"と騒いでしまうかも知れないから。


「ぁぁぁぁ、でも心配ですわ。クラスメイトや同学年の生徒ならともかく先輩相手にっ。変な風に思われたりしたらワタクシ、残りの学生生活を楽しく過ごせませんわー」

「いや、それは大袈裟だと思うけど」

「そっ、そうですわよね? い、一々気にしていても仕方がありませんわね。切り替えですわ切り替えぇ!!」


 なんて事を考えていたら、1人でさっさと立ち直っていた。すくっと素早く立ち上がったかと思うと、双葉も立ち上がらせた後話してきた。


「と、言うわけで薄木先生。あの、昨日の件についてワタクシお話がありますの」

「へ? あ、はい」


 切り替えの速さがスゴい、なんて思いつつ双葉は本心を隠したまま答えた。すると白鳳は言い辛そうにモジモジと体を揺らす。

 耳をすませてみると、小声で「これ、本当に言っていいんですの?」や「うー、でも力になると言った以上はコレくらいの事を……」なんて言葉が聞こえる。


 これは本人が言うのを待った方が良いのだろうか? それとも助け舟を出した方が良い? なんて考えていると。


「薄木先生っ。あの、こんな事を言うのは変に思われるかも知れませんが、是非お答えください」

「変なんて思わないわ、気にせず言って?」

「わ、分かりましたわ」


 白鳳は勇気を出したのか話す事ができたっ。強かな娘だ。それでも恥ずかしさと言い辛さがあるのかモジモジしている。

 可愛い、双葉が思わずその言葉を口に出そうになっていると。


「薄木先生。ワタクシ……コスプレをしたいと思いますの!!」

「ーーッッ!?」


 度肝を抜かれる事を言われてしまった。さっき以上に顔を赤くした。かなりとんでもない事を口にした白鳳。

 その真意は双葉は今のところは分からない。ソレよりも双葉は強い高揚感に浸っていた。


(こ、コスプレをしたい……ですって!?)


 双葉は今の今までコスプレ趣味を隠していた。故に彼女はすごーく趣味の合う人を求めていた。

 コスプレ趣味の繋がりが欲しい、同じ趣味の人と話がしたい。双葉は心の中で"いつか自己を気軽に出せるようになったらコスプレサークルを立ち上げたい"なんて目標も立てている。


 だが、長年それは叶うこと無く時が過ぎた。故に飢えているのだ。そんな人に"コスプレをしたい"なんて言ってしまえば必然的に……。


「輝竜院さんもコスプレに目覚めたのね、先生嬉しいわ。作品は何が好き? なんのコスプレをしたい? あ、もしかして職業物のコスプレかしら、先生そう言うのも案外強いのよ? あっ、職業物で有名なのはやっぱり……」


 マシンガントークが始まる。例え自己を出すのが苦手であっても……否、苦手だからこそダメな方に話題を広げ相手を困らせてしまう。

 こうなったら、勢いが収まるまで止まらない、場の空気感なんて気にならなくなってしまうから……。


 趣味の事を話す事に飢えた双葉は凄まじい勢いで話していく。白鳳が驚いて「あわ、あわわっ。う、薄木先生落ち着いてくださいましー」と言って戸惑っているのに気が付かず、暫く双葉のマシンガントークが続いた……。


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