6話
"気まずい"なんて気持ちに、あまりなった事のない双葉は兎に角動揺していた。そして……。
(あ゛ァァァッッ、私はなんて恥ずかしい事をー!!)
いい歳をして、推しキャラを全力で生徒の前で演じるという痴態を思い返し恥ずかしさで赤面していた。
「あ、あの。えと……私は、その。空き教室の見回りをしていたの」
「そ、そうですの? でも、そんな格好でする必要は無いかと思いますわ」
「う゛ッッ」
正論というナイフが無慈悲に双葉の心に突き刺さる。白鳳はまだ警戒しながらも、じぃっと双葉とみつめてみた。
その怯え切った瞳が、双葉の精神に一番堪えてしまう。
「えと、その……。わ、笑わないで聞いてくれるかしら」
「へ? あっ、はい。きっ、聞かせていただきます」
もはや言うのが嫌で嫌で仕方が無いが、本当の事を言うしかない立場。正直色んな言い訳が頭の中に浮かんだけれど……。
双葉は教師、生徒に対しその場を誤魔化すような事なんて出来ない!! (もう、したけれど……)
「わ、私。そのこ、コスプレが趣味なの。だなら、そのえと、普段は隠してて……色々なシュチュエーションに憧れて。が、学校とか……まさに絶好のスポットなのよ」
「は、はぁ……。そうですの?」
全てを話した後、ポカーンとする白鳳。そんな反応をされると恥ずかしに拍車がかかり、この場に穴を掘って入りたくなってくるっ。
しかし、あんまりよく分かっていない白鳳はと言うと、小首を傾げていた。
「つ、つまり。ここでコスプレした理由は……あ、えと。空き教室なら誰も来ないかなぁ……なんて、そんな理由なのよ」
「な、なるほど。せ、先生もそんなイケナイ事をしてしまうのですね」
「ハグァッッ!?」
身振り手振りを加えて続けて話す双葉、そこに純粋な白鳳の痛恨の一撃。心にクリティカルヒットし、双葉は膝から崩れ落ちてしまった。
耳が痛い、白鳳の言う通りコレはやってはイケナイこと。だけど、趣味や娯楽を厳しい親から禁じられているから、こんな手しか考えられなかった。
(最初は罪悪感で躊躇したわよ。でも、何回もやってくと……消えてしまうのよ!!)
グスリと鼻をすすり、気が付けば涙が頬を伝っていた。悲しさと情けなさからくる涙。
「えっ。ちょっ、なっ泣くほどですの!? そ、そこまで重く受け止めなくても……」
そんな涙を見て慌て始める白鳳をよそに、双葉はどんどん落ち込んでいく。
遂に生徒にバレてしまった。ここで人生が終わってしまうのだ。少々被害妄想気味に傷ついてしまった双葉は、なんと。
「……お願いがあるの、この事は誰にも言わないで頂戴」
「ふぇっ、えぇぇぇっっ!! どどど、土下座ァァっ。は、初めて見ましたわ。じゃ、じゃなくて。せ、先生……で良いんですのよね? や、やめて下さいまし!!」
そう。白鳳が話したように土下座をした。心の奥底からの願いを込めてやってしまった。慌てふためく白鳳は小走りで近づいて、双葉の上体を必死に起こす。
「良い大人が一生徒に軽々しく頭を下げてはいけません事よッッ」
「そのいい大人が、貴女に散々痴態をみせたのだけど、ね」
ピシッと双葉を叱る白鳳。それに虚しい目で真横を見ながらボソリと答えた。その言葉に白鳳は。
(ほんっと、その通りですわ。良い大人のアニメキャラの演技は……その、見ててむず痒かったですもの)
口に出さず肯定した。と、そんな考えを振り払い白鳳はキッと真剣な表情をつくり。ペチンっと、優しく双葉の両頬を叩いた。
「ッッ。ぇ、ぁ、なに……を?」
「まだ十代そこそこで、世間を解っていないワタクシが言うのもなんですがっ。どんな状況でも動じない姿を見せるのが人間って奴じゃないんですの?」
その直後、渓流を流れる爽やかな水の様な動きで片手を腰に当て、もう片方の手でズビシィィッッと双葉に指さした。
その言動たるや、白鳳の身体中から余裕のある大人の雰囲気、否……酸いも甘いを経験した超ド級のお嬢様のオーラを感じる。
(なっ。十代にしてこのお嬢様オーラを出せるだなんてっ。日曜日朝にやってるお嬢様アニメの主人公みたいじゃない)
ソレに当てられた双葉は、純粋に憧れを抱き胸がトキめいてしまう。下手をすれば、そのまま平伏してしまいそうになるが。
先程の傷心もあってか、ぽぉぉっと惚けた顔で放心するだけに留まった。
「あ゛ッッ、えと。あぁぁぁっっ。今のは忘れてくださいましー!! 恥ずかしい事を言ってしまいましたわー!!」
と、その時だ。白鳳が突然髪の毛を掻きながら恥ずかしがった。無理もない、日々何かを演じ続けていたのは白鳳も同じ。
見に染み付いてしまったお嬢様的言動が素で出てしまい恥じたのだ。1人「あ゛ぁぁぁ」と恥じる白鳳を未だに惚けて見ている双葉は思う。
(……なんて美しい生徒なの。とても立派だわ、この娘は私には無い何かを持っているのね)
正直、魅了された。憧れを持った……。かなり恥ずかしい出会いだったけれど。直ぐに双葉は思う。今この娘に出会えたのは、私にとって良い出会いなのかも知れない、と。
そんな事を感じた時!!
「あ、あのっ。少しよろしくて?」
「へ、ぁ。はい」
ズイっと顔を近づけながら、白鳳は話しかけてきた。ビクッと肩を震わせ驚きつつ、我に返った双葉。ブンブンと首を縦に振りながら頷くと……。
「その。こ、この事はもちろん誰にも言いませんわ。けれど、その……ワタクシ的にはもう少し詳しいお話を聞きたいというか、その……」
なにやら言いにくそうに話してきた。双葉は直ぐに察した。つまるところ、どうしてこんな所でコスプレをする事になった"理由"を知りたいのだろう。
したいのなら家でも出来るし、シュチュエーションに憧れているとはいえ、堂々と学校でするなんて……余程の事が無い限り有り得ない。と、思ったのだろう。
(私自身が抱えてる、いわば他の人には理解されない悩みなのだけど。こればかりは仕方ないわね……)
話すしかないだろう。黙っててくれるというのだ。それぐらい話さないと割に合わない。
「解った、全部話すわ」
そう、双葉が言った直後。パッと、花開いたように微笑んだ白鳳は。ハシッと少々強い力で双葉の手を握った。
「で、でしたら是非ワタクシの家で話して下さいませっ」
直後に驚きのことを言われた。流石に理由を言うのに白鳳の家に行くなんて事はしなくて良いのでは? と、双葉は思ったが。
「え、でも。それは」
「学校だと、誰かに聞かれるかも知れませんわっ」
「……そ、そう。ね」
納得の理由を言われてしまう。確かに、学校だとその問題がある。ならば、白鳳の家に行き直接話した方が安全だ。
でも……これは果たして良いのだろうか? 思いっきり私情が絡んでいるのに生徒の家に行くなんて。しかも、なんの関わりもない中学部の生徒の家に。
(い、いや。今回だけは特別よ。事情が事情だもの)
本当はイケナイ事だけど、双葉は決心する。白鳳には理由を話しておかなければいけないと。
「で、では。直ぐに案内しますわっ。て、自己紹介がまだでしたわ。ワタクシ、輝竜院 白鳳と申しますわ。以後お見知りおきを、先生」
「ご、ご丁寧にありがと。私は、高等部普通科教師の薄木 双葉よ。よろしくお願いするわ」
ここで互いに名前をしれた2人。絶対に忘れられない出会いとなって、近いうちにかけがえの無い存在になり合う事を、まだ2人は知らない……。
遅くなって申し訳ございません。次話も出来るだけ早く投稿致します。