3話
薄木 双葉は、すっかり暗くなった道を足早に歩いていた。
「すっかり遅くなってしまったわ、それもこれもコスプレし過ぎたせいよ。不覚」
近々あるテストの作成だとか、テストの採点の業務をすっかり忘れていた双葉。実はさっきまでソレをこなしていた。
結果、普段なら遅くはならない業務も遅くなってしまったと言う訳だ。
「……くっ。流石にたるみ過ぎよっ、私は教師じゃない。シッカリしなさい」
小声で自分自身を叱り、はやく家に帰ろうとする双葉。そんな彼女の鼻腔に香しい香りが伝わった。
(……ッッ!? こ、この香ばしくも唆られる匂いは、ラーメン!!)
それは自分自身が大好きな食べ物の匂い。故に直ぐに解り、恥ずかしげもなくググゥゥゥ……と、腹が『おなかへった』と伝えてきた。
「……知らなかったわ。こんな所にラーメン屋さんがあるだなんて」
実はラーメンが好きな双葉。今日の反省は一気に吹き飛び、気が付けば目にしたラーメンに歩を進めていた。
匂いからしてトンコツ系と悟った双葉は、俄然興味がラーメン屋に向く。何故なら双葉はラーメンの中でトンコツラーメンが好きだからだ。
(は、反省は後でだって出来るもの。今はラーメンを食べなきゃ。何事も腹が減ってはなんとやらって奴よ)
双葉は、真面目そうに見えて案外そうでもない。親に厳しく言われようが、人並みに抜くところは抜ける部分もある。
苦手なのは、自分の好きな事を相手に共有する事だけだ。
「店名は"ラーメン輝竜"。中々美味しいラーメンを出してくれそうな店名ね」
ラーメン輝竜……ッッ。双葉は意図せずして、輝竜院 白鳳の住まいであるラーメン屋に来てしまった。
……さて、それはさておき。双葉の脳内はラーメンの事でいっぱいなので、早速のれんを潜り扉を開けた。すると。
「らっしゃいやせぇぇ、空いてる席へどぉぞどぉおぉッッ」
頭にハチマキを巻いたスキンヘッドのおっちゃんが元気の良い声で出迎えてくれた。それと同時に……食指を刺激する、店の前で嗅いだのよりも濃厚な豚骨スープの香り。
(あぁぁ、私はもうラーメンの口になったわ)
完全に食べる前からトンコツラーメンに胃袋を掴まれ、完全にホールドされてしまった双葉は。早々に席に着く。
すると……。
「いらっしゃませですわ。……じゃ、じゃなくて、お冷をお持ちしましたことよ。あぁ、もぅ」
なにやらお上品な言葉使いの小柄な女の子がお水を持ってやってきた。そう、この女の子こそ輝竜院 白鳳!!
つい出てしまったお嬢様口調に恥じらい、父と共に接客していた。白鳳は勉強を終わらせた後、お店の手伝いをしているのだ。
それを切っ掛けに奇妙な? 出会いをした2人。しかし互いに面識はない為……ここでは何も起きないかと思われた。
が、しかし!! 双葉が白鳳をみた瞬間。インスピレーションが湧いた。まさしく雷鳴のごとき閃きだ。
(こ、この娘は……ッッ)
お店の店名が白い達筆の文字でで書かれた黒のTシャツを着た庶民さ溢れる服装をしているものの。身からあふれる"お嬢様オーラ"、立ち振る舞いは淑やか、何より口調がまさにお嬢様だ。
(狙ってやっている? それともこれが素だと言うの。どっちでも良いけど、純白のドレスを着て『おーほっほっほっ』と扇子を扇ぎなぎら言って欲しい!!)
色んな願望が止まらない。アニメに出てくるお嬢様キャラを白鳳に当てはめ色々と想像しているうちに……双葉は我に返った。白鳳の事を凝視し過ぎている事に。
「ご、ごめんなさい。睨んだわけじゃないの」
「い、いえ。気にしてませんことよ? おほほほほ。ぁ、また……出てしまいましたわ」
しかし、双葉のコスプレさせたい欲を刺激すれば反応してしまうのは仕方が無い。少し反省しつつ、暫く白鳳の事を見ないように心掛けることにした。
まぁ、それはさておき。双葉はメニュー表を見る。と、その時……彼女の脳裏になにか引っかかる事が生まれた。
(今の娘、どこかで見たような気がするわ。何処だったっけ)
なにやら、白鳳と過去にあったような会わなかった様な感覚に陥る。いや、もしかしたら極最近見かけたような気もしないでもない。
ググゥゥゥ……
けれど、そんな疑問も再び鳴った腹の音により、掻き消されてしまった。
双葉は今すぐにでもラーメンが食べたい。疑問よりも食欲が優先されるのは当たり前だろう。
という事でメニュー表を眺めつつ、何を食べようかと思案する。
(お店のイチオシはトンコツラーメン。後はトッピングを……安定の味玉とチャーシューよね)
迷うことなく秒で決めた双葉は、早速ソレを注文し。しばしこの店のラーメンはどんな味なのかと想像し待つことにした。
◇
「お待たせしやしたぁッッ、トンコツラーメン味玉 チャーシュー大盛りトッピングゥッッ。おまちぃぃぃ」
さて、暫く待ったら。ラーメンが出てきた……。その刹那、双葉の視覚と嗅覚……感覚にズシンと重たい衝撃が襲う。
(食べなくてもわかるっ。このラーメンは……ッッ)
ものすっごく美味い!! と。
ふわりと、立ち込める湯気でほんの少し頬が火照ったのを感じた直後……双葉は小声で「いただきます」と言った直後にレンゲでスープを一口。
「……ッッ。ぁ、ぁぁ……」
思わず小さな歓声が出てしまう。美味しい、美味しい、美味しい!!
濃厚なのにスルリと飲めてしまう、やはりトンコツなのか胃袋にスープが落ちた瞬間にズドンッと美味ししとトンコツの風味を感じる。
もはや、後々に悩むであろうカロリーのことなんて忘れてしまうくらい美味しい!!
気がつけば、双葉は早々に箸を手に取り麺を啜っていた。
(からむっ、面白い様に絡むわ。もう、あの……なんと言うか、合ってる。麺とスープがマッチしているわ!!)
美味しすぎて、雑な食レポを心の中で語り、ズルズルと勢いよく食べ進めていく。そこからは本能の赴くままにチャーシューや味玉を食べ……時折スープでそれ等を流し込む。
チャーシューはジューシィで口に入れれば蕩けてしまう。けれど存在した事をします様にキチンと主張してくる。味玉も良い……褐色色の卵を箸で割ってみれば、半熟の黄身がとろぉりと麺とスープにひろがる。
(あぁ、これが桃源郷の光景なのね……)
それを麺やチャーシューに絡ませ、食べてみると。ブルっと大きく身震いすくらいトリップしてしまう。あぁ……飛んだ、合法的に飛んでしまったァ。
これが、幸せの味。これが真の美味しいという事か。
「はふっ、あむ……んんっ、ぉぃひぃ。ンン……ッッ」
遂には感想まで口に出てしまい、スルスルと食べ進めていく。口の中は幸せいっぱい、この濃厚な味と風味は……ラーメンのみに夢中にさせてくれる素晴らしいモノだ。
(適度に通いたくなるお店、決定ね。あっ、替え玉も頼もう。最近体重ふえてきたけど……)
幸せな気分に浸る双葉。体重すら些細な問題にすら思えてしまう。……今はそれで良い。美味しいものを目の前にしたのだから仕方が無い。
「すみません、替え玉ください。あとチャーシューって追加出来ますか? 味玉もください」
「ハァイ、替え玉一丁ぉっ。チャーシュー追加出来やすよォォォッッ。あ、何枚にしやす?」
「え、あぁ……さ、3ま……いえ5枚で!!」
「かしこまりましたァァァァッッ」
だから替え玉だって頼んじゃうし、追加でチャーシューも頼んじゃう。今更だけれど、大将の元気が良くて若干独特なイントネーションの喋り方もいい味を出しているのかも知れない……。
と言った感じで今日あった事や、抱えている悩みなんて全て忘れた双葉は……この後、もう一杯替え玉を頼み、ギョーザを3つ頼んだ後……満足げにお店を出た。
「ありがとーございやしたァ、これトッピング100円引きクーポンですっ。次回ご利用ください」
「あ、はい。ありがとうございます。美味しったです、また来ますね。ごちそうさまでした」
……外に出てみれば、ちょっぴり涼しさを感じ。満足感が未だに身体を駆け巡っている。
(ほんとうに……美味しかったぁ)
食べ終わったあとなのに、また食べたくなってくる。けれど、流石にお腹いっぱいになったのでまた次回になるのだが。
双葉の中でまた来店する事を今きめた。
「さ、帰りましょう……」
すたすたと軽快な足取りで帰っていく双葉。その少し遠く、ラーメン輝竜の店近くに佇む女性が1人……。
「ふぅ、またお店の中でお嬢様口調を出してしまいましたわ。は、恥ずかしいですわぁぁぁ」
うずくまり小さな悲鳴をあげる白鳳。彼女はいま来店したのは同じ星花女子学園の先生だと言う事に当然気付いていない。
何故なら、双葉は高校教師で普段は会わないからだ。
けれど、2人は知るよしもないだろう。
対した会話すらしていない関係だったのに翌日……とんでもない事態が2人を襲うと言う事を。
ここまでは双葉と白鳳が出会った物語。ここからは2人の仲が深まるかもしれない物語。好きを共有出来ない双葉。
本当の自分を隠している白鳳、似た部分がある2人は仲を深める事に……なるかも知れない。