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『良い? 貴女に必要なのは勉強だけ。他のことは一切手につけないこと。分かったわね』
幼い頃からやかましい位親に言われていた事を守る子供などどれだけいるだろうか? 少なくとも現在29歳となり、私立星花女子学園の女子教師となった、薄木 双葉は守らなかった人だ。
成長していくにつれ、好きな物と出会い親に怒られぬ様こっそりと趣味を楽しむ生活を長く続けてきた。
「私は正義のエージェント。この学園内に巣食う悪は全て消し炭に変えてみせる。この"漆黒雷獣"で」
そんな彼女は今……放課後の学園内の2階の空き教室でスニーキングスーツの様な衣服を身にまといモデルガンを手に格好いいポーズを決めていた。
ピッチリと肌に張り付くその衣装は、スレンダーな双葉の身体にとてもマッチしている。
これは、現在深夜アニメでやっているエージェントのコスプレをしているのだ。何を隠そう、双葉はコスプレが趣味なのである
「うん。潜入の雰囲気を味わいたくて、やってみたけれど。中々に良いものね、バレたら教師人生終わりそうだけど」
これは彼女が親に内緒にしている趣味である。普段は普通の教師として過ごしてはいるが、学園内でコッソリとキャラになりきる。
「実際やってみると、なんと言うか……ゾクゾクするわ。バレてはいけない、この緊張感。まるで"漆黒ノ乙女達"の主人公の心境を味わっているみたい」
微かに笑いながら銃を構える双葉は周りを気にしつつ、この状況を頼んでいた。とは言うものの欲を言えば大々的にコスプレを他人に披露してみたい気持ちもある。
しかし、双葉は親に趣味を禁止されている身。その事が長年続き……自分の趣味を他者へ共用する事が出来なくなってしまった。
(贅沢は言えない。こうやって隠れてやっていても楽しいもの。それで満足しなくちゃ)
本当は自分の好きなことを共有したい。でも、隠し続けてきた結果……双葉は共有するとはどういう事かが分からなくなっていた。
心にポッカリ空いた穴を埋めるように、胸に手を当てつつ当たりを見渡す双葉。
「……でも、そろそろ着替えないと。見つかったらタダじゃ済まなさそう。下手すれば教師をクビになっちゃう」
いつか自分と同じ趣味を持つ人、隙を共有できることを願いつつ双葉は着替えていく。
「着替えたら、帰りの支度をしないと」
手馴れたもので、着替えは手早く且つ問題なく終わり、そのまま双葉は教室から出ていく。
(はぁ……。相変わらず私は不器用ね)
深くため息つく双葉は、何処か儚げ。やはり望むのは同じ趣味を共有したい。でも出来ないのだ。
共有する事を恐れている……と言えば少し違うが、今まで隠れてやっていた分、共有する勇気が持てないのだ。
「出来ないことをいつまでも嘆いていても仕方ないわ。さ、仕事を終わらせて家に帰りましょう」
気分を切りかえ、コスプレにうつつを抜かしていた分。仕事モードに切り替えた双葉、正直やり足らなかった感はあるけれど……続きは家出すれば良いのだ。
「部活は……部長にする事をいってあるし、多分ソレをしてくれている筈。私はテストの準備を」
ブツブツと呟きながら歩き、するべき事を頭の中でまとめていた時、双葉の視界にとある生徒が目に映る。
窓の外、この学園の中等部の制服を着た女子生徒が複数人歩いている姿が目に映る。それを見た瞬間、双葉は足を止めた。
「あの娘、絶対にドレスが似合いそうね。着せてみたい。なんて……変なことを呟いてしまったわ」
その内の一人、飛び抜けて気品が溢れている生徒がいた。その娘は外跳ね気味のミディアムヘアの茶髪の生徒、何処と無く歩く姿に気品がある。双葉からは後ろ姿しか見えていないが……瞬時にあの娘から"お嬢様"のオーラ……取った。
(惜しいわね。あの娘と同じ位の歳なら何とか近付いて声をかけたのだけど……)
きゅっと、下唇を噛み。再び歩き始める双葉。度々生徒を見ては"あの娘にはこのコスプレが似合いそう"と妄想する双葉であるが、ソレを実行に移せた事は未だに無い。
当然ながら、思うがままに突然「コスプレに興味はある? 先ずはドレスを着てみない?」なんて常識から逸脱した事を言える訳が無いのだ。
そもそも、そんな事を言える勇気がある筈も無い。またモヤモヤを感じてしまった双葉は若干足取りが重くなり、職員室へと向かうのであった。