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第2話 カーストブレイカー

 好むと好まざるとにかかわらず、学校というのは階級社会だ。

 生徒たちは平等ではなく、教室の中には序列が自然発生し固定化する。

 いわゆるスクールカーストというやつだ。

 ここ私立パナギア学院に進学してはや一ヶ月、新しい教室での序列もすっかり固まり、階級を等しくする生徒たちが大なり小なりグループを形成していた。

 俺が独自に考察したところ、カーストは以下の四つに分けられる。


 最上位=イケてる上に友達も多い

 第二位=イケてないが友達は多い

 第三位=イケてなくて友達も少ない

 最下位=イケてない上に友達もいない


 ここでいう「イケてる」の定義だが、俺は「異性と日常的に会話できるかどうか」の一点で判別している。

 もっと単純に「モテる」と言い換えてもいいだろう。

 ほかにもファッションだとか趣味だとか、要素はいくらでも挙げられる。

 が、とりあえずその点に着目すればまず外さない。

 それだけかよ、と思うだろう。

 異性と会話できるだけで偉いなんて実にくだらないことだ。

 実にくだらないが、残念ながら現実はそうなっていて確固たる序列を生みだしていた。


 ちなみに俺はというと、クラスでの序列は最下位だ。

 イケてない上に友達もいない。

 最下位より「番外」のほうが的確かもしれない。

 いずれにせよまったく気にしてはいない。

 実害はないのだから、気にするほうが馬鹿というのが俺の結論だった。


 チャイムが鳴って一限目が終わり、休み時間になる。

 教室の中ではさっそく動きがあった。

 カースト最上位のイケてるグループ、男女混交の一団が水澄の席へわらわらと集まってくる。


 俺にとっては予想通りの展開。

 転校生にファーストコンタクトを図る優先権はもちろんこいつらが持っている。

 下位のグループは間違っても「越権行為」をしようなどとは思わない。


「水澄さん、ハーフなんだ。もしかしてヨーロッパ系?」

「はい。母がフィンランドの出身なんです」

「っていうか、日本語超上手だよね」

「こう見えて生まれも育ちも日本ですので」

「外国にはいつ行ってたの?」

「父の仕事の都合で、一〇歳から一三歳までのあいだフィンランドに」

「ねえねえ、その髪ってもしかして天然なの?」

「ええ。日本ではちょっと目立っちゃいますよね」

「全然、全然。すっごい綺麗でうらやましいよー」


 ……べつに聞き耳を立てていたわけじゃない。

 隣の席の会話だから、普通に話していれば普通に聞こえるだけのことだ。

 

 それにしても――話しかけているのはもっぱら女子だが、どうにも事務的で当たり障りのない会話だ。

 イケてるグループ特有のノリの良さやテンションの高さがまったく鳴りをひそめている。

 間合いを測りかねて、やや気後れしているような気配すらあった。

 それでも主体的に話しかけている女はまだマシだ。

 男どもにいたっては輪をかけて消極的で、遠巻きに突っ立って相槌を打つだけの木偶人形と化していた。


 まあ無理もない。

 外見からして、こいつらと水澄エリナは明らかに「属性」が違った。


 ためしにイケてる女子の特徴を挙げてみよう。

 どいつもこいつも判で押したようにだいたいこんな感じだ。

 髪は多かれ少なれかれ茶系に染め、目はアイプチと黒コンで武装。

 生徒指導部に目をつけられない程度にメイクも決めている。

 左右の耳にはピアス穴。制服はオシャレに着崩し、ネックレスやブレスレットなどのアクセサリーも欠かさない。


 ひるがえって水澄はどうか?

 自己申告の通り髪は染めていないし、アイプチや黒コンとも生涯無縁だろう。

 顔は間違いなくドすっぴん。たぶん眉毛すらいじっていない。

 耳にピアス穴はなく、制服は校則どおりきっちり着こなしている。アクセサリーのたぐいは皆無だ。


 学校という閉鎖環境における「可愛さ」や「モテ度」は、おおむねオシャレや美容に対する意識で決まる。

 スクールカーストの最上位、イケてるグループに属するにはたゆまぬ研究と努力が必要なのだ。

 そして個々の要素だけを抜き出すと、水澄エリナは垢抜けない地味系真面目女子と変わらないように思える。


 ところが、だ。

 水澄は素材の良さだけですべてを軽々とぶっちぎってしまう。

 教室内の誰よりも――いや、校内の全女子とくらべても圧倒的に、プラチナブロンドの髪は美しく、サファイアブルーの瞳は大きく、二重のまぶたはパッチリしていて、肌は図抜けて色白だ。

 おまけに水澄は背も高くスタイルも抜群。

 見れば見るほど非の打ち所がない。


 実際のところ水澄の容姿は、普通であれば映画館のスクリーンやテレビの画面越しにしか拝めないレベルだ。

 それが同じ教室の中にいて、目の前に座っている。

 気後れするなというほうが無理な話だろう。


 当初、イケてるグループの連中は、新人を面接する試験官の心持ちで席を立ったに違いない。

 果たして転校生は、自分たちの仲間になる資格があるのかと。

 しかし、いざ水澄に相対してみると立場は逆転。

 どころか、まったく別次元の様相を呈していた。

 まるで王女様にお伺いを立てる家臣一同――いや、違うな。

 もっとふさわしい比喩がある。

 

 スクールカーストの元ネタであるインドのカースト制度において、序列第一の階級は「ブラフミン」。日本語では「司祭」と訳される。

 司祭。すなわち神に仕える者。

 もしくは、神の代弁者を気取っている連中だ。

 

 ともかく、カースト最上位が司祭であるなら、そのはるか上に位置する水澄エリナには「女神」の座こそふさわしい。

 まさしく雲の上の存在というわけだ。


「ええっと、あー……」


 はやくも会話のネタが尽きてしまう。

 間が良いのか悪いのか、そのタイミングでチャイムが鳴った。


「と、とりかえず水澄さん、これからよろしくね」

「はい、こちらこそ」


 こうして第一回目の「参拝」は終了した。

 司祭たちの祈りが天に届いたかどうかは――トボトボと引き上げていく足取りを見ればだいたいわかるだろう。


   ◇◇◇


 次の休み時間。

 イケてるグループに動きがないことを見て、カースト二位集団に属する女子たちが水澄の席へとやって来た。

 二回目の「参拝」タイム。しかし、その内容はほとんど一回目をなぞる形に終始した。

 事務的で当たり障りのない会話。

 そのうち話題に困って天気の話でもしそうな雰囲気だった。

 唯一、彼女たちがあげた収穫といえば次の質問だろう。


「と、ところでさ、水澄さんって音楽はどんなの聴くの?」

「いろいろ聴きますけど、一番はナイトウィッシュですね。ターヤ期、アネット期、現行のフロール期のどれも好きです」

「えっ……? な、なにそれ、洋楽?」

「フィンランド出身のバンドですよ。興味があればぜひ聴いてみてください。とっても良いですから」


 賭けてもいいが、水澄が挙げたバンドはこの教室における検索のトレンド急上昇入りを果たしたに違いない。

 ……いや、俺は検索してないからな?


 そして、三限目の休み時間。

 順番どおりなら、第三位の女子グループが「参拝」に出向く番。

 しかし、彼女たちは動かなかった。

 正確には動けなかったというべきか。


 察するに、彼女たちははやくも悟ったのだろう。

 ――自分たちは、逆立ちしても水澄エリナと友達になんかなれるわけがない、と。

 たしかに水澄が三位グループに混じっていたら、とてつもなく違和感がある。

 まあ、最上位グループに混ざったとしても五十歩百歩という気はするが。


 さて、このクラスには最下層に位置する女子はいないので、お次は男子にお鉢が回ってくる。

 が、こちらは完全に論外だった。

 第二位のグループすら沈黙を保ち、遠巻きに水澄をチラチラ盗み見るのが精一杯の有様だ。


 当然だろう。

 第二位グループの定義は「イケてないが友達は多い」。

 つまり同性とは気さくに話せるが、異性とは滅多に話さない、話せない男どもの集まりだ。

 そいつらがどうして水澄に話しかけられるわけがあろうか。

 スライムを倒して経験値を稼ぐ前に、魔王に挑もうとする勇者はいない、ということだ。


 いっぽう当の水澄は、自分から席を立つことはなかった。

 訪問客がいないと見るや、鞄から文庫本を取りだして読み始めた。

 それがまた憎たらしいほど画になる。

 陽光の射しこむ窓際の席で読書を嗜む姿は、まるで映画のワンシーンを切り取ったかのようだった。


 そして昼休み。

 他のクラスからの見物客が多数来ていたらしいが、俺は教室にいなかったのでよくわからない。

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