表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編『さくやこのはな』烏羽陣営 はじまりの話

作者: 玉川稲葉


    ――難波津(なにわづ)に咲くやこの花冬ごもり

                今は春べと咲くやこの花


 舞台は京都。過去・現在・未来が当たり前にあるように、この世・あの世・その世がある。この世は現在生きている世界。あの世は死後の世界で、魂が辿り着く冥府。その世はどちらでもない世界。異能を持つ者が作り出し踏み入れる空間。


 過去、京都の街は天災、飢饉、怨霊、戦争など、何度も危機的状況に見舞われた。そして、時間の経過とともに、そのどれもがさも自然に落ち着きを取り戻したように、民衆には見えた。その裏で、混乱に陥れようとする者、それを救おうとする者がせめぎ合っていたことなど、知ることもなかった。


 京都に未練を持つ者が書いた和歌は、負の力により“()み人知らず”という怨霊として彷徨い、京都を混乱させている。自然発生している小さき力の場合は愉快犯程度で収まり、大混乱になることはない。強大な異能を持つ者がそのような和歌を集めて“詠み人知らず”を人工的に作り出したとき、京都は恐怖に陥る。過去に二度、一一八〇年、一四五〇年頃に、京都の人口が八割近く消えてしまうことがあったが、これは負の力が幾重にも重なり、異能を持つ者が“詠み人知らず”をその世で押さえられずに起こってしまった結果である。


 それらに対抗する存在が、村上天皇が創設した対魔部署の和歌所を起源とする歌人達の存在である。歌人の歌には異能が宿り、その世で行う〈歌合(うたあわせ)〉で、“詠み人知らず”に勝利することで怨霊を天に返すことができる力がある。歌人が亡くなっても、引き継げる存在が生まれた時、その歌人の名を襲名し異能と使命を受け継ぐことになる。その流れは“詠み人知らず”が存在する限り無くなることはない。


 小倉百人一首に収録される()()()()()百人の歌人は、選外の歌人より力を持っているため歌合の中心になっている。選外の歌人は、上の句下の句の内容から派生する個々の異能だけしか使えないが、百人の歌人はさらに強力な総合的な異能を発動することができる。本来、藤原定家が編纂した小倉百人一首は、和歌所の流れを汲み、封魔の意味合いがあった。しかしその程度で封じることは難しいと判断し、編纂することをやめ、とめどなく現れる“詠み人知らず”に対して、当時の歌人達は適宜対応で封じることにした。これが現代まで続いてしまっている原因である。


 一人で歌合をすることもあるが、より優位に立つために、誰かと組んで挑むことが多い。そして共同で対抗するために組織化されたのが、六歌仙が起源とされる六つの陣営である。


・陣営長の監視の下、保守を貫く考えを強く持ち、京都の秩序を守ることを是とする。洛中、洛東の北部と洛北の南部に広く陣を取る青藍(せいらん)陣営。


・古いものは捨て去り、異能を生かし新しい京都を生み出したい……よりも今は女の子と遊びたい考えを持つ、東山周辺の唐紅(からくれない)陣営。


・力よりも情報で全ての陣営や京都を支配下に置くことを目的とする、祇園周辺に陣取る女性だけの組織。月白(げっぱく)陣営。


・様々なものと共存し、その橋渡しをすることで中心になることを考えている。嵐山一帯に拠点を置き、他陣営よりもゆったりしている翡翠(ひすい)陣営。


・京都市から離れた宇治市で、人の心をもてあそび思うがまま行動し、京都が混乱しても楽しめなければ放置している黄檗(おうばく)陣営。


・本来の陣営長である大伴黒主(おおとものくろぬし)が百人一首からこぼれたこともあり、定期的に不安定になる組織で、鞍馬と大原一帯に陣を取る烏羽(からすば)陣営。


 これらの陣営方針は、その時々の陣営長により変更できるが、村上天皇の和歌所が解散したあと、陣営が作られ始めた過去から現代まで大幅な変更は無い。京都を“詠み人知らず”から守るために行動することはどの陣営も変わらないが、主張を広げるため、陣営同士で支配地を奪い合うこともする。それは歌合によって決める。


 二〇一〇年を過ぎたあたりから、約六〇〇年ぶりに京都が徐々に騒がしくなってきた。



 京都祇園の北側にある辰巳大明神。商売繁盛と芸事上達で参拝する人も多く、舞妓さんや芸妓さんの姿も見ることができる。すぐそばの白川には巽橋が架かっていて、風情をともに残そうと、夫婦になろうとする二人が和装を着てプロのカメラマンに撮られている。夜もまた暖色系のライトで照らされている様子は雰囲気があり、写真を撮っている幾人かの女性がフォトジェニックを楽しんでいる。


 夕方過ぎ、そんないつもの様子を尻目に一人、路地で作業する者がいる。


「ぎおんTamari BAR」


 軒下に掲げる看板は、わざと錆びさせ、文字をくりぬいて作ったオシャレな鉄板。店主はそれに裏から灯をともして開店したことを伝える。


 郵便ポストに何も無いことを確認し、ドアに手をかけると、既に鍵は開いていた。店主はため息混じりに躊躇い無く開けた。


貫之(つらゆき)さん、いらっしゃい」


 アメリカンスタイルのカウンターには既に客が一人立っていて、綺麗に整えられた丸氷の入ったグラスでウイスキーを嗜んでいる。


 貫之と呼ばれた店主は、紀貫之(きのつらゆき)の襲名者であり、烏羽陣営の大原側に所属する歌人である。サルエルパンツと、大きめのジャケットをだらしなく着て接客する姿は、バーテンダーから爪弾きにされそうだが、ここは畏まった店ではなく名前の通り“たまり場”の雰囲気を醸し出しており、客も緊張することなく来ることができる。とはいえ、客が先に入っているというのは気持ちの良いものではない。


「いらっしゃいじゃないよ……深養父(ふかやぶ)さん。鍵はどうしたの?」


 深養父は、清原深養父(きよはらのふかやぶ)の襲名者であり、貫之と同じ烏羽陣営の大原側に所属する歌人である。黒い革のパンツを履き、ロングへヤーをスパイラルパーマにして、片手にウイスキーという姿が大人びている。軽い格好の貫之とは違い、まさにロックである。ただその大人びた見た目に反し、深養父のほうが歳下である。


「用事があるから店に来てって言ったのはそっちじゃないですか」


「来てとは言ったけど、先に入ってるとかどうなの?」


「いやぁ、合鍵が僕のところに回ってきちゃったから……ね」


 このバーのオープン時間は決まっていない。日中は真面目に旅行代理店に勤めており、そのあと店を開けるので、残業などあれば深夜に開店→即閉店することもある。情報収集のために作った店で、同じ陣営の歌人が集うことが多く、誰かが勝手に合鍵を作って開けてたまっていることもある。


「また勝手にそういうことを――」


 貫之の異能・多元描写を使うことで、最終的に本心かどうか勘定の揺れなどから推測できることを、陣営の皆が知っているので、貫之は厳しく取り締まらないし、烏羽陣営の歌人達も、陣営外の者に合鍵を渡すことはしない。


「――とにかく、合鍵は没収します」


 取り上げられたからといって惜しむそぶりは無い。貫之も形式上そうしたまででである。おそらくまた誰かが合鍵を作るのは、過去何度も繰り返されているのでわかっているのだから。


 一通りのお約束が終わり、ウイスキーも空になったところで本題を切り出した。



 貫之が聞いた話によると、烏羽陣営鞍馬側の歌人である藤原定家(ふじわらのさだいえ)が陣営長に就く、ということだった。


 本来の烏羽陣営は大伴黒主が六歌仙の一人として長として仕切るのが習慣だが、なぜか今はその存在が確認されていない。この場合は陣営で話し合って代理を立てるのが通例だが、今回は先に鞍馬側が動き始めている。学生の身でありながら定家の襲名者ということで潜在的な異能力が高い、と考えた周囲によって推されたとも聞いている。


「その話は僕も青藍の子から聞いてますね。急に言われて色々不安を抱えてるとか何とか」


「愚痴を言ってるという話もあるようだから、本人にやる気が無ったら嫌だよね」


 一〇人程度しか入れない店内にいる唯一の客に合わせて、貫之もウイスキーを飲んでいる。二人は西利の長いもわさびという変り種漬物を、サクサク音を立てながら食べている。緊張感は無いが、大原側としてはそこそこシビアな話だ。


 烏羽陣営は京都市の北部で同じ左京区の大原と鞍馬にある。方向的に見れば同じなのだが、双方を直接結ぶのは府道40号線で勾配も急だ。自転車で気軽に往来するのは難しい。さらに自転車のない時代はで移動しなくてはならなかったため、他陣営に比べて結束は弱いと言われていた。現代でも鞍馬側は学生が多く、移動手段が限られてしまっている。長がいる側が陣営の主導権を握ることもあり、勝手に進められるのは大原側で中心になっている貫之にとって面白くない。とはいえ騒ぎを起こして他陣営に付け入る隙を与えたくは無い。


「それで、だ。深養父さんの異能で姿隠せるやつあるでしょ? それを使って様子見に行かない? って話」


 深養父は、異能を便利に使いたいがために呼ばれたのか、と思って少し悩んだが、きっと信用されているのだろうとポジティブに受け取っておくことにした。


「……いつ行くんですか?」


「今」


「え?」


 思っていたよりもすぐ過ぎて、即答で疑問符を返してしまった。そして貫之もさらに即答。


「い・ま、IMA、NOWだよ!」


「いま……って! どうやって、どこで見るの気ですか!?」


 京都も狭いようで広い。既に夜。鞍馬に行くには遅い時間である。しかし心配は無用だった。


「OPAの裏! 裏寺町通! ここから徒歩10分♪」


「近っ! なんでそんなピンポイントでわかるんですか!?」


「ふふふ、私の情報網を見くびらないで欲しいね」


 この自信、ガセではなく本当なんだろうと深養父は感じた。そして貫之の情報網が少し怖いと思った。


「大丈夫、深養父さんがネットでどんなエロ動画を購入しているか、っていうプライベート情報は仕入れてないから。あくまで陣営のための情報だよ!」



 四条河原町の交差点から銀行横の通りを少し入ったところ。車一台分も無いような狭い路地を北に行き、クランク状のところを越えると目的の場所があった。


 歌人個々の能力にもよるが、襲名をして異能を持っている歌人達は、その世への境目が見える。二人はその隙間から滑り込むように入り、この世から姿を消した。


 定家が作り出したその世の空間では、その本人と、“詠み人知らず”がソロで歌合をしていた。異能で触れたものを発火させているが、風の影響で相手には届いていない。まだ全ての異能を出し切っていないのか、苦戦している様子だった。


 歌合で“詠み人知らず”に負けても、歌人に多少ダメージはあるが、最悪でも気絶するだけで、死ぬわけではなく、“詠み人知らず”が一般市民に対して何らかの悪事を働くだけである。()()()()()が、そこを守っていくのが襲名した歌人のすべきことである。それは、どの陣営も同じだ。


その世に入り、二人は建物の影に入った。「異能・月やどるらむ」と深養父が唱えると、空の雲が光を遮り、できた影が二人を包み闇に隠れ、周囲から見えないようにした。


 定家の状況を見て貫之はいずれ手助けが必要になるかもしれないと感じていた。


「しかし……二人か」


 それよりも他に不快感があった。貫之、深養父、定家のほかに気配を感じる。ただ、それは敵対するものではなく、不思議と暖かさを感じる。そしておそらくその相手もこの空間に追加された人がいることを感じ取っているだろう。しかし攻撃してくる様子は感じられないので、そのままにすることにした。



 時が経っても、歌合は定家に分が悪い状況に変わりは無かった。


「貫之さん、彼が陣営長って大丈夫なのでしょうかね?」


「私が思うに、あの“詠み人知らず”は結構上のクラスじゃないかと」


 圧されている定家を庇ったわけではなく、深養父の思うことは貫之も感じていた。 “詠み人知らず”の攻撃は二手三手と多彩で、弱い攻撃を一手しか出せないような下級クラスではない。そして定家が出せる異能は物質を発火させるくらいしか無いように見える。ダメージはかなり受けているようだった。にもかかわらず諦める様子が無い。気力でなんとか保っている。


“詠み人知らず”は攻撃の手を緩めることなく、身体から蔦を伸ばし定家に絡みつき、その場に倒した。間髪入れず、切り花が上空から勢いよく降り注ぐ。決着をつけようとしていた。


「ここまでか……」



 貫之だけじゃなく、深養父、そして他の二人分の気配もまたそう感じた瞬間だった。一人で何とかしようという心意気は感じ取ることはできたので「今回はこれで善しかな…」と、徐々に理解していけたら良いと貫之は納得しようとした。が、


「異能! 夕なぎに!」


 頭に過ぎった言葉が新たに使える異能であると定家は本能で感じ取り、あわてて唱えた。結果、それはこの場で使える異能であった。


 風、空気の流れが止まり、空から降ってきた切り花の雨も停止している。“詠み人知らず”は何が起こったのか理解できずうろたえている。その隙を見て、定家は蔦の絡みから逃れ、切り花に向かって「異能・身もこがしつつ」を唱えた。


 貫之、深養父はその一瞬の出来事にあっけにとられた。


 切り花は発火し、塊となってその下に残された“詠み人知らず”に向かって落ち、燃え苦しみながら灰となった。なんともあっさりした結果だった。


 片膝をつき、それを見届けた定家は、精根尽きてその場に倒れ伏した。


 助けようとあわてて雲影から飛び出して駆け寄った貫之だったが、それは隠れていた二人も同じようで、定家を挟み向かい合うことになった。


「あ……どうも」


「……どうも」


 定家が気を失ったことでその世の空間は消え、この世に戻った。

倒れた学生を二人が抱え、それを挟み二人向かい合い、この世で道行く一般人からすると異様な光景であった。


 四人は通報されるのを恐れ、慌てて定家を抱えて、近くの喫茶室へ逃げ込んだ。




 四条河原町にあるレトロモダンでオシャレな喫茶室。暖色系の明かりと、やわらかさを感じさせる赤いクッションの椅子。その雰囲気を楽しみたくて日中は老若男女が訪れ喧騒に包まれているが、夜22時も過ぎると静かにくつろぐことができる。


 そろそろ閉店という時間に、気を失っている男子高校生を抱えた大人の男性四人組は似つかわしいわけも無く、普通なら入店を拒否されてもおかしくない犯罪臭がする。だが貫之がここを選んだのは、普段からよく利用していて知人も多いので誤魔化しやすいからで、今日も店員達の(生暖かい)優しい視線で無事にやり過ごせている。


 二人がけの幅広の椅子に定家を寝かせ、貫之・深養父と二人は隣のテーブルに向かい合って着席した。はじめに口を開いたのは貫之。


「え~っと、そちらのゴツい方が源俊頼(みなもとのとしより)の襲名者で、こちらが藤原俊成(ふじわらのとしなり)でOK?」


 大原と鞍馬が離れているとはいえ、現代にはいくらでも相手を確認する手段はある。


「さすがしっかり把握されてるんですね……紀貫之さん。お姿を見れば噂どおりで」


 写真で確認したことがあるが、それは旅行代理店業務の時のスーツで真面目な姿だったので、この軽薄そうな姿が同一人物かどうかいまいち自信は無かった。しかし気配で歌位が高いのは感じていた。貫之は軽く手を上げて「どうも」と返事をした。


「と、もう一人は…………テレビでお見かけしたことがあるような……」


 勉強ばかりしてきたこともあり、芸能関係は疎いと思っている俊成だったが、それでも深養父を見て、歌人云々よりも気になっていた。それに対して貫之が嬉しそうに答える。


「そう! よく気付いたね! 彼は清原深養父の襲名者。普段は音楽やっててそれでヒット作も出してりしてて、それで一時期テレビにも出てたよ…ねっ!」


 なかなか自分から過去の栄光を語るのは恥ずかしく感じている深養父なのだが、「ねっ!」と目配せされると余計に恥ずかしい。貫之が続ける。


「そしてグループ解散して地元に戻ってきてからも、学生に相談されたからってギターを教えていたり、ジャンル違いでも頼まれたからってアニメの主題を作ったり、頼まれると断れない、良い奴なんだよ」


 テンション上げて他人を褒める貫之と、さらに照れくささ倍増の深養父の姿を見て、初対面による不安も無くなり、俊成も俊頼も自然と笑みがこぼれていた。



 ある程度の自己紹介も終わったところで、今回、どうして鞍馬側が定家を陣営長に推そうとしていたのか、説明があった。


 また、最近京都に不穏な動きがあると感じている俊成。他陣営の動きを見ていると頻繁に“詠み人知らず”と歌合をしているように見えるので、年長者に聞くと、やはり昔よりも多いとのことだった。世の中が平穏ならその必要は無いのだが、自らが所属する陣営も結束力を高めて、有事に備えなければならないと考えていた。そこで、大伴黒主が居ない今、代理で陣営長を立てて運営するには、能力の高いと思われる定家を据えるのが良策だと思うに至った。俊成は定家が中学時代に家庭教師として面倒を見ていたこともあり、鞍馬側における保護者的立場の中心となっている。三つの異能が覚醒するまで鞍馬側で育てて、結果として能力に達しているとわかれば、貫之と繋がりがある猿丸大夫(さるまるたゆう)経由で正式に大原側に提案しようとしていた。貫之が聞いていた事実に近かったが、「陣営長に就く」というのは勇み足の噂だったようだ。


「誤解を招くような行動をしてしまって申し訳なかったです」


 謝る俊成と俊頼だが、貫之にも事情はわかるので責める事はできない。彼らと同じように、京都がざわついているのは感じていた。応仁の乱前後のような嵐が来るのか、それともそれ以上なのか、過去の騒動は残っている書物でしか判断できず、現在がどうなるのかまだ誰も予想できない。


「しかし、じゃあどうして今日は彼にソロの歌合をさせてたの? しかも二人とも隠れて見てるとか」


 鍛えるにも色々方法があるのだが、危なっかしい行動を見てた貫之としては、まだ異能が一つしか使えないのであれば、誰かと共同で挑んで歌合を見せるところからでも良いと思った。それに対し俊頼が恥ずかしそうに応える。


「いやぁ、あれほど強い“詠み人知らず”が出てくるというのは、ホントにこちらにとっても誤算だったんだよ」


 定家が志願していたソロということもあり、それならと俊頼が探したところ、OPA裏にギリギリ勝てそうなクラスで、その場所に居ついている野良の“詠み人知らず”がいる、とわかった。この情報が貫之の耳に入ったので、場所を知っていた。


「まあ、二つ目の異能が発動するという方が良い意味で大誤算だったなぁ」


 おおらかに、照れ笑いながら話す俊頼だが、異能が初めて発動する場に居合わせるのもなかなかできないことである。強い“詠み人知らず”とわかった時点で、最後は助けに入るつもりだったが、まさかの大逆転。歌合に疲れて、まだ横になっている定家本人だけが勝てると思っていたので、新たな異能を引き寄せられたのかもしれない。強運というのもまたカリスマを作る要素だろうが、これはそれ以上に執念で異能を引っ張り出したようにも思えた。この場に居る四人は定家の潜在能力を期待せざるを得なかった。


「どれだけ努力しても超えられない壁がある。でもこの子は最後まで諦めずに信じる力を持っていて、世界を変えるかもしれ――」


 貫之は三人が自分を見て、青臭くて言いづらかった言葉を言っている様子を眺めている状態に気付き、恥ずかしくなって発するのをやめた。そしてひとつ咳払いをして深養父の顔を見て、お互い頷いた。


「――私は大原側で中心となっていることもあるけど、一人では判断できない。でも、今回そちら側の言いたいことはわかったし、彼の実力も垣間見えた。さらに少年一人に陣営の未来を背負わせる大人にはなりたくないので、全面的に協力する方向で話し合ってみようと思う……いや、むしろ手伝わせて欲しい」


「マジか?」


 俊頼は椅子から立ち上がり、大きな身体で肩を突き出して、貫之がのけぞるほど前のめりに近づいた。


「ま、まぁ、こちらで相談してからにはなるんだけど……あれだ、大原側に妙案も候補者も居ないから多分大丈夫だと思うよ」


 おもわず迫力に目を逸らし、ははは、と苦笑いしながら応えた。


「そ、それは願っても無い!」


 彼らにしたら今夜は「はじめてのおつかい」のようなもので、お試しの時間だった。それがなぜか大原側に見つかり、険悪になるかもと思っていたところ、最良の形になろうとしていることに俊成は感謝した。


 二人が大声を出したが、すでに店内には彼らしかおらず、よく見ると閉店時間を超えており、目線を逸らしている貫之が見たのは、あくびをする店員の姿だった。


「ひとつだけ、私からの提案を聞いてもらえるだろうか?」


 前のめりな二人を制して、提案した。


「これから一つの烏羽陣営として、定期的に私のバーで集まりましょう。ゆっくりと時間をかけて強固なものにしましょう。閉店時間は私の気分次第なのでゆっくりと(笑)」


(了)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ