過去の咎人 前編
ここがこの作品の肝だと思ったので、時間をかけて挑みましたが。はい、かけすぎました。しかも前編と後編で分けざるを得ないという。とはいえ、初めて一度書いた話を削除してもう一回書き直したのでそれなりに納得のいく出来になったと思います。お楽しみください。
ー1ー
今日も私は過去の咎人だ。私は今になるまで彼女に関する大罪を胸に秘めて過ごしてきた。今日、その罪を告白しようと思う。
まだ湯気がのぼるコーヒーを飲みながら、私は彼女を待っていた。私が自らの罪を告白する気になった主な理由は前の誕生日の一件だ。あの日をもって、彼女との付き合いは私にとって「贖罪的行為」ではなくなった。今後のことを考えて、私はいち早くこの罪悪感を取り払っておきたかった。
右手でコーヒーカップを置いた頃、皿がカチャリと音を立てると同時に扉のベルが店内に響いた。入ってきた女性は店員に一礼すると、私を見つけて手を振った。
「おはよう、久しぶりね。」
「ああ、おはよう。しかし、それ程会っていなかったかな。」
「感じ方の問題よ。一日千秋って言うでしょう。」
そんな冗談を言いながら、彼女は向かい側に腰掛け、メニューに目を落とした。コーヒーを飲みながら、その様子を眺める。黒くて長い、そして普段より艶のある髪が私の目を惹きつけた。恋は盲目とは言うが、今の私は彼女の些細な変化すら見逃さないであろう。
そんな私の心を読んだのか、彼女は不敵に笑った。
「今日の私はいつもと違うの。分かるかしら?」
言いながら、ベルを押す。分からないだろうといった顔だ。
「ふむ、シャンプーかリンスを変えただろう。いつもと髪の艶が違う。」
女性は容姿の些細な変化に気づける男性に好意を示すと聞いた。私は期待しながら彼女を見たが、予想外にも彼女は面食らったような顔で私を見ていた。
「…まさか本当に当てるなんてね。少し怖くなってきたわ。」
「自分から聞いたんだろう。引かれても困る。」
人の話とはやはりあてにならない。
注文を終えて、私たちは何気ない会話で時間を潰した。私はその中で話を持ち出す頃合いを窺っていたが、出されたばかりの紅茶を一口啜ったタイミングで、意外なことに彼女から話を切り出してきた。
「それで。私をここに呼び出して、何か用かしら?」
絶好の機会である。
「ああ、うん。その件なんだが…」
しかし私は言い淀んでしまった。気のせいか背筋が冷える。寒い季節になったものだ。
「言いにくいこと?」
「まあ…そうだね。」
私は置いてあったコーヒーを飲みほした。緊張で喉が渇いたからだが、少し冷めたコーヒーは十全にその役目を果たしてくれた。
ふと前を見ると、彼女も同様に紅茶を飲んでいるのが分かった。どうやら聞く方も相応に緊張するらしい。少し気が楽になった。
「実は…」
私の言葉に、彼女が少し身構えた。私はそのまま言葉を続けた。
「告白した時のことについて、聞きたいんだ。」
ー2ー
思わぬ言葉が彼の口から飛び出した。危うくカップを落としそうになった程だ。想定を遥かに超えている。雑誌をめくりながら次のデート場所を想像してニヤついていた朝の自分が恥ずかしい。
「申し訳ない。本当なら許されないことだと分かっている。だが、それを知らないまま君と付き合うのは…」
彼はなおも座ったまま頭を下げ、弁明し続けていた。先ほどの件も相まって、ますます居た堪れない気分だ。
「ま、待って。覚えていないのは当たり前のことだから。貴方に謝られたら私が困るわ。」
私は罪悪感に耐えかねた。その結果、まだ言うつもりもなかった事をつい口に出してしまった。
彼は姿勢はそのままで、頭だけをこちらに向けた。
「当たり前…とは一体?」
当然の疑問である。
「ええ…うん、それは…その…」
もう少し後に言おうと思っていた事だった。当然、まだ心の準備が出来ていない。緊張で口から言葉が出てこない。手に取ったカップが空だと気づいたのは、口につけた後であった。あまりの喉に乾きに耐えかねて、私は言葉を漏らした。
「その前に水をもらっても良いかしら?」
彼の顔色をうかがう。
彼はいつのまにか口につけていたカップを下ろし、その底を見せて言った。
「私からもお願いするよ。」
案外、すんなりと同意を得られた。
どうやら聞く方も緊張するらしい。
ー3ー
私たちはコップに水を入れて、その中身を飲みほした。喉の渇きが癒えていくのを直に感じた。水とはかくも美味であったか。
私は最後の一口を飲み終え、ゆっくりと口を開いた。
「貴方は私に告白していないわ。」
私の言葉に彼はさほど驚いていないようだ。
「そして、私も貴方には告白していない。」
「だろうね。」
彼が口を挟んだ。
「しかし、私は友人から自分が告白したと聞いたのだが。」
「それも私が頼んだの。」
「ああ…なるほど。」
彼は友人の行動に呆れ、そして思ったよりすんなりと納得した。彼の友人は驚くほど素直に私の頼みを聞いてくれた。決死の覚悟だったこちらも拍子抜けしたものだ。そんな友人の性格を彼はよく知っているようだ。
「貴方を初めて見たのは入学式の時よ。」
「ああ、君と話したのを覚えているよ。」
「そう…」
彼の言葉に、思わず安堵の声が漏れた。覚えていたのは私だけではなかった。私は今でも鮮明にあの時のことを覚えている。




