雨の日の旅人
今日の私は雨の日の旅人であった。とはいえ何も特別なことではない。この梅雨の時期、下校途中に雨に降られるのは珍しくもないことだからだ。私に出来ることは近くの公園で雨宿りしながら、過去の浅はかな自分に対して恨み言を言うばかりである。
「あら、奇遇ね。」
ほっと一息着いたと同時、後ろから声をかけられた。
「ああ、全くだ。」
今来たところなのだろう。傘を閉じて私のとなりに腰を下ろした。
「傘を持ってこなかったのね。」
私の濡れた服を見た彼女がそう聞いてくる。
「生憎だが、タオルも無くてね。君のタオルを貸してくれないか?」
彼女は少し考える動作をした。
「水も滴る良い男って言うけれど。」
そして少し意地悪に笑ってみせる。
「……ありがたく受け取っておくよ。」
「冗談よ。真面目に受け取るのはタオルだけにしておきなさい。」
そう言って彼女は包装ビニールを剥がし、タオルを私に渡した。
「すまない、新品だったのか。」
「別にお礼なんて…」
言いかけてー何か思いついたのだろうかー悪戯を思いついた子供のような笑顔で言い直した。
「…わたしの誕生日は2週間後よ。」
実に抜け目のない人だ。
「ご忠告ありがとう。」
私も思わず笑みがこぼれた。
雨は一層強く降り注ぐ。周りは白い靄で包まれ、世界に隔離されたような錯覚さえ覚えた。止みそうにない雨に私は顔をしかめた。
「雨は嫌い?」
彼女が問いかけてきたのはそんな時である。
「好きではないかな。個人的に雨の必要性に駆られたことはない。」
「そう…」
彼女はその先の言葉を出し淀んだ。私は雨音に耳を傾けながら、静かにその時を待ち続けた。不意に入学式の日の事を思い出した。彼女と話した最も古い記憶だ。あの時わたしは何を話していたのだろうか。
それを思い出す前にベンチから彼女は立ち上がった。しばらく前を向いていたが、こくんと一回頷いて、私に向かって振り返った。
「雨を好きにしてあげるわ。」
そう言って彼女は私に傘を差し向けた。彼女の顔はほのかに赤みがかっていた。
ふと私は雨が小降りになっていることに気づいた。このまま雨宿りを続けても良かったかもしれない。
「お嬢さんの細身で傘を差すのはお辛いでしょう。僭越ながら私が傘をお持ちしましょうか?」
だが結局、私はこの返しを選んだ。彼女は微笑み傘を渡した。
「途中までお願いできる?」
「ええ、喜んで。」
私も笑顔で返した。
こうして私たちはベンチを後にした。傘は思いの外小さく、二人肩を寄せ合って歩いた。
自分でも現金な奴だと思うが、雨も悪くない。そう思えた。




