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喫茶店の客人

今日の私はとある喫茶店の客人であった。座るのは大きな窓のそば、人々が闊歩する姿を横目にまだ暑いコーヒーのカップを手に持つのだ。店内の雰囲気や流れる曲はコーヒーの味を一層豊かなものにする。

「あら、もう来てたのね。」

そこへある女性が向かいへと座った。

流れ込むコーヒーをせき止め、ゆっくりと背中を起こす。

「ふむ。君は一体だれだったかな?」

女性はさも気にせず微笑んだ。

「まあ。貴方は自分の彼女の顔も忘れてしまったのかしら。」

「おっとそれは失礼。貴方は私の彼女でしたね。」

またゆっくりと背中を倒した。対面の彼女は店員に呼びかけ、紅茶を一杯頼んでいる。

注文が終わり、店員が去ったところで私はまた彼女に声をかけた。

「では私の彼女は何の用でここへやって来たのでしょう?」

彼女はまたも微笑んだ。

「今日はデートの約束でしょう。忘れてしまったの?」

「まさか!そんな事はございません。覚えていますとも。…ところで今日は喫茶店で過ごす予定でしたか?」

「いいえ。喫茶店は待ち合わせの場所でしょう。この後、映画館に行く予定よ。」

紅茶が運ばれて来た。私は言いかけた言葉を堪え、彼女に飲むように勧めた。

彼女が紅茶を飲むのを背景に、私は彼女についての記憶を思い出す。ああそうだ。彼女は確かに私の彼女…であると思われる人だ。だが、私は彼女に告白したことも、彼女から告白された覚えもない。しかし友人達は私と彼女を恋仲であると話したのだ。ならば彼女は間違いなく私の彼女である。私一人の記憶と友人複数の記憶。確実なのは後者であるからだ。

「私のことは思い出せたかしら?」

「ええまあ。ですが、どうせなら君との告白シーンも思い出せて欲しかった。それはきっと私にとっての幸福であっただろうに。」

「まあお上手。もし貴方が詐欺師だったなら引っかかってしまったでしょうね。」

「なら私の父が私を善人とした事に貴方は感謝しなければならない。」

二人は静かに笑った。彼女はそのまま腕時計に視線を移した。

「あら、もうこんな時間。早くしないと映画に遅れるわ。」

「ほう。もうそんな時間だったのか。ならば早くコーヒーを飲み干さなければならないな。」

「そうね。」

そう言って彼女は私のコーヒーを手に取った。

「…君がそれを処理する間、私のこの持て余した手は何をすれば良いのか?」

「貴方の目はいつのまに穴が空いたの?目の前にある飲みかけの紅茶が目に入らないのかしら?」

「ふむ。全くだ。」

わたしは紅茶を手に取り、飲み干した。彼女はそれをただ見ていた。

「何をしている?飲まねば遅れるのではなかったのか?」

「…実は私、生粋の甘党なのよ。」

「そうか。私もだ。」

「あら、そうだったの。」

それを聞いて彼女はコーヒーに口をつけ……盛大に吹き出した。

「…このコーヒー甘くないわ。」

「苦いコーヒーを飲まないと誰が言ったかね?」

彼女は不機嫌そうに頬を少し膨らませた。

「悪い子には罰を与えるべきと聞かなかったかな?」

「ええ、よく父に言われたわ。」

そう言って彼女は立ち上がった。

右手を私の方に向けながら。

「でも鞭の後には飴を与えるべきとも言ったわ。」

その手を見た私は少し口角を上げていたかもしれない。

そっと右手を掴んだ。

「ああ。私の父と君の父は友人かもしれない。」

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