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第2話 Somewhere Far Beyond

――――――。


窓ガラスから陽射しが入り、その光を受けて目が醒める。

朝である。


私、唯野 智耶の新しい朝が来た。

寝ぼけた頭を掻き、ベッドから身体を起こす。

そして目覚めて一番、異変に気付く。


「カノープスがない…」


あの万能メカが朝目覚めたらいないというのは一大事だ。

困惑と不安の両方の感情がこみ上げてくる。泣きそう。

居ても立っても居られず、ベッドから飛び上がった私は駆け上がり小屋の扉を開き、周囲を見渡した。

すると小屋の横に昨日まで無かったものが忽然と建っていた。

石造りの井戸である。ご丁寧に縄に結ばれた木造の桶も用意されている。

昨日寝る前に水源を確保して身体を清めたいとは思っていたがまさか翌日になって

いきなり現れるとは。

そこでいそいそと作業を行ってるカノープスの姿があった。


『おはようございます、トモヤ』


「お、おはよう……一体何してるの」


『トモヤの要求する思考に基づき、計算及び予測したデータを元に水源を確保するべく生活物資補給の為の建造行動を実施しました』


この万能メカ、昨日私が思っていた事を何故か理解しこんな井戸を作ったというのか。

しかしこんな下着姿で表に出る訳にもいかない。

私は一旦小屋に戻るとジャケットとボトムを着て、再び小屋の外へと足を運んだ。

カノープスが建造したであろう井戸を改めて見てみる。

外観は石造りの古典的な井戸まんまであり、井戸の底を見るとちゃんと水がある。


『地下水を掘り起こしました。

水源は人体への有害物質は確認出来ない為、そのまま飲料水及び生活用の水源として活用可能と判断します』


「カノープス……君は本当に凄いな……」


この万能メカ何処まで出来るんだ。

というか私の名前を知っていたのも、多分こんな風に私の思考から読み取ったのだろう。

私が思い描いたものであれば何でも出来るんだろうか。


「あ、あの……お風呂とか作れたりする……かな……」


『お風呂、トモヤの思考をスキャン。

検索中―――該当有、アーキテクトモードを起動します。

近辺の木材と地下の鉱物質を使用し、製作可能です』


「じゃあ早速お願いします…」


『アーキテクトモードの実行を開始します。

制作完了まで予想時間は凡そ5時間程度と予測します』


そう機械音混じりの声を発したカノープスは四足歩行のまま

森林に進み、近辺の木の伐採を開始した。

本当でお風呂作れるんだ。


「じゃ、じゃあ待つね……カノープス頑張って」


5時間というは結構長いが、あの小柄の姿で井戸掘ったりしたのだから凄い。

そう思ったが今の私もただの小柄の女の子だ。

周囲を探索しても良いかもしれないが流石にカノープス抜きで行動したくない。

昨日はただただ静寂と平穏で済んだかもしれないが、未知しかないこの世界では何があるか分からない。


「何してよう……」


近辺を探索する以外で時間潰しするとなると

一度、小屋の中に何があるか再確認しておく必要があるか。

私は外で作業しているカノープスに頑張ってと声を掛け、小屋に戻る。

小屋にあるものは、机と椅子、そして机に置かれたランプ。

ベッドに、壁に取り付けられた棚くらいだろう。

一応、昨日食事をした時に使った食器はあるがそれは除外。


「特に何も無し、か」


改めて見るも、何もない。

せめて筆記用具的なものがあれば良いが、と思ったがそれも多分カノープスに言えば作ってくれるのだろう。

何もない何もない何もない何もない何もない何もない無いもの考えても仕方無い。

折角井戸があるのだ、食器くらいは洗っておこう。

私は食器を片手に外の井戸へと向かった。

用意されていた桶を使い、井戸水を汲み上げる。

久々の水だ、というか水自体昨日から飲んでいなかったので凄い有り難い。


「―――――――っぱぁ」


桶に汲み上げた水を一気に飲み干した。

非常に清々しい、新鮮な水を求めた放浪者が水を飲んだ時というのは

こういう気分なのだろう。

再び桶を使い井戸水を汲み上げると食器を水洗いする事にした。

黙々と手を使い食器を洗っていく。


洗剤も無ければ、たわしも無い。

たわしも用意出来るなら作ってもらった方が良さそうだ。

考えてみれば生活用品がかなり不足してる事が分かる。

調達手段は現状カノープスの能力だけが頼りだが、

そんな彼(?)もお風呂作りをしている。


「何も出来ない事がもどかしい…」


サバイバル的な知識もある訳でもない。

知識が無くとも生前はインターネットなる便利なもので色々調べる事が出来たが

インターネットすら使える環境ではない。

そもそもこの世界にネット環境あったりするのだろうか。

無いもの強請っても仕方ない。

とりあえず、そうだ。ぼーっとしてよう。


―――――。


――――――――――。


―――――――――――――――。


眠い。

うとうとしてきた。


体育座りみたいな感じで小屋の横の茂みに座ってるが日向が気持ちいい。

語彙力が徐々に低下しているようなそんな感じだ。

しかしながら、カノープスは休みなくお風呂作りに専念している。

時間がどれ程経過したのかは分からないが、お風呂の制作状況は順風満帆なようだ。

様子を見る限りでは、近辺から伐採した木材であろう木の板を組み込み

簡易の露天風呂に仕上げている。

木材で出来た風呂桶の横にある、石窯らしきものは湯を沸かす為の風呂釜だろうか。

早くお風呂に入りたい、というか露天風呂じゃん。

せめて四方に囲いが欲しいのでそれも後で頼んでみよう。


暫く眺めている内にやっとお風呂が完成したようだ。

それと合わせて、囲いも頼み、追加で作ってもらった。

割と立派な出来に感心する。

風呂桶に水を汲み入れる為の取っ手付きの大桶も用意してもらい、喜々として私は

井戸の水を風呂桶に入れながら風呂に入る支度を整えた。


『風呂窯への着火を開始します』


カノープスが窯に着火を開始すると風呂釜の中に火が灯る。

徐々に風呂桶に溜め込まれた水は、風呂の温度としては最適の湯舟となった。

衣類を置くのに用意してもらった木棚に脱いだ服を置くと私は素っ裸になる。

胸はない、ついでにつるつるしてる。華奢で色白で自分でいうのも何だが綺麗な肢体だ。

本当に少女なんだな私。

そーっと足元から露天風呂の湯船に浸かると、徐々に身体を湯船に沈めた。


至福だ。

屋外で湯船に浸かるのが気持ちいい。

今日くらいは身体を洗わずに風呂に入っても良いだろう、うん。

風呂に入りながら私はカノープスに次の指示を依頼した。

小屋の拡張である。

辺りの木材を使用して、私が思い浮かべられる範囲で日常生活に必要な部分の制作を頼んだのだ。

カノープスは指示通り動くだろうが今思えば何を動力源として動いているのだろう。

ビームから火炎放射まで使えて、ついでにめっちゃ頭が良さそうな自律機能搭載に大工から資源調達まで出来る。

語彙と頭の足りない私にはきっと想像もつかないエネルギーで動いてるに違いない。

そう結論付け、納得した。

それはそうと風呂が気持ちいいのだ、極楽である蕩けそう。

暫く風呂に浸かったら、いい加減探査を行う準備と心構えをしなくては、と心の中で思う。

しかしそうしている内に辺りは夕暮れが近いのか暗くなってくる。

今日は食事も摂っていないが睡眠欲が寝る事を求めている。

私は風呂から上がると、湯に浸かって濡れて火照った身体を手で拭いながら身体を乾かし

脱いでいた服を着ようとするが、置いていた筈の所に服が無い。


「あ、あれ……」


『トモヤ、衣類が不衛生であった為に衣類に洗濯を実行しました。小屋の中に着ていた衣類はあります』


私の頭の考えを察知したのかカノープスの声が聞こえた。

確かに洗濯はしていなかったがこのまま素っ裸で外に出るのは物凄く恥ずかしい。

しかしカノープスには作業を頼んでいる手前、取ってきてもらうのは気が引けた。


「う、うぅ……」


露出狂の趣味は無いけども、裸のまま小屋に戻るしかない。

誰もいないとは思っていても裸で歩くのは非常に恥ずかしい。泣きそう。

覚悟を決めた私は股と胸を手で隠しながら、露天風呂の囲いから小屋までそそくさに駆けた。

小屋に戻ると洗濯された衣類が机の上に置かれていた。

部屋着も用意したいが、無いもの強請っても仕方ないので当分は小屋の中では下着で過ごそう。

カノープスが小屋の拡張工事を行っているのを見ていても、多分今夜中には終わりそうにない。

私は下着姿でベッドに横になると満足気な気分で眠りについた。


―――――――――――――――。


少女に生まれ変わってから3日目の朝である。

私は起きてからすぐにベッドから飛び上がると早速大声を上げる。


「カノープス!トイレは何処!?」


『おはようございます。こちらです』


カノープスに昨日の晩から私が脳内でイメージしたものを元に色々と改築してもらったのだ。

衛生面というか外の物陰で用を足す羞恥心に耐えられないというか

トイレが無いのが大問題と感じた私は、尿意が近い事もあって確認も兼ねて

カノープスに用意してもらったトイレを使う事にした。

改築しただけあって大分小屋の中も広くなった。

木彫りでトイレと書かれた扉がある。扉を開くと洋式の形の便座がちゃんと用意されていた。

便座は木材だが貯水タンク等の部分は陶器で制作したのだろうか。

生前、インターネットに投稿された動画サイトで掘り起こした泥から

陶器物を作り出したのを見たことがあるから多分そういう類なのだろう。

カノープスが私のイメージを元に作ったのであろうが、凄い素晴らしい出来栄えだ。

ただ水洗式ではないようで、便器の底はただただ暗い穴が見える。

どれだけ深く掘ったのか見当もつかない。

今は良いが肥溜めじみた事になる前にカノープスにどうにかしてもらおう。

彼なら多分何でも出来る、多分。


トイレを済ませた私は、改築した室内の各所を確認し、問題無しと判断する。

休みなく働くカノープスは本当に偉いし凄いしずっと褒めてあげたい。


しかし何事も順調、という訳でもない。

衣類の換えも用意したいが、近辺のものから衣類の製作に必要な糸と布の調達は不可能だとカノープスから報告があった。

周りは森林があるのだから布地を作る為の繊維も簡単に調達出来るんじゃないかと思っていたがアテが外れた。

この辺は今後の探査を進める上での課題としておこう。

私は机に置かれたジャケットとボトムを着込み、ブーツを履いて靴紐をきつく縛り付ける。


「今日は前回よりもう少し先まで歩いてみよう」


カノープスを抱えて腰に着装した私は小屋の扉を開け、外へ出た。

今日は曇りであまり天候は良くない、昨日は水しか飲んでいないので食料も調達しておきたい所だ。

小屋から続く森林の通り道を私は前進する。

ザッザッザッと土を踏みしめてただひたすらに歩く。

何処までこの森林は続くのか、それに小動物らしき姿は初日以降から全く見ていないので

遭遇する機会があれば見ておきたい。


道なりに歩いていく内に徐々に目の前の風景から森林の樹木の数が減っている。

そろそろこの森林を抜ける先に着くのだろうか。

私はこの森林を抜けたら一度休憩しようと思い、先を目指し前進する。

そして森林の出口であろう場所まで着くとその先は辺りが大きく変わった。


荒野である。地は割れ、乾いた風が吹いている。


砕かれたような細かい岩が辺りを散乱し、昔の西部劇で出てくるようなイメージの通りの風景だ。

森林の出口付近に丁度座りやすい岩があるのでそれに腰掛けて一休みしよう。

私はそれに腰を掛けると一呼吸入れて、目の前の荒野の風景を眺めた。

こんな荒野の先には何があるのだろう。

元居た森林に小屋があったのだからそれを建てた人間がいるはずだ。

しかしここ数日人間どころか、生き物らしい生き物と遭遇していない。

目にしたものといえば自然に囲まれた森林と目の前のみだ。


この先の荒野を探索するならば、せめて水分補給を行えるような水筒を持っていきたい。

森林で用意できる部材で作れそうなサバイバル用品的なものの準備も着手しなければダメだろう。

私は少し休んだら小屋まで戻ろうと考えていた。


その時である。

荒野の先に微かに人らしき姿が見える。

目を凝らし、凝視するが間違いなく歩く人の姿だ。


徐々に私のいるこの場所まで近付いてくるが覚束無い歩き方で、まるで疲労で疲れ切った身体を引きづっているように見える。

そして、それは地に伏せてしまった。

多分だが、常識的に考えてみれば、意識を失って倒れたのだろう。

折角のこの世界に住んでいるであろう人間との初遭遇でこれは不味い、どうにかしなくては。


『微弱な生命反応を検知、距離500m』


カノープスが反応を示す。見ていて分かっていた事だが彼がそういうのだから

間違いなく生きた何者かなのだろう。

私は立ち上がると即座に倒れた人物の所まで駆け寄った。

銀髪のロングヘヤーの女性だった、歳は20代前半くらいのお姉さんくらいに見える。

砂埃塗れでボロボロではあるが黒いフランネルシャツにスラックスのようなボトムを着用している。

何より目を引いたのがシャツの上から防弾ジョッキをより強固にしたような金属製のアーマーを着ていた事だ。

軍属の識別の一種なのか右胸部に十字のエンブレムが描かれている。


『トモヤ、前方の人物は生命反応が徐々に弱まっている為、放置するのはお勧め出来ません。

予測では何らかの救援処置を打たねば数日以内には完全に生命反応を消失すると計算結果が出ています』


「ど、どうしようカノープス…」


『対象の生命反応のスキャン中―――栄養失調及びに水分不足による病状と予測。

これを解決するには食料を補給し、疲労を回復させる必要があります』


何か食べさせて安静にさせれば治るって事か、かしこいぞカノープス。

倒れた女性は完全に意識を失っている、私は彼女の身体をゆっくりと背中に担ぐと

元居た森林の中の小屋へと帰るべく足早に帰還すべく行動を開始した。


道中は何も無かったが、私が少女の身体故、身体への負担は大きかった。

単純に大人の女性を担ぐには身体能力が不足していたのだ。

多少、無理は承知と思っていたがこうも重いと非常に疲れる。

小屋の前までやっとの思いで着くと腰に装着していたカノープスが自律し

四足歩行で歩き出しながら小屋の扉を開け、私は重みに耐え凌ぎながら小屋に入る。


「ぜぇ―――ぜぇ―――つ、疲れた……」


私はカノープスに森林で採れる食材の回収を指示すると、倒れていた女性を小屋のベッドに寝かせる。

女性の風貌は美しく、その長い銀髪に相応しいというべき容姿であった。

せめて女性が着用している防弾ジョッキ的なものを脱がせておきたいが

どう外せばいいか分からない以上そのままにしておくしかない。


カノープスが小屋に戻ってくると木製の皿に森林で採れた食材に火を通したものを

私に手渡した、これで2度目だが他に調理方法は無いのかと思う。

木製の食器はカノープスが製作してくれたおかげで色々とレパートリーが増え、コップから大皿、小皿、丼、etc…と日用品としては十分な品揃えである。

私は木製のコップを2つ用意し水を入れ、椅子に座り、ベッドの女性を見つめ意識が戻るのを待つ事にする。


「――――」


ベッドで横たわっていた銀髪の女性は目を覚ましたようだ。

銀髪の女性はハッっと見開き、身体を起こすと私を直視する。

今思ったのだが、見知らぬ世界で言語は通じるのだろうか。


挿絵(By みてみん)

「―――――――!――――!」


不味い、何を言っているのか理解出来ない。

涙目になって私に何かを伝えようとしているのは分かるのだが言葉が分からないのだ。

するとカノープスが私に近付き、銃身の部分からインカム的な物を取り出し私に手渡した。


『トモヤ、そのデバイスを耳に着用下さい。対象の言語理解のサポートを実行します。

対象の思考をスキャンし、トモヤの脳内に対象の言語のデータを送信を開始します』


カノープスが小難しい事を言っているが翻訳の手助けをしてくれるのだな。

私はインカム状のデバイスを耳に装着すると、一瞬意識が真っ白になった。

失神する時に陥る眩暈が来たかのような感じだろうか。

そして、私は銀髪の女性の言葉に耳を傾ける。


「た、助けて頂きありがとぅございます……!

部隊が壊滅して、正直もう救援も望めないまま野垂れ死ぬと思っていました…」


おお、言葉が分かる。

というか凄い物騒な厄介ごとを招き入れたのではないかこれ。


「あー…あー…はじめまして、言葉通じるか、な」


不安しかないがとりあえず喋ってみる。


「はい……言葉は分かります。

こんな可憐な女の子に助けて頂けるというのは僥倖というべきか、恥ずかしいというべきか。心より感謝します…!」


「とりあえず水と食事用意したので、食べてもらえると…」


私は用意していた水と食事を提供すると、女性は涙を溢れさせながら

ガツガツと食事を口へ口へと運ぶ。

余程腹が空いていたのだろう、感謝します感謝しますと咀嚼しながらも感謝の言葉を

何度も何度も私に口にしていた。


『トモヤ、対象の衛生状態は宜しくありません。

湯舟による肉体の洗浄を実行すべきです』


「お風呂の準備、出来る?」


『メインシステム、風呂の準備ルーチンを実行開始します』


四足歩行でよそよそとカノープスは小屋の扉から出ていく。

風呂の準備ルーチンとかどんな命令処理を実行してるんだろう。

銀髪の女性は食事を済ませ、食器を私に手渡すと深く頭を下げた。


「私の名はスピカ=ヴィンテミア。

アストライア方面軍の重装砲兵です。この度は助けて頂き本当にありがとうございました」


「わ、私は……トモヤって言います。

ユイノ・トモヤです」


所属を名乗られても正直この世界が何なのか理解していない以上、相手に合わせて話すしかない。

私としては情報が欲しい、根掘り葉掘りと言わないまでも色々聞きださなくては。


「あ、あの……私は……この場所、というか世界自体がどういう場所なのか

把握していないのです。お教え頂けますでしょうか」


「把握していないのですか? 記憶喪失…?」


「そ、そんな感じでして……」


スピカを名乗る女性は微笑むと私に丁寧にこの場所、世界がどういった所か説明してくれた。

私が拠点にしているこの森林地帯を含む場所はアストライアなる地方になるらしい。

森林を抜けた荒野の先には街や軍事施設があるとの事だが、ここからだと相当距離があるようだ。

スピカが持参していた地図を見て説明を受けても聞きなれない地名だらけで頭が混乱する。

ただ地図に記された文字は読めた、カノープスが私に何らかの処置を行った事は分かったが多分それによる効果なのだろう。

あの銃、本当に何処まで出来るんだ。


スピカ曰くこんな荒野に森林地帯がある事自体知られていなかったらしい。

話を聞くとアストライア地方は大規模な戦争の果てに荒れ果てた地域が殆どで森林がある場所自体が珍しいとの事だった。

そして何より、話を聞いていて驚いたのが機械仕掛けの自律メカは珍しくないという

話だったのが驚きだ。

ただしそれは戦闘用の兵器としてであり、カノープスのような超凄い万能メカは

聞いた事もないという。

そしてスピカは敵の自律兵器との交戦で敗走し、壊滅した後に逃げ回った果てに行き場も無く荒野を彷徨っていた所を私が彼女を拾ったという事になるらしい。


「しかし…アストライアにこのような森林地帯があるとは思いませんでした。

多分軍部もこの事は知らないでしょうし、草木も生えない荒野に

こんな素晴らしい場所があるとは……」


スピカは森林がある事自体を驚嘆しているようだ。

実際、森林を抜けた先は見渡す限り荒野しか見えなかったし、この場所自体がかなり貴重な所なのだろう。


「年端もいかない記憶喪失の少女をこんな所に一人で過ごさせる訳にはいきません。

トモヤちゃんはアストライア方面軍の誇りにかけて、私スピカ=ヴィンテミアがお守りします!」


「ど、どうも……でも、重装砲兵って名乗った時に仰ってましたが、それらしき武器が見当たらないのは……」


「本当にごめんなさい……。

敗走した際、武器も全て放棄して、そのまま意識が朦朧としたまま、荒野を彷徨っていたようなのです……」


状況が状況だったのだろう、苦渋の表情で泣き出されると私も見ていて苦しいし

事情があった相手をこんな事で責めたくない。

ちょっと聞く方向性を変えるだけで重々しい空気になるのは失敗したかもしれない。

そう思っていた矢先、外からカノープスが帰ってきた。


『トモヤ、お風呂の準備シーケンスが完了しました。

いつでも入浴可能です』


この銃は空気も読めるのか。凄いぞめっちゃ凄いぞ。


「スピカさん……とりあえず、お風呂、湧きましたので入りませんか」


「お風呂……? もしかして、湯浴出来るのですか……!?

感謝の極み通り越して、トモヤちゃん大好きですっ―――――!」


風呂に入れると聞いたスピカは目の色を変えて私に飛び付き、思いっきり抱き着いてきた。

まさかお風呂に入れるとは夢にも思っていなかったのだろう。


『トモヤの心拍数、血圧共に急激な上昇を確認。

危険です、このまま上昇を放置すると人体に甚大なダメージがあると予測します。非常に危険です、対処が必要です』


「カノープス助けて!」


『エラー、友好的行為を中断させるシーケンスの実行は当プログラムには不可能です』


「ぁぁぁ望みが断たれたぁ…」


私はスピカに突如抱き着かれて必死に抵抗するも、少女の身体で大人の女性の抱擁を拒否するのは無理があった。諦める他無い。

暫くして落ち着いたスピカを屋外の露天風呂に案内すると私は露天風呂の囲いの外で待機する事にした。

四足で直立不動しているカノープスは私の指示を待つように前に立っている。

外は既に夕暮れ時。もう暫くしない内に夜になるだろう。


「カノープス、君は何を動力にして動いてるの?」


こんな万能メカが休みなく動いているのは何故なのか非常に興味があった。

謎の超エネルギーで動いているとしか思えない。

そして疑問だった答えをカノープスは簡潔に答えた。


『トモヤの生命力を動力源として稼働しています』


「…えっ?」


私の生命力ってどういう事なの、命吸われてるって事なの。

頭が悪いのでその辺はもう何が何だか分からない。


『トモヤの生命力がある限り当プログラムは半永久的に活動可能です』


「そ、そうですか……」


ちょっと理解が追い付かないのでこの話は聞かなかった事にしよう。

首吊って少女になって訳の分からない世界に迷い込んでいる状況を今でも理解が追い付いていないのに私の生命力を動力源に動くなんて言われたらもう考える事やめたくなる。


「それとさ……色々機能を備えてるのはもうここ数日でよーーーぉぉく分かったんだけど、カノープスのマニュアルみたいな物って無いの、機能紹介みたいな」


『メインシステム、検索中―――――該当有り。

トモヤの質問事項を解決する為のシーケンス実行、実行、実行、実行

実行、実行、実行、実実実実実実実実実実実実実実実実実実実実

―――エラー、シーケンス実行の為のデバイスが破損しています。

メインシステム、シーケンス強制停止』


マニュアル自体はあるらしいが何やら不穏な挙動で強制停止してしまった。

ちょっと壊れたらシャレにならない、聞くのはやめておこう。

そもそも破損してるって単語今聞いた気がするんだけど大丈夫なのそれ。


「トモヤちゃん一緒に湯浴しませんかああー!」


露天風呂の囲い越しから嬉しそうなスピカの声が聞こえてきた気がするが不穏な

単語が聞こえてきたとも言えるし無視しよう。

行き倒れしてた筈なのに今じゃキャッキャ騒ぎながらお風呂入ってるしここの世界の人はタフなんだなぁ。

暫くしてスピカが露天風呂から出てきたので私も入れ替わる形で露天風呂で身体を清める。

しかし私以外の人がこの世界に住んでいる事は分かったので衣類の調達や調味料も何とか手に入るだろう。

特に服、一着しか着るものが無いのは色々辛いし。

明日以降、スピカと相談して何とか人が住む地域まで行く段取りを整えておきたい。

顔半分を湯舟に沈めて考え込みながら今後の方針を練りに練って頭の中で整理する。


風呂から上がり、夜の薄暗くなった小屋に戻った私は椅子に座り、眠る事にする。

普段使っていたベッドはスピカに使わせる事にした、流石に行き倒れしていたのを見ている以上使わせない理由は無い。

ただ、先程から私に一緒に寝ましょうとか女の子同士なら大丈夫とかちょっといかがわしい事になりかねないような口調で誘ってくる言葉が聞こえてくるので無視する。


今日も疲れたが収穫はあったと思いつつ、机に俯せになると私は眠りについた。


―――――。


―――――――――――――。


「おはようございますトモヤちゃん!」


めっちゃ響く、耳にめっちゃ響く。

ここ暫く今まで人に起こされる事は無かったのでちょっと耳が痛い。

しかし生前も人に起こされる事はあるにはあったが――――。

思い返すだけで嫌になる”上司からのモーニングコール"がフラッシュバックする。


毎朝、毎朝、毎朝、毎朝、上司からの電話で今日の業務内容の報告を要求され

何故もっと早く出社しないのかやる気は無いのか始発の電車で会社に出社すれば始業時間前に業務の前倒しが出来てもっと業務が捗る筈だ何故出社しないのかお前は今の会社に忠誠心は無いのかあるならこんな電話を受ける前にはもう会社に出社して業務に取り組んでいる筈だお前はだからダメな人間なんだ普通の社会人というのは―――――。


「うぉぇっ、うぅ――――」


吐きそうだ、泣きそうだ、思い出すだけで死んでしまいそうだ。

辛い、辛い、辛い、本当に辛い。

私は嗚咽を堪え切れず、泣き出してしまう。


「ト、トモヤちゃん!?」


突然の事態にスピカは私を必死に介抱する。

起きて突然泣かれて対応に困ったどころか、もしかしてとんでもない事しでかしたのではないかという表情でスピカは泣いた私を抱きしめ、懸命さを感じさせる言葉で私を慰撫する。


「ごめんなさいごめんなさい、私が何か悪い事をしてしまったというのなら謝ります!

本当に謝りますからトモヤちゃん泣かないで!」


「ぐすっ……ぅ、ぅ……」


もう生前の頃のような苦痛だけの日々とは別れを告げたはずなのだ。

そんな筈なのにまるで忘れたくても這い上がるように思い出す悪夢というのは

まるで呪いだ。

そんな呪縛のような呪いを一刻も早く忘却の彼方に追いやりたい。

正気になり落ち着いた私は、腕で涙を拭った。


「―――――すいません……昔の事を思い出してしまって。

つい取り乱してしまいました……」


「トモヤちゃんに酷い事をした人でもいたんですか。

こんな年端もいかない可愛い少女に、そんな事をした人がいるなんて許せない」


ちょっと少女というのは語弊があるが、それでも私の事で憤慨してくれたというのは

嬉しい。

昔の事はもう本当に忘れたい、出来る事なら少女の身体のままで平穏で楽しい第二の人生を歩みたい。


「トモヤちゃん、復讐するつもりがあるなら相談してください。

私が軍に戻った暁には部下達と一緒にトモヤちゃんを泣かせた外道の脳髄生きたまま引き抜いて反省してもらうようにしますから」


言ってる事が物騒だ、はははと私は枯れた声で適当にそれを流すと私は

スピカが元々いた町へ向かいたい旨の相談を持ち掛けた。


どれどれとスピカは持っていた地図を取り出し机に置くと、この森林地帯の位置からスピカが暮らし住む町までの距離を割り出し、どれくらいの日程で到着するかを計算する。

アストライア地方の広大な荒野はディケーの荒野と呼ばれているらしい。

ここはそのディケーの荒野の中心部だとスピカは言う。

距離としては休憩を入れて4日程。

ただしそれは敵との遭遇を考慮しない場合での話、とスピカは私に後押しする。

元々スピカは敗走し敵から逃げ出した身であり、それと遭遇した場合武器が無い為にその敵と遭遇した場合、迂回し遠回りをしなくてはならない。

しかしその場合、ディケーの荒野は劣悪な環境である以上、食事や水分の調達も期待出来ず大半は野垂れ死するのが常という。


「スピカの言う敵から食料物資を奪えばいいのでは?」


私はスピカに何も考え無しに思い付いた言葉をそのまま投げる。

小難しい表情でスピカは私の質問に答えた。


「無理ですね。敵は人間ではありません」

「人間じゃない…?」


「記憶喪失のトモヤちゃんはもう忘れちゃったかもしれませんが、武器無しの状態で生きるもの全ての天敵たるオートマトロンに見つかれば必ず私達皆殺しにされます」


「あ、あの……オートマトロンって何ですか」


無知な私を許してほしいスピカさん。

私はオートマトロンが何なのかスピカに聞く事にする。

昔、この大陸を含む全世界の戦争で運用された兵器が暴走し、人間を含む全ての生きた生物を襲い、殺しては喰らい殺しては喰らいを繰り返す存在である事を教えてくれた。

暴走した自律行動を維持する為に生物の生命力を動力源とする為に生物への殺傷行為を繰り返してるという。

生命力を喰らい……行動……ん?


『トモヤ、当プログラムは正常稼働中です。

トモヤを含む友好勢力への攻撃は有り得ません』


カノープスが私の思考を察知してか反応する。

こんな良い子が悪い事する訳ない、うんうん。

というかこの世界の機械って生命力を動力源にするのか、実にオカルトなロジックだ。

カノープスは非常時に武器になるし、というか元々武器だし。

何とかなるんじゃないかと思うのでここから出発し、スピカが住む町まで向かうで行こうとスピカに私はそう出発する事にする旨を伝え、身支度を整えた。


日持ちしそうな森林で採れた食料品と木製の水筒に井戸水を入れ、遠征の準備をする。

スピカが言うには飲料に適した地下の水が掘り起こせた事自体が奇跡だという。

荒野の地下水は過去の戦争の影響で人体に深刻な影響があるほどに汚染され、町でも隣国から水を調達しないと飲み水の確保すら出来ないというのが実情だというのだ。

だからお風呂に入れた事にあんな喜んでいたんだ……。


「トモヤちゃん、準備出来ました」


スピカは軍属なだけに結構な荷物を運搬してくれるのは心強い。

アサルトアーマーという上半身に着込んだ皮と金属製の防具に食料品等を吊り下げるといつでも行けますと言わんばかりの表情で私に準備完了と告げた。


「スピカさんそれじゃ、行きましょうか」


色々手を加えて愛着も湧いてたこの小屋ともお別れというのはちょっと寂しいがまた戻ってくるだろう。

誰が建てた小屋なのかずっと分からなかったが、元々の所有者に会える事があればお礼を伝えないと。


私とスピカ、そしてカノープスは人が住む町へ向かうべく行動を開始した。


―――――森林を抜け、荒野を歩き、2日が経った。

荒れ果てた地面に時々見掛ける倒壊した建造物、そこらかしこに散乱する人の白骨を目にすると昔大きな戦争があった傷跡がこれかと私は思う。

確かに、私が拠点にしていた森林地帯は貴重な場所だったのだろう。

そろそろ食料と飲料水も底を尽きる、このまま順調であって欲しい


しかし世の中そうもいかないのであった。


『敵性反応を含む大型の熱源を検知、敵性反応との距離3000m』


腰に装着していたカノープスが突如告げる。

敵性反応って言ってるという事はもう相手からは気付かれてるって事では。


「スピカ―――さん!敵襲です!」


「嘘でしょ!? 姿が見えないけど気付かれたの!?」


『メインシステム、戦闘モード起動します』


私とスピカは敵襲に備える。

しかし武器を持つのは私のみでスピカは索敵に専念する。


「敵が見えない! 何処にいる!」


『残り300秒で接敵すると予測します。周囲の警戒を怠らないようにしてください』


スピカが焦り散らすも淡々とカノープスは自身が予測する接敵までの時間を告げる。

機械音混じりの声は残酷なまでにこれから迫る脅威を伝えている。

そして、地響きと共に地面が割れた。


巨躯の鉄の塊が私達の目の前に姿を現す。

大きさだけでも全ての生きるものの天敵と呼ばれる凄まじさが分かる、何なんだコイツは大きさだけでも推測でしかないが30m以上はあるぞ。

砂埃塗れの黒い胴体に、腕部には巨大な砲身部分が針鼠の様に飛び出していて、太い配線が千切れ千切れになった赤の発光でモノアイを向ける頭部、雰囲気だけで圧倒される脚部の無限軌道がキュラキュラと音を走らせ今にも私達を轢き殺しますと言わんばかりの、殺意と鉄の塊が顕現したのだ。


『正面の敵性反応を解析中、――生体反応無し。敵は自律兵器と思われます』


「スピカさん!来ます、指示を!」


「こいつは、私の部隊を、壊滅させた…………無理、無理無理!

通常の武器では歯が立たなかったのよ!逃げるしかないわ!トモヤちゃん、これに勝とうなんて思わないで!逃げるわよ!」


もう勝ち目が無いと判断したスピカは私に即時に逃走を提案する。

しかし、この距離では流石に、もう、逃げられないのではないか。

敵は腕の巨大な砲身をこちらに向け、凄まじい電磁音と共に閃光を放った。


「きゃああああぁぁあ―――!っっぐぅあっ!」


まるで地響きを起こすような衝撃と砂埃が舞う中、直撃を受けたのであろうかスピカの身体は宙で仰け反り、苦痛の悲鳴を上げ地面をのたうち回った。

スピカの胸部に装着されたアサルトアーマーに大きく溶断されたような丸い傷跡がその威力を物語った。

貫通まではしてないようだが、衝撃と空中からの落下で大きく負傷した様子なのは見ていて痛々しいくらいに分かる。


「―――――このぉ!」


私は必死にカノープスの銃口を敵に定め、必死の思いでトリガーを引いた。

ズギャアアアアアアンッッ!という怒涛の電磁音が鳴り響き、緑色の閃光が視界を遮り、放たれた閃光が巨躯の敵の胸部付近を直撃した。

直後、巨大な爆発音と共にドス黒い煙を上げ、敵は炎上し始める。

しかし敵のモノアイがこちら側を見つめる事を止める様子はない、まるで殺意だ、機械であるのに殺意の塊が身体に突き刺さるような感覚だ。

ギギギギと敵の不快な金属部分が摩擦する音が周囲に響き、無現軌道を地面でスリップさせ荒野の土を抉り取るように撒き散らし砂埃を巻き上げた。

接近するつもりなのだろう、あまりの圧倒的な脅威と地面の揺れが私の行動を侵害する。

これでは身動きが取れないどころか、犬死だ。


『トモヤ、敵性反応の解析の結果、動力部中枢を予測しました。

精密射撃による攻撃を行う為、トモヤの肉体の制御を本プログラム側で行います』


手で構えていたカノープスが何やら見つけたらしい。

というかカノープス、私の身体を制御するって言ってるけど任せた方が良いのだろうか。

カノープスの銃身部分から針が付いた配線のようなものが飛び出たと思うと、直後私の腕に突き刺さり、激痛が走った。

痛い、滅茶苦茶痛い。意識が朦朧としてくる。

目の前が霞み、倒れそうだ。


『―――トモヤの肉体及びに自律神経との接続完了、制御を開始。予測位置への射撃実行』


こんな状況でも、カノープスの声が、聞こえる。

身体の感覚が無い、勝手に身体が動いている。

敵が巨躯を生かした強襲で接近戦を仕掛けてくる。

しかし、それを私は間一髪で回避した。

私の意志ではないが私が回避した。

カノープスが私の身体を制御しているのだろう。

殺意剥き出しの無限軌道を轢き潰しを躱された敵はバランスを崩し、横転しそうになる。


「す、凄い……トモヤちゃん……凄い、凄いよ……」


倒れていたスピカはその圧倒的な敵を前に、憶する事無く戦う私の姿を見て驚嘆の表情で見つめていた。私やその仲間達では勝てなかった殺意剥き出しの恐怖に挑む姿を。

スピカは一生懸命目に焼き付けていた。

強大な敵に立ち向かう少女の後姿は、英雄そのものだと。


『トモヤの肉体の負荷甚大、制御プログラムによる肉体限界まで予測残り30秒』


私の肉体を制御するカノープスは、私の身体を駆け出させ、巨躯に向かって決死の突撃とも見える行動を開始する。


『敵性反応より新たな熱源検知、回避不可能。射撃による迎撃を実行』


敵はそれに対応するように腕の砲身を私に向けて、耳に突き刺さるような電磁音を鳴り響きかせながら射撃を敢行するも、私はカノープスの銃撃で、それを全て撃ち落としたのだ。


「トモヤちゃん、凄すぎるよ……少女なのは見た目だけで、もしかして何処かの国の特殊部隊の兵士なのか、な……」


スピカはその凄まじい神業とも言える瞬間を見ている。

私の所属する軍の熟練兵でも、ここまで瞬時に対応出来る能力を持った者はいないだろう。

記憶喪失と言っていたが、あれは実は嘘で、人里から離れた場所で隠居暮らしをしていた特殊部隊の兵士なのではないかと思う程だ。


私は敵の巨躯な図体の上に駆け上がり、カノープスが狙いをつけていた箇所へ銃口を向ける。俗にいう零距離射撃を行う瞬間だ。

私はまるで映画でも見ているような感覚で、私自身が行っている行動を眺めている。

身体が動かないが動いている、カノープスの制御によるものだと思うが肉体能力を限界以上に引き出しているのだろうか。

私は敵の背面の箇所への零距離射撃を行い、


瞬間―――爆発と共に宙へ舞った。


ズザアアアアアァァと地面に引きずるように着地する。

敵の巨躯が破砕し爆発する、爆発し沈黙した巨躯の頭上には巨大なキノコ雲が現れた。

大気が震え、その爆発の衝撃は身体全身を痺れ上げさせた程だ。


『敵性反応の目標、沈黙しました。

メインシステム、通常モードに移行します』


制御を離れ、自由が戻った私は、自由になった筈なのに身体の姿勢の維持が出来ないまま地に伏せてしまった。

動けない、体の自由が……効かない……。

瞬間、疲労感と激痛が身を襲い、身体は麻痺した。


『トモヤの身体は極度の疲労状態にあります。

それを解決するには休憩が必要です、安静にしてください』


「………………」


疲労のせいか、喋ろうにも声すら出ない。

これは暫く、休む他、無さそうだ――――。


私は、意識が遠のき、目の前が真っ暗になった。


――――――――――――――――――!


私、唯野 智耶は意識を取り戻し、目が覚める。

身体は妙に揺れる感覚でやけに視界に違和感がある。

地面をまるで、高所から眺めているような―――


「トモヤちゃん! カノープスさん、目が覚めましたよ!」


『おはようございます、トモヤ』


目が覚めた事に気付いたスピカとカノープスは私に声を掛けた。

私はスピカの膝元で頭を撫でられながら寝ていた事に気付き、赤面しながらいそいそと身を起こした。


「あらーもう少し寝てても良かったんですよー」


「い、いや……めっちゃ恥ずかしいですし……」


しかし、この揺れは何だ。

私は今置かれている状況に気付いた。

気を失う前に死闘の果てに撃破した、敵の機体の上に乗っていたのだ。


「トモヤちゃんが倒れた後ですね、カノープスさんって言いましたっけあのオートマトロン。撃破した敵の機体を掌握、修繕して機体を有効活用するとか言い出して直しちゃったんですよ! トモヤちゃんのオートマトロンすっごいです!」


『メインシステムは正常に稼働中、局地戦闘用大型オートマトロン"アニヒレーター”とのリンクは問題なく行えています。

損傷が酷い為に当機体の出力は30%程度しか発揮出来ませんが運搬として利用可能と判断した為、システムを掌握し当機体を修繕し利用するのが最善と予測しました』


先程の敵の名前、アニヒレーターというらしい。

カノープスはそれのシステムを乗っ取って直して再利用したとさらりと凄い事言ってるけど本当、銃なのに君は多機能すぎませんか。

乗っている場所はその機体の肩辺りに乗っているのだろうか、横を振り向くと配線が剥き出しの光るモノアイカメラをぎらぎらとチラつかせる頭部が見える。

火花めっちゃ散ってる気がするんだけど壊れてまた爆発とかしないんだろうか、いや壊したのは私なのだが。

アニヒレーターの脚部の無限軌道がキュラキュラと廻り、荒野を巨躯が走る。

スピカはカノープスに目的地の方角を指示し、人が住む町を目指した。

そしてその町らしきものが見えてきた。

建ち並ぶ石造りの建造物は生前いた現実世界の中東の風景まんまそれだ。

町の入口に立っているのは衛兵だろうか、重火器を装備しこちらを見ている。

そしてこちらの姿を見て驚愕した表情に変わった。


「敵襲か!? 軍より報告があった敵のオートマトロンがここまで!?

本部に救援要請を――――――――待て、人が上に乗っている……?」


駆け足で駆け寄る衛兵らしき姿が見えるが高所から眺めている手前、いまいち分かり辛い。

重火器らしきものを身構え、衛兵は私達に停止するよう叫んだ。


「そこのオートマトロン止まれ! 人を乗せている以上、指示には従えるな!

そこの女性2人!所属と名前を告げよ!」


「スピカ……あの人何か叫んでるけどどうしよう」


「あれは私が所属する軍の衛兵ですわ。

流石に事情を説明する必要もありますし降りましょうか」


「わかった、カノープスお願い」


『了解しました、サブルーチン起動。

アニヒレーターのタンクデザントの終了シーケンスを実行します』


私達が乗っていた砂埃塗れの巨躯の機体は無限軌道を停止し、その巨大な腕を使って私達を地上へと下ろした。

カノープスはアニヒレーターの制御の為か、同伴してこない。


「見知らぬ少女と……君はルーテナント・スピカ!

目の前にいるオートマトロンと交戦し死亡したと聞いていたが、生きていたのか!」


「へへへ、横にいる女の子に助けられちゃった。

この女の子凄いのよ、私を助けてくれただけでなく今貴方の目前にいるオートマトロン倒して制御まで奪って運用しちゃってるんだから!」


「なんと……」


スピカの名前の後に続いたルーテナントって単語は何だろう、軍の階級名かな。

衛兵の男らしき人物はまじまじと私の身体を真剣な眼差しで見てくるが、見方によっては少女の身体に釘付けになった変態に見えてしまう。


「ルーテナント・スピカを救って頂き、そして軍の宿敵だったこのオートマトロンを撃破して頂いた事!

このような可憐な少女が為した奇跡は正に我が国にとって救国の英雄に他なりません!貴女に感謝を!」


直後、男は膝頭を地に付け私に驚喜の勢いで頭を下げ感謝の言葉を叫んだのだ。

私は流石にこのような感謝されるような行動をされたのは生まれて、生前でも少女の身体に生まれ変わっても初めてだ。

嬉しい、嬉しいのだけど英雄と呼ばれてどのように反応すればいいのかわからない、教養が足りなくて本当にごめんなさい。


「感謝するのはいいから案内して、彼女も困ってるわよ」


「はっ!ルーテナント・スピカ!これより軍本部に向かい、歓迎すべき英雄が来た事を報告してきます!」


「ちょ、ちょっと性急過ぎない!?」


スピカの制止する声を他所に衛兵らしき男は全速力で町に帰ってしまった。

あちゃー…と頭を傾げてスピカはちょっと説明の順序間違えたかなとぼやいている。


「ま……いっか、町に入りましょうか。

ここからなら近いですしもう歩いて向かっても大丈夫でしょう」


「そ、そうですね……」


最短でも4日は掛かると思われたが出発して2日目に遭遇したオートマトロン"アニヒレーター"のおかげで劇的に移動時間を短縮できたのである。

結果、3日で荒野を踏破する事が出来た。

今後森林地帯と町を行き来するにも有用な移動手段が出来ただけに非常にありがたい。

ただ、前回のような死闘を演じるというのは今後御免被りたいものだが。

アニヒレーターを町の入口で待機させると頭部部分からカノープスが銃口部分を覗き出し、地面に下りてくる。


『システム、通常モードに移行します』


元々の姿である銃の形態に戻ると私はカノープスを腰に着装した。

スピカの案内で町に入ると町並みはそれなりの賑わいで活気があった。

中東の露天のような店が大通りに並び、それぞれ商人達と客が買い物をしている。

色々生活雑貨を揃えたいが致命的な問題に気付いた。

金が無い、無一文である。

人が暮らすというのはお金が必要になる。

人の生活する空間なら簡単に物を仕入れる事は出来るだろうと頭にあったが、こんな当たり前の事を何で気付かなかった私は落胆してしまう、どうしよう。


「トモヤちゃんとりあえず軍の本部に一緒についてきてくれませんか!

帰還の報告もしなくちゃいけませんし、トモヤちゃんにそれ相応の報酬も渡さなくちゃと思いまして!」


「はい……一緒に行きます」


嬉々とした声でスピカに一緒に本部まで来てほしいと言われ、拒否する理由もなければ報酬的なものも貰えると聞いて私はそれに従う以外選択の余地はなかった。

町中を歩くと銃器を装備を携持する兵士の姿が目立つ。

スピカと同じようにアサルトアーマーを着用しているが皆が皆、ハンドメイドによるものなのか形状や細部が異なる。

中には全身を金属機械で固めたようなパワードスーツを着用し歩く姿の兵士さえいる、暑そうだが大丈夫なんだろうか。

見るもの全てが物珍しさで溢れてて中々見応えがある。

暫くスピカの後をついて行く形で歩く内に目的地らしき建物に着いた。

周りが石造りの建造物の中、ここだけが鋼鉄の要塞のような堅剛さを感じさせられるような作りである。

ぱっと見で七階建てくらいの作りか。

建物の周りには軍旗であろうか、何らかのエンブレムが描かれた旗が立てられている。

入り口には兵士が二人立ち、弾頭らしきものが備えられた携行型のランチャーを持ち、私達をじっと見つめているが無言のままだ。


「ここです、じゃ行きましょう」


「お、お邪魔します……」


入り口から颯爽に入るスピカを私は恐る恐る余所者的なスタンスで後ろからついて行きながら建物に入ると、エントランスから繋がるロビーに多数の兵士が立ち並んでいた。

その中には町に入る前に英雄と呼んでくれた兵士の姿もある。

ロビーの中心で立ち並ぶ兵士の中心には顕要そうな雰囲気を漂わす老人の姿があった。

その老人ただ一人だけが、金属製のアーマーや戦闘服を着用せず、どこぞのお偉いさんが着てるような制服と制帽を着用している。


「よくぞ帰還したルーテナント・スピカ。

この度の帰還と我らが宿敵であった憎き大型オートマトロンの撃破は我らが軍の誇りだ。

接収するまでとはまさか予想を遥かに超えている、称誉すべき事だ」


「はっ!ルーテナント・スピカ只今帰還致しました!

この度は私の横にいる協力者が大きな力となり、国を救う程の戦果を上げて下さいました!

トモヤちゃん! ささ、前行った行った!」


場はワッと盛り上がり、歓声が上がる。

中央でスピカと会話してるお爺ちゃんはブリガディア・カンケルというのか。

スピカに背中を後押しされる形でそのお爺ちゃんの前に出てきてしまった。


「はははっはは……はじめまして……わっわたしはっ、ユイノ・トモヤって……言いますはい……」


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