第1話 End Of All Hope
世は既に勝ち組と負け組が二極化する時代。
文字通りの意味だ。
私、唯野 智耶は負け組の側にいた。
度重なる上司の熾烈な罵倒、パワハラに心が毎日のように擦り減り
休日である筈の土日は毎週のように休日出勤を任意という名の実質強制という形で駆り出され
最早、何の為に生きているのかという考えすら頭によぎっていた。
無論、給料なんて雀の涙しか出ないが、実家にも頼れない事情の身で転職などして
失敗した時の事を考えると現状維持以外に選択肢はない。
何処で人生の選択肢を間違えたのだろうかと昔は自問自答したものだがもうそんな考えをする気力も無い。
「……」
毎晩、夜の11時過ぎに帰宅し、最低限の食事とシャワーを済ませ、床に就くだけの生活。
昔は趣味のプラモデルを作る事もあったが今ではもう叶わない。
これでは生きていても仕方ない、まるで働く為に生きる言葉通り社畜そのものだ。
毎日、通勤時のホームで列車が目の前を横切るのを見る度に、これに飛び込めばどれだけ楽になれるのかと思う。
「辛い……」
とても辛い。辛すぎる。
世に生きるブラック企業に勤める人間達は毎晩この苦痛に耐えるに堪え生きているのか。
日本国内では毎年数万人の自殺者がいるというがそれは苦痛からの解放を願う行為に他ならないのだろう。
毎晩睡眠を促す為に飲んでいる酒も明日の出勤を考えただけで酔いが醒めてしまう。
苦痛だ。
このような日常を過ごし、生きていく価値など何処にあろうか。
そんな事を考えている内に、流し見で見ていたテレビ番組のテロップに自殺者の報道が告知される。
また死んだのか。
死ねば楽になるのか。
気が付けば私は部屋の片隅にあった梱包で使うビニール紐に手をかけていた。
どうかしたのだろう。いや、こんな現世で苦痛とやり場のない怨恨を募らせて生きる方がどうかしている。
紐を屋外の鉄骨部分に縛り付け、垂れ下がった部分で輪を作る。
そう、首を吊る死刑執行の為の準備。
死への恐怖よりも、こんな日々から脱却し、苦痛から解放されたいという思考が勝った。
準備した紐の輪の先には妄覚なのだろうか、光輝く世界が垣間見える。
死ぬ覚悟は出来ている。というよりこんな苦痛から解放されるならばもう死ぬしかない。
私だけがこのような考えに至った訳ではない、毎日のように誰かしら死ぬ。
その仲間に私も加わるだけだ。
日頃、声や顔を聞き見するだけで苦痛の上司に死ぬ間際の怨嗟の声を書き綴った遺書でも
残してやろうかと一瞬考えたが、そんな気力も無い。
「――――」
脚立代わりにした椅子に上り、輪にした部分に首を括った。
もう生きる事に未練はない。
自殺した後、腐乱した自身の死体がどうなるのかくらいはちょっとだけ気になったが些細な事だ。
人は死んだ先、天国と地獄に行くのがセオリーらしいが自殺者はどちらへ行くのだろう。
宗教には詳しくない私には、人は死んだら何処へ行くのか見当もつかないが。
――まあ、それももうすぐ分かるのだろう。
取り留めのない考えと共に、自分の命を支えているそれを、蹴り飛ばした。
自身の体重を首に、痛い、苦しい
ビニール紐が、首に食い込んで、苦しい、痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
こんな事なら、せめて、食いこまなさそうな太めの縄でも、
用意する、べきだった。
意識が遠のく、これが、死か―――。
―――。
気付けば目の前は虚無というべきか。
何も見えず、そもそも視覚を感じない。
というよりは五感そのものが働いていない。
「汝が、慟哭の声の主か」
声が聞こえた。
「汝は死してまつろわぬ魂となった」
要するに私は死ねたと言っているのだろう。
ここが天国か地獄かは想像もつかないが。
「汝が思っている天国、地獄、いずれも異なる」
こちらが思っている事を見透かすように語りかけてくる。
相槌を打ちたいが言葉を発する事も出来ない。
「汝のようなまつろわぬ魂を救済する事こそが我が使命」
救済とは素晴らしい響きであるが、既に望みは叶っている。
死んで現世の苦しみから解放された以上、それ以上に望むことはなかった。
「汝のような転生を拒む魂は放置しておけんのだ。輪廻転生というのは果たされなければならない。どのような形であれ、汝の魂が望むままに」
しかし私自身、転生という第二の生自体に望みはない。
生まれ変わりがあるとしてもまた前世のような苦しみを受けるのであれば転生自体を拒むであろう。
「汝が転生を拒むのは望まぬ世界での生以外を知らぬ故。我はそれを救済する為に存在する。汝のようなまつろわぬ魂の救済こそ我が使命であり存在理由である」
大層な物言いではあるが結局は私自身が拒否すれば終わる話なのだろうか。
正直拒絶する以外のヴィジョンが見えない。
これが成仏を拒む地縛霊や亡霊の気持ちなのだろう。多分。
「ならば我が力で汝の魂の記憶の残滓から、汝の意思を最も強く受けた被写体を元に望む姿形として受肉を行おう、それを見てから改めて汝の答えを聞こう」
一体何を言い出すんだと思った矢先、声の主の言葉が言い出した途端。
“私”が眩い光に包まれ、光が収まったと思えば肉体が突如として芽生えたような感覚に陥る。
正直曖昧だ、表現として正しいものなのかどうかは分からない。
しかし、先程まで感じもしなかった五感が今では実際にある。
自らの手足を見渡す、細い指に華奢な足、色白の肌。
これは10代くらいの少女の身体であろうか。
そして、回復した視覚で”私”の肉体を確認していると、これで自分の身体を見よということだろうか、目の前には姿見が現れている。
恐る恐る自身の姿を確認した。
ショートヘアの黒髪に、凛々しさを感じさせる少女の貌。
身体そのものはスレンダーと言っていいのだろうか、胸はほぼ無い。
服は無いが受肉を行ったという声の主が言うのだから肉体のみを用意したのだろう。
そしてこの身体に関して、心当たりがあった。
学生時代遊んでいたゲームにキャラクターをクリエイト、所謂自分好みの
カスタマイズを行い、そのキャラクターを駆使して遊べるものが存在した。
記憶が正しければ、その時に作ったキャラクターそのものだ。
多分、その記憶の残滓から声の主は、このような事を行ったのだろう。
確かに愛着はあったし、社会人になっても自由な時間があればまたその手のゲームには触れてみたいという
気持ちはあったかもしれない。ああ、懐かしいな。懐かしい。
「感心してもらえたか、そして転生を願う意欲はどうだ」
声の主は満足そうであるが問題はある。
裸だ。
ちょっと見ていて恥ずかしいというべきなのか、自身の肉体だが元が元だっただけに違和感はある。
「それならば汝、望むべき姿を想え。我はそれを叶えよう」
まるでゲームのチュートリアルだ。
創造されてる側のゲームのキャラクターもこのような感じなのか。
直前まで死を望んだ人間であった私にはちょっと突然過ぎる死後の世界だ。
声の主に応じて、自身の姿から服のイメージを思い浮かべる。
この手の少女の普段着ってなんだ、分からん。
ええいままよ、学生時代の頃に遊んだ頃のキャラの服装をそのまま思い浮かべよう。
「それが汝の望む服装か。宜しい、その通りに叶えようではないか」
光あれと言わんばかりの閃光が身を包み、着衣された服が顕現した。
肩部にハーネスが付属した暗いカーキ色のジャケットに、それに合わせたような色柄のパラシュートパンツ、
靴は黒一色のブーツ。そしてそれは本来少女が普段着として着るような服装では無い。
ご丁寧に服どころか、当時イメージしたゲームで愛用していた特異な形状の銃までが
着衣したパラシュートパンツの腰に固定されている。これ、実際に使えるのか。
「それが望みか」
昔、自身が作り出したキャラクターのままだ。
当時は少女キャラにミリタリー色を取り入れ楽しむ事に精を出していた。
こう、学生時代に趣味全開で設定したキャラクターが自身の肉体として利用される事となるとは。
「そして、身を賭して死こそが救いと信じ、まつろわぬ魂となった汝に力を授けよう」
力ってなんだ。ゲームでいうスキルや超能力的なモノの解釈で良いのか。
「そうとも言えるし違うとも言える。何故なら汝の望むものの形次第だからだ」
しかし、何も思い浮かばない。
死んだ後の事なんて何も考えていなかった。望みも、救いも死が全て解決してくれると信じたからだ。
「ならば、前世でやり残した事はないか」
無いと思ったが、合間さえあれば手掛けたプラモデルの組み立てが思い浮かんだ。
よりによって前世でのやり残しを問われ、それを思い出すのか。
「なるほど、それが望みか。ならばそれに応えよう」
一体、どのような形でそれに応えるのか想像も出来ない。
「転生先は我が最適解となるであろう地へ導く、汝の心の声を訊いて考慮した上での転生先であり、望んだ世界での生となるはずだ」
というか転生には承諾した覚えはないのだが、もう決定事項なのか。
「そうだ、行き場のない魂を望む形で救済、導くのが我が使命」
そうかと相槌を打つように心の声で返答をしようとした途端、
――意識が、遠のいて、眩しい光が、逆―――
「汝の魂に救いのあらん事を。次の世界は、汝の幸福が満たされる世界であらん事を」
――――。
――。
その声を最後に、目の前が無となった。
――。
――――。
私、唯野 智耶という存在は死んだ。
死んだ後に言葉では言い表せない体験を経て、謎の声の主との邂逅の果てに、意識が飛び、私は目が覚めた。
そして生き返った。生前の肉体が全く異なる転生という形で。
小柄な身体となった私はきょろきょろと周りを見渡す。
ここは何処なのだろう。
空間全体からは木の匂いを感じさせる木材で出来た壁に、ガラス張りの窓、シーツが敷かれた一人用のベッド、木材の壁に面して置かれた机と椅子、そしてこの場所の出入り口であろう変哲もない扉だ。
ここは多分、小屋だろうか。
何故このような場所にいるのか分からない。
というか精神的に疲れて何も考えたくない。
着装していた銃を腰から外し、着ていた衣類を脱ぎ捨て、下着だけの姿になると用意されていたベッドに仰向けで倒れこむ。
嗚呼、何もせずに、何も考えずにただただ時間を貪れるというのは何と心地いいのだろう。
生前の肉体とは別物あれど、今までロクに休息というものを享受出来ずにいた私は何もしないという時間に喜びを感じていた。
しかし私は何者になったのか、そしてここは何処なのか。
まずこの場所がどのような場所か、全く知らされてもいないし、自身がどのような存在であるかも理解していない。
この身体、転生した際に受肉を果たしたという少女の華奢な身体は違和感なく私の身体と化している事だけは分かる。
何より、自身が昔ゲームで作成したキャラクターと身体の特徴や髪、瞳、身長等全て遜色ないのだ。多分それら全てが同一なのだろう。
声も少女のそれらしい声音である。生前の肉体とは全く別物になってしまったが特に悔いもないし、若さを取り戻せたと思えば寧ろメリットだ。
何を為すべきかすら分かってない私だが、とりあえずは休息を得ることで頭がいっぱいだった。
「――――ん」
気付けば、ベッドに倒れこんだ後、意識は沈み、眠っていたようだ。
時間がどれだけ経過したのかは分からない。ただ、窓から見える空の景色は既に暗く、輝く星空だけが見える。
二度寝をしてもいいとは思ったが、目は既に醒め、眠れそうにない。
部屋に灯りを燈すものはないか薄暗い部屋を目で凝らし、見渡した。
テーブルに古いランプのようなものが見える。この手のものに関しては全くと言っていいほど知識はないが果たして点くのだろうか。
ベッドから起き上がり、テーブルまで足を運ぶとランプを手に取る。
原理を理解しないまま色々と試行錯誤する内に明かりが燈された。
そういうものなのだろうと頭で納得しつつ、ランプを机に置き
私は椅子に腰を掛けた。
生前では転生なんて一種のオカルトでしかないと思っていた。
それは百歩譲って納得したとして、今私がいるこの世界は何なのか。
こんな小屋に放置され、今後どうするべきなのか。
食糧に生活物資はどう調達すればいいのか。
正直分からない事だらけだが、時間だけはある。
これからゆっくり調べていけばいい。心の中で自問自答しながら私自身をそう納得させる。
椅子に座り、色々と考え事をしている内に窓ガラス越しから空が徐々に明るくなってきた。
夜も明け、陽が昇ったのだろう。朝である。
ランプを消し、ベッドに横になる前に脱ぎ捨てた衣類を手に取るとジャケットとボトムを着込んだ。
これしか衣類のレパートリーも無いのも寂しいが今後どうにかなるのだろうか。
衣類を着込むと、ベットの片隅に置いていた両手で担いでやっとの大きさの銃を手に取る。
特異かつ鋭利な形状のこの銃器はこの姿と同じく過去、学生時代遊んだゲームに登場し
私が親しんだ武器の一つだ。
元々のゲーム上では、この武器は光学兵器の一つに分類され
軽量でかつ装備した時のヴィジュアルも良かったので愛用していた。
肝心の武器性能自体は中の下あたりではあったが。
そんなものを第二の生というのも未だに信じられないが、現実で触れる事になるとは。
銃身やグリップのディテールをまじまじと見てみるが、本当に撃てそうな造形をしている。
引き金を引くのが怖い。
わざわざ用意してくれたのだから多分、撃てるのだろう。
着装を済ませ、ブーツの靴紐を縛り上げる。
「正直、不安しかないけど……行くしかないか」
部屋の扉に手を掛け、不安を胸に扉を開く。
開いた扉の先は深い緑が茂る森であった。
一応、整備されたであろう通り道はある。
しかしなぜ私はこんなところにいるのだろう。疑問は頭を募るばかりだった
歩く、ただ道なりを歩く。
ただただ静寂と森林が続く。
不気味なまでに静かで、正直怖い。
「だ、誰かいないの……?」
不安と恐怖に駆られ、思わず誰もいないであろうに思わず言葉が出てしまう。
誰もいない事は明らかなのに返事なぞ返ってくる事もない。
自分一人しかいない孤独というのはここまで不安になるものなのか。
そう思っていた矢先であった。
『認証確認。メインシステム、起動します』
機械音のような声が聞こえた。
何処からだ、一体何処から声が聞こえたのか。
「ど、どこから声が…誰かいるの…?」
声の発信源を探るが周りにはやはり誰もいない。
しかし、幻聴ではない。間違いなく何かしらの声が聞こえたのだ。
『認証を確認しました。所有者ユイノ=トモヤ、当プログラムは以降、所有者をトモヤと呼称します。』
私は必死になりながら声の出所を探る。
そして分かった。
声の出所は、銃である。
腰に着装している銃が喋っているのである。
「ひっ!銃がぁっ、喋ってるっ!?」
私は驚き、思わず悲鳴に近い声を上げてしまった。
そしてそれは無機質な機械音のような声で私に語りかけた。
『当プログラムは初回起動の為、チュートリアルを開始します』
「ちゅ、チュートリアルとかあるんだ…」
まるでどこぞのゲーム開始時にあるような場面そのものだ。
私は驚きつつも、心を落ち着かせ冷静さを取り戻す。
「チュートリアルとかいうの始める前に、質問とかしても……いい?」
『はい、問題ありません』
淡々と銃は私の言葉に答える。
疑問だらけだった私にやっと教えてくれるだろう存在と会えた事で安堵感が生まれた。
「ここは何処?」
『エラー、質問を解決する該当データがありません』
「き、聞き間違い……かな、もう一度聞くけど、ここは何処?」
『エラー、質問を解決する該当データがありません』
これ欠陥品なんじゃないかと勘ぐってしまう。
該当データありませんってどういう事なの。
唖然としてしまう私の事を無視するが如く、銃は私に語りかける。
『当プログラムはトモヤのアーキテクトを支援する為に制作されました。他、非常時における戦闘から日常生活における支援が可能です』
アーキテクトとは聞きなれない単語が出てくる。
どういう意味だったか……建造とか構築とかそういった意味だった気がする。
この銃の話を聞く限りでは、色々と便利機能兼ね備えた万能ロボット的なものだと解釈すればいいのだろうか。
「そ、そう……」
正直、何て言えば良いのか分からない。
こんな身体になって、今いるこの場所がどういった所かも理解出来ていないのに、今度は自称万能ロボットみたいなものの登場だ。
「それで、君に名前とかあるの……?」
『当プログラムはカノープスという名称が設定されています。もし必要であればその名称でお呼び下さい』
「カノープス、か……分かった」
カノープスとはどういう意味なのだろう。
微かに聞き覚えがある単語ではあったが、インターネットや辞書といった便利な道具も無い今その意味を調べる事も出来ない。
とりあえず、この銃の名前を呼ぶ時にはそう呼ぶ事にしよう。
「それで、チュートリアルって何をすればいいの?」
『チュートリアル開始時、戦闘を想定したプログラムを開始します。音声ガイダンスに従い、当プログラムのデバイスを操作してください』
泣きたい。一体何を想定したチュートリアルだというんだろう。
『当プログラムに設定されたチュートリアルを開始、戦闘モード起動します』
「おー…なんだかそれっぽい」
『トモヤ、デバイスのグリップを握り、銃口を前方に向けて構えてください』
音声ガイダンスに従い私は腰に着装されたカノープスを手に取り、銃口を前方に向け構える。
両手でグリップを握り、両足を肩幅程度に開き腰を落とす。
生前、警察官がやっていた構え方がこんな感じだっただろうか。
『トモヤ、前方への射撃を行います。トリガーを引いてください』
「分かった」
淡々と指示を出すカノープスの音声に従って私はグリップを握る手の指をトリガーにかけ、それを引いた。
直後、ズギャアアアアアアンッッ!という怒涛の電磁音と共に周囲の空気が揺れ、緑色の閃光が視界に広がったのである!
私の周囲の森林はそれに呼応するが如く揺れ、その衝撃に耐えた手足は音が過ぎ去ると共にびりびりと痺れが遅れてくる!
『チュートリアルを終了、以降戦闘時は以下の方法で攻撃を行ってください』
「カノープス!これ絶対やばい奴だよね!」
『戦闘の際には当プログラムにおける音声支援も可能です、必要に応じて活用ください』
「活用って……戦闘、そもそもする事あるの……」
チュートリアルに従って撃ったこの銃、近未来的な凄いハイテク武器である。
というか絶対ヤバい。
正直、この世界が何なのか分からないのにこんな武器を使う事があるのだろうか。
対象物に向けて射撃を行った訳ではないが多分、私みたいな人間相手に撃ったら瞬時に蒸発するであろうという事は想像出来た。
緊迫と緊張と不安と衝撃の出来事で私の頭はもうオーバーヒート寸前だ。
しかしそんな事を他所に、私の身体は別の危険信号を発した。
空腹である。お腹がすいたのだ。
「うぅ、何も食べてなかった……」
『食料調達の支援要請、承認しました。スキャンモードに移ります』
「カノープス、君そういう機能もあるの!?」
凄い万能メカだ、一家に一台とはまさにそういう事なのかもしれない。
『南西方向、3m先に食料となりえる植物を検知。そのまま南西に進んでください』
「は、はい…」
カノープスの音声に従って歩く。そしてその先には木の根本にキノコが生えていた。
多分、これの事だろう。というかあるのかキノコ。
「これ、毒とか入ってないよね?」
キノコというのは毒か食用か見分けるには知識を要すると聞いた事がある。
私にそういう知識が全く無い以上、見分けるどころか毒キノコか食用キノコかも見分けがつかない。
『毒物検知無し、問題ありません』
カノープス凄いぞ、君はキノコ博士か。
とりあえず食べられるのであれば収穫しておこう。
私はキノコを引き抜き、手元に取った。
その後もカノープスの案内で周囲の食べられる食材を案内してもらい、一通りの収穫を行った。
人間生きる為には食べなくてはならない。これは仕方のない事だ。
しかし生きる為に食べ物を調達するという行為に充実感はあった。
これが生きているという事なのだろう。
暫くして両腕に食材を抱え、元居た小山で帰ってきた。
さてどうしよう。私は小屋の前で抱えていた食材を降ろすと考えこんだ。
食べられると言っても食材を調理して食べるといった行為はほとんどしていなかったからだ。
生前はいつもコンビニで購入した弁当や解凍して食べるタイプのインスタント食品を食べていた。
「ど、どうやって食べよう…流石に生のまま食べる訳にもいかないし」
『周囲に食料を補給する為の食器の存在が確認できません。
これより日常生活における必要物資の調達を開始します』
カノープスがまた何か喋りだした。
と思えば腰に装着していた筈がいつの間にか無くなっている。
「あ、あれ……」
困惑した私は周囲を見渡す。
するとカノープス、自律して歩いているではないか!
君歩けたの!というかぎこちない動きけど凄い!
何処かの海外の軍が開発していたような兵器に四足歩行で気持ち悪く歩くものがあった気がする。
カノープスはまさにそんな感じの歩行で歩いている。
暫く様子を見ていると周囲の森林の木に差し掛かった。
『メインシステム、アーキテクトモード起動します』
鉄同士がぶつかる稼働音が聞こえる。
カノープスの様子がおかしい、おかしいというか徐々に銃の形からガシャンガシャンと音を立てて変形している。
暫くして変形を眺めていると、回転鋸やら刃物が飛び出した工作機械的な感じの姿に変形していた。
回転鋸がギュイーンという鋭い回転音を発し始め、目の前の木を伐採し始めたのである。
みるみるうちに木は切り倒され、カノープスは切り倒した木の加工を始める。
カノープス、お前日曜大工も出来るのか。
感心通り越して驚嘆である。このメカ凄い。
暫く木材を加工する音が鳴り響き、そして音が鳴り止んだ。
『メインシステム、アーキテクトモードを終了します』
カノープスは作り終えたそれを、私の手元までよっそよっそと運んできた。
それは木材製の食器であった。日常生活に必要な物資ってそれだったのか。
戦闘から大工まで出来る銃って万能過ぎる。これが近未来の武器か。
「カノープス…凄いのは分かったけど、さっき採ってきたこの食材で何か作れる?」
『メインシステム、該当する食材の調理を検索、エラー。
サブルーチンを起動、食材を調理するには日常物資が不足しています。
その為、食料を摂取出来る状態まで加工を行う簡易調理でのプログラムを開始します』
日常物資が不足しているとはいったいなんだろう。
何が足りないのかまず分かってない私。聞けば教えてくれるんだろうか。
色々考えてる私を無視するようにカノープスは先程収穫した食材を
四本足の爪先の可動部で掴み、瞬間、カノープスの銃口部分だった箇所から
炎が吹き出たのである。
俗に言う火炎放射というやつなのだろう。
それは一瞬であった。
その橙色の火炎は食材を焙り、幻想的な空間を演出していた。
火炙りにされた食材を切り刻み、先程加工した食器に投入したのだ。
「く、食えって事だよねこれ……」
ご丁寧に調理された食材が盛られた食器の上には箸が用意されている。
とりあえず屋外で食べるのもあれだし、小屋の中に戻ろう。
私とカノープスは小屋の中に戻ると、私は小屋の中の椅子に腰かけ
先程調理されたものを食べる事にした。
「あ、味が野菜そのものだわ……」
調味料も何もつけていない。
火はちゃんと通っているが油も無ければ塩味も無い。ヘルシー。
不味くはないが味付けは欲しいと思った。
もぐもぐもぐもぐと無心に噛み締めている内にカノープスは元の銃の形態に戻っていた。
「……これもしかしなくても凄い銃なんだな」
そうしている内に、日も暮れ辺りが暗くなってきた。
この世界が何なのかすらまだ分からないまま1日目が終わろうとしていた。
死んで生き返って、衝撃だらけの1日だった。
しかし元の世界と違って時間も有り余り、好きなように使える。
これ程、生きている事に充実感を感じた日はいつぶりだろう。
とりあえず、明日からはこの世界が何なのか理解する為に探索しなくちゃなぁと思う。
明日は身体を清めたいし、川か水を浴びれる所を探そう。
少女の姿で不衛生というのは気が引ける。
頭に思考を走らせる、やはり色々すべき事は山積みだ。
正直、未知だらけだ。
カノープスを名乗るこの銃も不安要素しかない。
色々ありすぎたけど明日から頑張ろう。
その、頑張ろうという気概を持てたのも、もういつ振りの事か。
「―――うぅ、っ」
何でだろう、涙が止まらない。
気が緩んだ途端に思わず、嗚咽してしまう。
もう大丈夫だ、大丈夫。そう私自身に言い聞かせ心を落ち着かせる。
そして着ていた衣類とカノープスを机に置き、私は昨日の様に下着姿でベッドに
仰向けになるように床に就いたのだった。