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1 《悲劇の恋人あるいは守銭奴な2人》

ふと、意識が戻る。

バキバキと鳴る骨を無視して頭を持ち上げれば幼い少女が僕を凝視していた。


「ぁ、あ、」


「きれー、だね、とりさん」


淡い青の髪、陽を思わせる、紅の瞳。


「お早うございます!ご主人サマ!」


幾千幾万と繰り返された挨拶が、しわがれた声に乗って飛び出した。







「ねえ、今日こそ名前を教えてくださいな、鳥さん」


「ご主サマ、ご主人サマ、奇異なことを仰いますな!鳥こそがご主人サマの名付けた名前!鳥こそがご主人サマが千年万年前から私めを呼ぶ名前にござますれば!」


「鳥さんは強情ね。私と出会ったのは5年前じゃない。私が4歳の夏。」


蔦の蔓延った薮の中、お世辞にも楽しい場所とは言えない廃墟に彼は住んでいる。

そんな廃墟の中央にある、かつては美しい白銀であっただろうと思われる大きな鳥籠が彼の住まいだ。9歳の私が中に入って寝転べるくらいに大きな鳥籠だけど、彼にはどうにも窮屈そうに見える。


ところどころにある窪みには宝石が嵌め込まれていたらしい。今の彼の住処を飾るのは、どこからか飛んできた種より芽吹いた花と、絡まる蔦くらい。でもそんな素朴な飾りが、彼に似つかわしいように思えた。


私は一応、ゴウショウノオジョウサマってヤツをやっている。身分柄、綺麗なものや美しいものを見ることは多い。そんな私に、すっごく綺麗な彼が白銀に囚われて囀る様は今まで見たどんな物よりも美しく見えた。もちろん、宝石だってたくさん持ってるし、トクベツな私の周りに侍るのは綺麗な子ばっかり。だけど、私が心を動かされたのは彼にだけなのだ。


「ご主人サマ、ご主人サマ、私めをお見捨てなさるのですか?ご主人サマ、私めは何千何万年も前からご主人サマただ1人にお仕え申し上げているというのに!」


「鳥さん、鳥さん、じゃあ、私のお願いの話をして。いいでしょ?鳥さん」


彼の頬に手を伸ばし、包み込むように手を這わせれば、彼の黄金の瞳がじっと私を見つめた。

どこか空虚で定まらない瞳の奥の奥の奥の奥に、今日も吸い込まれるような不安に襲われる。


「深淵を覗き込めば、また、深淵もあなたを見ているのだ、か。」


「?お話いたしましょうか、ご主人サマ?」


不思議そうに小首を傾げる彼はとっても可愛くて、私は彼の目尻にキスをした。

咎めるように身じろぐ彼は、それでも私の手の中から逃げ出せない。

鳥籠の扉は壊れて開きっぱなしだというのに、彼は絶対に逃げ出さないのだ。


「話して、私の鳥、かわいそうな囚われの鳥さん」







今より少し昔の話でございます。とある王国に、1人の少女が


ええ、この大陸に国という概念が存在した話ですから、只人にはかなり、そうですね、昔々あるところに、という前置きで始まるような話にございます。

ご主人サマはご主人サマはそれをお望みですか?

では、私めの昔語りをもう一度始めさせていただきましょう。


昔々、あるところに、1人の少女がいました。

とある貴族に仕える侍女であった少女は、大変見目麗しかったために多くの男の目線を引きつけていました。彼女にとっての不幸は、彼女が平民で、彼女の仕えていた貴族の位階があまり高くなかったことでしょう。


え?貴族とは何か、ですか。

申し訳ありませんご主人サマ、丁寧にお話せよとのご命令を私めは私めは失念していたのですご主人サマ。

貴族とは、青い血の流れる尊い血筋の家柄のことです。


彼らは平民の上に立ち、平民を収めることを役目としていました。


え?彼らはどの神の愛子か?いえ、ご主人サマ。彼らは神のご寵愛を受けたわけではありません。青い血の流れる人間などいない?もちろんもちろんそうですとも、ご主人サマ。だからこそご主人サマが旗を振られたあの夜、只人でありながら驕りたかぶった貴族たちは私めが滅ぼしたではありませんか。

ええ、話に戻りますね。


貴族よりも美しい平民の娘として、令嬢たちには疎ましがられ、令息たちには下卑た目で見られた少女は、それでも成り上がるために懸命に嫌がらせを倍返しにして踏ん張りました。


え?そこは家族の為に耐えるところじゃないのか、ですか?まさか、ご主人サマは幼少のみぎりにお一人で私めを見つけ出すような方ですよ?おとなしくするはずもないじゃないですか。ちょ、やめてください、格子に押し付けないでくださいませ苦しっ…


こほん。侍女として有能でありながらも令嬢の仕打ちに屈さず、令息には丁重にお帰り願い、慰謝料を分捕ることを忘れない少女の凜とした守銭奴感溢れる在り方の噂は瞬く間に広まりました。

蔵を預かる大臣の子息であった青年もまた、その噂を聞きその侍女に興味を持ちました。守銭奴素晴らしい、と。結婚適齢期でありながら金を湯水のように使う令嬢たちが、国の財政を預かる身としてどうしても受け入れられなかったのです。そんな折に聞いた侍女の噂に、青年は駄目元で足を運びました。


ええ?そこは健気に頑張る侍女を不憫に思うんじゃないのかって?失礼ながらご主人サマ。嫌がらせを倍返しにし、哄笑しつつ慰謝料を分捕る侍女のどこに健気さを感じ、不憫に思うのでしょうか?ああいえ、わかってくださればいいのです。


青年は侍女の令嬢令息へのあしらいを見て感嘆しました。いずれ蔵を預かる大臣になる自分に必要な、人と交流する素晴らしい能力。次の日には侍女を引き抜きにかかっていました。そう、結婚相手を探せと言われないくらいに独身で手柄を立てる部下候補として、侍女は誰よりも相応しかったのです!


そこは結婚相手じゃないのか、ですか?嫌ですねえ、ご主人サマ。男性の失言を暴力で封じようとするような気丈な女性に結婚を申し込もうとする奇特で危篤な方なんているわけ…痛いっ痛いですご主人サマ!棘がっ、蔦薔薇の棘が私めに刺さっております!ご主人サマの婿候補より私めが先に危篤にぃぃっ


げほっ、げほっ…ごほん、こほっ。突然高位も高位、大臣の子息の訪問を受けた侍女は、仕えていた貴族家に瞬く間に差し出され青年の部下とさせられていました。

高位貴族の子息と美貌の平民の娘の噂は仄かな悪意を持って貴族の間に知らしめられました。曰く、平民の娘が貴族の子息をたらし込んだと。

優秀で出世の約束された結婚相手候補と遠慮する必要のない美貌の愛人候補を同時に失った貴族たちは容赦を捨てました。だからと言って優秀な守銭奴の2人組に足をすくわれないように、それはもう丁寧に嫌がらせが仕掛けられました。


え?嫌がらせする理由?いえ、まあ確かに仕事中毒なお2人に恋愛要素なんてこれっぽっちもありませんでしたが。主人サマは主人サマは、いいな、と思ったお方がどなたかのものになってしまった経験は終わりではありませんか?え?足の速い駿馬を競り負けて手に入れ損ねた?だからその買い手にさらに優秀な駿馬を見せつけたんですか…しかもご主人サマの馬と交換という条件で交渉、駄馬と競り落とし損なった駿馬を交換、と。

た、確かにそうですね、駿馬を競り落とし損なった人が駿馬とその飼い主に嫌がらせという構図ですが…ああいえ、主人サマ、別に主人サマの邪悪さに恐れをなしてたわけでは痛いっ痛いです主人サマっ!足の指を!足の指をグリグリするのはおやめくださいませぇぇっあっ!


…ひっく…ぐすっ…ひっく。…すん。

こほん、…くすん。

蔵を預かる大臣の子息と、守銭奴な元侍女の側近は瞬く間に国の不正を暴き、国庫を潤していきました。

しかし、2人が不正を取り締まり国庫を潤した分を大きく上回り、2人が唯一手を出せない相手、王室の方々は贅沢三昧で酒池肉林を繰り広げていました。

当然のように、見目麗しい青年と娘にも、それぞれ王室から愛人にと命令が下されまし


は、酒池肉林とはどこにあるのか、ですか。まさかご主人サマ、私めに数多くの後宮を滅ぼさせておきながら後宮に憧れを…?…は?ああいえ、誤魔化しているわけではありませんよ。酒池肉林というのは、ご主人サマが仰るような酒の湧き出る池と干し肉のなる林ではなくてですね、ごにょごにょ…ご主人様サマっ⁈やめっ、ちよっ、蔦漆と蔦薔薇で縛るのは冗談にもなりませっ、やめてくだっ、不埒者ってなんですかっ!ご主人サマが質問なさっ、ご主人サマっ、変態鳥ってわたっ、私めのことですか⁈


…えぐっ、ひっぐ、ぐすっ、…ひっく、えっぐ、ひっぐ、ぐすっ。…ひっく…っすん…ふぃっく…ぐすん…ひっく…すん……すん。

2人がいなくなれば王国の財政が破綻するとして、2人が愛人にさせられるのはなんとか避けることができました。しかし、今まで願って叶わないということがなかった王室の者たちはどちらか一方を差し出すようにと命じました。

2人にとって大事なのは利益であり、金銭であり、金儲けでした。1にかね、2にきん、3に金儲け、4、5が飛んで6に利益といった2人は、王室からの直々の命令を読み、互いに顔を見合わせました。

青年は貴族です。娘は青年に取り立てられた高官といえど平民。能力が評価されてはいましたが、やはり青年あっての地位です。

青年は、美貌の娘の勝気な顔を見て、そして鏡に映る自分の美貌を見ました。

そして2人は、劇団を始めました。


…ひっく、ぐすっ…ひっく。な、なんですか、ちょっと待てって。今、結構物語の佳境ですよ?え?なんで唐突に劇団を始めたか?それはこの後出てくるんですよう…え?まだ私めが出てない?今から出てくるんですからちょっと待っていてくださいよ、主人サマ


そんな2人の演じる劇の内容はこうです。

主人公はもちろん2人。国の暗部を取り締まり、民のために夜を徹して働く麗しく孤独な貴族の青年。死んでしまった家族に心配されないように、貴族の嫌がらせにも気丈に立ち向かう美しく健気な平民の娘。


え?誰のことか、ですか?もちろん侍女と青年のことですよ。疑わしそうな顔しないでください主人さま。続けさせていただきますね?


けふん。ある日出会った2人は、期限をつけて仕事上の相棒として働くことにします。共に汚職や賄賂事件を暴く中で互いの心の中に潜む悲しみと願いに気づいた2人はやがて緩やかに恋に落ちていきます。


金がない悲しみ、金儲けしたいという願い、金儲けへの恋とか言わないでください、主人サマぁ…


こっ、こほんっ!そんな時に、美しい2人の噂を聞きつけた魔王と息子と娘がそれぞれ娘と青年を自分の物にしようと暗躍し始めます。魔王の子供たちは王室や貴族を操って、国と民に貢献してきた2人を陥れようとあの手この手で罠を張りました。

引き裂かれそうになる2人、2人は最初に出会った森の花畑で小さな約束をしました。

何度引き裂かれても、幸福のために立ち向かおう。そして、幸福を分かち合おうと。

そんな2人にかつて幸福を分け与えられた人々が魔王と魔王に操られた者たちを倒そうと2人のために立ち上がります。


だからぁ…幸福をかねに変換しないでくださいよぉ…彼らは悲劇の恋人なんですっ!得た金は平等に分割しようと約束してる商人じゃないんですよぉっ!ぐすん…


…くすん。しかし、魔王がそんな2人の幸福を奪おうと、本気で手を入れてきました。


だからあっ!金じゃないんですっ!幸福なんです!あるっ、主人サマってっ、ほんとに血も涙もなぃひいぃぃぃっ!やめっやめてくださいませっ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!蔦漆はっ!蔦漆だけはどうかご勘べ、ひぃぃぃっ!


ぐすっ、ぐすんっ、ひっく、ひっく…ぐすん。






本格的に泣き出してしまった鳥さんに、今日はもう語れないだろうと察した。

ところどころ血が滲んでるし、出会った当初は嗄れていた声は、今は優しげな青年のものへと治っている。優しい青年を泣かせる少女。まるで私が悪い人のようではないか。

その声を聞けばその持ち主の美貌に思いを馳せさせるであろう美声。私のせいでそんな美声の持ち主が割とガチ泣きしているというのはなかなか心にくる。だって舞台に立たせれば見物料取れそうなのに、見物人私だけで儲け0なんだもん。

…あと、ちょっと悪かったなって思わないこともないし。そこまで追い詰めたつもりはなかったのだ。私的には。


まあ、私は巷で有名な白ベランダのお姫様の話を聞き、その予言の力で競馬や流行り廃りを知れたら一人勝ちだね、と言って侍女を流せた前科がある。ちゃんと気をつけなかった私が悪い。

そういえば、私に白ベランダのお姫様の話を聞かせてくれたあの侍女()は、白ベランダのお姫様って老婆になってもお姫様って呼ばれてるのかな?なんかそれって痛いっていうか…無様?と言ってから姿を見ないけど元気にしているだろうか。


「鳥さん鳥さん。また明日お話を聞かせてちょうだいね。」


とりあえず、鳥さんが顔を開けて私を見るたびにびくつくから今日のところは帰ってあげよう。

優しい私は、彼を泣かせたこと、それなりに反省しているのだ。ちなみに後悔はしていない。

綺麗な彼が泣く姿はとても可愛いんだもん。








作中に出てくる「白ベランダのお姫様」は作者の「世界を終わらせる最後には、花の香りの口づけを」に出てくる創作物語です。


《白ベランダの概要》


海を信奉する民は、より海に近い場所へ住まおうと崖に張り付くように家を建てました。

家々には海を望む白いベランダが取り付けられました。

そんな白ベランダのひとつに、海の神様に愛され、陽の紋様を読み解くことによって予言の力と神の意志を知る力を得た少女がいました。

海の色を持った美しい少女を、人々は白ベランダのお姫様と呼んで大切に大切に育てました…

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