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四十四物語  作者: 九JACK
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 誰よりも度会が百物語を楽しみにしていたことを塞はよく知っていた。

 学級委員の名は伊達ではなく、クラスのことをよく見ていた。星川や度会が被害に遭っていた葉松のあからさまないじめだけでなく、佐伯が美濃や古宮にしていた陰湿なものも把握していた。美濃を別クラスにという話も塞が一枚噛んでおり、本当にクラスに貢献しているのである。

 葉松などを筆頭に、クラスのほとんどの面々は「面倒事をわざわざ自分からやってくれるやつ」という程度の認識だっただろうが、いじめられっ子やそちらの味方側からするとかなり信頼のおける人物とされていたのである。

 その信頼から香久山は、塞に日付決めを振った。全てが自分たちの策謀であると悟らせないために。塞はきっと、去年百物語をできぬまま死んだ度会を悼み、七月三十一日を選ぶだろうから。

 そして、その思惑のまま、塞は七月三十一日を迷うことなく選んだ。


「そっか……委員長、僕が転校してきたばかりのときも気にかけてくれたもんね」

 去年の夏休み明けからの転入となった相楽が納得する。相楽に限らず、塞は一人一人に気配りをしていた。その点については妹尾姉妹の雫も認めている。

 塞はほろ苦く笑う。

「これは僕もかつてはいじめられっ子だったからですよ。立場的にはこのはくんと同じ。今はもう、体の傷はないけど、蹴られたり殴られたりの痛さは知っていますから」

「っ、塞……!」

 今までそれを言わないでいたから放置していたのを、あっさり明かされ、葉松が怒気を放つ。けれど塞はそれを悲しい目で見つめるだけだった。

「もう、やめましょうよ、隆治くん。いい加減認めてくださいよ。今日みんなが死んだのは君のせいとは言いません。でもせめて、夏彦くんにやったことは」

 認めてください、と唱える。

 けれども。

「んなもん、証拠があんのかよ? 度会が死んだのだって、事故だったんだろ? 俺の何が悪いってんだ!?」

「……そういうところだよ」

 呆れたような溜め息混じりで言い放ったのは、度会だった。いつの間にやら葉松の傍に移動し、小柄な体には見合わない、切れ味の悪そうな刃の欠けた斧を持って。

「君は言い逃れしようと思えばできるからね。全部、頭の悪い言い逃れだけど」

「んだと?」

 葉松が斧のぼろぼろな状態を見て、武器のうちにも入らないと思ったのか、殴りかかる。今度は体ごと振るように、斧を振るい、度会が抵抗した。

 ぶん、と重く空気を裂く音がして、ごっと聞いているだけで痛いと感じるような鈍い殴打音がした。古宮が悲鳴を上げて縮こまる。

 が、他は呆気に取られ、食い入るように二人を見ていた。葉松の腕に斧の刃がついた柄の部分が当たっていた。葉松が落ちんばかりに目を見開き、一寸遅れて、「いてぇっ」と喚き始める。

 冷えた目で度会は呻き、転げ回る葉松を見下ろす。落ち着いてきたのか、葉松がぎろりと睨み上げ、「あんだよ?」と不機嫌を露にガンを飛ばす。

「僕がどれだけ痛かったか、知ってる?」

 乾いた、度会のそんな声がした。

 次いで、またガッという殴打音がする。葉松の反対腕を度会は斧で殴っていた。葉松が「ぎゃあっ」と耳障りな悲鳴を上げる。

「ねぇ、わかったでしょ? 殴られると、痛いんだよ?」

 度会が口にしたのは、あまりにも当たり前のことだったが、葉松に伝わっただろうか。

 そんなことはお構い無しに、度会は斧で殴るという所作を繰り返した。振り子の要領で振り下ろされる斧は上手い具合に重みが乗っているのだろう。葉松の体にめり込むたび、嫌な音を立てて、葉松を再起不能にしていく。

 上半身を順繰り終えると、今度は足の指をつまんであらぬ方向へこきりと曲げる。指を曲げられるたびに葉松の悲鳴が場をつんざいた。足先からいたぶられ、文字通り動けなくしていく。

 競り上がっていく痛みに呻きも盛り上がって、古宮や美濃のみならず、五月七日や宵澤までもが耳を塞いで伏せていた。

 ガッゴッガッ

「さぁて、そろそろ仕上げかなぁ」

 すると今まで刃を上向きにしていたのを下向きに──葉松に向けてきらりと光らせる。

 ぼろぼろの刃だが、それでも恐怖を抱くには充分な鈍色。

「や、やっやっやっやめっ……」

 恐怖で上手く下が回らないらしい葉松の声に、一旦斧を地に下ろす度会。それから顔を一気にぐいっと鼻先がつくくらいまでに寄せて、それからにたりと笑った。

「やめてあげる。──わけないでしょう?」

「ひあっ」

 やめてと言って君たちがやめてくれたことがあったかい?

 先程の言葉が反芻される。

 だから、やめてやる義理なんてないと。

 葉松の絶望などちっとも気にしていないように、度会は躊躇なく斧を振り下ろす。

 ぶぢゅ

「がっぁあぁあぁあぁあぁっ」

 切れ味の悪い刃が足の中頃までを切るも、切断には至らない。

 痛いだけ。血がだらだらと節度を知らず流れていく。

「いい声だねぇ。じゃあその声に免じて、片方だけにしてあげるよ。わぁ、僕って優しい」

 などと宣い、またけらけらと笑う。

「じゃあ、もうこの子歩けないだろうから風鳴さん……改め、ずるずるさん」

 すると、まだ正体を見抜いた五月七日の傍にいた風鳴さんが立ち上がる。彼女は度会に『ずるずるさん』と呼ばれた。つまり。

「ずるずるさん、引きずってあげて」

 そうにこやかに、もう力のない葉松の手を渡すと、ずるずるさんは葉松が立てないのもお構い無しに、歩き始めた。

 ずるっ……ずるっ……

「い、ぃだいぃ……」

 葉松は傷が擦れるのだろう、そんなことを叫ぶが、ずるずるさんはお構い無しだ。からっと開いた襖の向こうに消えていく。血塗れの葉松をずるずる引きずって。

「さて、と」

 度会は懐中電灯で己の顔を照らす。葉松の返り血がついたため、いっそう不気味になっていた。



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