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四十四物語  作者: 九JACK
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 一年前、七月三十一日。

 度会夏彦が事故で死に、その事実を知ったクラスメイト何人かが心を痛めることとなったその日、ほとんどのクラスメイトはその事実を知らず、夏休み前から予定されていた「百物語」の企画を実行しようとしていた。

 八坂は憤りを感じ、葉松に覚えているか、と問いかけた。

「あの日俺はお前に『誰が死んだと思ってんだ?』と訊いたはずだ。お前はなんて答えた?」

「んな一年も前の会話、いちいち覚えてるわけねぇだろ」

「……お前なら、そう言うと思ってた」

 やるせなさを滲ませ、八坂は言った。

「お前はな、『誰が死のうが俺にゃ関係ねぇよ』って答えたんだ」


「誰が死のうが俺にゃ関係ねぇよ。勝手に死んだやつのことなんか知ったこっちゃねぇ」

「それが、夏彦でもか?」

 八坂は度会の名前を出した。それは暗に度会が死んだと告げていた。

 すると葉松はそれを鼻で笑い、告げた。

「お前は壊れた玩具の面倒まで見るのかよ?」

 ──玩具。

 葉松にとって度会は、その程度の存在だったのだ。

「別にこのはもいるし、最近使ってないけど塞もいるからな。一人くらいいなくたって退屈しねぇよ」

 八坂は目の前が真っ暗になった気がして、そこから意識が飛んでいた。八月一日によれば、葉松に掴みかかり、殴り飛ばそうとしていたらしい。通りかかった八月一日に止められ、何事もなく済んだが。

 懲りないのか、葉松は八坂の家に八月一日がいることをこう謗った。

「お前ら本当仲いいよな。男同士でべたべたと気持ち悪ぃ。ホモかよ」

 更に八坂がキレたのは言うまでもない。葉松は八坂の様子に「おお、怖い怖い」とわざとらしく肩を竦めて帰ったらしい。


「言葉の裏に隠された意味なんて知ったことかよ」

「だから君はただのガキ大将なんだよ」

 八月一日が葉松に溜め息を吐く。葉松はガンを飛ばすが、八月一日はじとっとした目を返した。

「その後、僕と裕は手分けしてみんなに百物語の中止を伝えたんだ。結局は隆治くんに強行されるんだけど」

 度会が、クラスメイトが一人死んだ日にお遊戯会など、不謹慎だろう、と思ったのだ。そのことも含め、一人一人に伝えた。

 集合の一時間前、午後七時のことだった。


「その日のことなら、私も覚えています」

 そう言い出したのは、美濃だった。

「集合時間より遥かに早く、楽しみにしていた私と瑠色くんと実くん、維くんの四人は七時には肝試しと称して、近くの心霊スポットを順繰り巡っていたの」

 なかなかオカルト好きらしい行動だ。ただ、不審に思うことはあったらしい。何せそのグループの中には度会も含まれているはずだったのだから。


「珍しい。なつくんが来ないよ」

 夕方五時。五人はその時間に集合し、肝試しスポット巡りをしようと決めていたのだ。一人欠けたことも知らずに。

 球磨川が口にしたそれは集合した全員が思ったことだった。

 度会がいじめを受けていることはこのグループの全員が知っていた。葉松の暴力など直接的なものの阻止は口車の回る香久山と球磨川が、佐伯からの陰湿ないびりの処分──例えば、「死ね」と書かれたノートや、机の上の花瓶などの始末は四月一日が担当し、いじめ現場から逃げるのは同じいじめられっ子の美濃が導いて、という役割分担をしていた。

 そんな結託の強い分、この五人の間での約束ごと、特に遊びに行くときの集合時間などはみんな律儀に守る。当然、度会も。

 球磨川が首を傾げる。

「ちょうど今日、『手押し車のおばあさん』の怪異に出会したから、二人でみんなに話そうって昼間に約束したのになぁ」

「え、何それ羨ましい」

 目を輝かせる香久山をよそに球磨川が電話をかける。度会の携帯は留守電に繋がり、約束の時間になったこともあり、移動することを伝言に吹き込んでいた。

 風鳴橋はもちろんのこと、骨髄道やら他にも様々ある心霊スポットを四人で探索したが、やはり一人いないことが気にかかって、何度か球磨川が度会に伝言を入れていた。

 公園の時計が夜の七時を回る。

「そろそろ準備のために八坂くん家に行こうか」

 香久山がそう切り出した。このときも香久山と球磨川が企画主のような扱いになっており、早めに行こうという心積もりでいたのだ。

 けれど、やはり度会のことが気にかかり、まだ時間があるから風鳴駅に行ってみよう、となった。隣町からもう来ているかもしれないから、と。

 そうして行き先を決めたとき、球磨川の電話と美濃の電話が鳴った。

「あっ、なつくんからだ!」

「私は八坂くんのお家からだ」

 嬉しそうな球磨川と不思議そうな美濃がそれぞれ電話に出る。

「もしもし」

「あ、美濃さん……僕、蓮……」

「あ、蓮くん? ……どうしたの?」

 八坂の家と近所である八月一日が八坂の家から電話をかけてくるのは何ら不思議ではない。だが、八月一日の声が涙混じりの気がして、美濃は胸騒ぎを覚えた。

 けれどそれが表に出ないよう、普段通り話した。話したのだが、それは逆効果だったようで、電話の向こうで八月一日がえぐえぐとはっきり泣き出す。

「え、ちょっと、蓮くん?」

「う、ぅああ、なつ、な、ひこくんがっ……」

「蓮、代われ。やっぱり俺が喋る」

 電話向こうで泣きじゃくる八月一日を宥めながら、八坂が代わる。「夏彦」と度会の名前が途切れ途切れに聞こえたことから、美濃の中の焦燥は更に増す。

「代わった、裕だ。悪いな、いきなり」

「ううん。それでどうしたの?」

 美濃が八坂から事情を聞こうとしたときだ。

 どさり。

 見ると、球磨川が電話を耳に当てたまま、座り込んでいた。

 ちょっとごめんね、と八坂に言い置き、美濃は球磨川の方に声をかける。香久山や四月一日も心配そうに球磨川を見つめていた。

「美濃、もしかして、球磨川とかと一緒か?」

「え? うん」

 電話向こうから、八坂がそう言ってきたので、頷くと、それならみんなに伝えてくれ、と前置き、その事実が告げられた。

「夏彦が死んだ。今日の百物語はやめようと思う。少なくとも、俺や蓮はやらない。そう伝えてくれ」

「……え?」

「悪い、他のやつらにも連絡しなきゃだから、詳しくは話せないんだ。とにかく、伝言頼む。……詳しいことが聞きたいときは、お盆に、俺の家に来てくれ」

 ごめんな、と八坂は電話を切った。

 美濃はしばらく呆けていた。その様子にも気づいたのだろう。香久山が球磨川に、四月一日が美濃に、声をかける。

 球磨川は呆然としながら呟いた。

「なつくんの、親御さんから……なつくん、今日、死んだって……電車に轢かれて……」

「……なっ」

 香久山と四月一日が息を飲む。事実だとようやく実感を得てきた美濃はどうにか伝言を伝えた。

 その後、解散するまで四人はお通夜のような状態だった。それでも、事実は詳しく知りたいと、お盆に会うことを約束して、その日は別れた。



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