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四十四物語  作者: 九JACK
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 くちゅ、かりかり、ごくり。

 そんな音が繰り返し繰り返し。多くが耳を塞ぐか、唖然と目を見張るか。

 真城の肌に爪が立つ。ぶしゅ、と食い込む音がし、血がとろりと零れていく。

 やがてしゃぶりついて食べるのに飽きたのか、女性はぶすぶすと肌に指を埋め、べりっ、と皮を剥いでいく。剥いだ皮を舐めそれからしゃぶり、噛み砕き、どんどん下にあった肉も剥いで食らって、を繰り返す。

 形をなくしていく真城はやがて骨のみと綺麗になっていた。

 からからと音を立てて崩れる真城だったもの。四十四人目に言われた通り、骨の髄までしゃぶり尽くした女性は次の獲物求めて辺りを見回す。

 そんな女性の目に留まったのは茂木だ。ぎらり、と髪の合間から爛々とぎらつく目が覗く。新島、真川、真城と三人も食らったのに、まだ足りないというのか。

 茂木は視線に怯み、じり、と後退る。茂木の顔にはひきつった笑みが浮かぶ。それでも構わず距離を詰めようとし──ふと、何者かに羽交い締めにされていることに気づく。

 女を羽交い締めにしていたのは、五月七日だった。

 彼女は静かに女性に言った。

「貴女、風鳴さんでしょう?」

 告げられた事実は衝撃的なものだった。思わず塞が聞き返す。

「風鳴さんって、あの風鳴橋の?」

「ええ」

 五月七日は迷いなく首を縦に振る。

「風鳴さん、貴女の姿は伝承されてはいないけど、貴女は今もずっと風鳴橋にいる。助けてくれる誰かを待って。……貴女を助けることは私にはできないけれど、貴女を見ることができる。だから私は、せめて貴女に貴女の望まないことをさせたくはない」

 じたばたと暴れる女性を押さえながら、五月七日は滔々と語る。

「貴女が、人を殺したいなんて、望むわけがない。貴女は無実なんだもの。貴女は、人殺しの濡れ衣を着せられてこうなったんだもの!」

 五月七日が告げた一言に、女性──風鳴さんが動きを止めた。未だ羽交い締めを解かない五月七日に振り向く。

「な、ぜ、それを……?」

 それは、暗に彼女が風鳴さんであることを肯定していた。五月七日は語る。

「私には、貴女が見えていたから。貴女のことが気になっていて、調べたの」

 前から調べようと思っていた、と五月七日は以前、言っていた。それは五月七日が霊感持ちで、毎日風鳴橋を通り、風鳴さんの姿を見ていたからなのだ。

 風鳴さんは、無実の罪で人柱にされた人間。五月七日が調べた中で読み取れた風鳴さんの犯したという『罪』が人殺しだったのだという。

 当時は状況証拠しかなかったため、その罪が誰が犯したものか、厳正な審判などは行えなかった。故に冤罪であるという証明も行えなかった。助けとなるのは『人々からの信頼』という糸より儚いものしかなかったのである。

 しかも、風鳴さんは当時、村八分のような扱いを受けていたらしい。風鳴さん自身が何かいけないことをしたわけではない。先祖が、人々から軽蔑される何かをしたことで、血統的に差別されることになった。当然人からの信頼など塵ほどもない。風鳴さんが誰にも助けてもらえなかった裏には、そんな時代の裏面にある仄暗い風習が理不尽としてあったのだ。

 風鳴さんは本当は優しい人だった。その優しさ故に人を信じ、信じすぎて、必ず誰かが助けてくれると待ち続けたのだ。死しても尚。

 そんな優しさが風鳴さんを地縛霊にし、妙な都市伝説を生んでしまった。都市伝説として語られることで力を持ってしまった風鳴さんは、ますます離れられなくなってしまった。

 そんな不運なただの『ヒト』だったのだ、と五月七日は語る。

 人殺しの冤罪を負い、それでも尚、人を信じ続けた人が人殺しを自ら望むわけがないのだ、と。

 一通り語り終えると、五月七日は目を細めた。

「風鳴さんの中に潜むモノよ、私にはもう見えているわ。出ていらっしゃい」

 すると、風鳴さんの口ががっと開き、その中からナニカが飛び出してくる。風鳴さんの口の中から出てきたソレは、血に濡れたギザギザの牙を持つモノだった。いや、通常ならソレには牙などない。それどころか、口すらないはずだ。開け口はあっても、人間や動物のように食らうための口はない。

 何故ならソレは、()()だから。

「う、わあああああああああっ」

 星川が血塗れのソレの禍々しい姿に悲鳴を上げる。塞も、悪寒に身を震わせた。ソレは、二人も、みんなも見たことのあるモノだったから。

 鈍色に輝くソレは箱型をしており、細長い。かぱかぱと開く口の部分に、同じく金属質の牙がずらりと並ぶ。その牙さえなければ、皆さんお馴染みのあれだ。

「カンペンの、付喪神……!」

 思い当たる、怪異はそれ。学校の七不思議の一つだ。

 牙さえなければただのカンペン。しかし、付喪神という神格を得たからか、怪異として語られるようになったからか、カンペンには人肉を容易に噛み千切る牙がついていた。

 べっとりと赤黒い液体を『口』にまとわりつかせたカンペンは、そのままびゅんと跳び上がり、茂木へと直進する。

 これから起こることがわかっているのかいないのか、五月七日は風鳴さんをぎゅっと抱きしめ、目を瞑って茂木の方から顔を逸らす。他の面々はわからないまま茂木に向かうカンペンの動向を窺い……直後、見ていたことを後悔する。

 がぅっ

 そんな音を立てて、カンペンが茂木に噛みついた。

 星川がひぃっと悲鳴を上げ、自分の右手を咄嗟に押さえるのを見た。それは、一度そこを噛まれたことのある者の反応。

 ──カンペンの付喪神は、祟り神と化し、人を食らうようになったとしたら?

 そんな推測や、七不思議の伝えを証明するように、カンペンは茂木を貪っていた。むしゃむしゃという音に混じって、金属独特のかちかちという音がする。

 ぐちゃぐちゃと食い散らかす。風鳴さんという人の形をした消化器官をなくしたからか、それは咀嚼し、飲み込まれることはなく、べちゃべちゃとそこら中に赤い肉片が散らばる。

 腕、肩、胸、腹、足……次々と体の部位を食らわれ、残ったのは、首だけとなった茂木。

 いじめっ子女子の中でも辛辣だった彼女の頬を涙がそろりと伝った。



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