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四十四物語  作者: 九JACK
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「はあ〜、みんな結構本格的なの用意してんのな」

 そんな緊張感のない声を上げたのは球磨川から懐中電灯を受け取った園田だった。

「当たり前だよー、こうしてみんなで改まって集まることってなかなかないもん」

 塞の隣にいた相楽が目をきらきらさせて言う。元々イベント好きなところのある相楽だが、今日のことは一段と楽しみにしていたようである。

「確かに。同じ教室にいてもみんなでしてるのは当たり前の勉強ばかりだものね」

 釣れない一言を日比谷が言う。家では勉強漬けらしい園田が「あはは……」と乾いた笑いを浮かべた。

「ま、まあ、あれだ。今くらい勉強のこと忘れよう」

「あ、さんせー」

 あたふたとした園田の咄嗟の一言に真川や真城がゆるーく賛同を示す。それ以外の面々も概ね同意のようで、誰かが園田に先を促した。

「実際にやった鏡合わせの話ー」

 変わらず間延びした園田の声が、緊張感なく語り始める。

「真夜中の十二時ちょうどに鏡合わせをすると知らない女の人の霊が映るってのを試しましたー。もちろん一人でね」

「うわ、物好きだなぁ」

 須川がうへぇ、と若干引き気味な声を上げる。

「仕方ねぇじゃん。知的好奇心ってやつ? こういうのあるとなんか試したくならね?」

「あ、それわかるかも」

「はぁ?」

 園田に同意した須川に、東海林が理解できないというように肩を竦める。

「本当わけわかんない。なんでみんなこんなオカルト好きなわけ?」

「好きっていうか、好奇心だよ。なっ、四月一日」

 話題を振られた四月一日がふむ、と頷き、かちゃりと眼鏡を持ち上げる。

「あれですよ、理科の実験みたいな。楽しいですよ」

「非科学的なことを科学に例えて話すのやめてくれない?」

 東海林が手厳しく、テンプレートめいたことを口にすると、それまで静かだった宵澤がくくっと笑った。

「ちょっと何笑ってんのよそこ」

「だって、瑞季さんの論理が子どもっぽいんですもの」

 ポニーテールがゆらゆら揺れる。笑う肩に伴って。東海林はますます機嫌を悪くする。

「子どもっぽいって何よ? 子どもよ!」

「ぷっあははっ。頭よさそうに振る舞ってちょっと背伸びしようとしてるくせに、それ言っちゃうんですね。ウケます」

「……む」

「まあまあ、からかうのもほどほどに」

 香久山が二人を諌める。本筋からだいぶ逸れてしまった。

「それで、どんな風に試したんですかっ?」

 こういった呪術の類が好きな四月一日が食い気味に園田に訊ねる。園田は少々引き気味だが、申し訳なさそうに告げる。

「それなんだがな……うち厳しくて、九時には消灯、十時には布団入ってないと怒られるからさぁ、なかなか大変だったんだよ」

 聞きしに勝る厳しさだ。まあ、九時は良い子は寝る時間、とは昔からよく聞くが、今時の小学生はネットやゲームに睡眠時間を捧げているのではなかろうか。

 香久山などは平気で丑の刻参りをしたなんて話を聞くが。

「つまり、実験できなかったんですか?」

 四月一日が残念そうに言うが、園田は首を横に振った。ただ、口元に人差し指を当てて、「こっからは俺の親には内緒な」と続ける。

「まず親にバレないように電気消してカーテン締めて。すぐ退避できるようにベッドで鏡二枚スタンバって。

 そしたらさ、案の定親見回りに来んのな。いい加減にしろっての。

 咄嗟に布団に潜り込んで鏡とおぼしき部分を見たら、真っ青な自分の顔が映っててマジウケた」

 という結果だった、と告げた。

「わあ、怪談系が続いてたけど、また意味怖だね」

 誰かが楽しそうに言う。また頭使うやつかよ、と葉松が毒づいた。ひえっと星川が悲鳴を上げた。

「んだよ、このは? このはのくせしてわかったのか?」

 ならさっさと教えろや、と星川の背中をどつく葉松。星川はけほ、と少し咳き込んでから、口を開いた。

「そ、その……か、鏡に、顔、映ったっていうの……お、おかしいよね?」

 吃りながらも言ったそれは正解なのだが、葉松を始め、頭の固い勢が首を捻る。

「鏡に顔が映るのは普通のことじゃねぇか」

「そ、そうじゃなくて……ほ、ほら、秋史くん、布団を咄嗟に被ってから見たって……それじゃあ、光源が……」

「こうげん? 野原がどうしたって?」

「光の源ですよ」

 あまりに葉松に詰め寄られる星川を見かねて、塞が口を挟んだ。

「理科で習ったでしょう? 人間や動物は自分で光るなんてことはできないので、光を当てなきゃ見えないんです。

 親御さんにバレないように布団を頭から被って寝たふりをした秋史くんには、光の当たりようがないんですよ。もちろん、鏡も」

 そこでようやく場に理解が訪れる。

「おいおい……じゃあ何が光源だったんだよ……」

「人魂ですかね!」

 ひきつった声に四月一日は嬉々として答える。

「人魂を目撃できたなんてうらやま」

「はい維くんストップ。話が怖くなくなるよ」

 暴走しかける四月一日を止めつつ、球磨川は園田に蝋燭を消すよう促した。

 部屋の灯りがまた一つ減った。


 ここまで、およそ半分くらいの人が話し終えたわけだが、部屋は案外と暗くなった。蝋燭の灯りというのも、案外馬鹿にできないものだ。

「さて、すいすい行こうか」

 そうしてぬっと暗闇に浮かび上がるように顔を照らし出したのは、今回の百物語の企画主の一人、香久山である。

 クラス内のオカルトの重鎮の話とあって、場に漂う緊張感が割り増しする。球磨川や四月一日も結構なオカルト系のネタを持つが、香久山の「リアル丑の刻参り」のインパクトに勝る逸話はない。他にも色々挑戦しているらしいが、成功したという話を聞かないのが救いである。

「うーん、どの話にしよっかなー」

 やはり重鎮なだけあって、レパートリーには困っていないらしく、そんなことを口にする。「そんなにあんのかよ……」と摂津辺りが呆れていた。

「そうだよ。僕を舐めないでほしいな! つい昨夜だって、丑の刻参りに行ってきたばっかりなんだからね!」

「怖いわっ」

 男子陣から一斉に鋭い突っ込みが入る。香久山はむぅ、と剥れた。

「せっかくだからその丑の刻参りの話しようか思ったけど……みんな結構知ってるみたいだし。別な……ああ、あの話にしよう」

 何やら決まったらしく、香久山がいずまいを正す。

 それに伴い、なんとなく空気も張りつめた。

「遥か昔の人々は、髪を呪具として重宝したそうな。故に呪術に悪用されぬよう、みんな髪を切らずに伸ばしっぱなしにしていたんだって」

 古典文学でも読むかのように朗々と話す。話の雰囲気とは関係なしに。

「そりゃ今みたいに科学なんて発展してなかったから、霊的なものへの信用は厚かっただろうし。

 そんな昔の文献から、とってもシンプルな呪法を引っ張ってきましたー」

 古典呪法とは実に香久山らしいチョイスである。呪術好きな四月一日などは興味津々だ。だが、大抵の子どもは呆れ顔である。ある意味通常運転の香久山だ。

「やり方はとーっても簡単。呪う相手の髪を一筋取りまして、和紙に挟んで焚き火に放り、念じるだけ。すると相手は呪いにより、惨たらしい最期を迎えるそうな」

 かなり物騒なことを言っているのだが、抑揚のつけ方が上手く、思わず聞き入ってしまう。

 表情も声のトーンに合わせて変えているようなので、そもそも香久山が話し上手なのだろう。

 少し眉根を寄せて、続けた。

「ここで皆さまに悲報です。このネタはガセです。実践しないように」

「はいっ?」

 思わぬ方角からの指摘に誰もが目を丸くする。するかんなもんと怒鳴る者もあれば、そりゃまたなんで、と不思議がる者もあった。

 質問の方に香久山は答えた。

「なんでって、実践したんだもん、当たり前じゃない」

 何人かの顔色が蒼白になるのがわかった。もし自分が標的にされていたら──と思ったのだろう。当然の懸念だ。

 それを読み取ってか、香久山は肩を竦めた。

「え? 対象を誰にしたかって? 僕がクラスメイトを無為に殺す薄情者に見えるかい? そうそう、そんなキャラじゃないよね」

「お前のキャラなんざ知るか!」

 ごもっともな突っ込みが入るが、香久山の言葉も一理ある。香久山はいじめを黙って放置するような人間じゃない。やり方は特殊だが、いじめっ子に表立って立ち向かうようなタイプの人間だ。

 そんな子が、誰かを呪ったりするようには、塞にはどうしても思えなかった。

 しかし、事は思いも寄らぬ解答を出す。

「とすれば自ずと答えは僕一人に絞れるでしょ!」

 香久山はそう言って、にこりと笑った。

 誰も彼もが言葉も顔色も失っている間に、香久山の近くの灯火がふらりと消えた。


 あと、二十四。



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