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四十四物語  作者: 九JACK
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 地元の怪談にも案外と怖いものがあるんだなぁ、と感心したり、恐れたり。塞はどちらかというと、前者側だった。

 さあ、ちょうど百物語も十つ目を数えたところだ。これといっての異常は古宮の憑かれた事案以外ない。

 けれど十消えた蝋燭により、部屋はやはり一段と暗くなった気がする。

「さて、お次は誰かな?」

 球磨川の声に応じ、一つ懐中電灯が持ち上がる。

「……僕」

 そうして自分の顔を照らしたのは、摂津だった。

「じゃあ僕からは安眠の方法を」

 淡々と静かに摂津は話し始めた。

「カマキリの絵を描いて裏向きで枕の下に置く。カマキリの絵はカマキリのカマの部分さえ描いてあればOK。

 これで誰でも安らかな眠りを得られるそうだよ。

 ……まぁ、首と胴体が綺麗にお別れしてるだけなんだけどね」

 とても短いその話だったが、怪談としては充分だ。

 語り終えるなり摂津は蝋燭を消そうとする。

 すると、ダンッ、と誰かが立ち上がる。もう一つの懐中電灯を手にした佐伯だった。

「ちょっとあなた! わたくしはその話、絵から虫の卵が孵化して幼虫に体を食い尽くされるって聞きましたわよ!?」

「おおっ」

 怒気を孕んだ佐伯の声に緊張感なくぱちぱちと手を叩く香久山。

「さすが、佐伯嬢、題材が被っても即時で対応するとは御見逸れ致しました」

 香久山がそう称えるが、暗にそれは題材被りが生じてしまったことを示していた。それは四十四人もいて、題材が一人も被らないというのは難しい。だが、このまだ序盤の段階で一番最初の二番煎じだと示されたこの状況は佐伯にとって屈辱的だろう。

 案の定、佐伯の表情が思い切り歪んだ。吉祥寺が擁護しようと口を開きかけたが、自分が反論すると、むしろ佐伯が二番煎じであるということを肯定してしまうと察したのだろう。黙っていた。

「とりあえず、佐伯嬢のもちょうど一カウントってことで、二人共、蝋燭を」

 香久山の言にそんな適当でいいのか、と思ったが、誰も反論することなく、一度に二つの灯火が消えた。


「いや、まさか佐伯さんと被るとはね」

 懐中電灯を回す最中に聞こえたのは摂津の声だった。懐中電灯にちょうど照らされた吉祥寺がその方向をきっと睨むのが見えた。「あ、やべ」と摂津は口を閉じた。

「あ、来た来た」

 懐中電灯が次いで止まったのは稲生のところだった。顔を下から照らして、何が面白いのかにひにひ笑っている。しかし、あまり怖くないのが玉に疵だ。

「ん、こっちも着いた」

 稲生の次に話す門間のところで懐中電灯が止まり、それを合図に稲生が話し始める。

「俺は、カラオケボックスの話!」

 そう宣言して語る。

「親戚から聞いたんだけどね、とあるカラオケ屋のある部屋では一人カラオケしちゃいけないんだって。

そこにはさ、歌好きの幽霊が出るんだってさ」

「そりゃ愉快な幽霊さんもいたもんだ」

 沼田あたりだろうか、男子が合いの手を入れる。

「そうそう。害なさそうじゃん、ってその親戚、試しに行ってみたんだって」

「うっわ、物好き」

 東海林が呆れたような声を出す。ははっ、と稲生は一笑いしてから続けた。

「でさ、歌ってたら、やたら綺麗にハモってくる声があってさ。

 実はハモられるとそいつはその幽霊のいるカラオケボックスに閉じ込められて延々と歌う羽目になるんだって」

「うわお、帰って来れないじゃん」

 誰かが苦笑混じりな茶々を入れると、稲生も「嘘みたいな話だよな」と同意を示した。

「その話電話で聞いたとき、確かにカラオケっぽくガヤガヤしてたけどさ」

 付け足された一言に、ざわつく。

「え、それってまさか……そのカラオケボックスからですかね……」

 日隈の遠慮がちな指摘に誰もが息を飲む中、当の稲生は「さぁなぁ」と笑った。

「ただ、そういやぁあれ以来その親戚とは会ってねぇなぁ」

 それだけ告げると、稲生はふっと蝋燭を消した。


「次は俺か」

 門間が懐中電灯を手に取る。

「怖い話って苦手なんだよなぁ」

 そう言って肩を竦める。

「まさか、用意して来なかったわけじゃないわよね?」

 パソコン室で一緒だった小鳥遊が鋭く睨む。それも仕方ないだろう。好き勝手遊んでいながら今日の準備をしていませんでした、では……まだ十人ちょっとしか話していないとはいえ、みんな各々準備をしてきたのだ。考えてない、なんて言ったら、小鳥遊からのみならず、バッシングを受けること請け合いだろう。

 門間は慌てたように「だ、大丈夫だって!」と言うが、その狼狽えっぷりが怪しすぎる。小鳥遊は冷えた目で門間を見た。はぁ、と溜め息をついてから、門間は眉間に寄ったしわを伸ばすように指をこしこしとやる。

「うーん、でも体験談話すか」

 そう切り出した門間に注がれる視線は、更に冷ややかなものになった。体験談ならば、わざわざパソコン室で調べる必要もなかっただろうに。……冷房目当てだったか。

 パソコン室メンバーからの視線におろおろしつつ、誤魔化すように笑って語り始める。

「いやぁ、休みの日に散歩に出たらさ、家の周りの木という木にテレビで見るようなでっかいサイズの蜂の巣がぶら下がってたり引っ付いてたんだよ。さぁっと血の気が引いたね」

 虫系の話か。しかもわかりやすく人間に害のある蜂の話題とは。さすがにいがみあいも忘れ、さぁっと血の気を引かせる。小学五年生にもなれば、蜂の危険性、ともすれば、アナフィラキシーショックなんて言葉まで知っている。

「ちょ、ちょっとそれヤバすぎでしょ。ちゃんと大人に言って、駆除してもらったの?」

 先程までじと目だった小鳥遊もさすがに焦って問う。するとどうだろう、門間はぽへっとした顔で「え?」などと言った。

「ま、まさか、駆除されてないの?」

「されるわけないじゃん」

 門間がさらりと言ってのけた事実に、これまでの怖い話とは別な意味で一同に鳥肌が立つ。まあ、山川コンビなんかは「死因アナフィラキシーショック……悪くない」などと血迷ったことを口走っているが。

「なんでみんなそんな焦ってんのさ」

「当たり前じゃないっ」

 あまりに呑気な門間に、遂に小鳥遊が怒鳴る。

「蜂の巣なんて、人の命に関わったりするのよ!? あんたよくそんなに呑気でいられるわねぇ!?」

「……あ、オチ言うの忘れてた」

 門間が、ぷりぷり怒る小鳥遊をよそに、相変わらず呑気な口調で、そのオチとやらを告げる。

「駆除されるわけないじゃん。だって俺が見た夢の話だもん」

「……は?」

 一瞬、何がなんだか理解できなかった。それから沈黙がたっぷり十数秒。門間は思いっきり小鳥遊の平手を食らっていた。

「紛らわしい話すんじゃないわよ!」

「えー、でも怖かっただろ?」

「求めてる怖さと種類が違いすぎるわっ」

「ま、まぁまぁ、舞ちゃん……」

 小鳥遊の近くにいた知花がフォローに入るが、小鳥遊の憤怒はそう簡単には収まらず、ふんがーっとなっていた。

 そこに拍車をかけるように門間が呟く。

「だって他に怖い話なかったんだもん……」

(おんどれ)はパソコン室で何しとったんじゃーいっ!!」

 小鳥遊の突っ込みはごもっともだった。

 そこへ球磨川が苦笑混じりに割り込む。

「まぁまぁ、小鳥遊さんどうどう」

「あたしゃ馬じゃないわいっ」

「門間くんの話はちゃんと怖かったんだし、それでよしとしようよ。ね?」

 激怒の突っ込みをあっさりスルーされ、勢いを削がれたのか、小鳥遊は「そう、ね……」と鎮まる。

 言わなきゃいいのに門間は小鳥遊を見て「おお、怖」とか言いながら蝋燭を消した。その一言にせっかく鎮まった小鳥遊の怒りが呼び覚まされたのは言うまでもない。

 二度目のばちんという音が響き、門間は両頬に紅葉を作った。

 誰も門間を責めなかったが、慰めもしなかった。仕方あるまい。自業自得というやつである。

 怖い話の集いである百物語であることを忘れそうになるようなコミカルな一面を経て、八坂の咳払いでようやく場の空気が正される。

「ほら、次のやつ、話せよ。確か……ほら、宇津美」

「はーい」

 八坂に名を呼ばれ、門間に負けず劣らずののんびりした声で宇津美は返事をした。

 けれど、懐中電灯を当てた顔は、なかなか雰囲気を取り戻してくれる妖しい笑顔だった。妖しいけれど、無邪気。それがぞくりと背筋に悪寒を走らせた。

「じゃあ、話すね」

 壊れた雰囲気はあっという間に百物語のものへ──


 あと、三十。



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