第1話「ボスケテ」
「俺もう男で我慢するわ」
『おい、大丈夫か!? 気を確かに持て!』
ここは本日高校の三階にある生徒会室、奇異なことを言いはじめたボーズ頭の副生徒会長 阿部克典の肩を掴んだ七三メガネの生徒会長 三浦蒼汰がガックンガックンと揺らしている。
「だってもうさ! 夕日が赤く染まった生徒会室で二人っきりなんだぜ!? やるっきゃ無いだろ!?」
克典は肩に置かれた手を振り払って握りこぶしを作り熱く叫ぶ。それは男子校で彼女いない歴=年齢が17を超えた者の悲痛な叫びのようであった。
『ナニをやるんだハゲ! 通気性の良い髪型してるんだからエアコンの前に行って頭冷やせ!』
蒼汰が掴みかかってきた克典を壁に投げ飛ばす。蒼汰は壁に手をついて受け身を取りクルリと向き直りクマのように両手を上げた。
「クッ!? さすがは柔道黒帯、なかなかやるじゃないか!?」
『ああ、そうだ俺は黒帯だ。そしてお前も黒帯だ』
「オレモ、クロオビ?」
なぜか片言になった克典に蒼汰が諭すように優しく語りかける。
『リメンバーアベカツノリ、あの紅白帯の田中先生の酸っぱい道着の匂いを……』
田中先生という単語を聞いて克典がカタカタと震えだす。
「アア……ウゥ……ティーチャータナカ?」
『そうだ、身長175センチ体重100キロ、アダ名は【キンニックダルマー】またの名を【ワキガ魔神】の田中先生(独身、38歳)だ。お前も習っただろ?』
「アア……寝技……袈裟固メ?」
ブロリーに恐怖したベジータのような声を出す克典。それに追撃する蒼汰。どうやら蒼汰のSはサドのSのようだ。
『それだけじゃないぞ、容赦ない横四方固め……やんごとなき肩固め……』
「モ、モウヤメテクレエエ!?」
克典は頭を抱えてうずくまってしまった。蒼汰は丸まって震えている克典に歩み寄ってポンと肩に手を乗せる。
「ソ、ソウタ……?」
顔を上げる克典に蒼汰はニッコリと微笑む。
『イエス三浦蒼汰、克典マイフレンド』
それを聞いた克典は両手を広げておどけてみせる。
「オウイエース! ヒャッハー! ソウタイズセックスフレンド!」
『ノーセックスフレンド! イエスチェリーブラザー』
「オーゥドウテーイ!」
『ハッハー!』
掲げられた克典の手に蒼汰の手がパーンと重なった。
「……はぁ」『……はぁ』
そしてため息も重なった。
◆◆◆◆◆◆
1分後、二人の男子生徒は何事もなかったかのように応接セットでくつろいでいた。
『それでさっきは何をいきなりふざけたことを言い始めたんだ? やっぱり阿部克典君は脳みそがメロンパンなのか?』
「ああーん? おいおい冗談よせよ成績学年二位の三浦蒼汰君よぉ」
ハッハーンと肩をすくめて煽る克典。七三の蒼汰が眼鏡の奥の瞳が鋭くする。見た目に反して成績はボーズ頭の克典の方が良いのである。
『はぁ? 体力テストで負けた腹いせか? いいだろう、克典んち家のポストにバケツプリンぶち込んでやる』
「フッフッフ、全員甘党の俺の家族というスタッフが美味しくいただいてくれよう!」
『じゃあトコロテンで』
「クッ!? 伊藤智仁のスライダー並みに大きく路線変更しやがったな……そういやトコロテンって漢字でどう書くんだっけ? 所ジョージの『所』に天帝サウザーの『天』だっけ?」
『まて、何一つ合ってないぞ成績学年一位!? 心臓の心に太いで心太だ』
「あーそうだったそうだった」
『全く、冗談は顔とM-1グランプリを見た翌日だけにしてくれよ。大体今の話を他人に聞かれたらお前の支持率が120%は落ちるぞ』
「マイナスになってんじゃねぇか」
ツッコミを入れられた蒼汰は前傾姿勢を取りながらドヤ顔で答える。
『ああ、言われてみるとそうだな、だがお前の魅力は支持率なんてものでは到底測れない……そうだろ?』
「ハリウッド映画の主人公みたいな台詞言ってる所悪いが、シュワちゃんだって支持率は気にしてるぞ?」
『そうかな?』
「そうだよ」
キーンコーンカーンコーン
「お、下校時間だな」
ここで生徒の下校を促すチャイムが鳴った。それを聞いた克典がいち早く立ち上がる。
『だな、克典は窓の方の戸締まり確認頼む』
「オーケーボス」
『誰がボスだ』
「ボスケテ」
『くたばれ』
窓の施錠を確認した克典がカーテンを閉める。それとほぼ同じタイミングで蒼汰が生徒会室にある金庫の鍵をかけた。
◆◆◆◆◆◆
「扉の施錠」『よし』
指差し呼称で生徒会室の扉の鍵を確認した後、二人は廊下を歩きはじめた。
「おうおう、向かいの三階道女学園も夕日に染まってるぜぇ」
『だな、あーあ可愛い女の子があれくらい頬染めて告白とかしてきてくれないもんかねぇ』
歴史と伝統ある本日高校の階段を二人がギシギシと音を立てながら降りていく。
「……なぁ蒼汰さんや」
『なんだい克典お爺さん?』
2階まで降りたところで、克典が両手を頭の後ろで組みながらしみじみと蒼汰に話しかけてきた。
「やっぱさ……モテてえよなぁ……」
蒼汰もため息を付きながら頷く。
『……だなぁ』
これはそんな男子学生二人の日常を綴った物語である。