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「なぁ、香先生のお話、どう思う?」


学校の帰り道。

直人は、声をひそめて博昭にたずねた。


小学校1年生にしては体格のいい直人は、そんな博昭を馬鹿にしたように、鼻で笑う。


「ばかばかしい。作り話だろ、あんなの」


「だ、だよな。話しだって、ありがちだし……」


落ち着いた態度で直人に否定されて、博昭はほっと息をついだ。

そんな博昭を横目で見て、直人はそっと自分の手を握りしめる。


そう、あんなのただの作り話だ。


この年齢の子どもによくあるように、直人も博昭もいわゆる「こわい話」が好きだった。

小学校の低学年の教室では、授業の合間やレクリエーションの時間に、担任の先生による「こわい話」の会が時折、突発的に行われる。

けれど直人たちのクラスである1年2組では今まで「こわい話」の会は行われなかった。


4月から担任だった橋本先生は快活な女性教師だったが、直人たちが小学校に慣れ始めた5月のはじめにお腹に赤ちゃんができていることがわかり、学校をお休みしている。

かわりに担任の先生になったのが、香先生。

まだ若い、はんなりした綺麗なお姉さん先生だ。


綺麗でおだやかな香先生は、女子にはとても人気がある。

直人たち男子だって、香先生のことは嫌いではない。

けれどあまりにおだやかすぎて、ちょっとつまらないところもある。

クラスの大人しい女子と同じような雰囲気で、ドッジボールをしていてもボールをあてたらいけないような、か弱い雰囲気の先生なのだ。

いつもおっとり笑っていて、直人たちと一緒に遊ぶ女子に対するように、からかったりしづらい相手だ。


だから、直人たちはこれまで他のクラスのように先生に「こわい話」をねだったりしなかった。

香先生に「こわい話」なんてさせたら、泣いてしまいそうだから。

けれど昨日、1組の生徒にさんざん1組の担任の先生の「こわい話」を自慢されて、ついねだってしまった。


香先生は、「こわい話」をねだられても泣いたりはしなかった。

大人なんだから当たり前だと思いつつ、香先生がすこし困ったような表情でその話を語り始めた時、直人はなんだか居心地が悪かった。

いつものおだやかな笑顔の香先生が、どこか困っているようで、それでいてどこか嬉しそうに見えたのが、なにか不気味だったからかもしれない。


香先生は、たんたんと「ぴぴぴのぴちょんさん」について話をした。

それはどこかで聞いた怪談を灰汁抜きしたような、さほど怖くもない話だった。

おばけの名前だって、どこか間の抜けたものだ。

小さな子ども向けの絵本に描かれた真っ白いシーツのおばけの名前みたいだ。


あんな話が怖いはずない。


クラスの中で背がいちばん高いせいか、近くに住む従弟の面倒をみなれているせいか、直人はクラスの中で「お兄ちゃん」ポジションにいた。

強い、落ち着いている、というのが周囲からの評価だ。

直人もそんな自分に対する評価を誇らしく受け取っていた。


だからあんな繊細そうな香先生がした「こわい話」を怖がるわけにはいかない。

例え、あの話を聞いた時から、背中の奥から本能的な「警戒しろ」というサインを受け取っていたとしても。


博昭は、直人の「ばかばかしい」という言葉に力を得たようにすっかり落ち着きを取り戻していた。

そんな単純さを、直人はうらやましいと思ってしまう。


「じゃーな」


「おぅ。また明日なー」


家の近くで、直人は博昭と手をふって別れた。

博昭の家は、この道を曲がってすぐのところにある。


直人は博昭の姿が角を曲がるまでなんとなく見ていた。

そして、母の待つ家に入っていった。


それが博昭との最後の瞬間になるとは、思っても見なかった。


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