7 答え合わせ! (後編)
双子探偵のリナとルナは、大倉山に睨みを利かせつつ、答え合わせを続けた。一度大きく溜息をついたルナが、口を開く。
「大倉山……あとで憶えときなさいよぉ……。
ま、いいわ。とりあえず進めるわね。そして、三つめ。これが一番大事なんだけど――『二重窓』の両側にガラス片が散らばっていたことよ」
「そうね。つまりこれは、二枚の窓の間の空間で爆発があったことを示しているわ」
『ガラス片が窓の両側に飛散』と模造紙に書き終えたリナが、振り向きざまにそう云った。
「あ、そうかぁ、わかった。ということは――」
左掌に右の拳を叩きつける例のポーズを取りながら警部がそう云いかけたのを、リナが自分の唇に人差し指をあてて、警部の口を閉じさせる。
「藻岩警部。この事件には、まだ続きがあります。もう少しお待ちください」
そんなとき、妙なテンションではしゃぎだした、浅村さん。
真相に近づいてきたと感じたのか、「いい線いってるんじゃない?」と、子どものように無邪気な笑みを浮かべ出した。近くの椅子に腰を掛けたマキさんが、「ふーん、そうなの?」と、合いの手を入れる。
「……」
妙にテンションの上がった二人に取り残されてしまった感満載の、私たち女子高生三人と警察の二人。ナオキさんも負けじと胡散臭げな顔をする。私たちは、揃って天井を見上げた。
「えーと……。じゃあ、次に『偶然』に移りますよ。これは、文字どおり事件中に偶然に起こった出来事なんだけど――今回は、二つありました」
ふざけた雰囲気をぶち破るが如く、ルナが機械的な口調でそう云った。それを聞いたリナが、模造紙の中間あたりに二行を付け加える。
「前夜に鍋料理をし、この部屋でボンベに穴を開けたまま放置したこと。そして、ご主人の卓さんが、すでに煙草をやめていたこと」
リナが読み上げるのを待ち、ルナがその続きを引き受ける。
「これはわかりますよね。マキさんは、まさかその夜に浅村さんが自宅ベランダに侵入してくるとは知らず、たまたま夕飯にカセットコンロを使ってすき焼きをした。また、ガスがボンベに結構残っているのに、無理矢理、卓さんにボンベの穴を開けさせた。
一方、浅村さんは禁煙した卓さんがライターを使わなくなったことも知らず、それを前提としたトリックを考え付き、実行した。
いずれも、この事件の捜査を混乱させる、偶然の出来事だったわけです」
「つまり、今までの条件を正しく組み合わせれば、どこでどうやってガスに火が点き、爆発したか、わかるということなのだな?」
「そのとおりです!」
警部の確認に、双子の美人高校生は、元気よく声を合わせた。
「と、いうことでぇ」
双子は再び声を合わせ、遂にやって来た謎解きの瞬間のために、揃って深く息を吸い込んだ。
「『当然』は、こうなります!」
ルナが叫ぶのと同時に、リナが右手の黒マジックを忙しく動かし出す。
ごくりと息を呑みながら、二人の挙動を凝視する私たち。さっきまで、あれほどふざけた調子だった浅村さんも、何時になく真剣な眼差しを双子に向ける。
『限りなく殺人に近い、共同作業的致死事件!』
「共同作業的……致死事件?」
それは、双子の兄、ナオキさんの声だった。突然のこの場に呼ばれながらも、ある程度は理解しながら、話を聞いていたようだ。
「そう。二人は意図せずに、協力して卓さんを死に追いやった――ってことよ」
妹のルナが、推理の全貌を話せとばかり姉のリナに向け、そのほっそりとかわいい顎をくいっと動かした。
「では、今回の事件の全体について、私、高藤リナから、発表させていただきますね。
普段から窓の開けっぱなしに不満を持っていたマキさんは、その嫌がらせのために、窓サッシの枠など、目張り的にガムテープをぺたぺたと張っていた。ここが、今回の事件の謎を解く最大の鍵なのです……
浅村さんは、卓さんが毎朝煙草を吸いながら窓を開け、外の景色を眺める習慣があることを知っていた。だから――」
リナが、浅村さんの方を向き、声を大きくした。
「二つの窓サッシの間の空間――本来は空気の断熱効果を得るための空間に、外側からガラスに穴を開けてボンベのブタンガスを注入した。そうですよね? 浅村さん」
「ああ、そのとおりだよ。御名答!」
嬉しそうに、浅村さんがはしゃぐ。
「……。本人が認めたので、改めて云うのも変な感じなのですが、証拠は、千枚通しで通したような穴の開いたガラスの破片です……ガラスカッターのようなガラスの穴あけ専用部品をドライバーにつけて、穴を開けたものと思われます。ガスが漏れないようにするため、穴の外側は接着剤などで塞いだのでしょう。
そして、ベランダで見つかった穴の無いガスボンベですね。これは、きっと浅村さんが使ったボンベなのではないでしょうか。こちらのお宅では、使用後に穴をあけてベランダに保管していたようですし……恐らく、浅村さんは、もう用済みとばかりに、使用後のボンベをそこに置き去りにした。たまたまメーカーが同じだったガスボンベを」
リナが一気に言葉を放つと、浅村さんは一層表情を明るくした。
「そう、そのとおりだよ! さすがやるね! 元々ボクは事件から逃げる気なんか無かったから、作業に邪魔な手袋もはめてなんかいなかったよ。だから多分、そのベランダのボンベにはボクの指紋がバッチリ着いてると思うな!」
それを聞いた大倉山刑事が、ベランダにダッシュする。穴の無いボンベを手に取り、確保する。警部は少し呆れ気味に、口をへの字に曲げた。
「そして、浅村さんは、卓さんが朝陽を浴びながら火だるまになるのを夢見て、その場を去る。ですが、ここで浅村さんにとっての不測の事態が起こる訳です。そう――卓さんは既に煙草を辞め、ライターを使わなかった」
「いや、ホントそれ聞いてないし! ボクの美しい計画が台無しだよ!」
「じゃあ、一体どうやって火が点いたっていうの? まさか、今になってこの私がこっそり火を点けたとか云うんじゃないでしょうね? 私は全く関係ないんだからっ!」
子どものようにへそを曲げ、怒り出した浅村さんを尻目に、マキさんが急に慌て出した。リナとルナが、きちんと動きを合わせながら、首を左右に振った。
「いえ、マキさんは直接的には火を点けてないと思います……。ただ結果として、浅村さんと共同作業をしてしまっていたのです」
「私が……この人に手を貸したですって?」
ルナの言葉に、気分を害したマキさんが、低い声で脅すように云った。けれど、双子は整然として、表情を崩さない。ルナが、そのまま続ける。
「そうです。マキさんの行った共同作業――それは、死の旅立ちのための餞のような、発火器を造り出してしまったことなんです。ほら、江戸時代とかの昔、外出する夫の背中に妻が火打石で火花を散らしてあげましたよね? あんな感じのことよ」
「それは、厄除けのためだろ? マキさんのは、疫病神的な火打石だよね」
ルナにツッコミを入れた兄のナオキさんが、ぎろりとマキさんに睨まれる。
「ガムテープであちこちを貼られていたために、窓はスライドしにくくなっていた。そこを卓さんは、力ずくで開けようとしたのでしょう。そのために、余計なスピードと力が加わった窓枠は、火花を散らした。そして、二重窓の内部に溜まっていたガスに引火し、爆発が起きたってわけです」
この推理は、リナの口から発せられたものだった。マキさんの両眼が、かっと見開き、紅い唇がワナワナと震えている。
「これは、本当に偶然の産物かもしれないわ……。ブタンガスの爆発限界も知らない浅村さんの幼稚な計画だけでは、事件は起きなかったと思う。
卓さんがいつも窓を開けていたせいで塵や埃が窓のレール部分に溜まり、静電気的にも火花の起きやすい状況になっていたのでしょう。また、マキさんが窓枠にガムテープを貼っていたので、ガスが二重窓の空間から抜け難い状態にもなっていた……。
これらが偶然的に重なりあって、卓さんは命を落とした云えるわね」
リナの感情を押し殺したようなその言葉は、浅村さんを怒らせた。
「幼稚だって? 何云ってんだよ! ちょっとずれたけど、ボクの元々の計画が見事だったおかげで、課長は見事に火だるまになったんだよ! 嫌な奴が、騙された意識もなく自分で自分を手に掛ける――感動的な話じゃないか!」
フヒーヒッヒッ!
(ダメだ……この人、完全にイカレテルわ)
私がそう思った瞬間だった。私の目の前を通り過ぎ、浅村さんの側に寄って行ったルナの右手が、浅村さんの左頬をバシン、と勢いよく叩いた。一気呵成とばかり、二人に近づこうとするリナを、私は何とか抱きしめるようにして、食い止めた。
「アンタ、最低の人間だわ! 人の命をなんだと思ってるのッ!」
ルナの叫びにも、浅村さんは悪びれる様子はない。フン! と鼻を鳴らすと、左手で赤く脹れた頬を頻りと擦る。
「では、浅村さん……今の内容を認めるんだな?」
警部の言葉に、にやけた浅村さんが小さく頷く。
「浅村氏を連行しろ!」
警部の引き締まった声に、大倉山が素早く動き、浅村氏に手錠をかけた。
「だから、最初からそう云ってたのに……」
浅村さんが、口を尖らせる。
「田村マキさんも、念のため署に同行願います。色々と訊きたいことがありますので」
「は、はい……」
さすがのマキさんも、目を伏せて塞ぎこんでいる。
「彼は、どんな罪になるの?」
私は、横にいるナオキさんに、そっと訊いてみた。
「さあ……。僕も詳しくはわからないんだけど、『殺人予備』とか『ガス漏出等及び同致死傷』とかになるんじゃないの、かな……」
「ふうん」
言葉の意味がよく分からなかった私は、とりあえずそのまま聞き流しておいた。
大倉山に連れられ、部屋を出ようとしていた、浅村氏。ふいとこちらを振り向き、双子の女子高生探偵に視線を向けた。何故かその表情は、妙に柔和だ。気持ち悪いほどの、恍惚として幸せに満ち満ちた、その顔。
双子は、揃って寒気を感じたように、背中をぶるっと震わせた。
(ありがとうね、かっぴぃ)
右の掌を広げ、今までその中で縮こまっていた「かっぴぃ」を、じっと見詰める。
気のせいだろうか――目も口も鼻もないかっぴぃが、「ボクのおかげだからね」とばかり自慢げに微笑んでいるかのように、私には思えてならなかった。