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4 犯人は、二人?

「そんなこと、ある訳ないじゃん。だって、彼を殺したのは、ボクなんだからさ」

 満を持して、浅村氏が囁くように、そう云った。どうやら、マキさんの主張を真っ向から否定するらしい。

 それを聞いたマキさんが、浅村さんの所へと、のっしのっしと近づいていく。

「アンタこそ、いつまでもそんなとこ座ってないで、とっとと帰りなさいよ! 主人に恨みがあるとかないとか、そんな『ちっさい』ことで一々、警察を惑わさないで!」

「何だって? ボクの課長への恨みは、そんな浅いもんじゃないぞ! マリアナ海溝より深く、太陽よりも重いんだ! 奥さんこそ、僕の手柄を横取りしようとしてんでしょ?」

 浅村氏が、毛布を自分から剥ぎ取り、すっくと立ち上がった。


「な、何ですってぇ! 私のアイツへの憎しみに比べれば、アンタなんか甘いわよ! 何せ私、嫌味なあの人と、二十年近くも同じ部屋に住んでいたんだからね。年季が違うわ」

「ボクだって入社以来十年、毎日毎日、顔を合わせてきたんだよ。日中顔を合わさない奥さんとは、恨みの濃密さが違うんだ!」

「んな、訳ないでしょ! 事故だけど、私の創ったきっかけでアイツがお陀仏になったんだから、とにかく私に感謝してよね!」

「いや、犯人はボクだ。感謝するのは、奥さんの方だよ!」


 ぐぬぬぬ――

 睨み合いの、二人。


(ひ、酷い云われようだな、卓さん……。人間、こうはなりたくないもんだよね。云われる方にも、云う方にも――)

 私は、これから長く続くであろう自分の人生の荒波を考え、寒々とした気持ちで二人のやり取りを聴いていた。


 お互いの『恨み辛み』の深さを競い合った二人の顔は、遂に残り一センチの距離にまで近づいた。今にも掴み合いの喧嘩になりそうな瞬間に、大倉山がその間に割り込み、火種を消しにかかる。

 その様子を見た警部が、肩をすくめた。

「……。聞いたか、大倉山君。事故とは云っているが、奥さんも旦那さんには、相当嫌気がさしていたらしいぞ……これは、奥さんによる事件の線も考え直さなきゃならんかもしれんな」

「何ですってぇ!」

「何だって? だから、犯人はボクなんだって!」

 今度は二人が束になって、警部に食ってかかった。


「田村卓さんって、相当、人に嫌われるタイプだったんだね……」

 揉み合う四人の大人を前にして、リナとルナの耳元で私がそっと呟くと、二人は喉をゴクリと鳴らして、頷いた。

「一体、どうなっちゃってるのかしらね?」可愛らしく口を横に曲げ、呆れ顔のリナ。

「どうもこうもさ、二人とも恨みがあったってことでしょ?」

 ルナが、いたずらっ子の眼を輝かして、私を見た。

「あ、いや……どういうこと?」

 私がそう尋ねると、慎重派のリナまでが、楽しそうな顔をする。

「だ・か・ら。いっそのことさ……」 ルナが私の傍で耳打ち。

 私のすぐ横で聞いていたリナも、

「そうよね。すぐにでも、ケーキバイキング行きたいしね」

 と、ひょいひょい、ルナの意見に賛同。

「えーっ、そんなんで良いわけ?」


 そんな、私のミステリにおける正統派の意見は、結局、美形な双子女子には届かなかった。ガラスの散らばった部屋の中で、スキップをするように二人の刑事に近づくと、何やらコソコソ、話し出したのだ。

 パッと花が咲いたように表情を明るくした警部。まあ、その花びらは決してきれい、とまでは云えないけれど……

「そうか。もう、推理の披露の時間か――今回は、早かったな。感心、感心――それでは二人とも、よろしく頼むよ!」

 警部の言葉に、「任せとけ」とばかり、胸をどんと叩いたルナ。

 リナは、「もう事件は終わったわよ」とばかり、いそいそと小さな手帳を取り出し、推理のメモをそこに書き始めた。


「大丈夫? あの模造紙での発表とか、しなくていいの?」

 私がそう訊くと、二人は揃って右手を、ヒラヒラさせた。

「大丈夫よ。この事件、そんなに難しくないわね。すぐに終わり。――わざわざ、模造紙に推理をまとめるまでもないわ」

 ルナの威勢のいい言葉。リナはいたずら小僧のような眼をして、相槌を打つ。

「そんなもんかな……まあ、二人がそう云うなら……わかった」

 納得していない、私の深層心理。でも、親友を信じることも、大事。

 私は、自分の携帯に付いたマスコット「かっぴぃ」ストラップに手を触れ、祈ることにした。


(どうか、双子の推理が合ってますように)


 かっぴぃ――白色のカビ妖精で綿ぼこりの塊みたいな奴。目も鼻も口もなく、クラスのみんなが「可愛くない」と口を揃えて云うくらい、巷の女子高生には人気がない地味キャラなんだけど、何故か私にはめっちゃ可愛く思えて、大のお気に入りなんだ――は、私の願いを聴いているのかいないのか、そのもこもことした表情?を変えることはなかった。


「では、今から私たちの推理を発表いたしますっ!」


 とそのとき、まるで学芸会のような雰囲気の中、双子が声を合わせ、宣言した。

「よっ、待ってました、双子ちゃん!」

 拍手喝采の浅村さんの横で、憮然とした表情をする、マキさん。いかにも、高校生の小娘をの云うことなんて当てになるのかしら、という目をしている。そして、そんな妙な雰囲気となったことに苦笑する警部の背後には、背の低い警部からニョキッと突き出るようにして、大倉山が無表情で立っていた。


「じゃあ、まずは犯人から云っちゃいましょう!」


 授業で黒板に書かれた簡単な計算問題を答えるかのように、そう明るく云い放ったルナ。浅村さんとマキさんの表情が翳る。

「だから、ボクだって云ってるじゃん……」

「事故なんだから、犯人なんていないのに……」

 二人の犯人候補の、ぼそっとした、呟き。


「いやあ――今回はね、さすがの私たち美人双子探偵もやられましたよ、ええ。これは、犯人サイドの、かなり高級なミス・ディレクション――捜査攪乱です。そう……犯人は一人、もしくは誰もいない事故だったという誤った推理に導くという、ね」

 リナの可愛い目尻が片方下がり、ウインクが決まる。

(だ、大丈夫かしら)

 ――何故か、私の背筋が不安で震え出した。

 

「ええ? リナ君、それはどういう? ま、まさか――」

 目を全開にし、驚いた表情を見せた警部。その後ろで、大倉山刑事が呆れ顔で肩をすくめる。


「そうですっ! 警部、これは浅村さんの巧みな導きにより、マキさんが結果として実行犯となったケース……つまり、広い意味での共犯なのです!」


「はあぁ?」

 双子のシンクロに触発されたのか、マキさんと浅村さんがまるで本当の夫婦のようなタイミングの良さで、素っ頓狂な声を出した。益々、私の背中が寒くなる。


「では、どうやって二人は卓さんを火だるまにしたのか――あ、すみません。表現が悪かったでしょうか……と、とにかくそこは、リナが発表します!」

 ルナからバトンを受けたリナが、先ほど推理内容をメモしたらしき手帳を顔の前に広げ、ちょっと普段よりは高音の音域の多い声で、読みだした。


「えーと、つまりは、浅村さんはサブリミナル効果か、なんかかんかを使い、奥さんのマキさんを洗脳したのです。

 浅村さんは、年末にトリックを思いついたというけれど、本当はかなり以前から仕込みをしていたのよね、きっと。ガスボンベを見たら、卓さんに穴を開けさせたくなるような絵、もしくは映像をマキさんにしつこく何回も送り付けた……多分、手紙やメールとかで。

 卓さんのことをよく思わなくなっていたマキさんは、卓さんの危険など考える余裕もなくなり、洗脳状態の無意識下でそれを実行した。そして、そんな浅村さんが仕込んだ罠にまんまと引っかかった卓さんは、可燃ガスの溜まった部屋で煙草に火を点けようとライターを使い、自ら爆発をひき起こした――

 まあ、そんなところですよ」


 凍りついた、部屋の空気。

 そんな中、双子の可愛らしい笑顔だけが、眩しいほどに輝いていた。

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