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3 黒い部屋の秘密

 浅村という男は、警部に紹介されると、よぉ! とばかり、毛布の中から突き出すようにして、ひょいと右手をあげた。いやらしいほどの、にやけた目付き。

 一方、双子の女子高生は、恐怖に怯えたように、じっとその毛布の塊を見つめている。恐らく私と同じように、佇む男の気配が感じられなかったんだろう。


「この人が、浅村さんなの?」 とは、やや慎重な性格のリナ。

「じゃあ、アンタがとっととゲロすれば、話は終わりじゃん」

 大雑把に、ルナが浅村さんを脅しにかかる。

「手紙にも書いたでしょ? ボクが簡単に種明かししたら、せっかく苦労して『田村課長』を亡き者にしたってのに、面白みがないって……」

 上弦の月のように口元を広げ、双子姉妹に不気味に笑いかける浅村氏。その、ねっとりまとわりつくような不気味な雰囲気に、さすがの双子も直ぐには言葉が出ない。


「いやもうね、浅村さんには『これは事故だから、お引取り願う』と何度も云ったんだが、全然、帰ってくれなくてね……。仕方なく、ここ2日は特別に留置場に泊まってもらったんだよ――でも、今日という今日は、納得して帰ってもらいますがねっ!」

 冗談めかして笑う警部だったが、あちこちの壁が焦げた黒い部屋に居る他の誰もは、決して笑うことはなかった。


「それで、亡くなった田村さんと浅村さんの関係は?」

 やっとのことで再び口を開いたのは、リナだった。

「その辺は、大倉山君、説明してやりたまえ」

「……はあ」

 藻岩警部の指示に、渋々頷いた、大倉山刑事。いかにも、「この女子高生たちなんかに説明なんかしたくない」という文字が、その顔に書いてある。悪いけど女子高生は、そういうことに敏感なのだ。

 一斉に瞳を三角形にして、鋭い眼差しを大倉山に向けた、私たち三人。

「仕方ないなあ……じゃあ、説明しますね……浅村さんは、田村卓さんの勤めていた会社の同僚で田村さんの直属の部下。因みに、田村さんが課長、浅村さんは主任」

「いや、年末にボクは係長に昇進したから、それは古い情報だ」

 浅村さんが、大倉山の説明に口を挟む。


「……。ああ、すみませんでしたね……それでは、田村さんが課長さん、浅村さんがその部下の係長ってことに、訂正します」

 大倉山が、女子高生以外に、珍しく不快な顔を見せる。

「で、関係はどうだったの? 当の本人を目の前にして訊くのも、なんなんだけど」

 リナが、話題を戻す。

「かなり、険悪だった――と聞いております。それでいいのですよね?」

「険悪だって? そんな生易しいものじゃないよ。最低、最悪さ。アイツ、今までもボクの出世を、あることないこと上司の部長に云い触らして妨げてきたんだぜ。わかってんだよ。そして、ようやく係長になれたと思ったら――」

 同意を求められた大倉山刑事にじろりと視線を投げた後、浅村さんは目前の空間を睨みつけた。


「今度はアイツ、ボクにこう云ったんだ――『係長に成れたのはすべて俺の御陰だ。感謝しろよ』ってね……もうボク、我慢できなくなって、それから毎晩毎晩、寝ずに考えた。彼をどうやって殺すかっていうことを。御陰で、紅白も見れなかったよ……毎年、楽しみにしてるっていうのにさ……

 まあ、いいや。とにかくボクは、その画期的方法を考えついた。そう、彼自身が彼自身を処刑する、その方法をね……元旦の朝のことだったかな」

 彼は、そう云い終えると――後は頼む――的な感じで、双子を虚ろな眼差しで見つめだした。正直、常軌を逸してる鉛色の目。私は、背筋がぶるっと寒くなった。


「……。とにかく、そういうことなら、浅村さんは田村さんを憎み、殺意があったのは確かなのね」

「だからさっきから、ボクがそう云ってるだろ!」

 相当短気な性格らしい、浅村さん。ルナの念押しに、声を荒げる。


「……まあ、そういうことだ。リナ君、ルナ君、どうかこの部屋をじっくりと見聞し、彼の云うことが嘘か真か、推理してくれたまえ!」

「……わかりました」

 遂に捜査をいたいけな女子高校生に丸投げをした、警部。声をシンクロさせて返答しながら、制服姿のリナとルナが、一歩前に出た。浅村さんの横にいるのが怖い私も、リナとルナの横に並ぶことにする。

 改めて、部屋をもう一度眺めてみる私たち。そうはしたものの、先ほど部屋に入って来たときに感じた状況以外に、特に気付いた点はないように思える。

 ――盛大に飛び散ったガラス片、窓枠だけが残った窓、部屋の中央に転がった黒焦げのガスボンベ缶に、くすぶった室内家具――

 

 私が、そんな風に考えていた矢先。

「あ、ちょっと見て!」

 リナが、書斎机の上の、右隅に追いやられるように置かれている、10センチ四方の吸殻のないガラス製灰皿と、その横にぽん、と置かれた銀色のオイルライターに気付く。彼女は、細く白い人差し指を、そこに向けて指し示した。このライターで、火を点けた?

「うーん……」

 一方、ルナは低い声を出しながら、ガラス片を踏まないようにひょこひょこと足を上げながら窓際に近づいて行く。窓に残された、窓枠。黒く燻されてへにゃんと曲がってはいるものの、そのアルミ製の躯体は、ある程度はその形状を留めている。

 と、ルナが膝くらいの高さ位置の窓枠の部分に、括目。

「ちょっと、ここ見てよ! なんか、微かに粘り気のあるものが、残ってる……」

「粘り気?」

 近づいて、私とリナもそれを覗き込もうとしたときだった。背後から、ほとんど消え入りそうな感じの、女性の声がしたのだ。

 一斉に振り向く、私たち三人の美人女子高生。


「わたしのせいなんです」

 それは、先ほどリビングで見かけた奥さん、田村マキさんだった。哀れな程にげっそりとした頬を周囲に曝しながら、必死に訴えかけている。

「ど、どういうことなんですか?」私の質問に、警部が顔を曇らせた。

「そ、それは……」

「こうなったのは、すべて私のせいだと云ってるんですっ!」

 突然、般若の如く顔を歪ませて、彼女が叫ぶ。

「だから皆さん、直ぐにお引き取り下さい!」

 まるで幻影でできた城が崩れるかのように、音もなく床の上に崩れ落ちた、マキさん。


「マキさんがおっしゃるには……」

 肩を震わせてうずくまる彼女を、憐みの眼で見つめつつ警部が語りだす。

「……ほら、そこに転がってる、ボンベあるだろ? カセットコンロのボンベ。卓さんが亡くなる前の晩、お二人はそこのリビングで、すき焼きの鍋をなさったそうだ。もちろん、カセットコンロを使ってね……。A5等級の高級牛だそうだ……羨ましい――

 あ、いや、まあ、それはともかく、食事を終えた奥さんは、まだ相当量のガスが残っているのにもかかわらず、卓さんにそのボンベの中の残りガスの処理を、頼んだということなのだよ」

「ガスの処理って?」リナが首を傾ける。

「簡単に言えば、釘とかで穴をあけて、中に残ったガスを外に出す、ということだ。そうすれば、そのボンベを『燃えないごみ』に出せるってわけ」

 確かに、ガスの残ったボンベをごみに出すのは危ない。回収車とかで何回も爆発騒ぎが起きてるらしいし。

「私から云わせれば、ちょっとした嫌がらせ……少し我儘云って、彼を困らせてやりたいと思ったわけ……だから、まだ結構ガス残ってたけど、無理矢理頼んだのよね……でもまさか、それで爆発するとは、思ってもみなかった……」

 またもや、亡霊のように立ち上がった、マキさん。もうほとんどあっちの世に行っちゃってるかのような、薄い影。何故か、私の背中がぞぞぞと寒くなる。


「あの人ねぇ……ホント、ズボラな人なの。洗濯物は脱ぎっぱなし、使った食器はそのまま、家事は手伝わない、挙句の果ては私が寒いって何度も文句云ってるのに真冬に窓を開けっぱなしにする……もう、ホント、嫌気がさしてた……

 だからそう、確かにあんまり仲は良くなかった。だけど、刑事さん、信じてください! 私は決して彼を殺すつもりなどなかったんです! これは、事故なんです!」


 夢遊病者の如く歩き出したマキさんの体を、大倉山が軽い身のこなしを発揮して、支えにかかる。女子高生以外の女性は、得に問題ないらしい。

 大倉山――意外とやるじゃん、と不覚にも思ってしまった、私。


 マキさんは、大倉山にもたれかかるようにして、また、しくしくと泣きだした。

「分かっただろ? なぜ警察が浅村さんが犯人じゃなく、この件を事故と考えたのかを……つまりは、田村卓さんは、自分で処理し部屋に溜まったガスにより、爆発事故を起こしてしまったんだよ。この現場の状況も、それを裏付けている」

 警部の言葉に大きく頷いた、大倉山刑事。

 ふと見遣ると、浅村さんは毛布にくるまったまま、不気味に笑うだけだった。


「もう、いいでしょ! 事故とはいえ、私が主人を殺してしまったようなものなのよ!」

 恐らくは窓のない部屋を突き抜けてご近所にまで届いたと思われるマキさんの叫び声が、その後しばらくの静寂を創り出した。

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