2 双子と、くすぶった部屋
警察の双子への協力要請から、まる一日。
特別に学校から一日休みをもらった私と双子の三人は、爆発事件の起きた現場へと向かう、警察の経費で乗り付けたタクシーの中にいた。
「なんで探偵が、犯人に頼まれて有罪を証明しなきゃならないのよっ!」
後部の右座席で、さっきから不満たらたらの、ルナ。「まあまあ」と、その背中をポンポンと叩き、ルナをなだめにかかる、後部中央座席のリナ。
自動ドアの一番手前、後部左座席に座る私は、恐る恐るバックミラーに映る運転手さんの顔をのぞき込む。明らかに、私たち三人の高校生を不審に思っている。微妙な表情。
「犯人がわかってるならさあ、要するに『ハウダニット(どうやってやったのか)』ってことだよね、今回の件」
流れゆく窓の景色を眺めながら私がそう云うと、リナとルナが同時に頷く。
「そうだよね」
「じゃあさ、こんな事件、リナルナなら簡単じゃん。とっとと片付けて、ケーキバイキングでも行こうよ!」
「お、いいねいいね! 行こう行こう!」
妙な会話で盛り上がる私たちの会話を、さらに複雑な、うさん臭そうな表情で、運転手さんが聴いている。
「つ、着きましたよ」
爆発事件のあったというマンション。その前で、車を止め、運転手さんはそそくさとリナから料金を受け取ると、すぐに車を動かし、何処へか走り去って行った。マンション入り口の前には、よくテレビのミステリ番組で見る、黄色の立ち入り禁止テープが張られていた。
「け、けぷっ……おうと? 何か、吐きたいのかしら?」 テープに書かれた英字を、恐る恐る読んでみた、私。
「KEEP OUTって読むのよ、レオナ……そのままズバリ、立ち入り禁止って意味だと思うけど……」 呆れ顔の帰国子女、ルナ。
「たぶん、中学レベルの英語よね……うん、わかった! 今度、みっちり英語を叩き込んであげるわっ。覚悟なさい、レオナ!」 同じく帰国子女のリナが、まるで母のような慈しみの目で、私を見る。
「い、いいって! わかってたわよ。ジョークなんだからさっ」
脇と背中の冷や汗が収まらない私は、急いで目の前のテープをくぐり、そのまま真っ直ぐ、突き進んで行った。
と、私とルナ・リナ、三人のうら若き乙女を待ち構えていたのは、あの女子高生の宿敵、『大倉山刑事』だった。苦虫を噛み潰したような顔をして腕を組み、集中ロック方式の玄関の前で立っている。
「探偵役の双子はともかく、なんであの、小うるさい探偵助手まで一緒に呼ばなきゃならないんだよ……」
大倉山がぼそっと呟く。地獄耳の私には、全然聞こえてるんですけどね……
渋々、私たち女子高生三人と一緒にエレベータに乗った、大倉山なのだった。
――そうなのだ。本当は、警察に協力要請をされたのは、リナとルナの二人。私は、オマケ。二人は、レオナが一緒じゃなきゃ絶対行かぬ、と粘りに粘った結果、私の同行が許されたらしい。大倉山の更なる反感も、買ってしまったが。
まあ、いいわ。もともとアヤツは、私たちの宿敵。更に嫌われたところで、痛くも痒くもない――
なんて考えていると、事件のあったという、問題の三階にたどり着く。
「三〇一 田村」
玄関ドアを抜け、下駄箱と靴脱ぎ場のある中へと進む。そこには、だいぶ待ち兼ねたらしく、イライラ気味に右手で口髭を弄ぶ、藻岩警部の姿があった。
「おお、やっと来た! 奥は窓が吹き飛んでて、寒くてかなわん」
パッと明るい表情になった警部に、小さな抵抗として、眉根を寄せる大倉山。
「では早速、リナ君とルナ君に現場を見てもらおうかな」
ビニールシートがひかれた、居室の廊下。こんもりと厚着した警部の後を、外履きの靴のまま、歩いていく。
突き当りには前と左に寝室らしき部屋の扉。もちろん、そこはプライベートの場所なので、立ち入りは不可。右手に折れて、リビングのある奥へと進む。
リビングのテーブルには、ただ泣きじゃくるだけの背中を丸めた女性が、一人。どうやら、亡くなった男性の奥さんらしい。少し昔のスキー場が似合いそうな白い「もこもこ」ジャケットを身に着けたその女性は、両肘をテーブルに突きながら、両の掌で顔全体を覆って泣いていた。
「すみません――奥さん。例の女子高生たちを連れてきました……部屋の奥を彼女たちに見させていただいてもいいですかな? ああ、君たち――こちらが、亡くなった田村卓さんの奥さんで、田村マキさんだ」
マキさんは、一瞬、顔から両手を外すと、私たちの方をそのクマだらけの眼でじろりと見遣った。誰もが息を呑む、凍った時間。その後「……はい、どうぞ」と、消え入りそうな声で小さく頷くと、また元の姿勢に戻ってしまった。
「……現場は、あそこだ」
可愛そうに――と軽く溜息をついた後、リビングの奥、向かって右手の方向を、藻岩警部が指し示した。
リビングの右手奥――そこにあったのは、以前、ドアの扉が存在したらしき壁の残骸。そこからやって来た真冬の透明感のある冷たい空気が、私をじわじわと取り巻く……そんな気がした。
問題の現場へと、進む。
「うわっ」
思わず、リナが声に出す。
――真っ黒く、くすぶった部屋。鼻を刺す、化学物質の焦げたような臭い。
広さは、八畳ほどか。
奥には書斎として使っていたらしい木製の机とデスクトップのパソコン。机に向かって右手には、かなり黒くなって題名の判別がしづらくなった文庫本が整然と並んだ、本棚があった。
左手には、爆発の勢いで吹き飛んだらしい、窓。かつてこの家で送られていた温かい家庭生活の残滓のように、ガラス窓の「アルミ枠」だけが、辛うじて残っている。ガラスは、窓の外側と内側、どちらにも細かい破片となって、飛び散っていた。
「うわっ、危ない! ガラス踏むとこだったよ」
まるで、コントに出てくる泥棒が盗みに入って来たかのような格好。交互に靴を履いた足を大げさに動かして、私は窓側のガラスの落ちていない部分に避けた。その足元を見てたルナが、口を徐に開く。
「窓の近くの燃え方が、一番酷いわね――ということは、その窓の辺りで爆発が?」
ルナの言葉に、警部が頷く。
「ああ、そうだよ……窓の辺りで爆発に巻き込まれた卓さんは、そこから仰向けに倒れたらしい。そのあたりで、上を向くような格好で、卓さんは全身の火傷を負って倒れていた。病院に運ばれたが、治療の甲斐なく、亡くなったのだ」
警部が指したのは、ちょうど私がいるところ。
ひゃっ!
と悲鳴をあげた私は、今度は窓の反対側に急いで移動する。足元には、焼けてしまってメーカー名もわからない、コンロ用のカセットボンベの空き缶が、転がっていた。
――このガスで爆発が?
目線を足元から上げてみる。
目前にあるのはやはり、窓の残骸だけだった。
その先に見えるのは、外の景色ではない。工事現場とかでよく見かける、ブルーシートだ。時折、強い風にザワザワと固い音をたてて揺れている。吹き込む冷気の対策用に、警察がベランダ側に貼ったものなんだろう。
「…………待ってたよ」
と突然、聴きなれない若い男の低い声が、私の右下から聴こえたような気がする。きっと、気のせいね。
「……やっと来てくれたね、双子クン……。待ちくたびれたよ……」
びひゃ!
その声の主は、私の足元に転がっていた。正確には、茶色い毛布にくるまった形で、まるで丸まったダンゴムシのように、体育座りして佇んでいた。
――ぜんっぜん、気が付かなった! オーラ無さ過ぎ! ただの毛布の塊だと思ったわよ!
私は、思わず左にのけ反るようにして、そこにいた男の人の肩にしがみついた。しかしこれがなんと――我が女子高生の敵、大倉山刑事だったのよ! なんてことなの!
「アンタ、なんでそんなとこにいるのよッ」
私は急いで大倉山から離れると、力いっぱい背の高いその男の眼を睨みつけてやった。
「お前なあ……勝手に人にしがみついといて、そういうこと云う?」
警部の背後に立っている大倉山が、私の触れた部分を、サッサと手で払う仕草をした。明らかに、ムッとした顔。当然、私もムッとした。
「コラコラ、二人ともやめなさい……コホン、ではリナ君、ルナ君に紹介しよう。この男性が、君たちに手紙を送った浅村秀樹さんだ」
呆れ顔の警部が、リナとルナに向けて優しく、そう云った。