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1 女子高生への挑戦状

 ここ数日、この辺りの冬にしては珍しく続く、穏やかな日。

 私は、授業も終わり、美術部の部室に向かおうと窓ガラスの大きな廊下を歩いている。

 冬の午後の低い角度で射す黄色がかった陽の光が、校庭に積もった真白な雪で反射され、きらきらとまばゆいほどの光の束となって、私の目に飛び込んでくる。


 みんな無事に年を越せたようで良かった――何事も、『無事これ名馬』っていうものね。


 多分、ことわざの意味もこれで合ってるはず――

 冬休みも終わり、ようやく気分も日常に戻った感じの、まだ少しほわわんとした顔つきの女子高生たちが、そんなことを考えている私を、取り巻いた。

 まさにうららかな、午後。

 それを打ち破ったのは、耳を突くほどうるさい音量の校内放送だった。教頭先生の声……だと思う。そんな放送が、この麗しき乙女の園、夕陽ヶ丘女子高等学校に鳴り響いたんだ。


「――ええ、二年三組の高藤たかとうリナ、及び高藤たかとうルナ。至急、職員室まで来るように!」


う、うわっ! リナとルナ、二人とも呼ばれちゃってるよ! これはただ事ではないわっ! 彼女たち、きっと何かやらかしたんだわ! だからいつも、変なことには首を突っ込むなと、あれほど口を酸っぱくして云ってるのにな……



 美術部の部室から目的地を変え、急遽、職員室へと向かうことにした、私。

――あ、すみません、紹介が遅れましたね。私、双子の女子高生「リナとルナ」の親友、レオナといいます。高校二年生。もちろん、泣く子も黙る、絶対的美少女女子高生よ。所属は美術部で、副部長やってます。部員のみんなからは、「のんびり屋さんのおっとりさん」などとよく云われるけど、やるときゃやる、そんな女子なのです。

 リナルナの双子と仲良くなったのは、高校に入ってからなの。どうしてって、彼女たちが小学校と中学校の時期をイギリスのロンドンで過ごした帰国子女だからなんだけどね(当然、英語もペラペラ。英語の試験勉強のとき、いつもお世話になってまーす!)。


 えーと、じゃあ、いい機会だから、ここで彼女たちのことも紹介しちゃうね。

 彼女たちは、どう見ても一卵性。そう、美人さん×2の、そっくりな双子(まあ、私は簡単に見分けられるけどね……)。ほっそりした160cmほどの体型に、肩までの黒髪。そして何より、くりくりおめめが特徴。そんな華奢で可愛らしい彼女たちが選んだ部活は何故か空手部。しかも、試合で結構活躍してるってんだから、近づく男子は要注意よね。

 そしてあと、彼女たちには特筆すべき、特徴があるの――それは、探偵の素質があるってこと。一年生の時も、実は、学校の傍のカラオケ屋で起こった殺人事件を解決してるし……。



 まあ、そんなわけで、私が職員室にたどり着くと、そこには既に、私にとってのもう一人の親友、同じ美術部のカナちゃんがいた。小さめレンズにピンクの可愛らしいメガネフレーム。私の姿を見たカナちゃんは、垂れ気味の瞳をこちらに向けて、いつもの優しい笑顔で、私を包み込んだ。


「カナちゃんも来てたんだね? リナルナ、一体、何やらかしたんだろうね」

「なんなのかしらね……フフフ。なんでも、警察の人が来たって噂だよ」

 

 えーっ!


 警察が来てるなんて、ただ事じゃないじゃない! 驚いた私の顔を見て、カナちゃんは、益々その可愛らしい笑顔をほころばせた。……カナちゃん、もしかして楽しんでない?


 奥の校長室で、その秘密会談は行われているらしい。きっと、リナルナ、校長と教頭、そして警察という面々で……職員室にいるすべての人たちの視線が、校長室の閉ざされたドアに集中している。

 ざわつく先生と、いつの間にか紛れ込んでいる大勢の生徒たち。職員室は、憶測や興味本位など、多種多様の言葉飛び交う『カオス』の場と化していた。

 

 と、そのとき、校長室のドアが開き、スーツを着た二人組の男が、そこから出てきた。

 しん――と、一瞬静まった、職員室。

 その後、うって変わって再びざわつきだした職員室を、すり抜けるように、男たちは出口へと向かった。一人は背の高めの、二十代の若い男。もう一人は五十代くらいと思われる、ちょっと小太りの男。

 並ぶように、落ち着き払った表情で、静かに歩く二人。出口付近に佇む私とカナちゃんに目掛けて歩いて来るかの如く、こちらに近づいてくる。


 ん? なんか見たことあるな……


 私がそう思ったのも束の間。

 校長室から出てきたリナルナの二人が、その男たちの背中に向けて、目一杯に人差指で目尻を真下に引っ張りながらの『あっかんべえ』を、まさに双子のシンクロよろしく、同時に放ったんだ。

 

 二人揃ったその行動……も、もしや、あの若い男は……


 そう、二人のうら若き乙女の強烈なあっかんべえを浴びたのは、いつかのカラオケ屋の事件で一緒になった刑事で女子高生の宿敵、『大倉山おおくらやま』だった。どんな暗い過去があるのかは知らないけど、何故かこんなに可愛い私たち女子高生を毛嫌いする、とんでもない刑事なんだ。ってことは――やっぱりね。その横にいるおじさんは、大倉山とは違って女子高生に優しい、『藻岩もいわ』警部だ。

 その姿を認めたカナちゃんは、何故か私の背中の裏に隠れた。あのとき、やっぱり犯人扱いされたのが、嫌な記憶として残ってしまたんだろうね……

 

「お、君はいつかのカラオケ屋の現場にいた、女子高生じゃないか。元気だったかね?」

 背中の後ろを見せないよう、踏ん反り返って体を大きく見せながら立つ私に向かい、警部が声を掛けてくる。私は、黙ってにこやかに笑って挨拶する。

 しかし、こんな可愛い私の笑顔を見ても、大倉山は「また、あの時の女子高生かよ」とばかり、露骨に渋い顔を見せる。ホント、嫌な奴だ。


「警部! 捜査会議までの時間がおしてます。とっとと、署に戻りましょう」

「ん? ああ、そうだな。戻るとしよう。じゃ、レオナ君とカナ君、またな」

 

 警部さんには、カナちゃんのこともちゃんと見えていたみたい。

 私とカナちゃんは、リナルナに見習って、生涯最大級のあっかんべえを大倉山刑事の背中にお見舞いしてやった。と、今度は私の背後から聞こえた、かわいい二重奏の笑い声。

 もちろんそれは、聴きなれた我が親友、双子の女子高生のリナルナの声だった。

 

「おお! 二人とも大倉山にあっかんべえを食らわしてやったね。感心、感心」

 これは、右目の下にほくろのある、妹のルナの言葉。どちらかというと、大胆な行動派の性格である。

「まあ! カナちゃんもレオナちゃんも、やるときにはやるのね。感心、感心」

 これは、左目の下にほくろのある、姉のリナの言葉。どちらかというと、慎重な熟慮派の性格である。

 さすが双子。しゃべるセリフの長さまで、同じなのだ。



「でさぁ、一体何があったのよ?」

 私が心配そうな顔をしてそう訊くと、二人は「たいしたことない」とばかり、それぞれの右手をヒラヒラと同時に、左右に振った。

「何、全然たいしたことないのよ」×2

 今度は、セリフの中味まで同じ。


「でも、警察が来たんでしょ? 大したことない訳ないじゃないっ!」

 あまりにお気楽そうな二人と、ずっとニヤけてばかりのカナちゃんに、少し腹が立った私は、声をちょっと荒げた。


「ああ、ごめんごめん。実はね……」

 そう云って、チェックのスカートのポケットから姉のリナが取り出したのは、四つに折り畳まれた、二枚のコピー用紙だった。それらを広げると、いずれも何やら書きなぐったような感じの文字で、日本語らしき文が書かれているのが見えた。どうやら、現物ではなく、白黒のコピーのようである。

 これって、古文の原文? って思うくらいの、まるで蛇とミミズの縄張り争いの如く、奇妙な文字。相当、雑な性格な男が書いた字に、違いないわね。


「犯人から、挑戦状をもらっちゃってね」 ルナが、少し恥じらいを見せる。

「ちょ、ちょおせんじょお?」 珍しく興奮したカナちゃんが、上擦った声を出す。

「そうなのよ……どうやら、私たちがあのカラオケ屋の事件を解決したことを、この『犯人』と名乗る男が、聴きつけたらしいのよ」 リナが、少し鼻を高くする。

「で、なんて書いてあるの?」 

 汚い字を苦労して読もうとも思わない私が、そう訊ねた。

「……」

 私の問いに、誰も答える子はいなかった。誰も、こんな汚い字は読みたくないらしい。

 暫くの沈黙の後。思い出したように「ああ、そうだった」とルナが声を出し、また別の紙を一枚、ポケットから取り出したんだ。


「あまりに字が汚くて読めないから、大倉山が『犯人』からじかに話を聴き取って、ここに意味をパソコンで書いといたって……まあ、たまには良いこともするのね……じゃあ、読むわよ」

 ごくり――私の喉が鳴る音が、辺りに響く。


『私は、あのマンション爆発事件の犯人で、名前を浅村あさむら秀樹ひできと申します。三十二歳、独身。字は汚いのですが、顔は中の上、年収は五百万円くらい。背も高い方で、まあ、そこそこモテます――あ、いや、まあ、そんなことはともかく。

 あの件は、警察がいうような「事故」では、決してありません。私が、周到にトリックを仕組んで起こした、殺人事件なのです。警察にも、自首してそう話したのですが、「事故」といい張るばかりで、なかなかとりあってくれません。私から滲み出る気品が、そう思わせてしまうのでしょうか……

 私は、そのトリックをすべて警察に話してしまおうとも思いましたが、私なりに考え抜いた、殺人計画です。それでは、詰まりません! ここは是が非でも、警察に解いて欲しいと思いました。でも、警察にやる気がないのなら、仕方がないですよね……

 そこで、です。どうか警察に代わり、この事件の真相を暴いてくださいませんか?

 あなたがた「美人」双子女子高生探偵のご活躍は、以前、新聞でお見かけいたしました。留置場でそれを想い出し、この件を頼めるのはあなた方しかいない、そう考えたのです。

 どうか、お願いです! この「美人」の二文字にかけて、哀れな殺人犯のトリックを見事暴き、私の有罪を証明してください!

 どうかどうか、よろしくお願いします!』

 

「…………」

 

 私たち四人は、暫くただ、そのお互いの呆れ顔を見合ったまま、何も云えずにその場で立ち尽くすことしかできなかった。

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