他の子からチョコとかもらったら殺すよ
こんな幼馴染のお姉さん欲しいですね。
僕は願い下げですが。
僕はいつも通り登校して、いつも通り友達に「おはよう」を言って、いつも通り下駄箱の蓋に手を掛け、そしていつも通り靴をしまって上履きを履いた。そしてその履き心地は全くいつも通りじゃなかった。履いた瞬間身の毛がよだったのを感じた。なんか踏んだ……! 靴の中にアレがいる、なんて想像はしたくないが、そんな所にもぐり込みそうな物は他に思いつかない。僕は衝動的に靴を脱ぎ捨てた。が、その中にあるのは見るからにアレではなく、小さく折り込まれた紙切れだった。おそるおそるそれを拾い上げて中をのぞいて見ると、「明日の放課後、四時に亀山公園の噴水前で待っています」とその手紙は告げていた。これはもしかして……! 僕の心臓は鼓動の速度を一気に上げてきた。そういえば、明日は国を挙げてチョコレートの売上に貢献する運動の日じゃないか。僕にとっては良い思い出はおろか悪い思い出すらない、言ってみれば他の三百六十四日と全く同じ日、いや、正月はお年玉がもらえるだけまだましなので、ランク的には下、みたいなそんな日じゃないか。もしかしてとうとうその格付けを見直す日が来たのか。いやあるいは一気にトップに躍り出るかも。なんで手紙をわざわざ上履きの中に入れた、そこだけが不可解だ。
「ちょっと、その紙切れ何?」そんな声がしたかと思うと、僕の手の中の手紙はあっという間にもぎ取られてしまった。「あー、これ……」そのもぎ取った当人は躊躇いもなしにその手紙の文面を見ている。
「ちょっと、何、エーコ姉ちゃんには関係ないじゃん」僕はそのエーコ姉ちゃんの手から再び手紙を取り戻した。
「何それ行くつもり? 明日亀山公園に?」エーコ姉ちゃんは見るからに不機嫌だ、というか不機嫌を主張する為に目を見開いてふくれっつらをしている、という感じだ。
「分かんないけど、何で? 行ったらダメなの?」
「ダメじゃないけど、なんかアレじゃんおかしいじゃん。アレでしょチョコでしょ。チョコなんか私が毎年あげてるじゃん。それなのに別にもらう必要とかなくなくない?」
「いやだって、これはそういうのじゃないかもしれないよ」
「どっちでも同じだよ。てかもらわなくても良いよ。チョコ食べたいの? だったら、いやー君はラッキーだなー。もうね、しょうがないなー、今年はね、もう言っちゃうよ? そしたら驚いちゃうよ? なんとね、エーコ特製ザッハトルテとか作っちゃったから。もうね、ユーハイムのとか目じゃないから。君ユーハイムのザッハトルテ好きじゃん? もうねすんごい研究してね、どうやったらアレに勝てるのか、ってね、オレンジピューレとか入れたりしてね。まあもしかしたら勝てないかもだけど、あれだよ、愛情と言う名の甘味料がたっぷり入ってるから、もうそれだけで味の差は歴然だよ。ひょっとしたらコロンバンのプリンよりもおいしいかも、そうなったら、いやー店とか出せちゃうかも。まあプリンとケーキを比べるのがおかしいって言う話だけどねー」たははー、と早口でまくし立てながら、ドヤ顔でそれだけ言ってのけた。僕はそのドヤ顔の中に言い知れない恐怖を見て感じ取っていた。それ以上に、登校の生徒でごった返してる生徒通用口でそんなにしゃべり倒すエーコ姉ちゃんの度胸に感服したが、正直恥ずかしい。
「分かった、分かったから」
「じゃあ、行かないのね?」
「いや、行かないって訳には……」
「もらわない? チョコ」
「それは……」それはなんていうか、分からないとしか言いようがない訳で。もらわないとか今断言するのは惜しい訳で。
「もういいもん」エーコ姉ちゃんはそう言ってずかずかと行ってしまった。
翌日、僕は学校が終わって早速亀山公園に向かっていた。今日はエーコ姉ちゃんには出会っていない。ので、ちょっと気になるところだけど、正直イエスかノーかは全く考えていない。そしてその点に関して僕は全く良心の呵責はない。場合によってはイエスの返事すら辞さぬ覚悟である。
果たして、噴水の前には一人の女子生徒が立っていた。実はそれを見るまでは同級生のいたずらを懸念していたが、その線はひとまず消えたようなのでほっと胸をなでおろしたが、よく目を凝らすと、噴水のベンチに私服姿のエーコ姉ちゃんが座っているではないか。恐らく、学校が終わるが早いか全速力で帰宅し、着替えて公園を見張りに舞い戻ってきたのだろう。何のためにそんなことをしたのか全く不可解だ。
「こんにちは、あの、ちょっと遅れてごめん」僕は何と言って声を掛けようか思案した挙句、とりあえず遅れてみたのである。
「いや、だいじょぶです……」女子生徒はうつむきがちにそう答えた。うわ、これは本物だ。「あの、これ、うけとってください」彼女はあまり間を空けずにきれいに包装された箱を差し出した。
その時、噴水の向こうから突き刺さるような視線を感じた。ちらりとそのほうに目を向けると、エーコ姉ちゃんがなんでもない顔をしながらこちらをじっと見ている。そして僕が目を向けたのに気づいたか、口をパクパクと動かしだした。「MO RA tu TA RA KO RO SU」僕は頭から血の気が引くのを感じた。そっかーはじめから選択肢とかなかったのかー。「ごめんなさい」僕はその女子生徒が、とにかく外見だけでも僕の好みであるかどうかを判断すらする前にそう答えていた。「あ、うん、私こそごめんなさい」彼女はそう言って、小走りに去っていった。
その様子をひとしきり見終わって、エーコ姉ちゃんは悠々と歩み寄ってきた。「さあ帰って一緒にザッハトルテ食べよう?」彼女はふんふーんと鼻歌を歌いながら僕の前を歩き出した。
特に面白いと言うわけでもないストリーを
面白く書くための練習ですよ。