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セリーナ・ロックハートの大冒険  作者: 折れた羽根 しおれた花
第三章 冬のバラード~winter general's revenge~
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月下凶刃

 少しウトウトしてしまっただろうか? なんだか、懐かしい夢を見ていた気がする。誰かに抱かれながら、険しい獣道を進む夢だ。もしかして、私を抱きしめていたのは、母なのだろうか? そう言えば、私の母は、誰だ?

 頭の中に浮かんだ疑問を、頭を振る事で脳裏から振り払った。今は、そんな事を考えている時ではないだろう。何故なら仕事中だ。

 しかし、平和だ。十二月も半月近く経とうとしているが、暫く帝都でも事件らしい事件は起きていない。私が留守にしていた一月以上も、そして、十二月に入っても、少なくとも騎士団が出張らないといけないような事件は起きていない。

 もっとも、数万人以上暮らしている帝都だ(十万人以上いたっけ、人口は?)、全く問題がないワケじゃない。毎日何らかの事件は起こる。商人の小競り合いだったり、冒険者同士のイザコザだったり。ただ、その全てに騎士団員が出張らないといけない、というワケではないだけの事だ。

「隊長、お疲れですか? ここ数日は暇なもんです。まあ、眠たくなる気持ちも分からないではないですがね、今は仕事中です。隊のトップがそれでは下の者に示しがつきませんよ。まあ、下の者も下の者ですがね、三番隊は」

「おいおい、私は寝てなどいないぞ。決めつけないでもらおうか、アクロイド副組長?」

 あと、隊長って呼ぶなよ。私もお前の事副隊長って呼ぶぞ……そっちの方が呼び易いけどな。

 なんだ、ニヤニヤして口元を抑える仕草なんてしやがって。

「ヨダレ、ついていますよ」

「なっ!!」

 慌てて手の甲で口元を拭ってみたが、そこにはヨダレの跡は何処にもなかった。

「ほうら、寝ていた証拠ですよ。いくら自分の周りだけ暖かいからって、それはないんじゃないですか? まあ、それだけ三番隊の中でも無防備でいられるようになったという証拠かもしれませんがね。……あまりにも無防備だと、危ないですよ? 変態三羽烏が、貴女の傍に居たがりますよ?」

 そう言えば、近頃やたらとべイン、カーペンター、ディケンズの三人が私の傍で仕事をしたがるな。確かに冬に入り、めっきり寒くなったが、まだ雪が降るほどではない。部下に好かれているのではなく、私が自分自身に冷暖房魔法をかけている為、私の周りはある程度快適な温度になっているからな。

「あー、分かった。寝ていたよ、寝ていました。これでいいだろう? 私のサインが必要な書類はあるか?」

 仕事をする振りで誤魔化そう。

「ええ、これだけあります」

「まだこんなに残っているのか……」

 溜息が出そうだ。いくら十月後半から十一月いっぱいほとんど仕事を休んでいたからと言って、この仕事量はおかしい。十二月も半分近くが過ぎ去ろうとしているのに、書類の山があといくつか残っているなんて。

「まあ、ちゃちゃっとサインしてください。近頃仕事が残っていても定時には帰るんですから、隊長は」

 残業は嫌いです。しかも、サービス残業ときたものだ。騎士団はホント、ブラックだよ。

 ひたすらサインをしていたら、全く読めない字がいつの間にか完成していた。これが、私の名前だろうか? 書き直しをしないと……。






「お疲れ様」

 そう言いながら、隊長……じゃなかったセリーナ組長が執務室を出て行った。相変わらず定時ピッタリだ。

「あの人、残業少しくらいしてくれんかな?」

 ノーデンス王国から帰ってきた後、初めて騎士団詰所に顔を出した頃は、不安定だった。数日間は隊長の友人と名乗る栗色の髪の毛の少女がずっと付き添っていたくらいだ。だからこそ、隊長のサインが必要な仕事がたいして減っていないのだが……、その事を隊長はたぶん、覚えていないのだろう。

「しかし、何だか近頃ウキウキしていると言うか、ソワソワしていると言うか。そんな感じがしねえ、隊長は?」

「ああ、そうだな」

 話しかけてきたべインに適当に相槌を打つ。歳も階級も下でも、ほとんどタメ口なのは、きっと三番隊くらいだろう。だいたい、隊長だって夏ごろまではまだ、十程も年の離れた俺に遠慮していたのだろう、敬語を使っていた気がする。今ではほぼタメ口だ。

「最近、何かあるのか? 知っているか、変態三羽烏?」

「「「知らねえよ、ドM」」」

 見事にハモりやがって……。ちなみに、変態三羽烏というのは、隊長の友人と名乗った栗色の髪の毛の少女がべイン、カーペンター、ディケンズの三人を纏めてそう言った事が由来だ。今では、隊の内外問わず三人一緒に居る時はそう呼ばれる事が多くなった。あまりにもそれがしっくりきたのか、隊長が腹を抱えて半泣きになるまで笑っていたな。

「しかし、もうすぐ年が変わるな。残すところあと数日だ。何事も無ければいいがな」

 夏の終わりから、隊長が色々な事に巻き込まれてきた。願わくば、この冬は何事も隊長の身に起こらなければいいのだがな。

「知ってますかい? そういう事言うのは、アレですよ。確か、フラグを建てたって奴ですよ。あーあ、きっと、この冬も何かありますよ、何かあったら副隊長のせいだな」

「同感だな」

「これだからドMは」

 部下の給料を下げられる権力が、欲しい。俺は心の底からそう願った。






 この国は、平和だ。

 俺のような闇に生きる人種は、この国では居場所はほとんどない。もっとも、帝都とレムリア辺境領以外はまだ、生きる術を探す事が出来るのだが……。

 酒場で独り、昼間から酒を飲んでいる男がいた。いや、グラスはあるが、中に注がれているのは酒ではなかった。ここ数日、酒は一滴も飲んでいない。

 酒場に入り浸りながら酒を飲んでいないこの男は、かつて傭兵として戦場を渡り歩き、この国で大々的な内戦や外国との戦いが姿を消した後は、闇ギルドの一員に身をおとした男であった。しかし、己が加入していた闇ギルドも、帝都騎士団の摘発を受け、解散してしまった。そして、彼はこの帝都で居場所を失ってしまった。

 故郷に帰り、真っ当に働こうと思っていた。だが、その前にどうしてもやりたい事があった。

 セリーナ・ロックハート。帝都騎士団三番隊組長。あの女を初めて見た時から、己の中の獣欲が消えなかった。

 あの女を組み伏し、己の欲望をあの女に叩きつけたい。あの女を剣技で倒す事が出来れば、故郷に錦を飾る事だって出来るだろう。それに、あれだけいいカラダをしている。楽しめればなお良し、だ。

 十二月になり、銀髪の魔女とまで呼ばれ恐れられた女は、仕事が終わると、小物屋を巡ったり、宝石店を巡ったりして、夜遅くになるまで出歩いていた。そして、普通なら夕食時を少し過ぎたくらいに、帝都騎士団団長の家に帰るのが日課になっていた。

 ここ最近、あの銀髪の魔女が剣を振るっているというのを耳にした事がなかった。騎士団で働いている事務員に金をつかませて聞き出した情報だ。少なくとも、騎士団で行われている稽古にはいっさい参加していないようだ。

 それに反して、己はここ暫く稽古を欠かしていない。全盛期を越えた感すらある。

 ああ、決行は今日だ。酒も絶った。最高のコンディションだった。

 銀髪の魔女は今日も仕事を終え、宝石店を覗いている。買いたいものがあるのかどうかは知らないが、そういう事で悩むのも、今日までだ。


 宝石店を出た後、銀髪の魔女は細い路地に入った。若い女が一人で入っていいような路地じゃねえ、いくら安全な帝都といえども。だが、こちらには好都合だ。

 路地裏で仕留めればいい。死体を犯していたとしても、誰も止めには入らないだろう。

 己の下卑た笑いが顔を歪ませている事に気付きもせずに、男は魔女を追って、路地に入った。

 



 男は己の目を疑った。

 おかしい、どう見ても今己が入って来た路地じゃない。俺が入って来た路地は、人一人すれ違えるかどうかの幅しかなかった筈だ。

 だが、己の目に映るこの光景は、何だ?

 幅は、数メートル、いや、十メートルくらいはある。

 そして、月が出ていた。いや、月は元々出ていた。だが、これだけ大きく見える月なんて見た事がない。

 銀色に光る月を背景にして、銀髪の魔女が十メートル程先に悠然と佇んでいた。バカな、これ程奥行きのある路地ではなかった筈だ。十メートルも進めば、建物の壁にぶつかる筈だ。だが、そこには何もなく、銀髪の魔女が悠然と立っていただけだ。

「今晩は、いい夜だね」

 まるで、仲の良い友人に語りかけるような口調で、話しかけてきた。しかも、十メートルも離れているのに、耳元で語りかけられたかのように、しっかりと聞こえてきた。

「ここ数日、ずっと待っていましたよ、貴方が声をかけてくれるのを。心配するアズにゃんを説得するのに苦労しました」

 待っていた、だと……? アズにゃんとは、誰だ?

「まあ、待ちきれずに、こうして貴方を誘い出したのですがね」

「何……?」

「ところで、ずっと私をつけ狙っていた理由は何です? 友人の誕生日プレゼントを今年は買わないと怒られそうなので、早めに済ませておきたいんですよ、面倒事は」

「故郷に帰る前に、手柄をあげたくてね。ついでに、あんたの肉体もいただければ言う事なしだ」

 何故、己は今、ベラベラと喋っているのだろうか?

 対するは深い溜息をつく、銀髪の魔女。

「やれやれ、似たような事しか言われませんね。まあ、そう言う奴らはだいたい真っ当じゃない最後を迎えましたけどね」

 その微笑みは、魔性の笑みか。

「まあいい、てめえが今剣をほとんど振るえない状態だってのは知っている。俺が欲しいのは、テメエを倒したっていう結果だけだ。誰も見ていないというのなら都合がいい。殺して、犯してやる!!」

 男は己の武器を、青竜刀を抜刀し、銀髪の魔女に斬りかかった。

 そして、見た。銀髪の魔女の桜色をした唇が、“アクセス”と動くのを。

 そして、感じた。斬りかかる寸前、目の前に立つ銀髪の女の雰囲気が変わったのを。

 そして、聞いた。「“私”と出会ってしまったな」という声を。

 だが、男は止まらなかった。銀髪の魔女との距離を僅か二秒で詰め、真っ向唐竹割に青竜刀を振り下ろした。頭頂部から股間に至るまで、一直線に振り下ろした青竜刀は、綺麗に抜けた。手応えもバッチリだった。

 しかし、銀髪の魔女は倒れなかった。男は、銀髪の魔女がまだ死んでいないと思い、滅多斬りにした。この女は生かしていても意味がない。ここで、完膚なきまでにトドメをささなければ……!!

 男は一心不乱に青竜刀を振り回した。その度に手応えを感じた。

 十数回青竜刀を振り下ろし、肉塊と化した銀髪の魔女を見おろし、肉体を楽しめなかったか、とその時になってようやく感じた。まあ、肉塊となってしまってはもう、この女に用はない。

 振り向き、路地を抜けようとした男にかけられる声があった。

「もう、帰ってしまうのかな?」

 愕然として振り向いた男の目に、先程と同じ場所に、斬られた形跡が一切ない状態の銀髪の魔女が立っていた。その場所は、この路地に男が入って来た時から一歩たりとも動いていない場所であった。

「バカな、殺したはずだ。手応えもあった」

「だけど、私は生きている。さあ、どうする? 尻尾を巻いて逃げるかな?」

 恐怖だった。この魔女からは逃れられないのではないかという、恐怖だけが男を支配した。

 ただひたすらに青竜刀を魔女に向けて振った。その度に手応えを感じた。肉塊と化しても、今度は魔女への攻撃はやめなかった。

「へへへ、これだけやれば死んでいるだろ……」

 今度は振り向き路地を抜けようとした男の目の前に、銀髪の魔女は立っていた。月を背景にして。

「今晩は、いい夜だね」

 絶叫が迸った。男の口から声にならない声があふれ出た。

 何度も何度も青竜刀を振り下ろす。今度でこの銀髪の魔女を肉塊にしたのは、何度目だ?

 肉塊になったのを確認した後、今度こそ路地を抜けようと歩き出そうとした男の耳に、「何処に行くの? もう、帰ってしまうの?」との声が届いた。

 おそるおそる振り向いた先には、銀髪の魔女が立っていた。月を背景にして。






“ああ、余計な時間がかかっちゃったな。近頃夕食によく遅れるから、ティアさんに怒られちゃうよ”

 先ほど覗いた宝石店が気になり、またも戻って来ていた。

“あんな小物を相手にするのに、私の力を使うんじゃない”

“ゴメン”

 心の中でシェリルに両手を合わせる。ここは、謝っておくほうがいい。

“まだ決まらないのか?”

“セツナに似合いそうなのがいっぱいあるからね。出来れば一番似合いそうなのをプレゼントしたいんだ”

 出会った頃からよく、自分の誕生日を嘆いていたセツナだ。何でも、日本では誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントが一緒で面白くない、と。普通の人は二つ別々に貰えるのに……と。

 去年はプレゼントを贈れなかったけど、今年は一番似合いそうなのを見繕おう、そう決め定時に仕事を終えてからは小物屋や宝石店を巡っているのだが、しっくり来るのがない。

“また明日探そう。これ以上遅くなるとティアさんに怒られる”

“優柔不断な奴だな”


 結局は遅くなり、ティアさんに怒られた。ついでに今は団長の家に世話になる事にしたアズにゃんにも怒られた。







 翌日、細い路地裏で一心不乱に青竜刀を振り下ろす男が発見された。

 一晩中全力で振り続けたのだろうか、汗さえもう体から出てこなかった。そして、足元に溜まった汗は、塩と化していたという話であった。

「魔女が、魔女が来る……」

 うわ言のようにそれだけを呟く男は、牢屋に入れられる前に死亡が確認された。

 発見された時には何故生きているのか不思議な状態であったという。


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