番外編 それからの三人パート②
「なあ、私はもうここまででいいだろう? 帰っていいよな?」
「何言っているの、セツナ? お願いだから中まで付き合ってよ。流石に私一人でご両親に挨拶するなんて怖いよ」
「親友の願いを簡単に断るのか、セツナ? 友達甲斐のない奴だな」
先ほどから似たような会話を繰り返している。何でこうなったんだろう?
目の前(とは言っても、まだそこそこ距離があるが)には、そこそこ大きな屋敷。伯爵家というから、まあ、大きくもなく、小さくもない、そんな屋敷なんだろう。ティンダロス帝国の貴族の屋敷の中では。
「なんで婚約の挨拶に来るのに、コブ付きなんだよ。今のマーガレットは単なる平民だろう?」
別にジンだってこのトリスタン家を継ぐわけじゃないんだから。
「まあ、俺としてもお前がいてくれた方が楽だ。マーガレットが落ち着いてくれるしな。両親が揃っていると街の噂で聞いたのにはびっくりしたがな。跡継ぎの兄貴に言えば済むと思っていたんだがなあ」
「知るか。護衛の約束はお前たちが屋敷に着くまでだ。その後は知らん。私はセリーナに会いに行く」
「少しくらい遅れてもいいじゃない。さ、行くわよ」
おい、腕を組むな、マーガレット。無理やり引っ張るな!!
十二月十日。ティンダロス帝国帝都に馬で三日くらいの距離にあるトリスタン伯爵領、領主の館のある街へやって来た。
屋敷の前まで二人を送り届けたら護衛の約束は終わりだ。さあ、セリーナに会いに行こうとしたら、このざまだ。私はいつになったらセリーナのところに行けるのだろう?
だいたい、三人で旅しているというのに、イチャイチャしやがって。私がどれだけ居辛かったか分かっているのか?
屋敷の前までやってきたら、門番が立っていた。二人。右側の方に立っているのは結構若いな。私達と同年代くらいだろうか? それで、伯爵邸の門番か。
「よお、ジン。お帰り。お前が婚約者を連れて来るって手紙を書いていたから、こうして待ってやっていたんだぜ? 美人を二人も連れてきやがって。“人外娘好きのトリスタン”の名が泣くな。ところで、どっちがお前の婚約者?」
「こっちの金髪さん」
門番の癖にやたらと馴れ馴れしいな、コイツ。相手は一応伯爵家の三男坊か何かだぞ? ずいぶんとナチュラルに答えているな、ジンも。
「へえ、じゃあ、この黒髪さんには手を出してもいいのかい?」
「お前に相手がつとまるとは思えんがね」
おいおい、お前たち何言っちゃってんの?
「はあい、黒髪の御嬢さん。どう、俺とこれからお茶しない? この二人はこれからご両親に挨拶っていう嬉し恥ずかしイベントがあるんだろ? じゃあ、君は暇なんだろう? だから、俺とお茶しよう。そして、あわよくばその先まで行こう」
こいつ、門番の癖に馴れ馴れしいな。しかも、相方は止めようともせず、苦笑している。
「さあ、行こう。俺たちは俺たちで楽しもうよ」
この見た目いかにもチャラ男です、と言わんばかりの男と茶を楽しめだと? その先とは、このチャラ男は何を考えているのだ? アレか? 門番とは、結構モテる職業なのか?
「ね、子猫ちゃん」
限界は私の肩に手が置かれたまでだった。
「どうしたの? 俺に触られて、嬉しさのあまり泣きが入っちゃった?」
ジン、マーガレット、お前たちが止めないという事は、いいんだな? コイツを殺しても。
チャラ男は私の肩が震えているのを勘違いしているようだ。そのまま、勘違いしたまま死ね。
「さ、イヴァァッ!?」
門番らしく、門を守ったまま死ね。
「凄かったね、セツナの技」
「父さんの書斎にあった漫画の技を使わせてもらった」
今はどうか分からないけれど、昔の父さんは漫画好きで書斎に結構あったからな、漫画。熱血漫画や格闘漫画が多かった。そして、子供の頃は結構その漫画にあった必殺技とかを真似したモノだ。異世界召喚でチート魔力を得た私にはその必殺技の再現くらいいくつか出来るようになった。厨二病まっしぐらかもしれないな。
「門に叩きつけて前のめりに倒れる事を許さず、門にめり込んでもなお殴り続ける、か。恐ろしい技だな。むしろ、アレで生きているあいつが凄いな」
「門番の癖に貴族の三男坊に馴れ馴れしいチャラ男なだけはあるな。生命力にはびっくりだ。G様並だな」
G様とは、よく台所に現れるあのお方だ。どこかの漫画では師匠にすらなるらしい。
「いや、あいつイザーク子爵家の三男坊。ボブだったかな、モブだったかな? 確か、そんな名前。この屋敷とは何の関係もないよ。だいたい、家には門番なんて通常時にはいないぜ? もう一人はそのモブのお連れ。いつも振り回されて苦労している、って言っていたから、ちょうどいい薬になったと思って放置したんじゃないか?」
へえ、門番じゃなかったのか? まあ、いいや。後で文句言ってきたら、家ごと潰してやる。
私の右横にはガチガチに緊張しているマーガレット。その右横には若干緊張しているジン。私の左横にはなんだか妖しげな視線を私に送ってくる私より少し年上の金髪の女性。スタイルがいいな。もっとも私も負けてはいないけれど。二十二、三歳くらいだろうか? ジンの姉らしいが……。妖艶、といった感じがピッタリくるな。セリーナのような可憐さはない、かな? こんなタイプが好きな人は好きなんだろうね。
「マーガレット・ノーデンスと申します。こ、この度ジンさんと、こ、こんにゃくいたしまして……」
噛んでる噛んでる。
しかし、ノーデンス姓を使うのか? まあ、それでいいならいいんだけどさ。
「まあ、そういう事だよ。俺はこのマーガレットと婚約した」
そこは、マーガレットに付き合って“こんにゃく”って言えよ、ジン。面白味のない奴だな。
婚約に至った経緯はあっさり流しやがった。凄いな、コイツ。
「ジンよ……、この娘は、アレか、本当のニンゲンだろうな?」
「ジン……、貴方がちゃんとしたニンゲンと婚約したと言うのなら、何も言わないわ。私たちはマーガレットさんを歓迎するわ。もう、大歓迎」
ジンの両親と紹介されたが……、凄い歓迎のしようだ。もう、手放しで喜んでいる。いや、既に泣いていた。
しかも、何処の生まれだトカ、どの一族に連なるモノだトカ、一切気にしていない。ニンゲンであるかどうかを一番気にしていた。
「普通の人間だよ。今は籍を抜いているけど、元はノーデンス王国の第四王女」
「そ、その、今は完全に平民です……。伯爵家とは釣り合わないとは思いますが」
「釣り合わないトカそんな事は考えなくてよろしい」
「息子をよろしくね……。冒険者として旅をしても全然かまわないわ。ただ、たまに顔を見せに来てね」
ジンの両親は本当に嬉しかったのだろう。ノーデンス王国第四王女だという事をあっさりスルーしていた。
その後は、簡単な食事会になった。
息子に、あの“人外娘好きのトリスタン”との二つ名がついている息子にニンゲンの婚約者が出来た事が物凄く嬉しかったようで、簡単とは言っても、力の入った食事会であった。カトレアさんの食堂以来、久しぶりにいい食事にありつけた。
どうして、こうなった?
食事会が終わり、お風呂を使わせてもらえる事になった。それはいい。
何故、先程から私を妖しい目で見ていた女性と一緒にお風呂に入らなければならないのだ? しかも、距離が近い。
「ねえ、セツナちゃん?」
「はい?」
ジンの姉と言っていたな、確か。名前は確か、メイベル。ティンダロス帝国の宮廷魔道士、だったかな?
「貴女、婚約者とか、彼氏とかいるの?」
「いないですけど……?」
なんで、こんな事を聞いてくるのだろう? まあ、婚約者も彼氏もいないけれど、私にはセリーナがいるもんね。あと二、三日で帝都には着くだろう。ああ、セリーナ、待っていてね。
「そう、ならいいわね」
何がいいのだろう? あの、近いんですけど。肩が触れているんですけど。
「じゃあ、一晩私とイイ事しない?」
「イイ事?」
「私の虜にしてミ・セ・ル」
なんか、語尾にハートマークがついていそうだな。おい、私の前に周りこんでどうするつもりだ?
暫く後、浴場に女の嬌声が響き渡ったという。
「姉さんとセツナが一緒に風呂に入った?」
マーガレットと二人で部屋で歓談している俺のところにメイドのデイジーが姉がお風呂から上がってこないと連絡を寄こしてきた。セツナは少し前に頬を赤らめて風呂から出てきたという。
「どうしたのかな?」
「デイジー、君はお風呂場を見に行け。姉さんが倒れているかもしれない」
「わ、分かりました」
慌てて部屋を出て行ったデイジーと入れ替わりで、セツナが部屋に入って来た。部屋着ではなく、外出着だ。
「返り討ちにしたか」
「ああ」
姉さん、ああ見えて同性愛者だからな。男もイケるらしいが。先ほど俺たちに報告をしてきたデイジーも、姉さんのお手つき、だ。まあ、マーガレットには手を出さないだろう。特定の相手がいる相手には手を出さないからな、姉さんは。
「悪いが、今日は泊らずに出ていく。ご両親には詫びを入れておいてくれ」
両親には悪い、本当にそう思っているのだろう。
「え? でも、もう夜も遅いよ?」
「この屋敷にいるより、外の方が安全な気がするんだ」
それは、間違いない気がするな。返り討ちにされた姉さんがセツナをつけ狙わないとも限らない。
「分かった。両親には俺から伝えておく。お前もノーデンス王国に帰ったって言っておくよ。すぐばれると思うがな」
「それでいい。じゃあな、ジン、マーガレット。私は旅に出る」
「気を付けてね」
「用心しろよ、色々と」
まあ、再会出来るだろう、すぐにな。今回の別れの挨拶はこの程度でいい。
そして、セツナは夜の闇へと吸い込まれていった。
デイジーが見たのは、裸のまま俯せで浴場のタイルの上でピクピクと身悶えているメイベルだった。
「メイベル様?」
抱き起したメイベルの目は虚ろだった。
数発、頬を軽く叩くと意識を取り戻した。
「デイジー?」
良かった。無事だ。
「セツナ様は?」
セツナ様? ジン様のご友人の事だろうが……しかし、この方は自分より年下の女性を様付けなどする方だっただろうか?
「セツナ様なら、先程出ていかれましたが」
「そう……」
目の前の主人の落胆ぶりはヒドイモノだった。
「デイジー、私はもう貴女の主人には成れないわ。私は、主と呼べる方を見つけてしまった……」
何を言っているのだろう、この人は?
「ああ。セツナ様……!!」
この女主人はセツナと呼ばれていたあの黒髪の女性に身も心も奪われたようだ。恐るべし、セツナ・ロウラン……!!
快楽なのか、長時間タイルの上で放置されていたから寒気が襲ったのか分からないが、またも身悶えるメイベルを見て、デイジーは嫉妬に襲われた。これ程顔を紅潮させたメイベルを見た事などなかったからだ。
セツナ・ロウラン……私からメイベル様を奪おうというのか……ッ!?
浴場には、セツナを慕う目つきをした女性と、セツナに憎しみを募らせた女性が暫く佇んでいた。
その後、客室にもジンたちの部屋にも目的の人物が居ない事を知ったメイベルは、深い溜息をついた。
「ふふふ、コレは追いかけてこいという合図ですわ」
それを聞いたトリスタン家の人間は皆、もっと深い溜息をついたという。
「待っていてください、セツナ様……!! 必ず追いついてみせますわ」
夜に出る事を家族総出で反対されたメイベル(またの名を愛の狩人)は、翌日朝早くトリスタン家から旅立った。ただ、ひたすらセツナを追いかける為に。そして、デイジーもそのメイベルにつき従うようにして、旅立った。目的は、メイベルとは異なるモノだったかもしれないが。
そして、彼女達がトリスタン家から旅立った同時刻、旅の途中のセツナは寒気に襲われたという。




