番外編 それからの三人
ようやく、色々と終った。
十二月に入り、マーガレットが王族から正式に籍を抜いたのだ。
「さあ、これからジンの家に挨拶に行こう」
これからマーガレットの扱いは平民と同じだ。貴族ですらない。これからこの王城に入る事はよほどの事がない限り叶わないだろう。
「そうだな。ああ、嫌だ、実家に帰りたくない」
ジンは花嫁候補を実家に紹介したくないらしい。
「何で?」
「俺、あの家嫌いなんだよ。だから冒険者やっているんだ。苦手なんだよな、あの家」
「もう、流石に顔を出さないわけにはいかないじゃない。一応、私の義両親になられるかもしれない人たちがいるんだから」
ジンの両親はまだ健在らしいからな。
「しかも、今なら兄貴も姉貴もそろっていそうな気がする」
「それなら、なおの事気合入れなきゃ」
目の前でイチャイチャされるって凄くむかつく事なんだな。よく分かったよ、目の前でセリーナとアリスがイチャイチャしている時もむかついていたけど、今日はもっとイライラするね。
「お前らはいつまで国外の話をしているんだ? まずはセイラムの町に行くぞ!!」
「何怒っているの、セツナ?」
「眉間に皺が残るぞ」
「お前らのせいだろうがッ!!」
こいつら、分かっていて私をからかっているな。こいつらの護衛なんて引き受けなければ良かった。ああ、あの時セリーナと一緒に行けば良かったんだ。今頃セリーナとイチャイチャ出来たかもしれないのに……ッ!!
まず目指すは、セイラムの町。ノーデンス王国王都からティンダロス帝国までまっすぐ向かうルートから少し外れているが、そこまで長い時間をかけての寄り道になるわけじゃない。
しかも、蜥蜴丸からサイボーグ処理をされた馬を譲り受けている。無料で。
「今回、キンピカ鎧小僧の宝石で大儲けしたからねえ。ワガハイちょっと太っ腹。銀髪はリアルに太くなったがねえ」
とは、蜥蜴丸談。それを横で聞いていたセリーナが顔を真っ赤にしながら蜥蜴丸を追いかけていたっけ。
まあ、そのサイボーグ処理を施された馬のおかげで、移動が速い速い。馬車を利用していないのもあるだろう。
「ところで、セイラムの町に何かあるの?」
「お世話になった人がいるんだ。挨拶をしてからティンダロスに行こうと思ってね」
セリーナを追いかけるのは、その後だ。
「ふうん」
「ま、少しくらいの寄り道は構わねえよ。実家は逃げねえ。俺は実家から逃げたいがな」
変なところでぶれないね、ジンは。
昼食時、セイラムの町に着いた。港町だ。
馬をアイテムボックスの中に入れ、目指すは食堂。大衆食堂で、ある女性が従業員を何人か雇って経営をしている店だ。
「二人はここで待っていてくれ」
ジンとマーガレットを入り口で待たせて、中に入る。
「いらっしゃい。悪いけど、今席は空いていないよ」
地元の人間や少しガラの悪そうな冒険者みたいな連中で席は埋まっていた。ここの料理は美味しいからな。仕方あるまい。
「いや、今日は食事をとりに来たんじゃないんです、カトレアさんいますか?」
カトレアさんとは、この食堂の経営者だ。
「はいはい、何かな……っと、セツナ? 久しぶりね」
何度かこの食堂で食事をさせてもらっていたので、カトレアさんとは顔なじみだ。
「カトレアさん、何時ごろまで忙しい? その後にもう一度来るよ。出来れば、忙しくなくなった後、食堂を貸切にして欲しいんだけど」
「……了解。二時過ぎから夕食時くらいまでは貸切に出来るよ」
「じゃあ、二時過ぎにまた来ます。何処かここ以外で美味しいお店、知りません?」
二時過ぎにもう一度来ることを約束し、食堂を出た。カトレアさんの紹介してくれたお店で昼食をとる事にしよう。
ジンとマーガレットを伴い、カトレアさんに紹介してもらった食堂で済ませた後、二時過ぎに再度カトレアさんの食堂を訪ねた。
頼んでおいたとおりに、貸切になっていた為、他の客の姿どころか、店員の姿も見えなかった。
「すみません、我儘を聞いていただいて」
「なあに、構わないよ。どうせ、夕食時まではほとんど暇だからね」
最初会った時から、カラッとしている人なんだよね、この人は。
「カトレアさんに会わせたい人がいてね。今日はその二人を連れて来たんだ。マーガレット、ジン、入って来てよ」
「お邪魔しまーす」
「失礼します」
挨拶と共に、二人が入って来た。
そして、マーガレットを見たカトレアさんが口をおさえた。
カトレアさんを見たマーガレットも驚いた表情をしている。
ジンは二人を見比べて驚いていた。
それはそうだろう、マーガレットとカトレアさんは凄くよく似ているのだから。マーガレットがいい年の取り方をしたらこうなるだろう、そんな感じの女性が、カトレアさんだ。
「ようやく、約束を叶えられました。カトレアさん、貴女の娘のマーガレットですよ」
私の声を聞いたカトレアさんがマーガレットに抱きついた。涙交じりで。
「ああ、マーガレット。ずっと、会いたかった。ごめんね、ずっとほったらかしで。でも、セツナに見せてもらったあの絵にそっくり。ああ、何年ぶり? こうして、また貴女を抱きしめられる時が来るなんて……」
抱きしめられたマーガレットはただただ驚いた表情をしていた。
「おかあ……さん……?」
王都の甘味処で買っておいたお菓子をテーブルの上に置いた。お茶は私が入れてあげた。
ようやく泣き止んだカトレアさんをマーガレットから引きはがし、落ち着かせたところで今までの話をする。
「じゃあ、セツナは今まで何度も母さんと会っていたの?」
「ああ、力の扱いに慣れた頃、国王を脅してカトレアさんの居場所を吐かせたんだ。時々一日二日留守にしていた事があったろ? 大体その時はカトレアさんに会いに来ていたんだ。だから、ミスカトニックに入るちょっと前からミスカトニック卒業後、今まで何度か来ていたぞ」
「教えてくれれば良かったのに……」
「マーガレットを連れて来る余裕はなくてね。初めてカトレアさんに出会った時は、随分警戒されたし」
「国王がついに私を殺しに来たのかと思ったわよ」
その後、何度も訪れて、マーガレットの近況を話したものだ。あの四人の絵も絵師に頼み、複写してもらってカトレアさんに一枚渡している。
「でも、大きくなったわね、マーガレット。王族から抜けられたの……? 今年いっぱいがんばれば王族から抜けられるって聞いたのだけれど」
「先月いっぱいで抜けました。今は、単なる平民なんだ」
「そうか……貴方がジン君?」
「は、はい……」
「マーガレットを、よろしく頼むわね」
「へ……?」
「セツナが言っていたわ。二人を一緒に連れて来る事が出来た時は、二人がくっついた時だからって。そうなんでしょう?」
「え……いや……まあ、その、結婚を前提としてお付き合いを、しようと、思って、いますが……」
おっと、マーガレットさんが私を恐ろしい目で見ています。
「どこまで喋っているの、セツナ?」
「いや、ホラ、私もこの世界に来て心許せる人がいなかったから、さ……。まるで母親みたいに感じちゃって、色々、もう、赤裸々に」
「セーツーナーッ!!」
正座させられた。ふふ、セリーナと違い、正座には少しは慣れているよ。日本人だからね。でも、長時間はキツイよ。私は武道なんて習わなかったのだから。
私が色々今まで喋っていたので、二人の話題はミスカトニック騎士養成校に入るまでに集中していた。
まるで、今までの二十年間を取り戻すかのように二人は話し込んで、結局セイラムの町に二日間泊る事になった。
翌日、私は罰としてカトレアさんの食堂を手伝う事になった。よく分からないが、若い男の来客が増えたという。お尻を触って来たバカはボコボコにしてやった。私のお尻を触っていいのは、セリーナだけだ。
セイラムの町に来て三日目、昼食時はやはりカトレアさんの食堂を手伝わされた。
今日も何人かが私のお尻を触り、その度にボコボコにしてやった。「美少女にビンタされた、タマンネエ……」だの、「少し泣き顔で怒るんだ、ソソル……ッ」だの、おかしな事を言うヤツが多かった。
「うちで働いてくれないかなあ……」と呟くカトレアさんの目は、割と本気だったような気がする。私はセリーナのところに行くんだい。
そして、別れの時がやって来た。
「マーガレット、元気でね」
「母さんも」
二人は、二十年分の時を埋められたのかな? しっかりと抱き合う二人。うん、私のした事は無駄じゃなかった。そう思おう。
「結婚式、やる時は呼んでね」
「やるとしたら、こじんまりとしたのをしますよ。ウェイトレスは、セツナにやってもらいます」
おい、何を変な事を約束しているんだ、ジン? やらないぞ、余興ももちろんやらないからな!!
「セツナも、寂しくなったらまたおいで。話し相手くらいにはなるわよ。貴女は、もう一人の私の娘みたいなモノだからね」
「ありがとうございます。寂しくなったら、また甘えに来ます」
カトレアさんと軽く抱き合う。今、本当の母さんとは連絡がとれるけど、この世界で出来た母さんとたまにお喋りするのもいいだろう。マーガレットも、私がこの人を母さんと呼んでも許してくれそうな気がする。
街の出口まで見送りに来てくれたカトレアさんは、私達の姿が見えなくなるまで手を振ってくれていた。私達も、何度も何度もカトレアさんの方を振り返り、その度に手を振った。彼女の姿が見えなくなるまで。
「ありがとうね、セツナ」
「何?」
「母さんに会わせてくれて」
「どういたしまして」
親と会えない寂しさ、分かるからね。
「おいおい、外堀がどんどん埋められていくぞ。国王からもちゃんと責任をとれって言われているのに」
「諦めろ」
「いや、マーガレットと結婚をするのは悪くないのだが……、国王にも言われたんだ。式には呼べ、と。その時はマーガレットの母親にもしっかり連絡入れる、って……」
もしかしたら、国王はカトレアさんを驚かせたかったのかな?
「ヤバいぞ、結婚式をするとしても、派手なのはしたくない。でも、国王は絶対に式に出るつもりなんだ、ああ、考えるだけで腹が痛くなりそうだ」
がんばれ、親友。
「絶対にセツナに余興をやらせてやる……ッ!!」
おいおい、片眼鏡の奥に見える目が血走って見えるよ、ジン? 絶対に、余興はやらんからな。それは、絶対に、絶対よ!!
さあ、気を取り直してティンダロス帝国に向かおう。
待ってろよ、セリーナ!! すぐ行くからな!!
「話をそらそうとしないでね、セツナ」
「さあ、今から余興の打ち合わせをしようじゃないか……!!」
……………………助けて、セリーナ!!




