家族と、友と。
あの日、浪蘭家は世界が変わった。
交通事故だった。相手のわき見運転が原因で交通事故に遭ったのだった。
事故に遭った場所が悪かった。山の中であった。そして、色々と不運が重なっていた。運転席と助手席に座る夫婦と、後部座席に座っていた息子はシートベルトをしっかりしていた。ただ、まだ八歳の弟の面倒を見ていたもうすぐ十四歳になろうかという娘だけはシートベルトをしていなかった。そして、秋になりつつあるという事もあり、車の中は冷房をかけず、窓を開け放っていたのである。
「雪菜、シートベルトをしなさい。もう春希も眠ったのだから」
「はあい」
それが、夫婦が最後に聞いた雪菜の声だった。
直後、横から衝撃が襲った。トラックが横から衝突してきたのであった。スピードが出過ぎていなかったのは幸いだった。カーブにさしかかっていたとはいえ、ガードレールに激突するだけで済んだ。トラックの運転手も手伝い、何とか全員救出できたのだ。そう、雪菜一人を除いて。
雪菜の姿は、車の何処にもなかった。
夫婦は軽い怪我で済んだ。トラックが山道でカーブも多いという事もあり、スピードをそこまで出していなかったのも理由の一つだった。そして、後部座席で寝ていた春希は全くの無傷であった。まるで、事故の瞬間誰かがかばっていたかのようだ、現場検証にあたった警察官の一人がそう言っていた。
おそらくは全開になっていた窓から放り出されたのだろう、という話になり、山中の捜索が行われることになった。
その後数日間、警察により山中の捜索が行われたが、雪菜の姿は発見されず、捜索はうちきりになった。
「もうすぐクリスマスか……」
正確には一か月以上先だが、町はクリスマスムードが支配しつつあった。
クリスマスイブは雪菜の誕生日だったな、そう義彦――雪菜の父だ――の思考をよぎった。
クリスマスイブが誕生日なんてつまんない――いつも、誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントを一緒にされるから――、春希はいいなあ……、そう、雪菜はいつもぼやいていたなあ。
もう、あれから六年になろうとしている。雪菜は何年も見つからなかった。死体さえ。
半分以上諦めているが、それでも、事故に遭った地点の交番にはお願いして情報提供願いのポスターを貼らせてもらっていた。未だに情報提供はない。
妻の瑠璃は、暫く塞ぎこんでいたが、二年ほどしてから吹っ切れたようだ。心の底から吹っ切れているかどうかは分からないが。春希がいるんだもの、雪菜の分まで春希をかまってあげなくちゃ……、そう言うようになった。
今年も、雪菜がいなくなった時期が近付いてきた十一月の第二土曜日の夜、電話がかかってきた。知らない番号だ。
「もしもし……」
『浪蘭家で合っているかな?』
こちらが名乗る前に名前を尋ねられた。少し疑問に思いもしたが、別に名前を誤魔化す必要はないので、正直に答えた。そうだ、と。
『こちらに雪菜という名前の娘がおったかな?』
娘の名前を出すこの女性は誰だ……? 正直、義彦には考えつかなかった。
「いますが……?」
『そうか、ならよい。明日、済まぬが昼頃伺いたい。雪菜の件で、じゃ。出来れば家族全員そろっていてもらいたいのじゃが、どうかな?』
明日、明日は自分も妻も仕事はない。春希はどうにか説得しよう。
「昼頃、ですね。全員居ます」
『では、済まぬが昼頃そちらに向かわせてもらう。女二人でお邪魔させてもらうよ』
受話器の向こうから、喧騒が聞こえてきたが、こちらが返事をする前に通話はきれた。『チキン南蛮、お待ち!!』とか聞こえてきた気がした。宮崎に居るのだろうか、相手は?
翌日、友人たちと約束があるという春希を何とか説得し、家族全員で待っていた。単なるいたずらかもしれない。でも、半分死んだと思って諦めていた雪菜の情報を少しでも得たい、そう考えても罰は当たらないだろう。
正午少し前、家のチャイムが鳴らされた。雪菜が中学に上がる前に建てた家だ。仕事も転勤はない職場である。いつ雪菜が戻って来てもいいように、ここから動かない事に決めたのだ。
玄関を開けると、見知らぬ少女が二人立っていた。
一人は年の頃十五、六歳くらいの金髪のよく分からない格好をした少女だ。少なくともこの宮崎では浮きまくりだろう、だが、この格好が殊の外似合って見えた。
もう一人は学生服の黒髪の少女。十七、八くらいだろうか? 雪菜が生きていたら、こんな時期があったかもしれないな、と義彦の胸を抉った。彼女に悪気がない事くらい分かるのだが、どうにも恨んでしまいそうな気持だった。
居間に通して、テーブルに向かい合わせで座る。
「突然の来訪、お許しください。私は風間綾芽、こちらはリリス。浪蘭義彦さん、瑠璃さん、そして、春希君で、合っていますでしょうか?」
黒髪の少女が話し出した。
義彦も瑠璃も合意を示すように首を縦に振った。春希はボンヤリしていた。
「今から話す事は荒唐無稽に感じられるかもしれませんし、信じるかどうかは皆さんにお任せします。ところで皆さんは、雪菜さんが生きているとしたら、お会いしたいですか?」
「生きているんですか? 雪菜が?」
瑠璃が身を乗り出した。ここまで雪菜の事で感情をむき出しにする妻は久しぶりだ、そう義彦は思った。
「生きているとしたら、お会いしたいかどうかを聞いています。どうですか?」
「会いたいに決まっているじゃないですか!!」
「私もです」
妻に続き、義彦は同意を示した。春希も首を縦に振っていた。
フッと微笑む綾芽と名乗った少女。この返答を期待していたのかもしれない。
「リリス」
「ふむ。合格じゃな」
そう言いながら、金髪の少女は写真をとりだした。写っているのは、黒髪の少女。二十歳くらいだろうか?
「雪菜、じゃ。行方不明になったのが十三とか、十四の頃だったと聞く。それから六年ほどが経過していて、今は二十歳前後。少なくとも彼女は自分の事を雪菜、と名乗っておる。あと、彼女が自分が住んでいた場所の住所として書いたのがこの文字じゃ」
そう言ってリリスと呼ばれた少女がさしだした紙にはこう書かれていた。
“宮崎県○×市○○町――”。
ここの住所だ。筆跡は彼女のモノかどうかは分からない。もう、六年ほど経っている。中学生の頃と変わっていてもおかしくはないだろう。
写真を三人で見たが、少しおかしな格好をしてはいるが、面影がある気がした。
「まあ、ここからが荒唐無稽な話なのじゃがな……、彼女、雪菜は異世界におる。そして、彼女一人ではこちらに、日本に戻ってくる事は出来ない。ま、我輩が力を貸せば連れて来てやる事は出来るが。ただ、彼女も異世界で友人が出来てな。そいつを放って帰る事は出来ないし、こちらで死亡扱いにでもなっていたら帰って来ても居場所がないかもしれないと心配しておってな」
「居場所なら、私たちが作る!!」
少し驚いているリリスと呼ばれた少女。
「そう、私たちが居場所を作ってあげる。だから、貴女が雪菜と連絡がとれるなら、雪菜にそう伝えて欲しい!!」
瑠璃も涙をこらえて、リリスと呼ばれた少女にお願いをしていた。
「ふむ……、お主はどうじゃな、春希?」
夫妻の顔を見て、その後春希の方を見たリリスと呼ばれた少女。
「俺も、姉ちゃんに会ってみたいです。それで、文句を言わないと……」
顔を見合わせた二人の少女。
「では、会いに行くか? 彼女を日本に連れて来るより、お主ら三人を異世界に連れて行く方が簡単じゃからな」
「そう言うわけで、私たちは今ここにいるんだ」
家族四人揃っての夕食など、いったいいつぶりだろう?
皆で砂漠から帰ってきた後、全員夕食はいらないと言って与えられた客室へと向かって行った。
私は、皆とは別行動をとり、こうして家族と夕食を共にしていた。給仕は疲れているだろうに、レティがしてくれていた。本当にいい娘だな、レティは。……春希のレティを見る目が熱を帯びているように見えるけど、どうするつもりかな、春希は?
リリスにこちらに来るか? そう言われてから色々と連絡を取り、休暇を取得してからこちらの世界にやって来たらしい。
私は私でこちらの世界に来てからの事をかいつまんで話をした。しっかりと話をするつもりなら、一日二日では済まないからだ。
「ねえ、雪菜。帰って来るつもりはないの?」
「……」
「居場所なら、私たちがどうにかするから」
母さんが言ってくれる事は、嬉しい。ただ、私は日本では中学校すら卒業していない。それに、六年くらいもいなかった人間が、また普通に暮らしていけるだろうか? こちらで得た魔法とかは、どうなる?
「ゴメン、すぐに答えは出せないよ。こっちでも、友達が出来たんだ。放っておけない友達が、さ」
マーガレットはジンに任せておけば大丈夫だろう、たぶん。今気になるのはセリーナだ。
「そう、か……」
わざわざ異世界にまで来てくれた父さんと母さんには悪いけど、すぐに答えは出せない。二人にこっちの世界に来て欲しいとは言えない。春希にも、だ。
「あ、でも、蜥蜴丸に頼めば、もしかしたら連絡だけはいつでもとれるようになるかもしれない。明日にでも頼んでみるよ」
その後は、また全員で談笑する。春希とは少しぎこちなかったけど、それでも普通に話が出来た。やっぱり、家族なんだなあ。
深夜、何故だか目が覚めた私は、アズにゃんを起こさないようにして、ベランダに出た。
隣のベランダでは、セリーナがアキヒコと話をしていたようだ。やがて、アキヒコの気配が消えた。部屋の中に戻ったのだろう。
タイミングを見計らい、セリーナの居るベランダへと飛び移った。アキヒコがこれをしていたら、私が飛び込みぶん殴っていただろう。
私が飛び移って来た事に驚いたのは、セリーナの膝の上で眠るクリスだけだった。
少し警戒するかのように私の方を見たが、飛び移って来たのが私だと分かったのだろう。警戒心を失くしたかのように、またセリーナの膝の上で丸くなった。
「セツナも、眠れないの?」
「ああ、まあな」
どうやら、セリーナのようだ。優しげな微笑みは、初めて出会った頃より、綺麗になった。昔は、本当に妹のようにしか感じていなかったのにな。
セリーナの近くにあった椅子を動かし、彼女の隣に並ぶように座る。
「なあ、セリーナ」
「うん?」
「私は、どうすればいいかな?」
自分でも分からない。昔は、ここに来た頃は本当に、日本に帰りたかった。でも、あの頃とは同じじゃない。こっちにも、大切なモノが出来たんだ。
「セツナが決める事だよ。私の意見に左右されちゃいけないと思うな」
正論だな。月の明るい夜空を見上げても、答えなんか出るワケないと、分かっているのになあ。
「なあ、セリーナ」
「んー?」
「私がいなくなったら、寂しいか?」
暫く、無言。でも、嫌な空き時間じゃない。セリーナが、真剣に考えてくれているのが分かるから。
「そうだね……、やっぱり寂しいよ。セツナは、私にとって親友だし、何よりお姉ちゃんみたいなモノだからね。色々教えてくれたし」
そうか、やっぱり寂しがってくれるか。
「ま、変な事も色々教えてくれたけどね」
……覚えが良かったからトンデモ知識も結構教え込んだからなあ。今までは教えたのが私だと忘れていたような気がしたけど。
「そう、だったな」
でも、ありがとう。おかげでどうしたいか、決まった気がするよ。
「ね、セリーナ」
「うん」
「私を置いて、カダスに行くなよ? 行く時は、私も一緒だからな?」
「帰らないの、日本に?」
「セリーナを置いて、帰れないな。まあ、マーガレットの件が落ち着いたら、私はティンダロスに行くよ。だから、少しくらい待っていろよ?」
私とセリーナは見つめあっていた。
やがて、溜息一つ。
「分かりました。ちゃんと、セツナを待つからね」
「ふふ、じゃあ、約束だ」
右手の小指をさしだす。セリーナはキョトンとしていたが、やがて彼女も右手の小指をさしだしてくれた。
「「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーますッ!!」」
この約束の仕方、教えたのも私だったかな?
お互い、微笑みあいながら見つめあっていた。
うん、どうしたいか決める事が出来たよ。明日、父さんたちには言おう、私の決意を。
「何をしているのかな、二人は?」
朝になった時、私を起こしたのは、凄く機嫌の悪そうなアリスの声だった。
あの後、セリーナと一緒に毛布にくるまってベランダで眠ったんだっけ。もうすぐ冬が近付いている事もあり、少し肌寒かったけど、セリーナが(魔法で)温めてくれたから、寒くなかったのは良かった。次は、人肌で温めてもらいたいものだ。
セリーナは眠ったふりをしている。ばれてるよ、セリーナ。
新しい一日が始まる。父さんたちに私の決意を告げ、こちらに残る許可を貰おう。
私はこの世界で生きて行こう。大切な友達と一緒に。




