物語は、やがて冬へと……。
シェリルの名前を皆で考えた後は、王都に馬車で戻る事になった。せっかくだから色々と自分の目で見てみたいと言うシェリルの意見に従ったのだ。
御者席にはアキと蜥蜴丸。馬車にひかれる形でゲーサン。彼の座っているデッキチェアーに紐をくくりつけて引っ張っているのだ。いったいどういうバランス感覚をしているのだろう、ゲーサンは。そこそこ長い付き合いだけど、一番の謎の存在は彼だろう。蜥蜴丸はべらべら喋るから少し分かりやすい。
「砂漠、か……。これ程広がっていたかな、この星に」
馬車の中から外を見てしんみりと呟くシェリル。何年前、どころか何千年前なのだろう、彼女(彼女でいいのだろうか?)がこの星に、この世界にやって来たのは?
「リリス、お前はこの世界にいつまでいるつもりだ?」
「セツナの家族の事もあるからのう……、明日か明後日には帰らねばなるまいよ。見たいアニメもあるしな」
リリスは相変わらずだなあ。
「そうじゃ、セツナよ、お主はどうする? 日本に帰りたいと言うのであれば、我輩が一緒に連れて行ってやるぞ。今ならばお主一人増えたところで日本に無事に連れて帰る事が出来るぞ。魔力はほとんど消費しておらんからな」
黒き羽根で王都や砂漠のモンスターを滅ぼしたりしたのに、ほとんど魔力を消費していない? やっぱり、リリスは凄いなあ。
「帰れる……? 日本に……?」
急に言われて、戸惑うセツナさん。私やシェリル、マーガレットさんやジンさんを何度か見てきた。
「帰る……か……、すまない。少し考えさせてくれないか。まだ、ここに来たばかりの頃の私だったら即答するんだがな、帰る、と。だが、今は即答は出来ない。こちらに、大事なモノが出来てしまったからな」
申し訳なさそうに頭を下げるセツナさん。ぎゅっと握られた拳は、何かを必死につかもうとしているようにも見えた。
「ふむ、ま、せっかく家族と再会できたのじゃ。しっかりと話をしてくれよ。我輩とて、そう何度も世界を行き来出来るわけではないからのう。後で蜥蜴丸に話して我輩と連絡をとれるようにしてもらおうか」
「済まない、リリス」
「バカじゃなあ。こういう時、言うべきセリフは違うじゃろう?」
頭をあげるセツナさん。その顔には、涙交じりの笑顔が広がっていた。
「ああ、そうだな、言い直そう。ありがとう、リリス」
セツナさんがどのような答えを出すのかは分からないけれど、それでも、出した答えがセツナさんにとっていい結果になりますように。
「はあ、でも、しんどいなあ。王都に帰ったらなんかパーティーとかありそう」
マーガレットさんのため息交じりの声が私の耳に入ってきた。いや、私だけではなく、この場にいた全員に届いたようだ。
「おい、マジかよ。俺は参加しねえぞ?」
先にジンさんが釘をさした。ジンさんもだけど、この馬車内にいる人物でパーティー好きなんて誰もいないだろう。
「ダメだよ、ジンは逃げちゃダメ。私のパートナーなんだから」
「お、おお……。いや、しかしだな」
「私も嫌なんだから、パーティーなんて!! 一人だけ犠牲になってなるモノですか!!」
うわあ、私は関わらないようにしようっと。逃げ場のないジンさんに心の中で軽く手を合わせる。
まあ、後は王都に帰るまでまったりしよう。腕の中にいい感触もあるしね。
「なあ、アリスよ。それ、抱き心地よさそうだな。私にも後で貸してくれ」
「アズにゃんさん、ダメです。次は私の番です。リリスは凄く暖かいのです」
「お主ら……いい加減にしてくれんかな?」
次にリリスを抱くのは自分だ、そう言いあうアズにゃんとレティ。平和だねえ。リリスの溜息が馬車内に広がる。それを見ながら、シェリルは優しい笑みを浮かべていた。セリーナさんと同じ顔で。
王都に帰り着いたけれど、熱狂的な出迎えも、パーティーもなかった。安堵したのと同時に、拍子抜けした感じがあるのは否めない。
「こんな時にパーティー? バカを言うヤツは死刑にしても構わんな」
とは、ノーデンス王国国王陛下の言。
先の大量のモンスターによる王都襲撃で、幸いにも死者は一人も出ていないそうだ。黒髪のメイド(この国のメイドではないらしい)やその他回復魔法を使える魔道士たちが大活躍したのだトカ。黒髪のメイドが大活躍した、と言うのを聞いて私は心の中で「私の家のメイドですよ!!」と大声で叫んだものだ。口には出さなかった。べた褒めされていたレティが恥ずかしそうにしていたからね。
だけど、城壁や城門、そして少なくない住居などに被害が出たらしい。これには騎士たちが修復にあたったりしているらしい。一番凄く感じたのは、貴族の住居も少なからず被害に遭ったというのに、貴族の住居などは後回しにする、と国王陛下が即断した事だ。しかも、大商人の住居なども後回しにしたらしい。まずは、平民の住居からという事らしい。その上、目立った反論はないそうだ。国王陛下は平民だけでなく、貴族や大商人からも慕われているのだろう。もしくは、貴族や大商人を抑え込む力があるか、だ。
私たちも復興支援にあたろうとしたけど、「流石に国や民を救ってくれた英雄たちに何もお礼をしないで復興支援にあたらせるわけにはいかない」と言われ、今日はゆっくり休むように言われた。そして、今日は王宮にお世話になる事になった。荷物を宿屋にとりに戻り、再度王宮に戻った。
与えられた客室で、それぞれ休む。
部屋割りとしては、私とレティ、アキヒコと蜥蜴丸とゲーサン、セツナさんとアズにゃん、シェリルとリリス。クリスはリリスに抱かれていた。
全員晩御飯はいらないと言い、眠りについたのだった。セツナさんは家族と話があると言って、別行動をとっていたけれど。
アレ、ジンさんは何処に行ったのだろう?
ふと、目が覚めた。ここは、何処だろう?
腕の中には誰かの感触。軽く毛布をめくってみると、金髪の少女の姿。ぐっすり眠っているようだ。誰だろう、この子は……?
記憶、記憶を呼び戻す。この記憶は、私のモノ? それとも、彼女のモノだろうか?
ああ、思い出した。リリスだ。そして、私と彼女の頭の上、枕の近くでクリスが優しげな寝息を立てていた。
どうやら、私は復活を果たしたらしい。
“お帰り、セリーナ”
そんな声が何処かから聞こえてきた。まるで、私の体の中から聞こえてくるような感じだ。
“誰?”
“お前の中でずっと眠っていたけど、アレがきっかけでどうやら魂の交代が出来るようになったみたいだ。念じれば、私の魂が表に出る事も簡単だ。……ああ、そうそう、これから私はシェリル、だからな。よろしく頼むよ、相棒”
ああ、確かにずっと存在は感じていた。そう言えば、昔彼女から感じていたような気がする、冷たさのようなモノは今は感じられなかった。
“よろしく、シェリル。こうして話し合うのは初めてだね”
“ああ、たぶんな。だけど、今日は久しぶりに表に出たのでね。少し疲れている。少し休むよ。いつでも呼んでくれ”
“うん、お休み”
それ以来、シェリルの意識は感じ取る事が出来なかった。
さて、どうしようかな? 眠気を感じる事が出来なかった。月は明るいし、窓辺で月でも見てみようか。
窓辺まで寄ってみるとベランダがあり、そこには椅子があった。リリスを起こさないように窓を開け、月を見上げる。少し寒いな。別のベッドに有った毛布を身に着けて良かったかもしれないな。ああ、もうすぐ、秋の終わりも近付いてきそうだ。
「セリーナさん?」
季節が変わりそうな気配を感じていた私に、横から声がかけられた。
不安そうな顔をしたアキヒコ。どうやら、私がセリーナかシェリルか分からないようだな。
「アキヒコ、私だ、セリーナだよ」
安堵させるかのように優しい声を出したつもりだけど、伝わっただろうか?
「本当にセリーナさん?」
「私だよ。おかしく感じられるか?」
むう、不安だな。シェリルが表に出ている間に、私の魂の再構成が行われたらしい。その間に、いくつかの記憶の流入があった。私が忘れていた記憶。本当かどうか怪しい記憶もある。
「いや、あの、少しだけ、いつもと雰囲気が違う気がしたから……」
アキヒコが迷うのもおかしくはないのかもしれないな。
「いや、それでいいんだ。私は、少しだけ変わったかもしれない」
ベランダに据え付けられていた椅子に座る。アキヒコも私が椅子に座ったのを見て、椅子に座った。お互い、背中合わせに。
「なあ、アキヒコ……、君はこの世界に来て、良かったと思っているのか?」
以前も聞いた事があるかな? よく分からない。
「え、うーん、そうですね……。僕はやっぱり良かったと思っています。日本では得る事の出来なかった、家族同然の人たちが出来ましたからね、この世界では」
「そうか」
良かったな。それは、良かった。
「それに、セリーナさんに出会えました。今、僕にとって一番大切な女性です」
~~ッ!?
「なんだか、目を離せないんですよね。危なっかしいし」
あ、危なっかしいだと……?
「だけど、今の僕じゃあ、まだセリーナさんを守ってやれるって言える自信がありません」
「アキヒコ、君は十分……」
「十分、守ってくれている……そう言ってくれるんですか? 優しいですからね、セリーナさんは」
なんだ、突っかかるような口ぶりだな。
「あの時、セリーナさんが捕まっている時、僕の心を絶望感が支配していました。僕にもっと力があれば、セリーナさんを助けてあげる事が出来たのに……。僕は、初めて自分の無力さに打ちひしがれました。この世界に来てから、そんな事はなかった。この世界でなら、僕は自分らしくいられる……そう思ったのに!!」
涙声。私は後ろから聞こえてくる彼の声にどう答えるべきだろう?
「このままじゃ、セリーナさんの騎士を名乗る事は出来ません。僕は、僕は……」
嗚咽。ああ、月の明るい夜だ。でも、星を見上げても、答えなんて出てこないよ。
「なあ、アキヒコ……」
私は、優しい声を出せているのだろうか?
「何です?」
「少し落ち着いたら、旅行に行こう」
「え?」
「な、いいだろ?」
「二人っきりでですか!?」
苦笑。やれやれ、いきなり元気になったな。
「それは、まだ少し早いかな?」
椅子から滑り落ちた音。それに驚いたのか、クリスがベッドから降りて、私の元までやって来た。膝の上まで登って来て、少し身震いした後、丸まった。ふふ、少し寒いかな?
「なんだ、二人っきりじゃないんですか……」
残念そうなアキヒコの声。でも、少しだけ調子が戻って来たかな?
「ばーか。まだ早いよ。それに、行きたい場所は、二人では心もとないんでね。蜥蜴丸やゲーサンの力を借りたいんだ」
そう、二人だけで行くには不安なんだ。最悪、シェリルの力を借りれば二人でもどうにでも出来そうではあるけれど。
「む、あの二人の力を借りなければどうにもならない、そう言うんですね……?」
また、椅子に座り直す音。
「ああ」
何故かな? そんな自信だけはある。本当にそうなるかどうかは分からないけれど。
「じゃあ、また今度、大冒険と行きましょうか、皆で」
「そうだな。皆にも今度、相談しよう」
皆、私に手を貸してくれるだろうか? 少し、不安だな。
「旅行先は、何処です?」
旅行先……? 君は、案外呑気だな。先ほどまで絶望だの無力感だの言っていた割にはもう、自信が漲って来ていないか? まあ、信頼出来る仲間が来てくれるなら、そうなるかもしれんな。しかし、旅行先は何処だ? 記憶の中から引っ張り出す。ああ、ここか? 今までの私の記憶の中にはなかった場所だ。
「旅行先は、カダスだ」
「カダス?」
「始まりの地、カダスだ」
もっとも、世界の始まりの地、と言うワケではない。私の始まりの地だ。おそらくだけど。
冬が、もうそこまで来ている――。




