復讐するは、我にありッ!!
脱出ポッドが落ちてきた。僕らの近くへと。
もしかして、もしかしてと淡い気持ちで近付いた僕の希望を、緑色のマッチョな足が砕いた。そう、脱出ポッドから出てきたのはゲーサンだった。
「何だ、ゲーサンかよ……」
僕の口をついて出たのは、単なる愚痴だった。そう、セリーナさんが乗っているのではないか、そう願っていたのだ。
僕が愚痴を言っていたのが悪かったのか、せっかくの登場シーンに溜息をつかれたのが悪かったのか、何故かゲーサンに右ストレートをくらってしまった。凄く、痛いです。
僕がゲーサンの右ストレートによって砂漠に顔面を突っ込んでいる時、アリスが大声を上げた。
「そうだよ、ゲーサンだよ。ずっと、何か忘れているような感じがしていたんだ。そうだ、ゲーサンだったんだ!!」
まるで、喉に突き刺さっていた魚の小骨が抜けたのを喜んでいるような、胸のつかえがとれたかのように、嬉しそうな声をあげるアリス。どうして、セリーナさんの無事が分からないのに、そんなに呑気なんだろう?
「セリーナさんの事、心配じゃないの?」
何度も何度も、口をついて出るのはセリーナさんの事ばかり。僕は、もう重症かもしれないな。
「心配だよ。ここに集まっている皆、セリーナさんの事を心配しているよ。でもね、リリスが大丈夫って言っているんだよ。この世界にアキを送ってくれたリリスが、さ。私はリリスを信じているだけだよ」
アリスの言葉に、リリスを振り返ってしまう。
「リリス、本当にセリーナさんは大丈夫かな?」
僕は、いつからこんなにセリーナさんの事が心配でたまらなくなるようになったのだろう? あの、夏の終わりのキスからだろうか?
「ああ、まあ大丈夫じゃろうて。真に危なくなったら、我輩がどうにかしよう。ここには蜥蜴丸もいる。魔法と科学、力を合わす事が出来れば、どうにでも出来るじゃろう」
うん、リリスの言葉はやはり彼女の存在を、魔力を知っているからこそ、信用できるな。
「たぶんな」
おい。
「だがしかし、問題はそこではないのじゃよ」
「ほう、教えてくれないか」
「どうでもいいが、セツナよ。何故先ほどから我輩、お主に後ろから抱きかかえられているのじゃ?」
「スッポリ腕の中に入るから、かな……?」
「次は私の番だからね、セツナ。早く代わってよ」
途中から会話をしているのは僕ではなく、セツナさんになっていた。セツナさんとマーガレットさんの間ではリリスを抱きかかえる為の争奪戦が行われていた。アズにゃんが参加したがっているようにも見えるのは、僕の眼の錯覚ではあるまい。
「はあ、仕方ないのう、こいつらは……。まあいい、もう慣れた」
慣れているんだね、リリスは。まあ、こっちに遊びに来た時も、エミリアさんやアリス、レティによく抱きかかえられているからな。
「ま、問題はさっきも言ったが、そこではない。セリーナの中には、おそらく我輩と同類、否、我輩のよく知るモノがおる。魔力で言えば我輩と同等、いや、我輩が少しだけ上かな……? まあ、そのモノが彼女の中に封印されているのか、ただ単に彼女の中にいるのかは分からん。が、魂が融合していると言ってもいい程、じゃ。先ほど、膨大な魔力の顕現を感知した。おそらくは、そいつが目覚めたのじゃろう。だから、セリーナは無事じゃよ。今は、な。星の海での戦いを終えた後、彼女がどうなっているかは分からん」
全員に緊張が走る。セリーナさんの中にリリスと同等の存在がいる、だと……?
「夏の終わりにリリスが言っていたのは、この事……?」
「ああ」
なんで、アリスはそんな事知っている? それより、
「アリス、何で教えてくれなかったんだ……?」
僕には、教えてくれなかった。何故?
「アキヒコ、アリスを責めるでないぞ? はっきり言って、セリーナの中の存在が目覚め、それが邪悪なる意思を持っていた場合、我輩一人では心もとない。お主一人で立ち向かっても、お主と蜥蜴丸、ゲーサンが力を合わせて戦っても勝ち目はないぞ。それ程の存在じゃ」
僕と蜥蜴丸、ゲーサンが力を合わせても勝ち目がない……? それどころか、リリスが戦っても心もとない……?
「まあ、どちらにしろ、今のままでは何も出来はしない。星の海での戦いがどのような結果に終わるか、待とうではないか。……おい、セツナよ、ギューッとし過ぎじゃ。痛いじゃないか」
「私を心配させた罰だ」
「何を言っているのじゃ?」
心底分からないと言うような感じのリリス。僕も、もちろん分からない。
セリーナさん、無事だろうか……?
星の海で、彼女はどのように戦っているのだろう?
「“私”と出会ってしまったな」
久しぶりだな、血肉がある状態と言うのは……。もっとも、私にとっては、だが。今はまだ、彼女の、セリーナの体を間借りしている状態だ。無理は出来ない。本気を出してしまえば、彼女の体はすぐに壊れてしまうからな。入れ物のない状態で魂だけ、というのは案外不安定なのでな。
もっとも、本気を出す必要など、ありはしないがな。目の前に立つ白衣に身を包んだ男が、恐怖心に負けて体をガクガク震わせている。先ほどまで圧倒的な愉悦に浸っていた男とは思えんな。
「面白い体をしているな、貴様」
「な、何モノだ、貴様は!?」
なんだか先ほどから似たような事ばかりを喋っているな、ツマラン。
しかし、何故だ? 見た感じ、単なるニンゲンだ。見た目ただのニンゲンが星に復讐をしたいと願うほどの何かがあったのだろうか?
「私か? ふむ、そうだな、戦女神とでも名乗っておこうか? 昔、そう呼ばれた記憶がある気がするぞ?」
もっとも、本名ではないがな。何故なら、私の本名など、ニンゲンの発声器官では言い表す事など出来ないからな。ま、あんまりこの名前は気に入っていないのだがね。
「戦女神だと……? かつてノスフェラトゥを倒し、封印したのが貴様か……?」
ノスフェラトゥ……?
「ああ、いたな、そんな奴。だが、私をあんな三下と同一視しないでくれよ?」
あんな奴を昔、封印する事くらいしか出来なかったというのは、私の汚点と言っても過言ではないからな。
「ま、いいさ。今私は表に出てきたばかりでまだ本調子ではない。さ、どうする? 逃げるか、立ち向かうか? もっとも、どちらを選択したとしても、貴様に生き延びるという未来は何処にもないがな」
セリーナをいたぶってくれた礼をしてやろう。
「貴様のような化物に、立ち向かうなど、していられるか……ッ!!」
男は、手に持った装置のボタンを押した。そして、私と男の間を分厚い隔壁が遮断した。
おやおや、鬼ごっこをしたいのかな……?
「ならば、ゲームの始まりだな」
さあ、逃げろ。これから始まる鬼ごっこは、追いつかれたら終わりだぞ? 追いつかれた場所が、貴様の死に場所だ。
男は逃げた。ありとあらゆる隔壁を降ろしながら。
並大抵の兵器では壊す事など出来ない隔壁を、だ。だが、あの女は、戦女神は、並大抵の兵器など比べ物にすらならなかった。
一振り、ただの一振りで隔壁を文字通り斬り捨てる。斜めに振られた魔剣の奇跡に従い、一つ、また一つ隔壁が斬られていく。魔剣の一振りはいかな効果を残したのだろうか、その一振りで剣が当たったとは思えない程の斬り口を見せた。人一人が悠々と通り抜けられるくらいの広さであった。
恐怖。その一言。
男の体を支配しているのは、恐怖であった。
そして、遂にフロアーの端まで来てしまった。
男は、機器を操作し、女が現れるであろうその部屋唯一の入口に武器を向けた。この部屋に逃げ込んだのは偶然ではない。この部屋は武器庫であった。科学によって造られたモノ、魔法によって造られたモノ、古代から収集され続けた兵器がそこにあった。
それらの武器を入口へと全部向けた。いくらあの戦女神であろうと、これだけの兵器の攻撃をくらえば、タダではすむまい。
そして、女が入口に現われた。発射ボタンを全て押した。
レーザー、物理砲撃、各種属性魔法による攻撃、その全てが一点、ただ一点に集中した。
しかし、この時男は何も考えていなかった。恐怖に負けて。
これだけの攻撃を行い、魔塔が無事であるのがおかしかったのだ。だが、あたり一面に煙が発生しただけで、魔塔自体、無傷であった。
冷静さを取り戻した男が、何故塔そのものが無事であるのか疑問に思い始めた頃、各種兵器が爆発を起こした。
「な、なにが……?」
「何、全ての攻撃を跳ね返したに過ぎない、忠実にな」
全ての攻撃が、全く同等の威力で跳ね返され、兵器が破壊されたなど、男には信じられなかった。
「鬼ごっこは終わりかな……? ならば、死ね」
そして、男は魔剣が己の胸に吸い込まれるのを感じた。
何だ、この手応えは……?
魔剣を吸い込んだ胸には、心臓と思われるモノはなかった。そして、男が目を覚ました。いや、目を覚ましたように見えただけだ。
「ありがとう……、これで、私は解放される……」
何……だと……?
何故、殺されたのに、礼を言うのだ?
しかし、次の瞬間、理解した。
男の胸部、頭部、腹部、そして、手や足、その全てに線が走り、皮膚がまるで外開きの扉が開くようにして開いたのだ。
そこから、十体以上の小人が出てきた。赤い、血の色のような肌の色をした小人だ。もしかしたら、何かしらの服を身に着けているかもしれないが、私には肌のように見えた。頭部がやたらと尖っていた。人間とは違う構造をしていた。
そうか、こいつらの存在が白衣の男を面白いと感じた理由か。この白衣の男自体は、普通の人間だったのだろう。体を乗っ取られていた、か。そして、どのような理由かは知らないが、私の魔剣が男の体を貫いた瞬間、その瞬間だけ、男の意思が蘇ったのだろう。何年、否、何百、何千という時を超えて。
「貴様、我らの姿を見たな……?」
「よろしい、ならば我らが死滅するまで、貴様への復讐を行ってやろう」
「飯を食っている時、眠っている時、トイレにこもっている時、男とベッドの上でエロい事をしている時、買い物をしている時、仕事をしている時、読書をしている時、露天風呂で女の裸を覗いている時、ありとあらゆる時に気を付けるがいい」
「我らはその全ての時間において、貴様の命をつけ狙うであろう」
「そう、我ら全てが死に至るまで」
「我ら星への復讐は叶わなかった」
「だが、我ら貴様への復讐は、一族全てが死に絶えない限り、永遠に行われる事だろう」
「努々、油断せぬことだな」
「この日、この時をもって、貴様への復讐は開始される」
「さあ、死への恐怖に震えるがいい」
私はペラペラと喋るこいつらに嫌気がさした。ありとあらゆる時に復讐されるなど、ゴメンだ。そう、特に、露天風呂を覗いている時にね。そうだ、今度、セツナとアリスを露天風呂に連れて行こう。そして、私は二人が仲良くお風呂に入っているところを覗こう。あ、レティとアズにゃんも連れて行こう。マーガレットも連れて行きたいけど、ジンがきっと怒るだろうからな、マーガレットを覗くのはやめておこう。ふふふ、夢が膨らむなあ……。
……おい、今セリーナの意識が急に私の意識を押しのけて出てこなかったか? 何という精神力だ。魔力をほぼ完全に抽出されて今彼女の精神は再構築中だというのに。
「ぺらぺらとよく喋る奴らだな。貴様らは、星に受け入れられなかったのか?」
「そうだ、我ら星に受け入れられる事かなわず」
「星は、我らを邪悪なる意思持つモノと判じ、我らの排除に動き出した」
「我ら星に生きる種族をいくつも滅ぼした」
「我らが星の頂点に立つ為に」
それは、星も貴様らの排除に動き出すだろうよ。分からないのか、それが?
「だが、星は我々に牙を剥いた」
「一族ももはやここに残るのみ」
「星への復讐は諦めよう」
「しかし、我らは復讐するモノ」
「そう、復讐するは我にあり」
「これからは貴様への復讐を悲願として、残りの生を過ごそう」
鬱陶しいな。
「ところで、お前らの一族、ここにいるのが全てか?」
「そうだ。あの科学者の男を拉致し、“天を穿つ魔塔”を作らせた」
「やつはすこぶる優秀であったよ」
「“ダモクレスの剣”を造り上げる事が出来たのも、奴の頭脳を利用したからよ」
「では、我らはこれで」
「さあ、続きは星に降り立ってからだ」
「そこから、我らの復讐が真に始まるであろう」
「それからが、貴様の恐怖に震える人生が幕を開けるだろうよ」
こいつら、バカじゃないのか?
「バカだな、貴様らは。貴様らの一族がここにいるので全員と言うならば、ここで殺すまでだ。逃げ場など、ないぞ?」
その時、そいつらはようやく気付いたのだろう。
「「「あ」」」
声を揃えても、もう遅い。
小人狩りの始まりだ。
時をたいしてかける事無く、狩りは終わった。
後は、星へと帰るだけだな。




