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セリーナ・ロックハートの大冒険  作者: 折れた羽根 しおれた花
第二章 寂しさは秋の色~apocalypse autumn~
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絆を舐めるなよ?

 魔力抽出ダウンロードが、開始された。

 魔力が、少しずつ、少しずつ減っていく。私から抽出された魔力が、目の前に立つ、否、少し下に立つ白衣の男を星の海へ帰還させるためのコアに運ばれていく。このコアが何処にあるかは分からないが、簡単に辿り着けない場所にあるのだろう。

「さてさて、君のお仲間は今頃、何処でどうしているのかな? クククク……」

 蜥蜴丸以上に気持ち悪い笑い声だな、こいつ。

 白衣の男が腕を動かす。まるで、鍵盤の上を動かすかのように。

 そして、男の前にいくつかの枠が現れた。その中には“天を穿つ魔塔(カ・ディンギル)”各所を動き回る魔塔攻略メンバーの動きが映し出されていた。

 アキヒコ、アリス、蜥蜴丸……全員無事、か? アレ、ゲーサンは何処だ?

「後一匹いた筈だが……、見つけられないのか? あの時全員バラバラに飛ばしたのがいけなかったのか?」

 あの時? やはり、ゲーサンがよく分からない球体を腕で叩いたのがいけなかったのだな。

「ふん、まあいい。蜥蜴一匹に何が出来るというのだ?」

 私の仲間を、蜥蜴だからと言ってバカにしない方が身のためだぞ? 忠告してやる義理はないし、してあげたいとも思わないがね。

「ふん、まずはこのよく分からない茶色の蜥蜴からだ」

 お前さんとよく似ていて自己中だよ。もちろん、教えてなどやらないが。

 白衣の男の意思に呼応するかのように一つの枠が大きくなる。蜥蜴丸がアップで映し出された。……何で蜥蜴のアップを見させられなければならない? 蜥蜴のアップを見て嬉しがる女は極少数の筈だ。そして、私はもちろん、そのごく少数には当てはまらないという事を明言しておこう。

 やれやれ、蜥蜴丸さんの大冒険を少しばかり眺めるとしますかね。






「なんだか何処かで溜息をつかれた気がするのだが、気のせいかね?」

 やれやれ、全員とはぐれてしまったかね? フム、ワガハイは事ある毎に言っておるが、頭脳労働タイプなのだよ。つまり、こんな所でモンスターと戯れているなど、もってのほかだ。そう言うのはゲーサンか、アキヒコ、銀髪にでも任せておきたいのだがねえ。猫娘でも可。

 飛びかかってくる蝙蝠型モンスターをあっさりスペース光線銃で撃ち落としていくワガハイ。うーむ、やはりアレだね。ワガハイは、ピンチが似合わないなあ。

 巨人族オーガモンスターも、あっさり弱点を見抜いてスペース光線銃で仕留めていくよ。科学者たるモノ、敵の弱点を見抜くなど簡単な事よ。まあ、スペース光線銃の威力をMAXにすれば、簡単にこの塔ごと破壊してしまうからねえ。威力を調節しながらでないと戦いにすらならないからねえ。

「つまらんなあ、ワガハイがいくら強くても誰も褒めるモノがいない。こんなモンスターを何匹葬ったところで、何の得にもならないんだよねえ」

 溜息もガンガン出るよ。

「さて、出口は何処かな……っと」

 歩き出すよ、ワガハイ。

「おお、そうだ。言うのを忘れていた。そこの君、何処に行けばいいか分かるかね? 知っていたら教えてくれないかね? ワガハイ科学者。肉体労働は嫌いなんだよねえ。まあ、教えてくれなければ、最終的にはワガハイがこの塔を内側からぶち壊す。それだけ覚えておいてくれたまえよ」






「バカな、あの蜥蜴、私が見ている事に気付いていた……?」

 白衣の男は驚いているようだ。しかし、蜥蜴丸をある程度知っているモノからすれば、その程度で驚いてどうするのだろうか、としか言いようがないな。何せ、最後のひとり言は完璧にカメラ目線だったではないか。

「いや、バカな、私が見ている事に気付く筈などない。考えられるわけがない!!」

 おいおい、お前マジで言っているの? 蜥蜴丸に常識など通用しないよ?

「最後に塔を内側からぶち壊すだと……? 出来るわけないだろうが!! この塔は星の海へ帰る為に、私が考え得る限りの最強防御力で固めてあるのだ。大気圏突入にすら無傷で耐えられるのだぞ!!」

 大気圏って何かな? 

「ふん、まあいい、この蜥蜴の事など、放置だ!!」

 あ、こいつ色々諦めやがったな? でもまあ、いつまでも蜥蜴丸さんの大活躍見ててもつまらないもんな。あいつ、一人の時だと、危機に陥る時ってほとんどなさそうだからな。寂しがり屋というだけあって、誰かと一緒の時にばかりピンチになるだろうからな、たぶん。構ってもらいたいんだろう。

 だからこそ、孤独な今、蜥蜴丸さんはある意味最強だ。ミスらしいミスなど、まずしないだろう。

 ま、私も蜥蜴丸さんの大活躍見ててもツマランからな。他のメンバーを見たい。どうなっている?

「ふん、次はあの少年だ。セリーナ・ロックハートとこの少年、どちらから魔力を抽出するのがいいかと考えたが、貴様の方が罠にはめやすいかもしれん、そう思って貴様にしたのだよ」

 いちいち私を振り返るんじゃないよ。唾でも吐きかけてやろうか?

「クククク、まだ殺気を放てるとはね。流石はセリーナ・ロックハートと言っておくか」

 そう言えば、何故こいつは私の事を知っているのだろう?

「お前、まさかストーカー?」

「そんなワケねえだろうが!!」

 怒り方に地が出ているぞ?

 まあいい、こいつの怒りなんかスルーだ。少しずつ体がだるくなってきたからな。

 白衣の男も私を睨みつけるのをやめ、蜥蜴丸の映った枠を縮小し、今度は別の枠を拡大してみせた。今度はアキヒコが映し出されていた。

 やはり、蜥蜴丸よりはアキヒコのアップを見る方がいいな。

 さて、私がいない所でアキヒコはどんな活躍をしているのかな?






「やれやれ、結構しんどいなあ」

 ひとり言を呟くのは、やめたいのだけれど。周りに止めてくれる人がいない、というのは寂しいモノかもしれないな。

 あの時、ゲーサンが球体を叩いた辺りで、一瞬記憶が飛んだ。どうやら、あの装置には全員をバラバラにする効果があったのかもしれない。だからこそ、僕は独りなのだろう。僕だけ独り、って事はないよね?

 日本刀を振り回す。特に斬り方など、考える必要もない。周りには溢れるほどのモンスター。振り回すだけで、そこかしこに素材と魔石が散乱していく。

「素材と魔石、回収しないと蜥蜴丸に怒られてしまうかな?」

 いやいや、今回は必要ないでしょ。だいたい、この魔塔から王都にまで現れた連中と一緒だよ。だいたい、だけど。レアモンスターでもいれば話は別なんだろうけど、特にそれらしい奴は見当たらない。

 きっと、セリーナさんやアリスも頑張っているに違いない。セリーナさんはよほどの事がない限り倒れたりはしないだろう。雑魚モンスターに負けるなんて、考えられやしない。

 なので、心配すべきはアリスだ。

 彼女は剣士としてはかなりの実力者だ。御前試合で見たアズにゃんトカ呼ばれていた女の人がいた。あの人も僕らとそう年齢の変わらない人だと思うけど、剣術とか武術で言えば、アリスの方が上だろう。同年代ではアリスに勝てる人間はそうはいない筈だ。でも、アリスは魔力という面ではかなり心もとない。

 しかし、先にセリーナさんの元に行きたい、という思いもある。セリーナさんの騎士として、いの一番に彼女の元に駆けつけるのだ。……いの一番、ってどういう意味だろう?

「セリーナさんを選ぶか、アリスを選ぶか、それが問題だな」

 つい、口に出してしまった。まあ、誰も聞いていないからいいけど。

 ……うん、アリスから先にしよう。そして、全員を集めてからセリーナさんのところへ行こう。そして、セリーナさんに褒めてもらうのだ。

「む、待てよ? 携帯電話があるじゃないか」

 そうだよ、携帯電話で連絡をとればいいじゃないか。何故今まで思いつかなかったのだ?

 暫く日本刀を振り回していたら、このフロアーにいたモンスターがほぼいなくなっていた。まあいいか。じゃあ、アリスに連絡をとろう。セリーナさんは時々ポカをするので、携帯電話落としていそうなんだよねえ。

「アリスの番号は……三番だったかな?」

 ポチッとな。……口に出さなくても、恥ずかしいな。






「何でアリスを選ぶんだッ!?」

「おいおい、怒るところはそこかね?」

「私の元に真っ先に駆けつけなくてどうするッ!? 私の騎士だろうがッ!?」

 今度会ったら、ぶん殴ってやるッ!!

 まあいい、アリスの方はどうだろうか。心配だ。

「おい、アリスの方を映せよ。アキヒコはもうどうでもいい」

「何で貴様は捕まえられているというのに、そんなに上から目線なのだ?」

「貴様が下にいるからだ」

 物理的にな。






「セリーナさんに何度かけても出ない、か……」

 とは言っても、何度もかけるのは流石に難しい。

 一つ目のフロアーを何とか抜けた。光属性の付与されたサーベルを蜥蜴丸から貰っておいて本当に良かった。流石に属性付与されていない武器では簡単にモンスターのひしめいているフロアーを抜ける事は困難だっただろう。

 腰のベルトに携帯電話のストラップをくくりつけ、簡単に落ちない事を確認した後、走り出す。他の誰かに電話をかけるにしても、誰かから電話がかかってくるにしても、安心出来るところじゃないと。

 一つ二つ、部屋を走り抜ける。飛ばされた最初のところ以外、モンスターが出てこない。でも、誰とも合流できない。

 そして、三つ目の部屋に辿り着いた時だった。

 部屋の中央に一人、仰向けで倒れている人がいた。見慣れた人物だ。

「セリーナさんッ!?」

 思わず駆けつけた。胸は上下している。どうやら、呼吸は出来ているようだ。それにしても、けしからん胸だ。私もこの位あれば、アキを……、いやいや、今はそんな事はどうでもいい。

「大丈夫ですかッ!?」

 肩をつかんで思いっきり体をゆすってみる。頭を打っているかもしれないから、本当はこんなに思いっきり振っていたらいけないのだろうけど、なんとなくやってしまった。多少頭を強く打っていたとしても、蜥蜴丸の元に連れて行けば、どうにでもなるだろう。気にしない、気にしない。しかし、頭だけじゃなく、胸も揺れる。意識を失っていても、喧嘩を売っているのだろうか、この女性ひとは?

「セリーナさん、死んじゃダメっ!!」

 とりあえず、叫ぶ。どう見ても、死にそうにないけど、緊迫感を出す為に叫んでみる。

「う……、気持ち悪い」

 どうやら、無事なようだ。気持ち悪くさせたのは私かもしれないという事は、黙っておこう。

「セリーナさん、無事?」

「アリス、ここは?」

 もしかしたら、今までここでずっと眠っていたの?

「ゲーサンがあの球体を叩いたら、どうやらみんなバラバラに飛ばされたようですね。今までずっと、眠っていたんですか?」

 でも、一回目、初めて電話をかけた時、少しだけセリーナさんの声が聞こえた気がするんだけど……?

「ごめん、よく覚えていないよ。アキヒコ達は?」

「まだ合流出来ていませんけど?」

 見れば分かるだろうに。頭を振り過ぎたかな?

「そう……、皆と合流しよう」

 何か、おかしい気がするなあ。姿かたちも喋り方もセリーナさんなんだけど……。

「皆に電話をかけてみましょう。私はアキにかけるので、セリーナさんは蜥蜴丸にかけてみてください」

 そして、私はアキに電話をかけるためにセリーナさんに背を向けた。セリーナさん、何で電話をかける素振りすら見せないのだろう? やっぱりおかしいな。

 その時、着信アリ。アキからだ。

「もしもし?」

『アリス? 今誰かと一緒に居る?』

 魔法による気配感知でもしたのかな?

「セリーナさんが後ろにいるけど」

『セリーナさんが……?』

 訝しげなアキの声。暫く、無音。

『違う、アリス、アリスの後ろにいるのは……!!』






 無防備。これ程無防備になるとは……。

 友人とか、恋人、家族、それらを前にして、人間は無力だ。

 眼の前に立つアリスという少女、やはりセリーナ・ロックハートと名乗るこの女にかなり気を許している。

 あの球体によって飛ばされたフロアーから、この女の心は随分と覗かせてもらった。特に、大きく心を占めているのはこの銀髪の女。ならば、私はこの女の姿、声、借りようではないか。

 これ程大事な存在なら、簡単には手にかけられまい。無力さを噛みしめながら、私に殺されるがいい。この魔塔に閉じ込められてからというもの、ようやくニンゲンを殺せる。

 電話とやらに出ている目の前の少女は無防備。

 私は体を自在に変形させる己の特性を利用し、右腕を槍の形に変形させる。ククク、今なら命をとるのは、容易い。

『違う、アリス、アリスの後ろにいるのは……!!』

 電話とやらの向こうから、そんな声が聞こえてきたが、遅い。

 首筋に槍を叩きつけようとした瞬間、私の体を衝撃が襲った。

 目の前に立つ少女が、背を向けたまま私の鳩尾にサーベルを突きつけていた。否、サーベルは私の鳩尾を通り抜け、背中から突き出ていた。

「バカな……、何故?」

「何故? 敵に、モンスターに容赦する必要など、ある?」

 サーベルがあっさり引き抜かれる。と、同時に振り返る少女。

「私が敵だと、モンスターだと分かっていたと?」

「当然」

 なんと簡単に即答するのだろうか、この少女は?

「だが、ニンゲンというのは、例え偽物であろうとも、気を許した者に簡単に刃を向ける事など出来ない筈……」

 そうだ、その筈だ。それなのに、この少女は……、いとも簡単に私に刃を向けたッ!!

 その謎を知らぬままでは、死ぬに死にきれぬ。

「な、何故だッ!?」

「私たちの絆を舐めるなよ」

「!?」

「夏の終わりから紡いだ絆は、そう簡単に斬れはしない。偽者だと分かっているのなら、容赦する必要はない」

「だが、この女は、貴様にとっても、大事な、存在、だったはず……」

「あんたはしょせん紛い物。紛い物を斬るのに、躊躇う必要などない」

 これが、本物のニンゲン……。

「本物のセリーナさんが、私が一人だと知って、抱きついてこない筈ないだろう」

 最後のセリフは、崩れゆく私の耳以外には届かなかっただろう……。






「ドッペルゲンガーがあっさり殺された、だと……?」

 男はアリスがあっさり私の偽物を殺した事に動揺しているようだ。

 しかし、私たちの絆、か……。嬉しい事を言ってくれるな。

「アリス、マジイケメン……」

「貴様は捕まっているという自覚があるのかッ!?」

 さあ……。


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