御前試合準決勝一回戦です。
「いかん、まだフラフラする。今日の準決勝、どうしようかな?」
共に会場へと向かうアキヒコが先ほどからブツブツ言っている。どうしたのだろうか?
「昨日は、ぐっすり眠っていた筈ですが……」
「レティが部屋から出ていくまでは寝ていたと思うよ、僕も。その後がダメだったんだよね。筋肉痛で呻いている人間のいる部屋でさ、かき氷の食べさせあいなんてしていたんだ。筋肉痛がいけなかったんだろうね。なんだかその光景が異様にエロく感じられて、夜は悶々として眠れなかったよ」
私とセツナ、アリスはそっぽを向いた。お互い、恥ずかしさもあるが、自分たちに話題の矛先が向けられるのを恐れたからだ。
「クカカカ、つまりあれかね、エロガッパよ、貴様はワガハイらが眠っている部屋で一人……」
「そんな事をしたくても、筋肉痛が邪魔をして、出来なかったよ」
一人でいったい何をしようとしたのだろうな、アキヒコは? まあ、見当はつくけどね。
「どうすんだ、アキヒコ? お前が棄権するって言うなら、俺としてはありがたいんだけどね」
本音がダダ漏れだな、ジンよ。
「あ~。それもいいかもしれませんね。しかし、ここで簡単に棄権するようでは、セリーナさんの騎士を名乗る資格がなくなりそうで……」
私の騎士を名乗るのに、資格は別に必要ないぞ、アキヒコ。必要とするのは、強さだ。腕力とか、武術の強さだけではないぞ、もちろん。
「うーん、アキヒコ君にはここで棄権してもらってジンに優勝してもらいたい、そしてあわよくば私に求婚してもらいたいって思いがあるんだけど、やっぱり駄目だよね。うん、私はそんな簡単にジンに勝ちあがってもらおうなんて考えていないよ、うん」
私の睨みが効いたのか、すぐにアキヒコに棄権をススメルのをやめたマーガレット。ダメだよ、簡単に楽な道をススメルのは。私は楽な道を行こう。
「アリス、棄権するつもりはない?」
「なに無傷で決勝戦に勝ちあがろうと考えているんですか?」
「優勝賞金をごっそり頂きたいのです。それで、アリスとレティを着せ替え人形にするんだ。そうだ、セツナも着せ替え人形にしちゃおう。ふふふ、夢が広がるなあ」
「私は何で入っていないの?」
「マーガレットは洋服に不自由していないと思うんだよね。不自由していると言うのなら、ドリルから奪えばいいじゃない」
ドリルとは確か、マーガレットの腹違いの姉だという事を聞いた。御前試合を観戦していたのを見たが、確かにドリルだった。縦ドリルだ。何故そんな印象を受けたのか、自分でもよく分からないが、縦ドリルという表現がこれ以上ないほどにしっくりきたのを覚えている。
「嫌だよ、ドリルとはセンスが違い過ぎるもの。セツナ達に選んでもらいたいな、私に似合いそうなのを」
その瞬間、セツナとアリスとレティはガッチリと握手を交わした。
「アレ? なんだか嫌な予感がするよ?」
嫌な予感と言うのは、だいたい当たるのだよ、マーガレット。
「明日以降が楽しみです。御前試合に出場などしないのに、ノーデンス王国くんだりまで来た意味が出来ましたよ。フフフフ」
「レティさん? 目が怖いんですけど」
「フフフ、セリーナさんとは違ったタイプの女性。素材は王族だけあって素晴らしい。スタイルがいいのも羨ましい。どんな服を着せてやろうかなあ……」
「アリスちゃん? 何処へ行こうとしているの? 帰っておいで」
「ククク、他人を着せ替え人形にする楽しさを一度知ると、もう抜け出せないな。マーガレットを久しぶりに着せ替え人形にしてやろう。腕が鳴るな」
「セツナ? 私は着せ替え人形になるつもりはないよ?」
「ファッションセンスが残念なセリーナさんには任せてなどいられない、頑張ろうね、レティ、セツナさん」
「楽しみですね、アリスお嬢様、セツナさん」
「フフフ、私色に染め上げてやろうじゃないか」
「ねえ、人の話を聞いてよ、ねえってば」
盛り上がる三人と、話を聞いてもらえないで涙目になっているマーガレット。
「銀髪、何故貴様まで涙目になっているのかね?」
「ファッションセンスが残念って言われた……」
そんなに残念なファッションセンスをしているとは思えないけどなあ。
「気付いていなかったのかね?」
蜥蜴にまで言われるなんて……!!
「神は私を見離した!!」
「元気でいいですね、セリーナさんは……。僕はまだ、筋肉痛なんですよ」
「やれやれ、もうすぐ準決勝だっていうのに、何でこいつらはこんなにのんきなんだ?」
周りの通行人まで頷いている気がした。
仕方ないだろう、これが私たちなんだよ、たぶん。
会場に着き、皆それぞれの控室に入って行った。
ジンの控室にはマーガレットが付き添っている。心配なんだろうなあ、ジンの事。
アキヒコの控室には蜥蜴丸とゲーサン。あの濃い連中に囲まれリラックスが出来るとは思えないな。少なくとも試合前に居てもらいたくはない連中だ。試合前の準備で疲れ果てるなんて事がありえそうだ。
アリスの控室にはレティ。まあ、当然だな。
そして、私の控室には、セツナと私服姿のアズにゃん(アズライール・サイード)。あれ? 何でアズにゃんがいるの?
「何だ、その表情は? 友人が応援に来てはいけなかったのか?」
そう言えば、試合に私が勝てば友人になって欲しいとは言ったね。律儀に約束を守ってくれたんだなあ、嬉しいなあ。
「君がセリーナの友人であるかどうかは今どうでもいい事だ。セリーナの控室にまで押しかけてくるとは……、アズにゃん、恐ろしい娘」
のんきに、しかしまるで挑発するかのようにアズにゃんに声をかけるセツナ。いや、挑発するかのように、ではない。敵意丸出しじゃないか、セツナ。
「私をアズにゃんと呼ぶなッ!!」
怒りだした。アズにゃんと呼んではいけないのかな? うーん、可愛い愛称だと思ったのになあ……、変更しないといけないのだろうか?
「私をアズにゃんと呼んでいいのは、セリーナだけだ。貴様にそう呼ばれる筋合いはないぞ?」
へ? アズにゃんって呼んでいいの? なんだ、気に入ってくれていたんだ。
「へえ、勝負してみるかい? セリーナは私のモノだ。泥棒猫になどあげん。ついでに私が勝ったらアズにゃんと呼ばせてもらうぞ」
うわあ、二人の間の闘気で、空間が曲がって見える。アズにゃんと呼ぶのはついでなんだ。あ、コラ、言っておくけど私はセツナのモノじゃあないぞ?
二人が己の武器をアイテムボックスからとりだそうとした時だった。
控室のドアがノックされた。三回だ。誰だろう?
「ど、どうぞ!!」
控室の中で大激闘など始められたらたまらない。外部の人間を入れて、空気を色んな意味で入れ替えよう。
「そろそろ、アキとジンさんの試合ですよ。一緒に見に行きませんか……って、あ、アズにゃん」
アリスが顔を覗かせた。助かったのか……? でも、アズにゃんは肩をプルプル震わせている。怒っているんだろうなあ、たぶん。
「セリーナさんが応援に来なかったって気付いたら、アキヒコさんが棄権してしまいますよ。さあ、一緒に見に行きましょう……って、アズにゃんさんじゃないですか」
レティ、いくらなんでもアズにゃんさんはないんじゃないかなあ?
「そ、そうだね、見に行こうか。ほら、セツナも闘気をおさめて。見に行こう、アキヒコとジンの試合」
「見に行くのはいいが、セリーナは私のモノだからな。あんな泥棒猫には渡さないぞ?」
昨日、試合中にアズにゃんとダンスを踊ったのに怒っているとは昨夜も聞かされたけど……、泥棒猫はないんじゃないかなあ?
「わ、私をアズにゃんと呼ぶなぁーーブベッッ!!」
私達に続いて控室を出ようとしていたアズにゃんだったが、ベストなタイミングで閉められた扉に激突したようだった。恐るべし、アリス。
「セリーナさんは私のなんですから。泥棒猫には渡しませんよ」
うわあ、ここにもいたよ。アズにゃんを泥棒猫扱いするのが。
涙目になりながら控室のドアを開けたアズにゃんは、とても可愛かった。私以外のメンバーも愛おしいものを見るような目で、アズにゃんを見ていた。
アキヒコ対ジンの準決勝第一試合が始まった。
アキヒコサイドに私達、ジンサイドにマーガレットがついている。数の上では不公平、かな? でも、まあこの中で出場選手を真に案じているのはマーガレットだけだろう。
リングの上ではお互い相手の出方を窺っていたようだが、先に動いたのはジンだった。もしかしたら、攻撃を続けて行けばアキヒコが耐えきれなくなる、と考えたのかもしれないな。
最初は防戦一方のアキヒコだったが、次第にジンのスピードに慣れたのか、押し返すようになった。
そして、打ち合いが十数分続いた時だった。
アキヒコの闘気が、変わった。
へえ。こいつがねえ。
リングそばで見ているセリーナ達も気付いたようだな。こいつがアキヒコ少年の、いや、アキヒコの本気の一端ってわけか。
「第一段階、解放」
おいおい、わざわざ声に出して教えてくれるとは、ねえ。確か、ノスフェラトゥを倒したのが第四段階、だったか。俺相手に一つ目の封印を解放するとはねえ。認めてもらっているんかね?
まあしかし、このまま黙って突っ立っているわけにもいかねえ。一足飛びで近付き、青竜刀を振り下ろす。しかし、振り下ろした先は無人の空間だった。
空気が動いたのを感じ、青竜刀を強引に戻し、体の右側をカバーする。その青竜刀に何かがぶつかった感触。しかし、それを振り払う事は出来なかった。すぐに感触は消えていたからだった。
四方八方から降り注ぐ木剣の嵐。それを何とか捌く。学生時代にセリーナと何度か訓練したおかげだな、コレは。後でそれとなくお礼を言っておこう。あいつが覚えているかは分からないがな。
暫くしたら、攻撃がやんだ。どういうつもりだ?
「すみません、正直ジンさんがここまで強いとは思っていませんでした。先に謝っておきますね」
俺の正面で止まり、アキヒコはそんな事を言ってきた。嫌味な事を言うやっちゃなあ。
「学生時代、強いのと何度も戦った事があるんでな」
俺の一言で理解したのか、セリーナとセツナの方をチラリと見るアキヒコ。
「納得です」
納得せざるを得ないだろう?
「まさか、第一段階解放した僕のスピードについてこれるとは、本気で思っていませんでしたよ」
「魔法を俺に対して使って来ていないのは、優しさか?」
だとしたら、侮辱にしか感じねえな。俺も一端の騎士……じゃなかったな、冒険者だぞ?
「この状態で攻撃魔法を使ったら、骨も残りませんよ、ジンさん。それに、ジンさんに勝つなら、剣術でないと意味がありません。あの人の兄貴分に心から認めてもらう必要がありますからね、任せても大丈夫だって」
今度はセリーナだけをチラリと見やがった。何で見られているのか分からないという風に首を傾げるなよ、セリーナ。ああ、この会話は周りの連中には届いていないのか。なにがしかの結界みたいなのを張っているんだな。
「ばーか、俺はとっくに認めているっての」
お前の剣術とか魔術とかじゃない強さを、な。
「ありがとうございます」
律儀にお礼なんかするんじゃねえよ。
「まあ、でもそう簡単に倒されるわけにもいかねえがな」
うーん、あのコスプレを見させられて以来、俺の中でマーガレットの存在が大きくなっているんだよな。まあ、今の状態を見るに勝ち目はなさそうだが、そう簡単に負けるわけにはいかないだろうよ。
「なら、行きます。第二段階、解放」
ここへきてかよ!?
第二段階とやらが解放されてから、一分と持たなかった。
そう教えられたのは、控室でマーガレットの膝枕に頭を預けていた時だ。
「俺、どのくらい寝てた?」
「三十分くらいかな? どうする、これからセリーナとアリスちゃんの試合が始まるけれど……?」
この膝枕に頭を預けて眠っておきたいところだがな。
「見に行かないと、後でセリーナとセツナに友達甲斐のない奴だって悪口言われちまいそうだ。そいつは勘弁願いたいね」
「ふふ、同感」
膝枕から頭を引き剥がし(感覚的にはそんな感じだ)、リングそばまでマーガレットと一緒に歩くことにした。
途中、俺の左手にマーガレットの右手が絡んできた。振りほどくのは簡単だったが、今の俺はマーガレットの手を振りほどくなんて選択肢は持ち合わせていなかった。
マーガレットの右手を軽く握りかえすと、少し驚いた後で、満面の笑みを浮かべてくれた。こういうのも、案外悪くねえな。リングそばまではこのままで行こう。
アキヒコとジンの試合は圧巻だったな。いくらジンといえども、アキヒコの第二段階の動きにまではついていく事は出来なかったか。もちろん、私だったらついていけるがね。
「この時を待っていましたよ、セリーナさん」
「待っていた?」
リング上でアリスと見つめあう。もう少ししたら、私とアリスの試合が始まる。
リングそばまで手を繋いで歩いてきたジンとマーガレットの姿が見えた。ふふ、あっちは上手くいった、かな?
「セリーナさんを一対一で負かす機会を、ですよ。私が勝ったら……、むふふ」
何を言おうとしたの、アリス?
しかし、私はアリスの言葉の意味を聞く事は出来なかった。
世界が、闇に覆われたからだ。
闇に生きるモノが、この時に動き出したのだった。




