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セリーナ・ロックハートの大冒険  作者: 折れた羽根 しおれた花
第二章 寂しさは秋の色~apocalypse autumn~
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準決勝前のひと時です。

 もう、この宿屋に何日泊っただろうか?

「ようやく明日、準決勝か。長かったな」

 ジンが溜め息交じりに呟く。夕食を共にしているメンバー全員共通の思いだろう。本当は日曜日一日で終わる筈だったのだから。

「しかし、明日は俺とアキヒコ、そしてセリーナとアリスの戦い、か。お互い全力で悔いのない戦いをしようぜ、って言いたいところだが……」

 言いにくそうにしているな、ジン。ま、仕方がないか。

「アキヒコのやつ、明日戦えるのか?」

「分からん」

 答える私も何とも言いようがないな。こちらに帰って来る時は何とか叩き起こして自分の足で帰らせたが、プルプルしていた。産まれたての子牛のようだった。

「今日の時点で凄い筋肉痛だったからな。明日になったら大丈夫、とは流石に言えないな」

 アレは嫌だ。ミスカトニック騎士養成校でも新入生名物の姿の一つだ。全員がそう、とは言わないが、大半の奴が夏休み前までに十以上を余裕で数えるからな、あの全身筋肉痛は。

「アレは、普通に寝て過ごすだけなら今日一日では治りようがないと思うけどなあ。はっきり言って、ミスカトニックの新入生でもあそこまではならないと思うよ。最後には見かねてセリーナが肩を貸していたじゃない」

 マーガレットの言うとおりで、アキヒコのフラフラぶりにいたたまれなくなって、最後には私が肩を貸してこの宿屋まで帰ってきたのだが。

「大丈夫ですよ、どうしようもなければ最後には“スグナオール”をぶち込めばいいんですから」

 何故アリスは怒っているのだろう? だいたい、“スグナオール”ぶち込んでどうするんだ? 変てこな副作用が出てきたらどうするんだ?

「セリーナさんに肩貸してもらって嬉しそうにして……、にやけ面丸出しだよ、アキは」

 小声で何を言ったのだろう、アリスは……? しかし、アリスのひとり言を気にした私の思考は蜥蜴丸の声に遮られた。

「バカだなアリスよ。“スグナオール”は筋肉痛には使えぬよ。まあ、気にするな。あのエロガッパの事だ。明日にはある程度動けるようには回復しておるだろうよ。白猫が憑いておる事だしな」

 蜥蜴丸の言うとおり、アキヒコは明日にはある程度回復はしているだろう。しかし、なんか蜥蜴丸の言う“ついている”のニュアンスが何だか違った気がするが、気にしたらいけないのだろう。

「しかし、あの“スグナオール”、筋肉痛には効かないのか。万能薬のようなモノだと思っていたのだがな」

「クカカカ、バカだな銀髪よ。世の中そう簡単に上手く行くわけなかろう? まあ、筋肉痛用には“イタミトレール”があるのだが……、使ってみるかね?」

 そんな便利なモノがあるなら使えばいいのに……、使わないのは、何故だ?

「副作用は?」

「筋肉痛がとれる代わりに、数日間力が入らなくなる。箸は持てるが、茶碗は持てない」

 そりゃ、明日も御前試合がある以上、使えないな。

「クリスが傍に居てくれるおかげか、アキヒコさんはぐっすり眠っていますよ。ゲーサンは相変わらず部屋でトロピカルジュースを飲んでいました。季節感がそろそろ合わなくなるので違うものにすればどうか、と言ってみたら、今度はかき氷を作りだしていました」

 部屋にアキヒコの様子を見に行っていたレティが食堂に戻って来たと同時に説明をしてくれた。

「かき氷?」

「夏の風物詩の一つですよ。頼めばゲーサンが作ってくれますよ」

 では、早速行ってみよう。ところで、何処の世界の夏の風物詩なんだろうな? それに、もう秋も半ばだ。結局は季節感が違うじゃないか、ゲーサン。

「気になるのはアキの様子じゃなく、かき氷ですか? 相変わらずですね、セリーナさんは」

 アリスの嫌味がちくりと胸に突き刺さった。おお、言葉のナイフが私の心に深く突き刺さるよ。

「ち、違うよ? か、かき氷なんて、き、気になっていないよ? ア、アキヒコの様子が気になるだけだよ? か、かき氷はついでだよ?」

 ふふふ、どうだ、この平常心。流石、騎士だけあるな、私は。

「声が震えていますよ。声帯だけじゃなく、骨まで震えていますね」

 ぎゃふん。




 一人でアキヒコの部屋に入るのはちょっと、度胸がいるな。まあ、流石にスケベ本がベッドの上に散乱しているなんて事はないだろう。散乱していたら、私が借りていくだけなのだがな。

 ノックを三回、一応しておこう。レディだからな、私は。

「げっげー」

 はて、この返事は入っていいよ、という意味なのだろうか、それとも、入ったらダメだよ、という意味なのだろうか? どちらだろう?

 まあいいか、入ってもいいよ、という意味だろう。

「入るぞー」

 一応声をかけてから室内に入った。おいおい、部屋中がひんやりしているんですけど。

 ゲーサンから氷の入った器を渡された。山盛りの氷だ。ふむ、夏にはいいかもしれないな。

「げげっげ」

 よく分からない容器を指さすゲーサン。いくつも並んでいるな。きっと、どれがいいか、聞いているのだろう。全く分からない文字列が並んでいる。それに、ゲーサンが紙に文字を書いて貼り付けていく。おいおい、意外に達筆じゃないか。この容器に入っているのは、かき氷用のシロップらしい。

 ブルーハワイ、メロン、宇治抹茶、イチゴ、巨峰、レモン、コーラ、ラムネ、マンゴー、他。

 ふむ、全く分からんな。一応、夏に貰ったのがコーラだったな。ならば、かき氷のシロップとやらもコーラで行こう。何、何度でも挑戦する事は出来るのだ。ゲーサンにコーラ味のシロップをかき氷にかけてもらう。ゲーサンはブルーハワイ味を選択して、氷にかけていく。……空の容器が既に十以上あるのだが……、一人で食べたのか、ゲーサン?

 おお、美味い。スプーンでかきこんでいく。これはいい。夏にはピッタリじゃないか!!

 あ、キーンと来た……!! つい、スプーンを持った手で眉間を抑えてしまう。これは、見られると結構恥ずかしいのではないだろうか? まあ、見られたとしても、ゲーサンとクリスしか室内にはいないのだから、いいか。

「おい、しそう、ですね……」

 うわあああああッ!?

 いきなりかけられた声に悲鳴をあげそうになった私は悪くない筈だ。

 声が聞こえた方を見ると、ベッドの上で上半身を起こそうともがいているアキヒコがいた。その姿を、クリスが不安そうに見つめている。

「お、おい、大丈夫か……?」

 うわあ、見ているこちらが不安になるよ。だって、まだプルプルしているんだぞ?

「だい、じょうぶ、ですよ……」

 どう見ても大丈夫に見えません。

 ベッドの柵と壁に背中を預けさせるようにして、アキヒコが上半身を起こすのを手伝ってやった。

「かき氷、ですか……。よく、こんな時期に食べられますね」

「欲しいか?」

 季節感がやはり違うのか、かき氷は……。美味いのに。

「頂きます」

 ふむ、元気がないな、アキヒコよ。これで明日、ジンと戦えるのだろうか?

「はい、あーん」

「へ?」

 何マヌケ面しているんだ、アキヒコ? かき氷食べたい、って言ったのは君じゃないか。

「ほら、あーん」

「え? え?」

 おいおい、何恥ずかしがっているんだ? あのな、こっちも恥ずかしいんだぞ。さっさと口を開けるんだ。

「あ、あーん」

 観念したのか、ようやく口を開けてくれた。私は、その口の中に、コーラ味のかき氷を放り込んでやった。

「美味しいか?」

 私は意地悪なのだろうか?

「恥ずかしいです」

 な、何が恥ずかしいと言うんだ!? こうしてあーんしてやっているこっちの方が恥ずかしいんだぞ!!

「か、間接キス……」

 あ!! 私がさっきまで使っていたスプーンじゃないか!!

「流石はセリーナ。じゃあ、今度は私と間接キスしようじゃないか」

 恥ずかしさに赤面する前にかけられた声があった。

 振り向いた先には、眉間を抑えているセツナの姿。どうやら、彼女もキーンと来ている最中のようだ。

「いつから、そこに……?」

「レティと一緒にここに来たよ。それで、レティだけ先に帰って、私はかき氷をご馳走になっていたのだよ。セリーナが部屋に入ってきた時にはベッドの裏に隠れていたがね、気配を殺して」

 気配を殺してって……、何の為に?

「いやあ、いいモノが見れた。さあ、今度は私とだ、セリーナ。間接キスをしようじゃないか。ふふふ、学生時代は結構していたんだ、今更恥ずかしがることもあるまい」

「だが断る」

 速攻で断るよ、私は。意識して間接キスなどしていられるモノか!!

「ならば、ばらすよ。ここでの事。主にアリスに」

「今すぐしよう、間接キス」

 アリスは怖いのです。

「ふふふ、素直なのは良い事だよ。はい、あーん」

「あーん」

 餌付けされる犬や猫のような感じかな、今の自分は?




「何を、しているのですか……? 二人とも」

 アキヒコの事を忘れて私とセツナがかき氷の食べさせっこをしている時、部屋の扉を少しだけ開けて覗いているアリスがいた。

「いや、アキヒコの様子を見に、ね?」

「ずいぶん帰りが遅いと思ったら……、のんきにかき氷の食べさせあいですか?」

「おっと、急用を思い出した。騎士団のメンバーと会う約束をしていたような、していなかったような……、では、サラバだ!!」

 ああッ、ズルいぞセツナ、窓から飛び降りるんじゃない!! こうなれば、私も逃げるしかない!!

 セツナに続いて窓から飛び降りようとした私だったが、アリスに肩をつかまれた。一歩遅かった……。

「正座しなさい」

「はい」

 逆らわないに限る。この時の私は恐怖心に負けてしまった。

 



 最終的にはアリスともかき氷の食べさせっこをした。何でだろう?

 あ、キーンと来た!!

「あの、僕はまた寝てもいいでしょうか……?」

 好きにしたまえ、少年。







「彼女がノスフェラトゥを倒したニンゲン……か?」

 何処かの空間、闇に浮かび上がるニンゲンの姿をしたモノがいた。

 その何モノかが見つめる空間、そこには御前試合の様子が映し出されていた。

 見つめる先に映し出されていたのは、セリーナ・ロックハートと紹介された銀髪の女性と、その仲間たち。

「銀髪の女、彼女もそうだが、後は黒髪の少年くらいか、候補に挙げられるのは」

 何の候補に挙げられたのだろうか、二人は。

「もう一人、銀髪の女の近くにいた黒髪の女も候補に加えてもいいが、彼女では足りぬだろうな。まあいい、一人だけいればいい。あの銀髪の女か、黒髪の少年……、純粋さで言えば黒髪の少年の方がいいか? いや、銀髪の女もやはり捨て難い」

 独白は続く。

「このくだらない世界に降り立ち、幾年過ぎたであろうか? 星の海へ帰る手段はある。だが、“核”となるエネルギーに魔力を選択したは間違いであった。それだけの魔力を持つ者を見つける事が難しかった。しかし、彼らのうちどちらかなら、一人だけで十分だ。一人いれば私が星の海へ帰る事が出来るだけのエネルギーを生み出す事が出来るだろう」

 漆黒の闇の中、浮かぶ笑顔は何を意味するのだろう?

「私が星の海へ帰る為、貴様たちには尊い犠牲になってもらおうではないか……!!」

 何モノかが見つめるは、映し出された人間たちか、それともこの星か。

「私が星の海に帰る暁には、この星の大掃除もしてやろうじゃないか……!!」

 漆黒の闇の中、嘲笑だけが響き渡った。その何モノかの嘲笑を止めるモノはこの空間にはいなかった。


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