御前試合二回戦です。
何故私は正座させられているのだろう?
「昨夜、何処へ行っていた?」
何故そんな目つきで私を見下ろしているのだ、セツナよ?
「何処へ行っていただと? 二人に挟まれて抱き枕にされていたではないか? その状態で何処へ行けるというのだ?」
全く、いったい何を言っているのだろう? 確かに目覚めた時には私は二人とは別のベッドに寝ていたが。二人は二人で暑苦しそうに寝ていた。
「昨夜の事、何も覚えていないと言うのか?」
「何も覚えていないけど?」
どうやって私は二人の間から抜け出したのだろう? あの二人から簡単に抜け出せるとは思えないけれど。
「昨日、何時に戻って来たのか覚えていないの?」
マーガレットは何を言っているのだろう? だいたい、何処にも行っていないのに、どうやって戻ってくると言うのだ? そう言えば、何だか寝不足な気がするけれど。
「? ……ずっと、この部屋に居ただろう?」
「本当に覚えていないの?」
「だから、さっきから何を言っているんだ?」
おかしいのは、私なのだろうか?
「覚えていないのなら、しょうがない。もうこれ以上問い詰めてもどうにもならないだろう。口を割るトカ割らないトカ言う以前に完全に覚えていないようだ」
溜息を吐くセツナ。なんだ、私を残念な子を見る目で見下すんじゃない!!
全員で朝食だ。もう、おなじみの光景になってきたな。
「今日こそ、今日こそ僕の頑張っているところを見てくださいね、セリーナさん!!」
朝から暑苦しいと感じてしまった私が悪いのだろうか? まあ、まだ足の痺れが残っているんだよね。それがきっと悪いんだ。
「今日は、誰と対戦だ?」
「まず、ゲーサンとです。勝てればジンさんとの対決になります」
「ゲーサンとか……。うん、今日は見ようじゃないか。アキヒコがどのくらいの腕前なのか、しっかりとこの目で確認しよう」
ゲーサン相手なら勝つのは難しいとは思うが、しっかりと見ておかないとな。私の騎士になると言うなら、実力を見極めないとな。ノスフェラトゥの時は、相手の実力もたいしたことなかったからなあ。しかも、しっかり熟睡しちゃったし。
「遂に、遂に僕の願いが……」
おいおい、この程度で泣いてどうするんだ? ゲーサンに勝ってから泣けよ。
「しかし、今朝はなんだか外が騒がしいですね。いったい何があったのでしょう?」
レティが何度も外を見ている。何か騒ぎがあったみたいだな。
「銀髪、貴様は何も知らないかね?」
「何かあったのか?」
おかしいな、セツナやマーガレットに続き、蜥蜴丸まで私を疑っているのだろうか? 私は昨夜、セツナとマーガレットに挟まれ、ぐっすり眠っていたぞ?
「なんでも、昨夜コンラッド公爵家とやらに蝶人が現れたそうですよ。蝶人って言うのは、本人がそう名乗ったそうで、実際何という名前かは分からないそうです」
説明ありがとう、アリス。蝶人……ねえ、何だか嫌な予感はするけど、私には何の関係もないもんね。
「ああ、次勝っても、ゲーサンかアキヒコ少年か。次の相手は大したことなさそうだったからなあ」
ジンは憂鬱そうだ。まあ、ジンに勝てる冒険者や騎士など、そう多くはいないだろうし、ジンに勝てそうな騎士や冒険者で今回の御前試合に出場しているのは私とゲーサン、アキヒコくらいだもんなあ。
「頑張ってね、ジン。私の為にも」
「お、おお」
やっぱり以前のワーキャットコスプレの効果がまだ残っているのだろうか? ジンのマーガレットに対する態度は少し柔らかくなってきている気がするな。
「む、二人がいい雰囲気になっている気がするな。おいおい、もしかして私はボッチへの道を進もうとしているのではないか? まあいい、私にはセリーナがいるしな」
「え?」
「ダメですよ、セツナさん。セリーナさんは私のなんですから」
「え?」
なんで、アリスとセツナははりあっているのだろう?
「何言っているの? セリーナさんは僕のですよ」
「アキは黙っていて!!」
「アキヒコ君、いくら君でもセリーナは渡さないよ?」
何だ、この三人? 何で睨みあってるの? もう、めんどくさいなあ。
「ゲーサン、そのトロピカルジュース、私にもくれよ」
現実逃避しよう。ゲーサンから貰ったトロピカルジュースを一気飲みした。むせた。
御前試合二回戦が始まった。
最初の試合は、激戦だった。息をするのも忘れる展開、とでも言えばいいのだろうか?
最初の数合の打ち合いは、そこまでのモノではなかった。その後はどんどん二人ともスピードが上がっていった。
午前十時から始まった二人の剣舞は、十一時を過ぎる頃には、そのスピードについていける者はほとんどいなかっただろう。リングへ通じる通路に控えている私やジン、アリス、蜥蜴丸、それにセツナやマーガレットくらいだろう。まあ、他にも何人かはいるだろうけど、私はそいつらを知らないからな。団長やダーレス卿くらいかな、私が知っているのは。
試合が急展開を迎えたのは、午後一時を過ぎた頃だった。もはや、私ですら何が行われているか分からなくなった。打ち合いから一時離れた二人だったが、ゲーサンがいきなり武器をアイテムボックスに収納し、リングを降りて、何処かへと向かった。
「?」
アキヒコも何が起こったのか分かっていないようだった。
暫く待ってもゲーサンがリングに戻ってくる事はなかった。困惑していたレフェリーだったが、結局はアキヒコの勝利を告げた。そして、アキヒコは力尽きてその場に倒れた。
「ゲーサンは何を考えたんだ?」
「クカカカ、腹が減ったのだろうよ」
私の疑問に答えたのは、蜥蜴丸だった。ああ、なるほど。
アキヒコは降りてこないな。レフェリーも困っているようだ。やれやれだな。
私はリングに上がり、アキヒコを肩に担いでリングから降りた。ん? なんだかよく分からないけど、観客席から声援が上がったな。アキヒコ、みんな君の剣技に感動してくれたのだろう。誇りに思うがいい。流石私の騎士になる男だな。
「出遅れた……。私がアキを担いでリングから降りる筈だったのに……」
「ふふふ、流石セリーナ。出番を心得ているじゃないか」
「何言っているんですか、私をおさえているじゃないですか。いい加減離してくださいよ」
何をやっているのだろう、セツナとアリスは? まあいい、アキヒコを休ませてやらないとな。私の膝枕など、どうだろう? 無理だな、ジンの試合はすぐに終わりそうだ。その次は私の試合だからな。
アキヒコを控室に送り届けた後、すぐに私はリング近くの通路に戻った。アキヒコはクリスに預けている。男の子だもんな、クリスで十分だろう。
リング近くの通路に戻った時には、既にジンの試合が終わっていた。結果は予想と違わず、ジンの勝利だった。まあ、当然だな。
さあ、私の試合が始まる。気合入れていかないとな。
二回戦の相手は、私と年のそう変わらない少女だった。年下かな、もしかして?
栗色の髪の毛の、これまた栗色の甲冑に身を包んだ少女だった。腰のあたりと首のあたりで赤色のリボンが揺れている。む、私よりファッションセンスがありそうだ。
「アズライール・サイード。Bランク冒険者。かの高名なセリーナ・ロックハートと一騎打ちが出来るなど、光栄だな」
自己紹介をしてきたぞ。むむ、可愛い声をしている。もっと、この声を聞きたいものだな。そうだな、ベッドの上で……おっと、セツナが私を恐ろしい目で見ているぞ、何故だろう?
武器をアイテムボックスからとりだした。大きな鎌だ。おいおい、そんな大きな武器を簡単に振り回せるのかな?
「アズライール……死を告げる天使、という意味もあるそうだ。だから、今日私が貴女に勝った暁には、その命、貰い受けるとしよう。なんてね」
おお、この緊迫した場面でウインクしながら冗談が言えるだと? ますます気に入ったね。しかし、告死天使か……、見た目は天使と言ってもいいのになあ。もしかして、彼女は厨二病なのだろうか? まあいいさ、向こうが勝ったら私をどうこう、なんて言うのだったら、こちらも対抗してやろうじゃないか。
「なら、私も条件を出そう。そうだな……、私が勝ったら、私の友達になってもらうぞ!!」
ん? なんだか変なアクセントで喋ってしまった気がするな。
「も、所有物にするだと……?」
なんでそんなに顔を赤くしているんだ? 変な伝わり方をしたのかな? まあ、国が違うんだからきっと、アクセントが違ったんだろう。後でまた説明すればいいだけだ。
私はアイテムボックスの中から木剣をとりだす。お互い、武器に魔法をかけてもらい殺傷力を抑える。さあ、試合開始を待とう。
「試合開始!!」
レフェリーの声と同時に、アズライールが突っ込んできた。どうでもいいけど、アズライールって長いな。なんか、いい愛称はないかな?
大鎌が振り下ろされた。私の左首筋から、右腰に抜けるように。殺傷力を抑えていなかったら、斜めに真っ二つになっていただろう。当たれば、だがね。
大鎌を振り下ろした。しかし、一切の手応えがなかった。視界の何処にも、銀髪の戦乙女の姿はない。
何処だ、何処へ消えた?
「なかなかにいい、太刀筋だ……太刀筋って言うのかな、この場合?」
のんきな声が聞こえてきた、後ろから。顔だけ後ろに振り向けると、大鎌の刃先の上に銀髪の戦乙女が立っていた。体重を感じさせないとは……。武器となる木剣は、右手に持っている。構えているとはとても言い難い。ただ、持っているだけだ。
「さあ、続きと行こう」
刃先に体重を伝えるようにして、後ろへ飛び下がる戦乙女。
どうやって、大鎌の刃先に体重を感じさせずに飛び乗っていたかは知らないが、飛んでいる以上、必ず着地する。その瞬間を狙えばいいだけの事だ。
着地する寸前、戦乙女の腰を薙ぎ払うように、大鎌を振るった。しかし、またも手応えがなかった。
何処だ、何処に行った?
気配すら感じられない。大鎌を軽く振るってみたが、誰かが乗っている感覚も感じられない。
視界には見当たらない。振り向いてみたが振り向いた先にもいない。
「ここだよ、アズにゃん」
両肩に手が置かれると同時に、耳に息が吹きかけられた。
「~~!!」
息を吹きかけられた瞬間には左手で裏拳を放ったのだが、裏拳もまた、空をきった。
裏拳が空をきったと思ったら目の前、至近距離に戦乙女の顔があった。
「やあ、アズにゃん、私の友達になってよ」
「私を、アズにゃんと呼ぶな!!」
そうやって、ずっとからかわれてきたんだ!! イヤナ記憶が蘇ってくるじゃないか!!
右腕に握った大鎌で何とか斬ろうとしたのは、判断力を失っていたからかも知れない。微動だにしなかった。
空をきった左手は彼女の右手で握られ、大鎌を握ったままの右手首は彼女の左手に包まれていた。
「ミュージック、スタート」
彼女が呟くと同時に、会場内に舞踏音楽が流れ始めた。
「なんだ、これは? セリーナ・ロックハート、これが貴女の魔法か?」
「ううん、科学だよ」
真剣に質問したのに、変な答えが返ってきた。
そして、彼女に導かれるままに、舞踏会で踊るダンスを踊らされた。
「降参する? それとも、私の友達になる?」
「さ、さっきはモノになれ、と言っていたではないか!?」
「ゴメン、それは単なる伝え間違い。さあ、どうする? 負けを認める? それとも、私の友達になる?」
「それは、どっちも同じ意味ではないのか?」
首を傾げる戦乙女。私より一歳上だと言う話だが、私より幼く感じる時もあるな。
「アハハ、そうだね。じゃあ、質問を変えるね。負けを認めて、私の友達になる? それとも、まだ抗ってみる?」
大鎌が私の右手からまだ離れていないのは、絶妙な力加減で彼女の左手が私の右手を抑えているからだ。彼女がその気になれば、私の右手首など粉砕できるだろう。
「なんで、私と友達になりたいんだ?」
これだけは質問しておかないとな。
「アズにゃんが可愛いから」
「可愛い?」
「ストライクゾーンど真ん中」
ストライクゾーンとは、何だ? だが、このまま続けても勝ち目などない。四曲も踊っていられるか!!
「……負けを、認める。降参だ!!」
レフェリーにも聞こえるように、降参を告げた。
「えー、あと一曲くらい踊ろうよ」
至近距離で言うな!! お、おでこをくっつけるんじゃないッ!!
二回戦も、勝ち上がった。いやあ、可愛い子ともお友達になれたし、満足だ。
凄く顔を赤らめて私が泊っている宿屋を聞いてきたけど、いったいなんでだろう?
ま、いいか。アリスの試合がもうすぐ始まる。次の相手になるのは、アリスだろうからね。彼女の強さをしっかりと見ておかないと。
アリスの試合を見ておきたかったんだけどなあ。何故、私は朝に引き続き正座をしているのだろう? しかも、控室で。
「御前試合でナンパするとは、いい度胸をしているな、セリーナは」
「ナンパじゃないぞ、お友達になろうとしただけだ」
セツナは何で怒っているのだろう?
「ほう、お友達にねえ、じゃあ何でアズにゃんだなんて呼び出したんだ?」
「アズライールって、呼びづらかったから」
それ以外に、特に理由はないぞ? アズにゃんって、天啓のようにひらめいたんだ。
「セリーナには、私がいるのに……」
大切な友達の一人だよ、セツナは。
その日、アキヒコがなかなか目覚めない為、準決勝以降は翌日に持ち越しになった。
そんなんでいいのか、御前試合?
その事を控室に係の者が伝えに来たが、足の痺れに涙目になってセツナの腰にしがみついていた私を見て顔を赤らめて去っていった。
誤解されたか? でも、足が痺れて立てないんだ。
……熱のこもった視線で私を見るなよ、セツナ。




