何が人の逆鱗に触れるか分からないものです。
「ああ、星が綺麗だ。まるで心が洗われるみたいだ。そうは思わないか?」
「にゃう?」
私の問いかけにお腹の上で丸くなっているクリスはまともに答えてくれなかった。猫に人語で答えを期待するとは、私も結構追い詰められていたのかもしれない。
眼前に広がるは、満天の星空。眼前って言っても、かなりの上空だけれど。
「なーに、ポエマーぶってるんですか? 皆、探していますよ」
愕然として視線だけを向けたら、視線の先にはアキヒコがいた。
「聞いていたのか?」
「聞かせていたんじゃなかったんですか?」
団長の家、屋上で寝転がっている私の横に腰をおろすアキヒコ。
「さっきは気付いていなかったんだ。クリスに話しかけていたんだぞ、私は」
「僕が後ろに来たのに気付いて声をかけたんだと思いましたよ。……皆、探していますよ。部屋に戻らないんですか?」
「皆に頼まれてここまで来たのか? 今日は部屋には戻らない。他人のコイバナ聞くのですらキツイのに、何故自分のコイバナを他人に話さなければならない? 友人であっても、踏み込んで欲しくない領域ってものがあるんだ」
カッコつけて言ってみたが、要は自分のコイバナなど人に話したくないだけだ。他人のコイバナなら多少の興味はある。私だって女だからな。でも、他人のコイバナだって他の人間(一般的な女性に比べれば)よりは興味はない。
参加して集中攻撃を受けるなど、私の精神力が持たない。
「だからって、屋上で寝転がりますか、普通? 今日は雨降りそうにないけれど」
ぶつぶつ言いながらも私の左横に寝転がるアキヒコ。
「君は私を皆の所に連れ戻そうとしてきたんじゃないのか?」
左側に眠るアキヒコに問いかけてみる。そのつもりと言われても、私は断固断るがね。
「セリーナさんが本気で嫌がっている事を僕がするわけないでしょう?」
なんだか嬉しいセリフを言ってくれるなあ。
「なあ、アキヒコ、レムリアで見る星空とこうして帝都で見る星空、どっちが綺麗だ?」
レムリアで見る星空の方が、空気が澄んでいる分綺麗なのかもしれないな。
「セリーナさんと一緒に見る星空が一番綺麗ですよ」
近頃の十五歳は言う事が凄いな。
「何でそんな歯の浮くようなセリフをさらっと言えるんだ?」
「歯の浮くような、って……、素直に思った事を言っているだけなのに……」
「終いには星空より君の方が綺麗だよ、トカ言いだすんだろ?」
「セリーナさんが言って欲しいって言うなら、言いますよ。星空より、セリーナさんの方が綺麗ですよ。心からそう思っています」
か、顔が真っ赤になっていくのを感じる!! ヤバイってこれは。自分から話題をふっておいて、その通りにされて赤面するとは……。
「あ、アキヒコ、君は誰にでもそんな事を言っているんじゃないだろうな?」
「誰にでもなんて言えるわけないじゃないですか。このセリフ、結構言うの恥ずかしいんですよ!!」
言われる方も恥ずかしいよ!!
「あ、アリスにも言っているんだろ?」
「い、言いませんよ。だいたい、そんなシチュエーションになった事がないですよ」
ふーん、そうか。もしかして、アリスに対しては一歩リード、かな? まあ、この程度でリードしているとは言い難いけれど。だいたい、アリスの方はいつも一緒にいるんだ。あっちの方が有利なんだよね、絶対。
少しくらい、いいよね……。
左手でアキヒコの右手を握る。少し、ビクッとされたけど、握り返してきてくれた。
さっさとくっつく、なんて出来そうにない。だから、こうして少しずつ近付いて行ければ。
アキヒコとクリスと一緒に屋上で寝転がって見上げる夜空は、騎士団の宿舎のベッドに寝そべって見上げる夜空とは違う気がした。
「ああ、星空が綺麗だ」
瞳を閉じても、星空が瞼の裏に焼き付いているようだ。
今晩は雨も降りそうにない。こうして、少し眠ろう。ああ、アキヒコ、隣に君がいるだけでなんだか安心して眠れそうだよ。
僕の右側から規則正しい寝息が聞こえてきた。クリスの寝息かな、と思ったらセリーナさんの寝息だった。
警戒されていない……? 友人としてなら嬉しいのだけれど、異性として意識されていないのではないかと思うと、少し悔しい。
右手はセリーナさんの左手で握られたままなので動かせない。右手を動かさないで、体だけ横向きにした。
綺麗なセリーナさんの寝顔だ。考えるだけで恥ずかしいけれど、セリーナさんの寝顔は僕にとっては満天の星空でさえ足元にも及ばない。それ程綺麗だと言えるのだ、僕にとっては。
左手でセリーナさんの目にかかる彼女の前髪を払ってみた。
「うん……」
起こしはしなかったかな? しかし、何でこうも無防備に眠れるのだろう?
さっきも考えたけど、異性として意識されてないのだろうか? 僕は、夏からずっとセリーナさんの事ばっかり考えているのに……!!
ふと、視線がセリーナさんの唇にひきつけられた。
夏の終わり、たった一回のくちづけだったけれど、未だ僕の記憶から抜け落ちる事はない。
今なら、キ、キスしても大丈夫じゃないかな? い、一回くらい……。
僕は、決意を固めてセリーナさんの顔に自分の顔を近付けた。
「何をしようとしているのかな、アキ?」
恐ろしい声が聞こえた。まるで、地獄の底から僕を呼ぶような……。
おそるおそる顔をあげる。しまった、屋上に続く扉の鍵を閉めるのだった。もっとも、屋上側から鍵はかけられないのだけれど。
「若さゆえの過ち?」
十五歳だもん。そりゃ、暴走しちゃうことも、あるよね?
「キスしようとしていたように見えたけど?」
「セリーナさんの寝顔が綺麗で、つい」
「ふうん」
セリーナさんの寝顔を見おろすアリス。この状況下でまだ寝ているようだ。よく気付かないな。
「まあ、未遂だからいいでしょう。セリーナさんめ、抜け駆けするなよ、と、あれ程言っておいたのに、足が痺れて聞いていなかったのかな?」
アリスさんが、いや、アリス様が何かをぶつぶつとおっしゃっている。触らぬ神ならぬ触らぬアリス様にタタリなし。
「アキ、寝る時は客室で寝なさい、降りるわよ」
「はい」
僕は、残念ながらこれ以上ここにはいられそうにない。セリーナさんの手を離し、屋上から出ていく事にした。ああ、ヘタレな僕よ。アリスはセリーナさんのお腹の上からクリスを回収して、僕に続いて屋上を出て行った。
今日は、この悶々とした思いを胸に抱き、眠ろう。
「怖かった……」
もう少しで、アキヒコがキスしてくるところだったのに!! アリスに邪魔された。ちくしょう!!
寝たふりを暫く続けてみたけど、たぶんアリスにはバレバレだったよね? ま、まあいいか、うん。少し時間を置いて部屋に戻ろう。いや、部屋にはたぶんマーガレットとセツナがいるだろう。だから、部屋には戻れない。アイリーンの部屋にかくまって貰えばいいかな。
星空が綺麗な夜だ。
たまにはこういう日もあるさ。
一時間後、急に雨が降りだしました。土砂降りでした。
これはたまらんと思い、部屋に戻ろうとしたら、屋上へと続く扉は鍵がかかっていました。あ、アリスめえ!!
鍵を壊すのは、団長とティアさんに悪いと思い、そのままにした。
嗚呼、心までびしょ濡れだ。
膝を抱えて、雨に打たれるまま、私は夜を過ごしたのだった。
さっさと屋上から飛び降りれば良かった、そう気付いたのは夜が明ける直前だった。魔法で衝撃を吸収すれば、どうという事はなかったのに!!
冷暖房魔法のお蔭で何とか風邪をひかずにノーデンス王国への旅に出発する事が出来た。でも、二度と土砂降りの中を屋上で一人で過ごさないぞ。私は心に固く誓った。
しかし、馬車で約二週間の旅か。この旅でアキヒコとの仲が進展するかな? 淡い期待を持つ事は悪くないよね。
二日目の夜の事だった。今日は野宿になった。まあ、これだけのメンバーがそろっていたら、盗賊が出てもどうという事はないし、帝都も近いので、この辺りにはモンスターもほとんど出ない。旅人はここら辺では野宿する者も多い。
今夜の食事は焼きそばだった。うん、この焼きそば、美味いな。
「美味いな、焼きそば。こちらに来てからまったくと言っていい程食べていなかったから、懐かしい味だ。ご飯にも合うし、パンにも合う。うん、最高だ。今度パンを用意してもらって、焼きそばパンにしよう」
セツナは焼きそばに感動していた。彼女は料理の腕前はからっきしだったから、日本でよく食べていた料理をこちらに来てからはほとんど食べたことがないらしい。
「私は、カレーの方が良かったな。明日はカレーにしてもらおう」
「ああ、カレーもいいな。こうも懐かしい味を食べてばっかりいると、日本に帰りたくなるなあ」
ああ、セツナがホームシックにかかっちゃった。
「いや、やっぱり焼きそばと言えば、ペヤ●グ。異論は認めるよ」
「アキヒコ、貴様はダメだな。焼きそばと言えば一●ちゃん。これに決まっているだろうが」
アキヒコと蜥蜴丸が焼きそばに関して激論をかわしていた。
「なんの話をしているんだ、二人は?」
「いや、一番美味いカップ焼きそばは何だって話ですよ。ペヤ●グに決まっていますよね、セツナさん」
「一●ちゃんに決まっているだろうが、なあ、黒髪?」
蜥蜴丸はセツナの事を黒髪と呼んでいるようだ。
しかし、カップ焼きそばの激論は、恐ろしい“ナニカ”を呼び出してしまった。
「ペヤ●グだあ? てめえ、宮崎人をバカにしてんのか?」
「え? な、何が起こっているの?」
何故胸ぐらをつかまれ、自分の体が宙に浮いているのか理解できないアキヒコ。セツナの口調も変わっていた。あんなセツナ、今まで見た事がない。もしかして、日本に居た頃は不良だったのだろうか?
「え、あの、な、何で僕の体は浮かんでいるのでしょうか?」
「ペヤ●グが宮崎に売っていると思っているのか、貴様は?」
「ぜ、全国販売の商品ではな、ないのでしょうか……?」
セツナの目が怖いのだろう。全身がガクガク震えている。もしかして、骨まで震えているのかもしれないな。おい、蜥蜴丸、いくら怖いからって私の腰にしがみつくんじゃない。マーガレット、何で君は蜥蜴丸と反対側で私の腰にしがみついているんだ?
「キレてる、キレてるよセツナが。あの状態のセツナには逆らわない事にしているんだ、私。セツナが昔ブチキレてドリルの部屋を綺麗さっぱり跡形もなく消し飛ばした時によく似ている」
ドリルって誰? 声が震えているぞ、マーガレット。もしかして君も骨まで震えているのか?
「私がまだ日本に居た頃は宮崎では売ってなかったんだよ!!」
「す、すみませんでした!!」
「カップ焼きそばと言えば、UF●焼きそばに決まっているだろうが。異論は認めてやろう」
ようやく解放されるアキヒコ。
「まったく、何もわかっていないな。民放二局しかないと思ってバカにしているのか?」
「スミマセンでしたぁ!!」
土下座に移行するアキヒコ。今のセツナに逆らってはいけない、と理性ではなく感情で理解したのだろう。ああ、私もマーガレットと蜥蜴丸にしがみつかれていなければ、土下座していたかもしれない。勝負しても勝てるだろうけれど、そういう問題ではない。まあ、今のセツナ相手にしたら私は恐怖心で体が動かないだろうけれど。
「東京から転校してきた奴もそうだった。民放二局だからといって、“文明鎖国”だの、“陸の孤島”だの言いやがって……!!」
きっと、昔バカにされ続けたのだろうなあ。郷土愛など芽生えていなくても、自分が住んでいるところをバカにされ続けるのは気分がよくないからなあ。
「宮崎はいいところなんだよ!!」
私たちは全員、セツナの前では宮崎の事をバカにするのだけはやめようと、心に誓い合ったのだった。もっとも、宮崎の事など知っているのはたぶん、蜥蜴丸くらいだろうけれど。
旅は続く。アキヒコは出来るだけセツナの機嫌をとるように行動を続けたが、セツナはセツナで何故こうもアキヒコに恐れられているのか、分からないようだった。
旅の間、いっさいぶれなかったのはゲーサンだけだった。




