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セリーナ・ロックハートの大冒険  作者: 折れた羽根 しおれた花
第二章 寂しさは秋の色~apocalypse autumn~
36/69

君は黒髪派か?

「目覚めのいい朝だね」

「ああ、久しぶりに熟睡した気分だ。安宿ばかりを利用してきたからだろうか?」

「何言っているの、セツナ? 違うでしょう? 久しぶりにセリーナを抱き枕に出来たからじゃない」

「ああ、それもそうだな。久しぶりにセリーナ分を補給出来て、私は幸せだ」

 私を抱き枕にしているこの二人は、朝から何を言っているのだろう? 心なしか肌が艶々している気がする。私分の補給が出来たからだろうか? そう言えば昔から「セリーナ分」がどうのこうの、言っていた気がする。学生時代、何度か抱き枕にされた記憶があるなあ。

 しかし、暑い。そして、狭い。シングルベッドで三人寝ているのだ。暑くて当然、狭くて当然だ。

 私は二人をベッドから追い出し、二人に与えられた客室にそれぞれ叩き込んでから、着替えをする事にした。そろそろアイリーンが朝ご飯だよ、と迎えに来てくれる時間だ。今日は朝食をとったら、行動開始だ。

「セリーナお姉ちゃん、朝ご飯だよ」

 少し寝ぼけ眼の天使と一緒に洗面所で顔を洗い、食堂へ向かおう。ふふ、久しぶりの再会に彼らは何と言ってくれるかな? 早すぎる? それとも、嬉しい? 出来れば後者がいいな。


 朝食の席に団長の姿はなかった。何でも色々と準備しなければならない事があるので、すぐに仕事へ向かったとの事だ。だから、二人を連れてノーデンス王国へ向かうのは早くて明日になりそうだ。

 なら、私はその前にある程度の準備をしないといけないだろう。まずは、レムリア辺境領に向かわないとな。

 団長がダーレス卿へ手紙を書いてくれていた。ティアさんから受け取って転送装置の方へ向かう。二人は、驚いてくれるかな?


「これは、何だ? まったく見た事のない機械だが……」

 セツナが目を丸くしている。私と違いクールキャラ(?)なセツナがここまで驚きを前面に出しているのは珍しいのではないだろうか。まあ、私も実際はセツナに負けず劣らずクールキャラだが。

「セリーナ、貴女今何か変な事を考えていない?」

 おかしいな、表情には出していない筈なのに。

 今、私たちは転送装置を前に、マーガレットとセツナの登録を行っているところである。蜥蜴丸が設置したというこの転送装置は、個人情報を登録しなければ動くことはないという話だ。悪用やら誤用やらを防ぐためらしい。そうは言うが、今ではクリスが一人(というか、一匹)で起動して遊びに来るくらいだから、何とも言えないな。

 もっとも、個人情報の登録など、機械に掌をあてて数秒で終わる。冒険者登録に血液が必要な冒険者ギルドでの個人情報の登録より遙かにスピーディーだ。

 二人の個人情報を登録し終わり、装置の中央に三人並んで立つ。

「おい、大丈夫なんだろうな、この機械は?」

「セリーナ、大丈夫でしょうね、この機械? 変な事は起こらないわよね?」

 心配性だなあ、二人は。

「クリスが一人で行ったり来たりするくらいだから大丈夫だよ。クリスが設定を変な風に変えていたりするとは思えないし。向こうも今、転送装置を使用はしていないみたいだし」

 蜥蜴丸曰く、同時に使用したら何が起こるか分からないとの事。それ故、どちらかで転送装置を利用している場合は部屋のランプが回転する事になっている。何故、回転するランプの色が赤色なのかは分からないが。「緊急時の基本は赤」とは、蜥蜴丸談だ。

「じゃあ、行こうか。レムリア辺境領へ」

 夏が終わってから、私もまだ向こうへ行っていない。向こうからも来たのはクリスだけだ。少なくとも、私が会ったのは。

「待て、心の準備が……」

「変なところに飛ばされたりしないよね?」

 いつまでグダグダ言っているんだ? これではいつまで経ってもレムリアに向かえないではないか。私は二人を放っておいて転送開始ボタンを押した。

「では、ポチッとな」

 この台詞は、よく分からないが必要らしい。蜥蜴丸に使用上の注意として力説されている。考えるまでもなく、クリスがこの台詞を言っている筈ないのだが。まあ、深く気にしたら負けだ。きっと、様式美か何かなんだろう。ふふ、私は付き合いのいい女なのだよ。

 そして、私達をまばゆい光が包み込んだ。

 転送が始まる。


 


転送は終わった。

 古代遺跡(死者の都ブリュージュ)の調査の後、と言うよりはノスフェラトゥ撃破の後、約一週間の休暇で何度か利用しているからな。勝手知ったる感じで私は転送装置のある部屋の扉を開けた。二人について来るように促しながら。

 扉を開けた先、廊下にちょこんと座るクリスを見つけた。転送装置が起動しているのを確認し、部屋の前で待っていてくれたのだろうか?

「おいで、クリス」

 私の言葉にクリスが腕の中に飛び込んできた。よかった、昨日の事をまだ怒っているというワケではなさそうだ。

 皆が揃っているかな? 揃っているといいな。




 クリスが私たちの前を歩く。まるで、ついてこいと言わんばかりに。

 動かないでいると振り返って「にゃっ」と鳴くのだ。ついていくしかあるまい。

「セリーナ、猫に操られていない?」

「心配だな」

 うるさいぞ、そこ。

 やがて、食堂に辿り着いた。全員居た。ダーレス卿にエミリアさん、アキヒコにアリス、レティ。そして、夏の終わりには出会わなかった金髪の少女。白いゴシックロリータ服(だったかな?)を着ている。彼女には何故か懐かしさを感じてしまう。以前、何処かで会ったかな? ついでに蜥蜴丸とゲーサン。

「銀髪、貴様今ワガハイをついで扱いしなかったかね?」

「気のせいだろう」

 鋭いな、こいつ。寂しがり屋なだけあって、人の心の動きには敏感なのかもしれないな。

 エミリアさんに促され、テーブルにつく。マーガレットとセツナも同様に。

「よく来たな、セリーナ。だいたいの話はアイツから聞いている。ノーデンス王国に向かうつもりかな?」

「ええ、そのつもりです。団長から聞いたという事は、昨日のうちにやって来たんですか?」

「ああ、アキヒコ達を借りたい、と言って来たよ。どうする? 朝食後くらいに来るだろうと思ってこうして皆集まってもらったというワケだ」

 だからか。私が食堂に入って来ても誰一人驚いた表情を見せなかったのは。反応が見たかったのに!!

「その二人がマーガレット・ノーデンス殿下にセツナ・ロウラン殿かな? 悪いが公的な場ではないのでね。年下の友人と話すくらいのつもりでこちらは話をさせてもらうよ。いいかな?」

「構いません。お忍びで国外を旅しているというところなので」

「私も同様にお願いします」

 む、先程からアキヒコがセツナをチラチラと見ているぞ。美人なら誰でもいいのか、アキヒコは?

「さて、アイツから話は聞いているが、セリーナ、君から直接聞きたい。ノーデンス王国に向かうのだろう? アキヒコ達を連れて行きたい、そういう事かな」

「是非」

「それは、何の為に?」

「御前試合で優勝する為に」

「欲しいのは、商品かい?」

「ただ、友の為に」

 偽らざる私の心境を述べる。そう、優勝賞金に興味がないワケではないが、それは別にどうでもいい。御前試合自体に私は興味がないのだから。御前試合に出るとすれば、ただ友が不幸にならない為に。友を不幸にさせない為に。

「……そうか。ならば、いい。私からは許可は出そう。ただ、本人たちが嫌がれば話は別だ。後は君たちだけで決めてくれ」

 ダーレス卿からの許可はとれた。

「エミリアさんも、よろしいでしょうか?」

「ちゃんと無事に帰してくれるのでしょう? それなら、いいわよ」

「お約束しますよ」

 エミリアさんの許可もとれた。はっきり言ってダーレス卿よりエミリアさんの許可がとれた方の安堵感の方が大きい。

 さて、皆の説得にあたらないとな。


 ダーレス卿とエミリアさんは後は若い者同士で決めろと言って食堂を出て行った。

「久しぶり、みんな。一人はじめましての人がいるかな。ええと、そうだな自己紹介をしよう。私の名はセリーナ。セリーナ・ロックハート。よろしく」

 金髪の少女に右手をさしだす。握手に応じてくれるかな?

「リリス、じゃ。よろしくな」

 応じてくれた。嬉しいな。名字はないのかな?

「二人を紹介するな、皆。こちらの金髪の女性がマーガレット。マーガレット・ノーデンス。ノーデンス王国の第四王女だけど、私の友人だ。皆も私の友人として扱って欲しい。それ以前に、他国の王族に対する礼儀作法など、皆知らないだろう?」

 全員頷く。案外素直なのかな、それとも、私に合わせているだけだろうか? ああ、もちろん私も他国の王族に対する礼儀作法など知らないが。この国の皇族に対する礼儀作法も怪しくなってきたがね。

「で、こちらの黒髪の女性がセツナ。セツナ・ロウラン。ノーデンス王国の騎士だ、一応。こっちの女性も私の友人だ。皆、よろしく頼む」

 お互いに自己紹介をしだした。

「挨拶も終わったな。ところで、皆ダーレス卿からどの程度聞いている?」

 流石に最初から話すのはめんどくさいなあ。

「だいたい聞いていますよ。御前試合ってのに出場して、僕らのうちの誰かが優勝してしまえばいいんですよね? 腕試しの場にもなります。僕は参加しますよ」

「そんな事よりアキヒコ、さっきからセツナをチラチラ見過ぎだ。君は、アレか? 美人なら誰でもいいのか? それとも、黒髪派か?」

「何言っているんですか? 僕はしいて言うならセリーナさん派です。セツナさんって、名字の響きが日本人みたいに聞こえるんですよね。こっちの世界で似たような名字はありますけど、ローランとか、ローランドですから」

 セ、セリーナさん派、だと……? むむむ、何でそんな事を恥ずかしげもなく言えるんだ!! ちょ、ちょっとセツナに嫉妬した私がバカみたいじゃないか!!

「ニヤニヤ見るな、セツナ」

「イヤなに、可愛いセリーナを見れて満足だよ、私は。ああ、君が考えている通り、私は日本人だ。召喚魔法とやらでこちらに来てしまってな。まあ、色々あった後、マーガレットに拾われて、今まで友人関係を続けてきたんだ」

「日本人、ですか……。日本に帰りたいとか、思わないんですか? 僕は天涯孤独の身の上だったし、向こうに親しい人間もいなかったので、ここで生きていく事に何の不都合もないのですが」

 皆の目がセツナに集まる。

「君も日本人、か。帰りたくないと言えば嘘になる。でも、帰る方法は見つからなかった。もう、こちらに来て六年くらいになる。半分諦めているところだ」

 二人は同郷、か。そう言えば昨日チキン南蛮に物凄く感動していたな。

「本当に帰る方法は見つからなかったのですか?」

 アリスが手を挙げて質問した。こちらに呼ぶ魔法があるのなら、あちらに帰す魔法があってもおかしくはないのだろうが。

「ない。少なくとも私の調べた範囲では。ミスカトニック騎士養成校にある魔法関連の資料、ノーデンス王国にある魔法関連の資料。調べつくしたよ。私を召喚した魔道士はたっぷり絞ってあげたが、奴も帰す方法は知らない。それどころか、成功するかどうかも分からない状態で、実験がしたくて召喚魔法を唱えたら私が召喚されただけなんだから」

 セツナの拳が固く握りしめられる。拳から、赤い血液が流れ出した。

「唯一感謝すべきは、召喚魔法に召喚者への服従などの術式が組み込まれていなかった事だろう。そのおかげで私は召喚した魔道士を後々半殺しにする事が出来た」

 おいおい、凄い事をサラッと言ってのけたよ。

 でも、その手、痛くないの、セツナ?

 セツナの手をそっと包み込むマーガレット。優しく、宝物を扱うように。

「貴女は、この世界の事が嫌いかもしれないけれど、私はその魔道士に感謝すらしているよ。こうして、貴女と出会えてかけがえのない友人になれたのだから」

「マーガレット……」

 おいおい、見つめあって二人の世界に行かないでくれよ。ここは、私も参加するべきだろうか。その魔道士の実験のおかげで、私もセツナの友人になれたのだから。セツナと、マーガレットに出会えたのだから。

 私が友情の輪に加わろうか逡巡している間に、アキヒコから爆弾が放り込まれた。

「帰る方法、ありますよ」

「「「え?」」」

 セツナとマーガレットはおそらく、純粋な驚きで固まっている。口もポカーンと開けていた。

 そして、同時に間抜け声をあげた私は、友情の輪に加われなかった事を驚いていたのだった。


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