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セリーナ・ロックハートの大冒険  作者: 折れた羽根 しおれた花
第二章 寂しさは秋の色~apocalypse autumn~
35/69

チキン南蛮はソウルフードです。

 私への客? いったい誰だろう? はっきり言って団長の家まで訪ねてくる客に心当たりなどない。私への客なら騎士団の宿舎か、三番隊の執務室がある騎士団詰所に来ればいいのだから。

 しかし、ここ最近誰かに私への客が来た場合は、団長の家に案内をしてくれないかと頼んだ記憶がある。ああ、貴族区画の守衛さんに頼んだような記憶があるな。と、なると、私への客はあの二人、かな?

 期待を込めて応接室へと向かう。

 扉をノックする。三回だ。団長相手にふざけるのとはわけが違うのだよ。

「はい」

 ああ、記憶にある綺麗な声だ。私の想像は間違いではなかったようだ。

 扉を開けた先にいたのは、マーガレット・ノーデンスに、セツナ・ロウラン。同級生で、何度か冒険者としてパーティーを組んだ間柄の女性だ。

「久しぶり、セリーナ。また、綺麗になったわね」

「お邪魔しているよ」

 私は、二人の友人に抱きついた。再会の挨拶だ。同性だし、抱きついたっていいよね?

「にゃあうううう」

 私達に挟まれたクリスが悲鳴をあげた。


 機嫌を悪くしたクリスは部屋を出て行った。きっと、アイリーンと遊んでいるだろう。後でご機嫌取りをしなければ。

「ふふふ、猫が可愛くてたまらないって、手紙に書いてあったけど、その通りみたいね。クリスちゃんが部屋を出て行ってから、寂し気よ」

 からかうように私に声をかけたのはマーガレット・ノーデンス。肩より少し先まで伸びた金髪を首のあたりでリボンでくくっている。青いリボンだ。それは、彼女の瞳とよく似た色で――。

「ふふ、昔セリーナがプレゼントしてくれたリボンよ。覚えている?」

「ああ、覚えている。うん、覚えているよ。嬉しいな、まだ付けていてくれたんだ」

 私があげてプレゼントだ。同級生にプレゼントなどほとんどしなかった私だけれど、何人かにはあげたな。でも、確かこのリボンは……。

「確か、ジンと一緒に選んだやつだ。どんなプレゼントを渡せばいいか分からなくて、ジンに協力をお願いしたんだ。そうしたらあいつは、マーガレットの瞳と同じ色のリボンがいいだろうって」

「うん、後でジンから聞いた。嬉しかったな。貴女が私にプレゼントをくれた事も嬉しかったけれど、ジンが私の事をよく理解してくれているみたいで、嬉しかったんだ」

 む、のろけか? しかし、ジンの事をよく理解しているな。やはり、彼の事を好きだと言っていたのは本当のようだ。

「まあ、それはいいとして、手紙に書いてきたことは本当? 夏にジンと会ったって書いてあったけど」

 セツナはクールだなあ。この黒髪黒瞳、誰かを思い出すなあ。ああ、アキヒコだ。レティの黒髪黒瞳とは、少し違う気がする。どう違うのかと聞かれても違うと思うからとしか答えようがないのだけれど。

「ああ、ちょっと待ってて」

 部屋に行き、写真立てを持って戻る。どうでもいいけど、完全にこの部屋私の物になったなあ。いつからだっけ、この部屋を使いだしたのは? いつか思い出す日が来るのだろうか?

「ホラ、これ」

 私はみんなと一緒に写っている写真を見せる。ふふ、アキヒコと二人きりで写っている写真はまだ見せないよ。からかわれるのは好きじゃない。

「セリーナの恋人?」

「こんな無防備なセリーナを見るのは初めてかもしれんな。写真、だなこれは」

 間違えた!!

 二人から写真立てを奪いとり、部屋に戻る。まさか持ってくる写真を間違えるとは!!

 大急ぎで部屋に戻り、全員の集合写真を持って戻る。ああ、二人の記憶から消えてくれないかな、あの写真。

「こっち。こっちだから。さっきのは忘れてね」

「さっきのは、凄かったね。あんな満面の笑みを浮かべているセリーナを見たのはないんじゃないかと思わせるくらい綺麗な笑顔だったよ」

 忘れてくれてないじゃないか。

「しかし、セリーナ。さっきのは写真だろう? この世界に写真など無い筈だが……」

 ああ、そうだ、アキヒコを思い出してしまうのは、彼女がこの世界の人間ではないからだ。確か、誰かの召喚魔法か何かでこの世界に来てしまった、そう言っていたな、昔。

「そう、写真だよ。ほら、ここにジンが写っているでしょ?」

 話をそらさなければ……!!

「あれ、セリーナとジンの間に写っているのは、さっきの男の子じゃない?」

「本当だ。誰だ、この子は?」

「いいから、ほら、ジンが写っているでしょ?」

 話題を変えなければならない。

「でも、この子は……」

「そうだ、この子の事を教えてくれ」

 私は無言で応接室のテーブルに拳を叩きつけた。話題は、変えなければならない。

 高価たかそうなテーブルに無数のひび割れが走った。私が怒っている、いや、話題を変えたがっている事に気付いたのだろう。それ以上アキヒコの事が、さっきの写真が話題に上る事はなかった。助かった……かな?

「この二匹の蜥蜴は、何?」

「世界観が違う連中」

「おかしいな、日本にもこんな奴らはいなかったぞ」

 たぶん、普通の人間は彼らと接触する事無く人生を送ると思うよ。日本……セツナの故郷だ。こことは違う世界らしいし、日本に戻る手段は今のところ見つかっていないとの事だ。

「この写真、何処で撮ったモノだ?」

「レムリア辺境領領主の館」

「レムリア辺境領? ジンは今もここに居るの?」

「ううん、一緒に帝都まで戻って来たから、今は何処にいるか分からないよ」

 その言葉を聞いた瞬間、マーガレットが体をビクリとさせた。

「い、一緒に帝都まで戻って来た、だと……? な、何もなかったでしょうね?」

 何を驚いているのだろう……、いや、焦っているのだろうか?

「ジンと私の間で何かあるわけないじゃない」

「い、いや、分かってはいるのよ。分かってはいるのだけれど。男は狼だという言葉もあるくらいだからね。セリーナは美人なんだし、ジンが何かの拍子で目覚めないとも限らないじゃない」

「あいつがその程度で変節するくらいなら、マーガレット相手に堕ちていると思うがね」

 同感。

 夏の終わりの出来事をかいつまんで話す。もちろん、私が腕を斬りおとされたり、最後にアキヒコとキスしたりした話は省いているが。

 ちょうど夏の出来事を離し終わった後、部屋にノックの音が響いた。三回。私以外にドアのノックでふざける人間はもしかしていないのだろうか?

「どうぞ」

 私の返答に対してドアを開けたのは、クリスを抱いたアイリーンだった。

「父さんが帰って来たよ。母さんがお客様も一緒に夕食をどうぞだって」

「ああ、でも私たちはこれから近くに宿をとろうと思っているのだけれど」

「今日は泊っていきなさいだって。夕食の準備も済んでいるけれど……」

 マーガレットとセツナは顔を見合わせた。断ろうとしているように見えるのだけれど。

「泊っていきなよ、二人が泊っていかないと、私とアイリーンで大量に作られた食事を処理しないといけなくなる。それは出来れば遠慮したい」

 二人は再度顔を見合わせ、今度は了承の意を示した。助かった。




 団長が帰って来ていたので、久しぶりに四人そろっての食事になった。四人そろって? いつからだろう、そんな事を思うようになったのは?

 まあ、今日は四人ではなく、客人を交えての六人プラス一匹だ。

「チ、チキン南蛮ではないですか!?」

 テーブルに並べられたチキン南蛮を見て、驚きの声をあげるセツナ。

「ええ、セリーナがこの料理を気に入ってねえ。料理本を取り寄せて作るようになったのよ。何処か、違う世界の料理らしいのだけれど」

「おお。味付けも私好みです。向こうの味です。この甘めのタルタルソース、最高です!! ああ、懐かしい味だ。今日こちらにお世話になる事にして大正解だ。ありがとうございます!!」

 自分が異世界人である事を何の躊躇もなくバラシテおる。ちなみにこのチキン南蛮、この世界で広まっている料理ではない。おそらく、レムリア辺境領領主の館と、ここでしか食べられていない筈だ。料理本も“スペースリザー堂オンラインショッピング”で取り寄せたモノだ。一般社会に流通はしていない。

「喜んでもらえて嬉しいわ。作った甲斐があるというものよ」

 動じないなあ、ティアさんは。

「私がこの世界の人間ではないと知っても驚かないのですか?」

 どうやら、自分が異世界人だという事を伝えて反応を見たかったようだ。

「知り合いに異世界人いるからねえ。それに、団長うちのひとも、セリーナも一風変わっているから。多少違うくらいでは何とも思わないわよ」

 私が一風変わっている……? いや、変わっているのは団長だけの筈だ。私が一風変わっているなど、到底認められない。認めてはいけないのだ。

「変わっているのは団長……」

「変わっているのはセリー……」

 二人同時にほぼ同じ事を言おうとする。相手だけが変わっていて自分は変わっていないと言いたかったのだ。見つめあい、威嚇する私と団長。

「変わっているのは団長であって私ではないですよ」

「自覚がないのか? 変わっているのはお前。俺のわけないだろうが」

 お互いがお互いを威嚇しあっていて、残りのメンバーが呆れながら私たちを見ている事に気付かなかった。




 食後にアイリーンとティアさんを除いて、四人で集まった。食事の最後に私を含めて話があると団長に言われたのだ。クリスは転送装置を起動して一人で帰っていった。アイリーンはティアさんと一緒におねむだろう。

「ノーデンス王国第四王女マーガレット・ノーデンス殿下ですね? そちらは……」

「一応ノーデンス王国近衛騎士の役職に就いています。セツナ・ロウラン。友人でもあるマーガレット付きのものだととらえていただければ構いません」

 ふむ、と顎鬚を撫でながら考え事をする団長。

「お二人は、何の為にこの国へ?」

「人探しをしに。セリーナとも旧知の仲の人物です。彼女からその人と一緒に仕事をしたという話を聞きまして。それで、彼女に色々話を聞けないかと思い、彼女を訪ねてきた次第です」

 私の方に視線を向ける団長。私は同意を示す為に首を縦に振る。

「ふむ、ですがすぐにノーデンス王国に帰るがよろしかろう。人探しはこちらで手伝ってあげてもいいが、それどころではなさそうです」

「な……」

 テーブルの上に置かれた封書。

 それをセツナが受け取り、中身を確認する。

「これは、確かに戻らなければならないかもしれませんね」

 そう言いながら、マーガレットに渡す。

 マーガレットは封書に書かれた内容を見て、絶句する。顔が蒼褪めている。

「そ、そんな……」

 私も封書の内容を見てみた。

「えーと、何々……、ノーデンス王国では十一月の第二日曜日に御前試合武道大会を開催する。優勝商品は、一千万G。希望する者には、第四王女マーガレットへの求婚権を与える。求婚権に関しては独身者のみとする。もしくは、騎士団への登用と一時金。騎士団への登用を望む者は一千万Gに関しては若干金額が減る。優勝者が女性の場合はマーガレットへの求婚権はなし。妻帯者の場合も求婚権は得られないものとする」

 凄い事が書かれているな。

「そ、そんな……、私は、私を国家の道具にするつもり……? 今年を過ぎれば、王族の籍を抜けて平民になれる筈なのに。も、戻りたくない。知らない男の嫁になどなりたくない。私には……」

 蒼褪めたマーガレットを見て、わけありのようだと感じたようだ。

「そちらのセツナ殿が出ればどうかな? 女性が優勝すれば、貴女への求婚権はなくなるようだし」

「いや、私はおそらく無理でしょう。騎士団に既に所属していますし、出場自体が許されないでしょう」

 顔を蒼褪めさせ、わたわたと首を振るばかりのマーガレットを見ている団長。溜息一つ。

「セリーナ。お前に任務を与える」

「任務、ですか?」

「マーガレット殿下をノーデンス王国に無事に送り届ける事」

 私の方を見上げるマーガレット。瞳には怯えの色が見える。売り渡すつもりはないぞ、と言わんばかりにマーガレットをかばうように立つセツナ。真剣勝負をするのなら、今の私では分が悪い。

「お断りします、と言ったら?」

「ついでに、御前試合武道大会に出てみたらどうだ? 不安があるなら、お前さんの騎士を連れて行ってもいいぞ。俺からも頼んでみよう。なあに、国外旅行を楽しむつもりで行けばいいんだよ」

 その時、団長が言いたいことが分かった。ああ、そういう事ね。武道大会に出て優勝をかっさらえばいいのだ。私か、私の仲間が。

「あいつなら、優勝してもマーガレット殿下に求婚する事などあり得んだろう。なんてったってお前の騎士なんだからな」

 ニヤニヤすんな。

「もちろん、向こうの騎士団に入る事は許さんからな。出場資格は特に定められていないようだからな。腕試しに来る人間だっているだろう。腕試しのつもりで気楽に行ってこい」

「了解です。明日にでも誘いに行こうと思います」

 ふふ、楽しみだ。

「後はこちらでやっておく。アクロイドの奴も明日くらいには復帰するだろうからな」

 あの人は私がいないと本当に優秀だからな。仕事は任せておける。

「では、マーガレット殿下。帰りには護衛として、セリーナをつけます。御前試合までには辿り着けるでしょう」

「あ、ありがとうございます」

「今日一日は、当家でゆっくり休まれるといい。それでは、私はこれで。客間は後でセリーナに案内してもらってください」

 深々と団長に頭を下げるマーガレット。

「セリーナが出場するのか? 大丈夫なのか?」

「保険をかけよう。明日頼みに行く。断られなければいいんだけど」

 ああ、冒険の予感に心躍る。

 夏よりも楽しい旅になるといいな。




 その晩は何故かマーガレットとセツナは客間で眠らず、私をはさんで寝た。秋とはいえ、暑いんですけど。仕方なく冷房魔法をかけながら寝る事にした。

 やれやれ、明日とりあえず旅の準備を整えないとな。

 案外早く再会する事になりそうだよ。君と、みんなと。



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