再会の前には騒動がつきものです。
「この頃、仕事が増えたなあ」
十月も半ばになった。あまりの忙しさに、ひとり言を呟いてしまう。高く積み上げられた書類の山が、私を睨みつけている。
夏の終わりに植え付けられた恐怖心が未だに拭えない。ある程度以上の強さを持つ相手を前にすると、怯んでしまうのだ。おかげで、まともな訓練も出来やしない。帝都騎士団の団員たちは、かなりの強者ぞろいだから、まあ仕方ないのだが。
しかし、それは置いておくとして、本当に近頃仕事量が増えた。
原因は分かっている。アクロイド副組長のせいだ。
アクロイド副組長は本当に優秀だ。彼のお蔭で今まで私はだいぶ楽をしてきた。その点に関しては否定できようもないし、否定するつもりもない。感謝すらしている。未だ新人と何一つ変わらないような私をよく支えてくれていた。
その彼が、秋になってからというものやたらと入退院を繰り返すようになった。一週間復帰したら一週間入院といった具合だ。そのせいで、彼に任せていた事務仕事が私に押し寄せてくるようになった。
「全部アクロイド副組長のせいだ。なんでこうも簡単に入退院を繰り返すんだ? あの人がやたらと休むから、書類仕事がどんどん私に押し付けられる。あの人が採決すればいい物まで、組長の私にまわってくる。周りに迷惑をかけているという事が分からないのかな、アクロイド副組長は?」
「副組長が入院をやたらとしているのは、隊長が病院送りにするからでしょうが。退院するたびに入院させている癖に」
べインが何か言っているようだが、私には聞こえない。
「フフフ、でも、副組長がいなくて仕事に追われて半泣きになっている隊長の顔もソソルなあ。そこで言葉責めを加えたい」
「カーペンター、今から団長のところに行ってこい。そして、団長を言葉責めしてから戻って来ることが出来たら、私を言葉責めしていいぞ。そうだな、団長に対しては奥さんと娘さんをバカにしまくるという言葉責めだ。それ以外は認めない。私が後ろで見守ってやろう。さあ、今から行こうか」
「フフフ、俺はまだ隊長を言葉責めしまくりたいので、その任務は受ける事が出来ない。命は惜しい」
ヘタレが。
「しかし、そろそろ来る頃だな。どっちが来ると思う?」
ディケンズ、嫌な事を思い出させるな。
「どっちもだな。どちらが先に来るかまでは分からんがな」
「ククク、どっちが来ても、俺よりは隊長の泣き顔を引き出す事は出来やしない。そう、俺こそ隊長の泣き顔マスター」
「次に病院送りになるのはお前だと思うよ、カーペンター」
そうだな、今すぐ病院送りにしてやろう。
私は無言でアイテムボックスの中から日本刀をとりだした。安心しろ、峰打ちで殺してやろう。
私の目が笑っていない事に感づいたのだろう。そそくさと帰る準備を始めるカーペンター。
「今日は俺、早退しよう。有給が溜まっていた筈だ」
「病院のベッドの上で有給を消化したらどうかな? 看護師を言葉責めしまくってセクハラで訴えられたあげく、解雇だ。もちろん、退職金は私の裁量で出さないでやろう」
べインとディケンズが期待を込めた目で私を見てくる。彼らは自分に不幸が迫らない限り、同僚がどのような目に遭おうと何も考えやしない。同僚の不幸は蜜の味なのだ、彼らにとっては。
「さあ、死を思え」
「隊長をあと、最低百回は言葉責めしないと死んでも死にきれない!!」
「それが遺言か? 家族に伝えてやろう。帝都で幼女趣味に目覚めた挙句、襲おうとした幼女に逆襲されて股間のモノを斬りおとされた上に殺された、とな」
「ひいい、リアルに想像してしまう。逃げるが勝ち!!」
べインとディケンズは股間をおさえていた。彼らも斬りおとされる場面を想像してしまったのだろう。
「あえて言おう、逃がさん」
書類の山やら机やら沢山あるが、そんなモノ斬り捨てればいいだけの事。さあ、逃げる事が出来るかな?
この時、私の中ではカーペンターに対する殺意が恐怖心を凌駕していた。日本刀をスラリと抜刀する。本来ならもう、このワンアクションで殺してやっているところだが、そう簡単には殺してやらん。貴様も恐怖に震えるがいい、骨までな。
じりじりと近寄っていく。もうすぐで、私の間合いだ。
だが、私がカーペンターに日本刀を振り下ろす前に、三番隊執務室の扉が開かれた。ノックはなかった。
「失礼。先ほどから騒がしいようですけど、ロックハート隊長に用事があってきました。時間を頂いても?」
「構いませんよ。ようこそ三番隊執務室へ、シンシア・アヴァロン二番隊組長殿」
来客が扉を開けた瞬間には何事もなかったかのように席に着く。それが帝都騎士団三番隊のクオリティーだ。
シンシア・アヴァロン二番隊組長。二十三歳で組長職を与えられている、帝都騎士団でも上から数えた方が早いほどの実力者だ。帝都には彼女のファンも多い。美人だし、スタイルもいい。ま、スタイルなら私も負けていない……よね?
同性の騎士という事もあり、色々とお世話になっている。そんな彼女がよく三番隊の執務室を訪れるのにはわけがあった。
「何度か申し上げていますが、この三番隊にいては実力が発揮される事はありません。二番隊に譲っていただけないでしょうか?」
そして、かつてのアクロイド副組長の部下である。以前彼のもとで働いており、その際に彼に好意を抱いた人物だ。今でも彼の事を尊敬しており、彼を二番隊の組長として貰い受けたいと何度も私の方に言ってくる。
今日も同じ事を言いに来た。しかし、今日は少し様子がおかしい。私の顔を見て、いや、頭の方を何度もチラチラと見てくる。おかしいな。最低限の身だしなみは整えているし、変なアクセサリーなんかつけていないぞ? 何でこうもチラチラと見てくる?
「何度も言っているではないですか。団長の方にかけあってもらいたい、と。私の権限ではどうにもできません。もちろん、私は団長に言ってありますよ。アクロイド副組長を二番隊に譲っても構わない、と」
嘘ではない。もう、何度放出願いをした事か。ついでにべイン・カーペンター・ディケンズの三人もお願いしたのがいけなかったのだろうか?
「団長が頑として首を縦に振らないのですよ。最終的には『当事者同士で決めろ』の一言です」
「ならば、アクロイド副組長に言ってください。後は彼次第です。いつでも持っていっていいですよ」
「はあ、貴女は本当にアクロイド副組長を譲ってもいいと考えているのですね。アクロイド副組長がここに居たい、と何度も言うのです。貴女から説得していただけないですか?」
困ったように顔を伏せるシンシアさん。肩が震えているのは何故だろう?
「何度も言っているんですがね。なんでこの隊にいたがるのでしょうか?」
きっと、シンシアさんでは彼のドM心を満足させられないのだろう。優しそうな女性だもんな。
また来ます、諦めませんからね、の言葉を残してシンシアさんは執務室を出て行った。
最後まで肩が震えていたのは、何故だろう?
「さて、続きをやろうか、カーペンター。家族にはなんと伝えるんだったかな? 男色に目覚めたお前がべインとディケンズを襲って二人を殺したところに偶然駆けつけた私が、二人の反撃に遭い、瀕死のお前を見かねてトドメをさしてやった、と伝えるのだったかな?」
「この俺が隊長に言葉責めをされる側になるとは……、おかしい、純情だった頃のセリーナ隊長は何処へ行った?」
その時、再度三番隊の執務室が開かれた。
「セリーナ隊長はいらっしゃいますか!?」
千客万来だな。しかし、このままではカーペンターを殺せないな。どうするか。まあいい、後で考えよう。
「今日は何のご用件でしょうか?」
「今日も、同じ用件です。いい加減、アクロイド副組長を病院送りにするのはやめていただけないでしょうか?」
そうきりだしたのは、ドリス・バード。今年ミスカトニック騎士養成校を卒業したばかりの十八歳の少女だ。魔道士科を卒業した彼女は宮廷魔道士の一員として働いている。数少ない回復魔法を使える魔道士だ。
「毎回毎回、セリーナ隊長がアクロイド副組長を病院送りにして、その度にまわりまわって下っ端の私に彼に回復魔法をかける役がまわってくるのですよ!! 回復魔法をかけに行くたびに、『ビンタしてくれ』トカ、『ののしってくれぇ』トカ言われる私の身にもなってくださいよ!! 私は、人にビンタをしたり、罵倒するために魔道士になったのではありません!!」
ドン、と机を叩かれた。頭の上に何か衝撃が来た。何だろう?
ドリスも私の頭を先ほどからチラ見しているな。何でだ?
「ふざけているんですか、セリーナ隊長は?」
「? 何もふざけてなどいないが?」
いったい何を言っているのだろう?
「それで、ふざけてなどいないとよく……、はあ、いいですよ、もう」
溜息を吐かれると対応に困るのだが……、私は何も悪い事はしていない筈だよな?
「と・に・か・く!! アクロイド副組長を病院送りにする事はやめてくださいね!!」
美少女が怒ると怖いな。
「保証は出来ない。アクロイド副組長はドMだからな。やたらと私に殴られたがるんだ。その結果入院してしまうに過ぎない」
「あんたは力を入れすぎなんだよ」
誰だ、今言ったのは? べインか!?
「いいですか、ふざけるのもアクロイド副組長を病院送りにするのもやめてくださいよ!! いいですね? 絶対ですよ? 絶対にやめてくださいよ!?」
凄い念押しをしてくるな。
「それは、『やれ』という前振りかな?」
「貴女は何を言っているのですか!?」
対応を間違えた、か?
ドリスが退出した後、仕事もようやく終わった。しまった、カーペンターを殺し損ねたな。まあいいか、いつでも殺るチャンスはある。
「お疲れ様。また明日」
「隊長、気分がよさそうですね。あ、もしかして、デートですか?」
「いや、デートではない。猫が遊びに来てくれてな。団長の家で待っていてくれているんだ。早く会いに行きたいんだ」
「猫好きだもんな、隊長は。ところで、その猫って白猫?」
「私が可愛がっている猫の特徴など、喋った事があったかな?」
話した覚えはないが……。クリスが一人で転送装置を起動させるようになり、団長の家によく遊びに来るんだ。それ以来、私も団長の家に入り浸っているが。
「頭の上に乗っているヤツですかね?」
べインの言葉におそるおそる頭の上に手を伸ばしてみる。
私の両手は、頭の上に眠るクリスの感触を確かめたにすぎなかった。
両手で抱えると、私を見て嬉しそうに目を細めてくれる。頬が緩んでしまうな。
「朝からずっと、頭の上にいましたよ」
そう言えば、団長の家を出てからずっと、すれ違う人たちが私の頭の方をよく見ていた気がしたが、原因はクリスだったのか!!
「何で言ってくれなかったんだ!?」
「「「ツッコミ待ちかと思って」」」
ハモるんじゃない!!
帰りは、クリスを抱いて帰った。
流石に頭の上にいてもらうわけにはいかない。
しかし、クリスは可愛いなあ。
今日も転送装置を起動させてアキヒコ達の所に帰さないといけないのが、辛い。帰さないとエミリアさんやアリスが五月蝿いからなあ。
考え事をしているうちに、団長の家まで帰りついてしまった。寄り道をすればよかったかな?
まあいいか。もうすぐ夕食の時間だ。
玄関を開ける。
「ただいま」
声に応じて、ティアさんが出てきてくれた。広い家なので、出迎えがない時も多いので、出迎えてもらえるとやっぱり嬉しい。
「あら、お帰り。お客様が来てるわよ」
私に客? 誰だろう?
夏の物語は終わり、秋の物語が始まる――。




