プロローグ
「お前はいつになったら婿を迎えるつもりだ? もしくは花嫁になるのでもいい。しかし、まだそんな気配すらないとは、どういうつもりだ?」
目の前に座るは、王。この国ノーデンス王国の国王だ。
「私は婿をとるつもりも、誰かの花嫁になるつもりはありません」
何度、同じ話題を繰り返した事か。
「お前をティンダロス帝国のミスカトニック騎士養成校に入学させたのは何だと思っているんだ? ティンダロス帝国の帝室に繋がる男か、有力貴族の男と婚儀を結ぶのを期待しての事。何の収穫もなかったとはな」
まるで虫ケラでも見るかのような目。反吐が出そうだ。一晩寝た女に娘が出来て、政略用の道具として引き取って育てただけの男が、父親ヅラをするな。
「まあいい。お前がどうしても、誰とも婚儀を結ばない、そう言うならそれでもいい。約束通り王族の籍を抜いてやる。王族でいられるのも、今年いっぱいだ。来年からは平民として最下層の暮らしをするがよい」
近頃の食事時の話題は全てこれだ。週に一回、父親と義理の母親と一緒に食事をしなければならないのが、これ程辛いとは。だけど、もう少しだ。もう少しの辛抱だ。
食事が終わり、自室へ戻る。
この、王族としてはあまりにもみすぼらしい部屋。これが、私に与えられた部屋だ。
溜息しか出てこない。私が生きていく意味は何だろう?
ミスカトニック騎士養成校を卒業後、ここに帰ってきたが、父親の望みは果たせなかった。二十歳になった年が明けて、それまでに婚儀がまとまらなかったら王族から籍を抜いて平民として暮らしていく事になる。私個人としてはそれを望んでいるのだが……。
自室のベッドに腰掛け溜息を吐いていた時、乱暴に部屋の扉が開かれた。ノックがされる事はなかった。
「ふん、相変わらずみすぼらしい部屋ね。臭いとしか言いようがないわね。平民以下の、貧乏人の臭いよ」
腐った語彙力ね、姉上。
「まだ、貴女をお嫁に貰ってくれる人はいないの? 所詮、お父様がお母様おつきのメイドに手を出した結果生まれただけの女ね。お母様が貴女の母親の事を憐れんで貴女をひきとっただけの事を忘れないでね? 貴女のおじい様が貴族であれば、国内の誰かから嫁にと言ってもらえたのかもしれないのにね。オーホッホッホ、可愛そうにねえ」
ふん、婿をとったのはいいが、数年間未だ子供に恵まれない金髪縦ドリルが何を言う。
「さっさと出て行ってくださらない? 貧乏人と同じ空気を吸うのは、ワタクシとてつもなく嫌なんですの。むしろ、死んでくださらない? ああ、その方がいいわ」
瞬間、空気が凍った。この部屋の空気だけが。
季節は秋になったばかりだというのに。
「ヒ……ッ」
金髪縦ドリル……、考えるのも面倒だから、ドリルでいいわね。ドリルの首筋に、ナイフが突きつけられている。外を出歩くこともほとんどしない、白皙と言って言い程に白い首から、一筋の血が流れ落ちていく。
「貴様如きが我が友を愚弄するなよ。死にたいというなら、今ここで殺してやろう。目撃者はいない方がいいか。護衛やらなんやらで付いてきた者も殺してやろうか? 出来ないと思うか? それが簡単に出来ることくらい、お前は知っているだろう? 金髪縦ドリル」
今まで気配一つ感じさせなかった女性が物音ひとつ立てずにいきなり背後に現れ、己の首筋に苦無を突きつけているのだ。声も出まい。
「死にたいか? 死にたくなければこれ以上何も言わずにさっさと帰るのだな。ホラ、回れ右。三回まわってワンだ」
回れ右をして、それから律儀に三回まわって「ワン」と鳴いてから足早に去っていくドリル。ついでにドリルの取り巻き連中も三回まわってワンと鳴いたのには、笑ってしまった。
「全く……あんな奴ら、簡単に撃退出来るのに。甘過ぎるよ」
溜息を吐きながら私に近付いてきた彼女は、セツナ。セツナ・ロウラン。艶のある腰近くまで伸びた黒髪と、綺麗な黒瞳。スタイルも素晴らしいモノがある。私も負けてはいないつもりだけど。
「セツナが助けてくれると思っていたからね」
「やれやれ、私がいつもいるとは限らないだろうに」
何度このやりとりをしただろう? 彼女がこの世界に来てからだから、もう五年以上になるかな?
「でも、今日は出てくるのが早かったね。何かあった?」
いつもならあと数分は黙認していたのにね。
「手紙だ」
私あての手紙が通常届くことはない。嫌がらせで燃やされたり、紙飛行機になって飛んで行っていたりする。だから、手紙を取り次いでくれる係りの者に少しお金を渡して、特別に分けてもらい、手紙が届いたらセツナにとりに行ってもらっているのだ。
「手紙ねえ」
誰からだろう?
「懐かしい名前だぞ」
懐かしい名前?
封筒を裏返してみると、そこには、「セリーナ・ロックハート」の文字。彼女の性格を表しているかのような、真っ直ぐな文字だ。彼女が真っ直ぐな性格をしているかどうかは、彼女を知る者でも意見が分かれるが。
ミスカトニック騎士養成校時代に出来た友からの手紙だ。あの、色々と忘れやすい彼女が私の事をまだ覚えていてくれたのだろうか? こちらからは何度か手紙を送ったが、彼女からの返信はなかった。彼女が手紙を書いてはくれなかったのか、それとも、私の手元に届かなかっただけなのかは分からないが。
封をきり、便箋をとりだす。
そして、そこに書かれていた文字は――。
「何度も手紙をありがとう。こちらからも何度か返事は書いていたけど、届いていたのかな? いつも私が書いた内容には何も触れられなかったので届いていないとは思います。今回も届かないかもしれませんね。でも、書いておきます。大切な友の手に届くことを祈って。
さて、ミスカトニックを卒業後、私は帝都騎士団三番隊組長の職に就いています。そのせいかどうかは分かりませんが、この一年半で色々な所に出向いています。
卒業後バラバラになった私たちですが、先日懐かしい顔と会いましたよ。
レムリア辺境領での古代遺跡調査の責任者として出向いた際に、ジン・トリスタンと再会しました。色々ありましたが、彼と共に仕事をこなしました。一緒に帝都まで戻りましたが、その後、彼はまた一冒険者に戻りました。
今はまた、何処かの空の下を歩いている事でしょう。
しかし、何故これ程ジンの事を気にするのです?
何度も言いますが、彼はダメです。貴女ほどの人が何故彼に好意を抱くのです? いえ、ジンにはいいところが沢山あります。それに関しては私もよく知っています。
貴女の婿になりたい、貴女を嫁に貰いたい、そう言った男性は何人もいたではないですか。貴女の素性を知っても。その人たちではダメですか? 貴女のお眼鏡にはかなわなかったのかもしれませんが。
いいですか、何度も返事に書きましたが、ジンはいい男です。ですが、残念な男です。
いくら貴女があの男を好いていたとしても、彼は振り向いてくれないでしょう。何故なら、彼は人間を恋人にする事をやめた男なのですから。人外娘しか愛せない男ですよ? 彼と結婚できたとしても、貴女が幸せになるとは到底思えない。やめた方が絶対にいいですよ。
そうそう、ここから先は私事なのですが――」
私が手紙で書いていたジンの卒業後を知っていたら教えて欲しいというお願いに、律儀に答えてくれたらしい。後半は夏の終わりに恋をしただの、恋敵が出来ただの、猫はかわいい、猫はかわいい、猫はかわいいだのが書かれていた。
後半は、読み進めるのが苦痛に感じられる場所も多々あった。
「これは、恋する乙女だな。変な電波を受信したのではないだろうな?」
「うーん、在学中も彼女はそういった話題にはほとんど乗ってこなかったからね。学校の中ではそういう側面を見せなかっただけなのかもしれないけれど。色々おさえつけていたのが全部取っ払われたのかもしれないね」
しかし、ジンと再会したのか。羨ましいな。
殺風景な部屋の中、備え付けの家具意外に私物がほとんどない部屋の中、私にとって宝物の一つがテーブルの上にある。
私とセツナ、セリーナとジンの四人で絵師に描いてもらった絵だ。
ミスカトニック騎士養成校で何度かパーティーを組んだ事もあり、卒業前に二人にお願いして時間を作ってもらい、絵を描いてもらったのだ。セリーナとジンも同じ絵(複写だ)を持っているかもしれない。
セツナ、私、セリーナ、ジンの順。セリーナには椅子に座ってもらい、その後ろに私とジンが並んで立っている。授業やモンスターハンティング以外で一番私たちの距離が近付いていた時間かも知れない。そして、私の隣にセツナ。
ミスカトニック騎士養成校で過ごした日々は、私の宝物だ。あれから少しだけ時間が経った。
会いたいな。セリーナに、ジンに。
「さて、私は旅支度を整えてくるとしよう。何時頃がいい?」
「昼過ぎには出よう」
書置きでも残しておけば十分だろう。政略結婚用の道具くらいにしか考えていない第四王女の事など国王陛下は気にするまい。
必要なモノはだいたい学生時代に金を貯めて買った“スペースリザー堂”製のアイテムボックスに入れてある。
こんなつまらない場所にいてもしょうがない。
理解のある親友がいてよかった。彼女と一緒なら長旅も怖くない。いざ、ティンダロス帝国へ!!
「陛下、第四王女マーガレット様の所在がつかめません」
「何処へ行った?」
「部屋には『暫く旅に出ます、探さないでください』の書置きが残っておりますが……」
ノーデンス王国国王は、目を細めた。
「そうか。私の考えに刃向うか。まあいい。そうだな、国内外に触れを出せ。武術大会を開催する、と。御前試合だ。優勝賞品は、賞金一千万G。もしくは、一時金と騎士団への登用。マーガレットに求婚出来る権利もつけてやろう。もっとも、この権利を行使できるのは独身者のみにする。女が優勝すれば別に何かを用意しよう」
「いいのですか、マーガレット様の了承を得なくて」
「かまわん。あくまでも、求婚できる権利だ。その後はどうなるかは知らん。断りたければ断ってもいい。あいつの将来だ。あいつが決めればいい」
国王の背後で控えていた近衛騎士団団長は苦笑した。彼は知っていたのだ。国王がマーガレットの身を心配している事を。出来れば幸せになってもらいたいと願っている事を。彼女の前では憎まれ役を演じている事を。
「ま、面白くなればいいがな」
そして、王族らしくもなく、楽しい事が大好きなだけである事を。
「いつ頃がいいですかな、触れを出すのは?」
「二週間後だ。その頃にはマーガレット達も目的地に着いて落ち着いている頃だろう」
「心配ではないので?」
「セツナ・ロウランがそばにいるのだろう? なら、何も心配はいらない」
国王の言う通りであった。
新たな物語が、動き出す――。




