そうだ、デートに行こう。
結局あれから、また眠りに落ちたらしい。
気が付けば、領主の館の与えられた客間のベッドに寝ていた。頭がスッキリしない。ボーッとした状態が続いている。
今は、朝のようだ。どうやら、半日ほど深い眠りについていたようだな。上半身を起こしてみようとしたが、お腹に違和感を覚えた。かけられていた薄手の毛布をどかしてみると、クリスがお腹の上で丸くなっていた。ふふ、相変わらず可愛いなあ。クリスを抱き上げて、起こさないようにどかして、伸びをする。
ノックの音が響いた。三回。どうやら、返事を期待してはいなかったらしく、私が返事をする前に扉は開かれた。
「起きられていたのですね、セリーナさん。おはようございます」
私が起きて見つめている事に驚いたようだが、レティはその後取り乱すことなく、挨拶をしてくれた。
「おはよう」
寝ぼけ声のまま返事をしてしまった。
「気分は如何ですか? どこか、おかしな感じはないですか?」
「うーん、悪くはないかな? よくもない感じだけど。半日寝たんだから、本調子に近くてもおかしくはないんだけどね。やっぱり、血を流し過ぎたかな?」
片腕失くして、血がドバドバ出たのだ。人によってはショックで命を落としてもおかしくはなかったのだから。
「セリーナさん、半日ではないですよ。一日半、死んだように眠っていましたよ」
!?
あの後、レティにお風呂場に連れて行かれた。サッパリしたのはいいが、一日半も眠っていた事への驚きは、未だ消えていない。
ちょうど今から朝食だという。軽く身だしなみを整えてから居間へと向かった。
そして、そこに居る筈のない人間を見つけてしまった。
「団長!?」
「いよぉ、セリーナ。ぐっすり眠っていたみたいだなあ。可愛い寝顔だったぜえ」
何故ここに居る? いや、それよりも寝顔をじっくり見られていただと? 許せん。
「私の寝顔をじっくり見るなんて……、浮気ですか? ティアさんに言いつけますよ」
少しからかう事にしよう。
「ハハハ、バカだな。俺が浮気なんかするわけないだろう? だいたい、セリーナの寝顔なら見慣れているよ。俺たちは家族みたいなモノなんだからな。それに、その程度でティアが怒るわけないだろう?」
まあ、確かに家族同然の付き合いではあるけれど……、団長、ティーカップを持つ右手がガタガタ震えていますよ。もしかして、アレですか? 真の恐怖に骨まで震えているんですか?
それよりも気になる事がある。
「団長、何でここにいるんですか? いくら団長が化物じみていても、一日半くらいで着く筈はないのに」
「アレ? 今まで言った事なかった? うちとここ、繋がってるのよ。蜥蜴丸が設置したよく分からない装置で。そのおかげで、結構簡単に行き来出来るんだよね。準備を整え、装置を起動したらなんと、一、二分でここまで来る事が出来るんだ。いやあ、科学って便利だねえ。公式な用事で使わせるわけにはいかないから、馬で向かってもらったけどね。昨日、朝に連絡貰って昨日のうちにこっちに来ていたんだよね」
私がここまで向かってきた苦労は、いったい何だったのだろう?
「まあ、その事は後で話し合ってくれ。さあ、朝食にしよう。お前も食っていくだろう?」
「エミリアさんのご飯を食べられるとは、俺は幸せ者だなあ。ティアの作るご飯を食べる事の出来る幸せよりは、少し落ちるけどな」
「バカを言うな。エミリアの作るご飯を食べる事が出来るのは、世界一の幸せに決まっているだろう? そう思わないかね、セリーナ君」
話を振ってくるなよ。その場にいた全員の視線が私に付き刺さった。今はレティの腕の中にいるクリスですら、私を見ている。どんな答えを出すのか、興味津々といった感じの目をしている。
無難な言葉を選択しておこう。
「嫁バカ自慢はそこまでにしてください。私は丸一日何も食べていないのです。お腹ペコペコです。さっさと食事にしましょう」
何故か私のセリフを聞き、お互いを称えだす団長とダーレス卿。やはり、どちらが嫁バカか競い合いたかっただけなのかもしれないな。そんな事より、私のお腹が鳴る前にご飯にしよう。年頃の女の子としては、皆の前でお腹が鳴るなんていうのは願い下げだ。
ぐぅ~~ッ。
遅かった。泣いてもいいですか?
朝食終了後、団長とダーレス卿と一緒に古代遺跡調査に関する報告などを行った。
「昨日もある程度アキヒコ君達から聞いたのだが、ノスフェラトゥとか言う死者の“王”は、完全に消滅したらしい。トドメを刺したのはワガハイよ、そう蜥蜴丸が自信満々に言っていたよ。念の為昨日のうちに俺とオーガスト、蜥蜴丸にゲーサン、アキヒコの五人で玉座の間まで行って確認をしてきたのだから、間違いはない」
「そうですか」
しかし、真面目モードの時の団長はやはり、イイ。話が脱線しないで済むしな。
「問題は、亡くなった冒険者達をどうするかだな」
生き延びた冒険者達には報酬に色をつけたらしい。太っ腹だな。
「レムリア辺境領は、こう見えて実は裕福なのだよ」
「どういう意味です?」
「セリーナ君、君は辺境領と言って何を思い浮かべるかね?」
辺境領……、そう言われて基本的に思い浮かぶのは、「貧乏」その一言に尽きる。
税収だって豊かではない所が多い。人口だって少ないから、農地の開拓だって簡単には出来るものではない。また、以前は人口が多い所であっても、職などを求めて若者の多くは帝都などの大都市に向かう事が多い。レムリア辺境領は隣国との国境に高い山脈がそびえている為、隣国との交易などもほとんど行われていない。ゼロではないが、ゼロに近い状態だ。もっとも、そのおかげで隣国から侵略される恐れもほぼゼロだ。科学技術が大きく発展すればまた、話は別だろうが。
そのような事を話したら、納得された。
「セリーナ君、君の意見は正しい。実際、レムリア辺境領も酷いモノだったよ。領地経営がある程度軌道に乗ったのは、ここ数年の話なんだ」
数年で領地経営が劇的に変化することなどあり得るのだろうか?
「アキヒコがこの世界にやって来て数か月後の話なんだ、領地経営に転機が訪れたのは」
「アキヒコがこの世界にやって来た?」
「彼はセリーナ君に話さなかったのかな? まあいい。隠している事でもないしな」
「まあ、雰囲気である程度は分かりましたが……」
「そうか、聞きたければ後で本人から聞いてくれたまえ。君相手なら隠さずに教えてくれるかもしれないからな」
何で、私相手なら隠さずに教えてくれるかもしれないとダーレス卿は考えているのだろう? 謎だな。
「まあいい、話を元に戻そう。アキヒコがこの世界にやって来て、私たちは彼を引き取る事にした。今は旅行中のアルフレッドを身元引受人のような形にしてね。そして、数か月後に彼らがやって来た。彼らと知り合ったのはクリスと出会ってからだな」
私の膝の上でクリスがにゃあと鳴いた。私の方が先だよ、そう言いたかったのかもしれない。
「そして、彼らは私たちにも恩恵をもたらしてくれたよ。農作物の品種改良をしたりして、税収が安定するようになった。近隣領地との商売も上手く行っている。また、騎士団がいない事もあって後手後手に回っていた盗賊対策なども彼らがやってくれた。おかげで、ここ数年、レムリア辺境領では盗賊騒ぎなどなくなったよ」
そして、程なくして冒険者パーティー“レムリア騎士団”が結成されたとの事。後日、パーティーメンバーとしてアリスが加入した時は、ダーレス卿も頭を抱えたそうだ。
「ただ、こちらが平和になったのはいいが、ミルトス伯爵領から文句を言われるようになった。こちらに活躍の場を求めたい盗賊たちが、レムリア騎士団の活躍のお蔭で、引き返してミルトスで暴れている、とね」
だから、私とジンもレムリアに来るまでに盗賊退治などしなければならなかったのか。
「ミルトスに現れる盗賊もだいたい狩り尽くしたらしいのだがね」
残っていた盗賊団は変なのしかいなかったのだろうな。
「まあ、蜥蜴丸の活躍やらレムリア騎士団の活躍やらで領地経営が上手く行ってね。それどころか、自由に活動させて貰っているから、って数か月に一回大金を納めてくれるんだ。おかげで、億単位になったよ、私のポケットマネーは」
恐ろしい単位の金額じゃないか。
「まあ、蜥蜴丸はその倍くらいポケットマネーがあるトカ言っているが」
あいつなら、持っていそうで怖いな。
だからこそ、冒険者達に多少色をつけて金を払っても痛くもかゆくもない、と。
「亡くなった冒険者はどうするのです?」
「誰が死んだ冒険者かは、これで分かる」
ブリュージュ探索中に撮った写真じゃないか。何で、私のうなじのアップの写真もあるんだ? 全部消去させた筈なのに、否、カメラごと破壊した筈なのに。後で問い詰めてやる。そして、スケベ本を奪いとってやる!! 決意を新たにした私に、いや、怒りを前面に出した私に驚いたのか、クリスが膝の上から飛び退いた。
「どうした、セリーナ?」
団長が声をかけてきた。クリスは団長のところにもダーレス卿のところにも逃げ込まなかった。怒りをおさめた私の膝の上に少しビクつきながら戻って来た。撫でてやると、嬉しそうに目を細めてくれた。
「まあいいか。だから、彼らに家族がいたら一時金をいくらか渡す。冒険者だから、命をいつ落としてもおかしくはないのだから、そこまでする必要などないとは思うがね。一応、領主として出した依頼だからな」
冒険者が死んだからと言っても、一時金を出すような領主などまずいない。この世界には珍しいタイプの人間かもしれないな、ダーレス卿は。
「まあ、家族がいなかったら、墓を建ててやって終わりだな。共同墓地に形だけの墓を作る事になるだろう」
それで十分だ。
「一週間ほど休暇?」
「ああ、どうせ、帝都は暇だからな。三番隊の連中はお前がいないと真面目に仕事をこなすから、多少長く休みをとっても何ともない。アクロイドの奴も復帰したからな」
アクロイド副組長は、仕事は出来るのだがなあ。復帰? ああ、どうせ回復魔法を使える魔道士が副組長の治療を拒否したのだろう。回復魔法を使える魔道士は女性が多いからな。仕方ない。
「つうわけで、頼むわ。セリーナを一週間ほど、泊めてやってくれないか?」
「それは、別に構わないが」
「帰りの護衛はジン君に頼んでいる。まあ、久しぶりに気を張り詰めずに、のんびりしてこいよ」
のんびりって言われても、この辺境領では特にする事もないのだけれど……。
話し合いを終えたのは、もう昼食時であった。
全員で昼食をとる為に、食堂へ移動する。
食堂では、アリスが席に着き、アキヒコ少年とレティが給仕を行っていた。
やがてエミリアさんやジンもやって来た。アキヒコ少年とレティ、そして私を除いた全員が席に着いた。
そうだな、せっかくの休暇だ、年頃の女の子みたいな事もしようじゃないか。
「アキヒコ、君、昼から暇か?」
「僕ですか?」
む、“俺”でいいのに……。私が言ったんだったな、背伸びをするなって。
「ああ」
「まあ、暇ですけど」
暇、暇か。うん、アキヒコが暇なら仕方ないな。
私から誘うというのは少し恥ずかしい。断られるのも怖いからな。でも、せっかくの機会だ。言うぞ。
「そうか、じゃあ、デートをしよう」




