本当の恐怖とは、骨まで震えるものです。
「ゲーサン、貴方こそ真のレムリア無双よ!!」
響き渡ったアリスの声。それに応えたのか、ゲーサンが少し胸を張った。ついでに雄叫びをあげたようだが、結局は「げっげー」くらいにしか聞こえなかった。
ゲーサンは日本刀の二刀流で、亡者どもをガンガン消滅させていく。ガンガンなどという表現が正しいかどうかは分からないが。消滅した亡者からは、魔石と素材がドロップされていく。そして、それを回収するよく分からない物体があった。
先ほどのアリスの叫びは私の隣にいたアリスが声をあげたのかと思ったが、違ったようだ。私の隣で恥ずかしそうに顔を下に向けていた。
壁一面によく分からない物体が取り付けられていた。
「あれ、巨大スクリーンです」
巨大スクリーンなるモノを見ていると、ゲーサンが活躍している姿が画面いっぱいに映し出されていた。広大な玉座のある間の半分近くを埋め尽くしている亡者どもを相手に、一歩も引いていないのだ。
ゲーサンの日本刀で斬られた亡者は蒼白い炎を纏って消滅していく。どうやら、光属性魔法が付与されているようだ。
ゲーサンが大活躍している画面の下の方には、可愛く描かれた蜥蜴丸、アキヒコ少年、ゲーサンのイラスト。その横に、三百七十六、七百八十二、千七十二、の数字が書いてあった。どうやら、倒した亡者の数らしい。
「蜥蜴丸が違う世界から持ってきたゲームをモデルに作ったらしいですよ。千体以上倒すと、ああやって私か母さん、レティの中の誰かの声が再生されます。何故かランダムで再生されます。レアなのが出る場合はゲーサンの声が再生されます。もちろん、なんて言っているかは分かりませんが」
ゲーサンに応援されて、嬉しいのかな? それが、レア?
そして、アキヒコ少年たちはというと……。
「ああっ、また負けた……」
「クカカカ、バカめ。そんな弱小球団使っているから負けるのよ。見よ、ワガハイの強さを!! 金満球団だけあって、トレードで有名選手をガッポガッポよ。エースと四番を揃えまくったワガハイに弱小のベ●●●ーズで挑もうという貴様の脳内はお花畑かね?」
違う巨大スクリーンで違うゲームに興じていた。
「なんだ、アレは?」
「野球ゲーム、ですよ。こちらの世界にはないスポーツですね。三人のうち一人だけ頑張ればいい時とか、私を入れて四人でモンスター退治とかしている時とか、手の空いている人間は時間つぶしとしてああやってゲームしている事が多いですね」
「私は、何を心配してここまで頑張って走ってきたのだろう……」
涙が出そうになる。泣きたくなった私を責められる人間はいない筈だ。
「さっきまで蝶仮面をつけようかどうしようか迷っていたくせに」
!?
恥ずかしさのあまりアキヒコ少年の近くまで走っていき、アキヒコ少年を殴りつけた私は悪くないだろう。
「あれ、セリーナさん!? これは、もしかして、セリーナさんに泣きついて甘えたいという俺の心が生み出した幻覚? こんなにもリアルだとは……、抱きつきたい」
「何を言っているんだ、君は? 幻かどうか確かめてみるか。もう一発、殴ってやろう」
コラ、かわすんじゃない!!
「な、なんで? 半日は目覚めない筈じゃ……」
「ホウ、ワガハイの予想を超える存在であったかよ」
「騙しやがったな、蜥蜴丸」
「おいおい、ワガハイのせいにするんじゃないよ。貴様とて納得したではないかね。だいたい、素材と魔石を売り払い、銀髪に何かプレゼントするんだトカ言ってノリノリになっていたのは誰だったかな?」
「こ、コラ、ばらすな!!」
なんでじゃれあっているんだ、こいつらは?
「少年」
「は、はい!!」
「ゲーサンの代わりに、亡者どもを倒してきなさい」
「いや、でも、今試合の途中……」
「行ってきなさい」
「はい……」
私が怒っているというのが伝わったのだろう。最後には素直にゲーサンと交代するために腰を上げた。
「ところで、この野球ゲームというのはどうやって遊ぶんだ?」
「やり方教えますよ」
「クカカカ、やり方を学んだらワガハイと勝負しようじゃないか。なあに、ワガハイ、初心者相手だろうと手を抜かんよ。地獄を見せてやろう」
驚いた。セリーナさんがもう目覚めてここまでやって来るとは。
もう少し、一人あたま千体の亡者を倒したらノスフェラトゥを倒して戻るつもりだったんだけどなあ。そして、セリーナさんの寝顔を見つめる筈だったのに……ッ。こう、ほっぺをぷにぷにしてみたかった。
おっと、妄想が暴走するところだった。……これが、韻を踏むってやつか。違う気もするけど。
仕方ない、少しだけ、ほんの少しだけ本気出すとしますか。……それって、十分手を抜いていない?
ゲーサンが今、千三百五十二体、か。蜥蜴丸が三百七十六? 蜥蜴丸はもうこれ以上戦力になりそうにないな。三人で三千が目標だったっけ? じゃあ、僕が千五百くらい倒せばいいか。となると、あと八百近く、か。頑張ろう。
あれから二百ほど倒した。ノスフェラトゥは、僕らが疲れるのを待つつもりなのだろうか? 玉座に座ったまま動こうとはしない。だが、苦虫を噛み潰したような表情をしている。
そして、僕の後ろでは……。
「おいおい、どういう事だね、コレは……?」
「ふむ、何だ、慣れればどうという事はない。どうした、次のボール、投げろよ」
「凄いですね、セリーナさん。慣れとかそう言う問題じゃないですよ」
「私の隠された才能が発揮されたのだろう。我ながら恐ろしいな」
「隠された才能トカ、そう言う問題ではなかろうが。主砲の助っ人外国人が四十五打席連続ホームランなら、ゲームとしてはありだろう。だが、一回の表で四十五人連続ホームランとか、あり得ん」
「バカだな、こんなにポンポン飛ぶボールだぞ? しかも、場所は東●ドーム。ドームランを極めた私にとって、この程度の事は不可能ではない。正捕手ではなく、役者にキャッチャーやらせている貴様が悪いのよ」
四百体ほど倒した。アリスの応援ボイスも聞けた。ノスフェラトゥは、まだ動かない。
そして、僕の後ろでは……。
「おいおい、四十五人連続ホームランの次は、四十五人連続フォアボールだと……? ありえん。すべてフルカウント以上まで粘るとは」
「際どい球は全てカットで逃げますね」
「私の選球眼もなかなかだな。これで、五人はピッチャー使わせたぞ。もう、一回の表でピッチャー全員スタミナ切れにする事も可能だな」
「この鬼畜がぁーーーーッ!!」
「弱小球団にもゴブの魂、じゃなかった、五分の魂」
「何をボケているんですか……?」
ゴブってモンスターの名前じゃん。
蜥蜴丸たちとは少し離れた場所では、アイテムボックスの中からデッキチェアーをとりだしたゲーサンが陣羽織を脱ぎ捨て、代わりにアロハシャツを羽織っていた。サングラスをかけ、トロピカルジュースを飲んでいる。僕にもくれよ、トロピカルジュース。
それにしても、アロハシャツを着たゲーサン、思った以上に似合っているな。
そして、通算千五百体を突破した。
最初の目標は突破した。もういい加減、ノスフェラトゥを倒していいかな?
そう思って蜥蜴丸に意見を聞こうと思って後ろを振り向いた僕の眼に飛び込んできたのは……。
「ああ、アリス、私にキ●グボ●ビーを押し付けるんじゃない!!」
「ふふ、勝ちにこだわります。絶対に負けられない戦いが、ここにはあるのです」
「クカカカ、かっこいい事を言っているが、貴様らは最下位争いを頑張りたまえよ」
違うゲームをやっていた。このゲームでは蜥蜴丸が優勢の様だった。
そして、僕の脇を抜けて何体かの亡者どもが襲いかかった。
座ったまま、コントローラーを握りしめたまま片手で日本刀を抜刀したセリーナさんは、振り向きもせずに亡者を斬り裂く。頭の上ではクリスが眠っていた。
「やれやれ、落ち着いてゲームも出来ないとはな」
「ここまで順応しているセリーナさんは凄いと思いますよ」
そして、コントローラーをアリスに預けて、セリーナさんが立ち上がった。
振り向きざまに何体かの亡者を斬ったセリーナさんは、凄く美しかった。それは、まるで戦場を駆ける戦乙女の様だった。頭の上にクリスが眠っていなければ、完璧なんだけど。
亡者を斬り裂き、蹴り飛ばしながら僕の傍までやって来た。
巨大スクリーンにはいつの間にか可愛く描かれたセリーナさんのイラスト。肩の上にはクリスが描かれていた。その横には七十の文字。十秒ちょっとでそれだけの亡者を倒すとは。
「私の出番はない筈だったんだがな」
「すみません。セリーナさんが戦う姿を見たくて」
冗談だと通じたのだろう。微笑んでくれた。自分の顔が赤くなっていくのを自覚する。これは、マズイ。まっすぐにセリーナさんを見ていられない。
セリーナさんってたぶん、自分の綺麗さを考えていないんだろうなあ。だから、
「何で赤くなっているんだ、少年? おかしいな、額に“肉”なんて書かれて無い筈なのだが?」
こちらの反応に心底不思議そうな表情をする。
「まあいい、もう十分倒したんだろう?」
「ええ、まあ」
このやりとりの間もお互い手は止めていない。全員合わせれば、軽く三千二百は超えている。
「じゃあ、玉座でふんぞり返っている“王”を倒すぞ、少年……、いや、アキヒコ」
初めて、名前で呼んでくれた……? 認めてもらえたのかな?
「はい!!」
「じゃあ、行くか。ハァッ!!」
日本刀に光属性を纏わせての大振り。刀身から放たれた光属性魔法は玉座の間にいた亡者をほぼ消滅させた。セリーナさんのイラストの横の数字は、一瞬で千を超えた。
ノスフェラトゥと僕らの間を阻むモノは何もない。
いや、ノスフェラトゥが亡者を召喚する事無く、僕らの所まで走ってきた。
「すまん、血が足りない」
ノスフェラトゥが来る前にそんな事をセリーナさんが言いだした。おおい。
少し、カッコイイところを見せようとしたのがいけなかったかな?
普段なら何ともない魔法を使ったのだが、どうやら血が足りないようだ。フラフラする。
ノスフェラトゥが走ってきやがった。もしかして、私はピンチというやつか?
「すまん、血が足りない」
保険をかけておこうか。そんな思いもあってアキヒコ少年に声をかけておく。
私の方を見て少し情けない表情をしたが、すぐにノスフェラトゥに向き直った。
駆けつけながら私へと魔剣を振り下ろしてくるノスフェラトゥ。おいおい、花嫁候補を殺すつもりかな、こいつは?
だが、その魔剣が私に届くことはなかった。
私とノスフェラトゥの間に割って入ったアキヒコ少年が奴の魔剣を受け止め、奴の体を蹴り飛ばした。
「血が足りないのなら、今は眠っていてください」
「しかしだな……」
「大丈夫ですよ。俺が守ります。俺は、セリーナさんの騎士なんですから」
振り向きもせずに恥ずかしい事を言うなよ。
倒れそうな体をアリスが支えてくれた。うん、こうなれば、アリスの柔らかな膝枕で眠ろう。そうしよう。
「すまない、後は頼んだぞ」
「任せておいてくださいよ」
まだ私より少し背の低いアキヒコ少年の背中が、この時ばかりはずいぶんと大きく見えた。
ああ、守られるって、よく分からないけれど、いいものだな。
そうだな、後は頼むよ、私の騎士さま。世界を、私が愛する光あふれる素晴らしいこの世界を守ってくれ。
……オェッ、キモイ。自分の思考に涙が出てくる。もう、アレだね。骨まで震えるね。騎士さまって、オェッ。
もういい、ふて寝を決め込もう。
お休み。いい夢を見る事が出来ればいいな。




