後で謝罪と賠償を要求してやるのです。
“王”が死を司るモノならば、その“王”に従う軍勢は、死者の軍隊か?
ノスフェラトゥが異界より召喚した亡者どもは、緩慢な、しかしそれでいて冒険者達を蹂躙するに十分な速度をもって、動き出した。目の前にいる生者どもを殺す為に、己が同類とせんが為に。
迎えうつは、ジンを筆頭とした冒険者たち。亡者たちの頭を斬りおとし、確実に動けなくしていく。数は確実に減らしていく。だが、異界よりわき出てくる亡者の数は冒険者達に減らされていく数を上回る勢いで増えていく。もしかして、ピンチというやつだろうか?
だが、私は動かなかった。否、動けなかった。亡者どもは私には群がっていないのに、だ。
“王”が、ノスフェラトゥが私を見ていたからだ。お互いがお互いを見ていた。私が皆を助けるために動けば、奴が私を倒す為に動くだろう。私が奴を倒す為に動けば、亡者どもが私を倒す為に動くだろう。
「チィッ、キリがないぞ!!」
「殺しても殺しても減りやがらねえ!!」
異界よりわき出てくる亡者の数は増える一方だ。亡者どもを止めるには、頭を吹き飛ばすなり、斬りおとすなりしなければならない為、簡単にはいかないのが現状だ。
「ああ、そうそう、良い事を教えてあげよう。私を倒す事が出来れば、そいつらはもう出てこないよ」
何故、そんな大事な事を簡単にばらすんだ? まあ、見当はついていたが、今この場で言ったという事に疑念が渦巻く。
「ケッ、そういう事なら、テメェを殺しておしまいにしてやるぜ!!」
バカな冒険者が一人、彼我の実力差を弁えずに飛び出した。ノスフェラトゥを殺す為に。
その時、ようやく気付いた。ノスフェラトゥの狙いはこれか!!
困ったものだ。騎士を名乗る以上、命知らずの冒険者とはいえ、簡単に見殺しにするわけにはいかない。
私は体当たりをするような感じで、その冒険者の前に飛び出した。そう、これが狙いだったのだ。私が無防備に近い状態になるのを狙っていたのだ。ノスフェラトゥが微笑みながら――なんと邪悪な微笑みであろうか――、私に魔剣を振るう。右腕で日本刀を何とか抜刀するが、冒険者の体が邪魔をして満足に動かす事が出来ない!!
ノスフェラトゥの持つ魔剣が私の左腕を肩と肘の中間くらいで斬りおとした。防御が間に合わなかったのだ。左腕から噴き出る大量の血。
こいつは、マズイ。何とか傷口を抑えて回復魔法をかける。血止めには成功したが、いつまでもこのままというワケにはいかない。
死を覚悟しなかったかと言うと、嘘になるだろう。片腕で何とかなるとは思えない。まあ、それでも何とかするのが騎士であるべきなのだが。片腕失くしたからといって、戦意喪失するわけにはいかない。
ノスフェラトゥが再度魔剣を振り下ろす。右腕一本で持ち堪える事が出来るだろうか?
だが、その時私とノスフェラトゥの間に割って入った影があった。
「大丈夫ですか、セリーナさん」
アキヒコ少年だ。ノスフェラトゥの持つ魔剣と対抗するは、私の持つ日本刀とよく似た武器。少しだけ違うが、彼の持つ武器もまた、日本刀だった。
少しだけ私の方を振り向いたその顔は、いつものふざけている表情ではなかった。そして、心なしか広く、大きく感じる背中。少しドキッとするではないか。
鍔迫り合いに持ち込んでいたアキヒコ少年がノスフェラトゥを蹴り飛ばした。否、蹴り飛ばされる前にノスフェラトゥは自らその場を離れた。
「ククク、小僧、姫様を守る騎士にでもなったつもりか?」
「男が姫様守る騎士に憧れて何が悪いんだ?」
姫様? 私がか? 悪い気はしないな。もっとも、死者の“王”の横に立つ姫になるつもりは毛頭ないが。
「だが、その女は私の花嫁にこそ、相応しい。貴様は地を這い蹲る虫けらよ。さあ、そこをどけ」
ノスフェラトゥから強大なプレッシャーが放たれた。私ですら顔をしかめる程の。
しかし、そのプレッシャーは相殺された。目の前に立つ少年の放った闘気によって。
「ほう、貴様、何モノだ……?」
ノスフェラトゥも疑問に思ったのだろうか?
「姫様守る騎士だよ」
まだ引っ張るのか、それを。
「だが、守りきれるかな? もっとも、その女は私の花嫁になる女だ。貴様に邪魔をされるわけにはいかないが、私がまだ力を取り戻していないのも事実」
ノスフェラトゥとアキヒコ少年の間にも亡者の群れが壁を作る。
「ククク、私も力を取り戻させてもらうとするか。この、極上の美酒でな」
そう言いながら、魔剣に付いた私の血液をなめとるノスフェラトゥ。うげ、結局こいつも変態か。と、同時に左腕から地面に落ちた私の血液がまるで意思を持つ生物であるかのように、ノスフェラトゥの元へと向かって行く。
そして、地面につけた魔剣へと吸収されていった。
威圧感を増す魔剣とノスフェラトゥ本人。
「ああ、やはり銀髪、貴様の血は極上だ。さほどの量ではなくとも、私の力は半分以上取り戻す事が出来た。生あるモノに対してこれ程の感謝の念は抱いた事がない」
私の血液が奴に力を取り戻させているだと?
「ああ、これだけ力を取り戻せる事が出来たのなら、夜を待てば全盛期の力を取り戻す事が出来るだろう。今もまだ、極上の血は私の元に流れ着いているのだからな」
左腕を見ると、血止めは完全に成功はしていなかったのか、ポタリ、ポタリと地に落ち、ノスフェラトゥの元へと運ばれていく。
「無事か、セリーナ」
「大丈夫ですか?」
ジンやアリスを筆頭に全員無事に駆けつけてきてくれた。目の前には亡者の壁。亡者どもにはアキヒコ少年とゲーサンが対峙していた。そして、その壁の向こう、玉座に辿り着いたノスフェラトゥは剣に付着した私の血液を再度なめている最中だ。
「夜になれば奴は全盛期の力を取り戻す。今のうちに奴を倒そう」
「お前何言っているんだ? ここは、いったん逃げるぞ。奴は今、お前の血に酔っている。逃げるなら今だ。いったん地上に戻って体勢を立て直すぞ」
何を言っているんだ、ジン?
「俺が先頭を突っ走る。冒険者達は俺の後を走ってついてこい。少年、お前はセリーナをおぶってでも連れてこい。何、この際だ、お姫様抱っこでも構わん。アリスちゃんはセリーナと少年の護衛だ。あと、セリーナの左腕も持ってきてくれ!! 殿には蜥蜴丸とゲーサン。この布陣で地上を目指す。いいな!!」
ジンの提案に皆一様にうなずく。冒険者達も亡者の相手はこれ以上したくないようだ。
「バカを言うな。ここで奴を倒すぞ」
私を除いて。力を取り戻す前に倒さなければならないだろうが!!
「お前の意見は今聞いてねえ。行くぞ!!」
待て、と言おうとしたところ、後ろから足を払われた。そして、私の体はアキヒコ少年に抱きかかえられてしまった。いわゆるお姫様抱っこで。
右腕にあった筈の日本刀はいつの間にかアリスに取られていた。腰に差していた鞘ともども。え? どうやったの?
「よし、行くぞ。いったん地上に出る。蜥蜴丸、ゲーサン、殿は任せたぞ」
「クカカカ、任された、と言っておこうかね」
「げっげー」
ゲーサンのセリフが了解、と聞こえたのは私がそういう答えを期待したからだろうか?
ジンが地上を目指して走り出した。
後ろでは、逃がすまいと亡者どもが動き出そうとしていたが、ゲーサン無双が始まっていた。どの亡者もゲーサンと、ついでに蜥蜴丸を越える事が出来なかった。蜥蜴丸はほとんど何もしていなかった。
ジンを追って冒険者達が彼の後ろを走りだした。ここに残ってノスフェラトゥを倒そうというやつはいない、か。仕方あるまい。
そして私はというと、暴れていた。
「少年、降ろせ!! 恥ずかしすぎる!!」
何でこんな衆目の前でお姫様抱っこされなければならないんだ!!
「暴れないでくださいよ。舌噛みますよ」
何で、そんなに冷静なんだ? こっちはこんなに恥ずかしい思いしているのに!!
「おいこら、ドサクサに紛れて胸やお尻を触るんじゃない!! このエロガッパが!!」
何で触っているんだ? 必要ないだろう!?
「フフフ、役得ってやつです」
何が役得だ。要するにスケベ心丸出しなだけだろうが。後で謝罪と賠償を要求するからな!! そうだな、賠償としてスケベ本を貰い受けようじゃないか。ふふふ、私はまだ、スケベ本を諦めてなどいないのだよ。
「静かにしてください!! さっさと地上に出ますよ!! セリーナさんも今はアキに抱きついていてください、いいですね、今だけですよ!!」
「はい!!」
怒られてしまった。なんだか怖くてつい従ってしまった。私もヘタレてしまったのだろうか?
「アキはセリーナさんの胸やお尻を触らない事!!」
「サー、イエッ・サー!!」
アリスをこれ以上怒らせる事は得策ではないと考えたのか、それ以上アキヒコ少年が私の胸やお尻を触ってくる事はなかった。アキヒコ少年もまた、ヘタレたのだろうか?
走るアキヒコ少年から振り落とされない為に、彼の首筋に右手を持って行く。抱きかかえられる事に少し安心感があるのは、何故だろう?
その時、ようやく気付いた。抱きかかえられている私のお腹の上でクリスが寝息を立てている事に。なんという大物。でも、クリスのいる辺りから暖かな空気が私を包み込んでいた。痛みも和らいできた。
ゲーサン(ついでに蜥蜴丸)は、亡者を相手にちぎっては投げちぎっては投げの大活躍であったが、見ている者は誰もいなかった。ノスフェラトゥは己に、否、セリーナの血に酔っていた。先ほどから亡者を呼び出す事もしなくなった。
蜥蜴丸はセリーナの血に酔っているノスフェラトゥを見て、キモイとしか考えていなかった。そして、今この時がノスフェラトゥを倒すべき時ではない事も理解していた。倒すのなら、奴が全盛期の力を得てからだ。その時でなければ倒す意味も価値もないと考えていた。彼は寂しがり屋であると同時に目立ちたがりでもあった。そう、全ては己が光り輝く為に――。
亡者を呼び出す事はこれ以上ないな、そう判断した蜥蜴丸はゲーサンを促し、ジンたちから遅れる事十数分、地上を目指して走り出した。
クカカカ、ノスフェラトゥ、貴様はワガハイがスーパースターになる為の、踏み石程度の存在なのだよ。
ノスフェラトゥは蜥蜴丸たちを追わなかった。全盛期の力を取り戻す事が先だと思ったからだ。ついでに言えば、亡者どもを相手にしてひけをとらないどころか、圧倒する実力を見て、手を出すべきではないと判断したからだ。世界観も違う気がしていた。
あのような二足歩行をする人間大の蜥蜴は彼が深い眠りにつく前にはいなかった気がする。このファーガイアと呼ばれる世界には。
まあ、眠りについている間、ファーガイアも進化したのだろう。あのような存在がこの世界に生まれ落ちていたとしても不思議ではない。
だが、はっきり言って蜥蜴どもはどうでもよかった。
彼が問題としていたのは、銀髪の女の血であった。
彼に捧げられた血液は、冒険者二人分と彼女の血液だけであった。本来、数人程度の血液量では彼を封じ込めたあの棺は開かない筈なのだ。
この血は、彼女の血はいったい何だ?
彼を深い眠りから、千年単位での眠りから目覚めさせた彼女はいったい何者だ?
「もしや、あの女、私をこの棺に封じ込めた戦女神の――?」
それならば、得心がいくというもの。
「ククク、いいぞ。月が、夜が支配する頃、私は我が軍勢を率い、地上への侵攻を開始しよう。貴様はどうする? 私を止める為に動くか? それとも、我が花嫁となる事を選択するか?」
ノスフェラトゥは夜を待つ事に決めた。
己の力が最大限発揮できる時を待ち、地上への侵略を彼の軍勢と共に開始する。
「世界を我が手に。光あふれる世界を闇の支配する閉ざされた世界へ」
彼のひとり言を聞く者は今、この場にいなかった。




