役不足と役者不足、正しいのはどちらでしょう?
“死者の都”ブリュージュ、その最奥に眠るは、死者の“王”。
そして、その“王”が目覚めた、もしくは目覚めようとしている。そして、“王”は光あふれる世界を己が支配する世界に変えようとしているという。死者が支配する世界は、陽のあたらぬ永劫の闇に閉ざされた世界だろうか?
ならば、私はその“王”を倒す為にブリュージュの最奥に向かわねばなるまい。何故なら、私はこの国と民を守る騎士なのだから――。
しかし、私は今、いったい何をしているのだろうな?
蝶仮面からの新世界への誘いを何とか振り払って、皆を追い越して最奥に向かおうとしていた筈だ。その筈だ。
なのに、今私は何をしている……?
「はいはい、冒険者の皆さん、もう少し間隔を狭くして。ほらほら、セリーナさん笑って笑って。記念撮影するんですから!!」
よく分からないが、皆の中央にアリスと共に立たされていた。私の右横には蜥蜴丸。アリスの左隣にはジン、続いてゲーサン。後列に冒険者達。
「あと十秒後に撮影ですからね!! 皆さん笑ってくださいね!!」
そして、私の右隣りに蜥蜴丸を押しのけて立つアキヒコ少年。瞬間、アリスが怒っているような表情をしたが、全く気付く様子のないアキヒコ少年。少しの間私を睨みつけるアリス。何で私が睨まれなければならないんだ? 怖い。撮影の瞬間にはとりあえず笑顔になるアリス。慣れているな。私は、上手く笑えていただろうか?
撮影した画像を確認しに走るアキヒコ少年。その後、ジンたちに見せびらかしている。
ジンも写真を見るのは初めてのようで、なんだか驚いている。
「セリーナさんってやっぱり笑うと凄い美人ですね!!」
美人? 褒められて悪い気はしないのだが。私も写真を見せてもらう事にした。小さい画面に写った写真の元画像とやらには、凄く嬉しそうな顔で笑っているアキヒコ少年と、その隣で儚げな表情で笑う私。そして、その横で笑うアリス。目が笑っていないように感じたのは私だけだろうか?
「へえ、お前もちゃんと笑えているじゃねえか。苦手意識はなくなったか?」
苦手意識? 笑うのが? だが、学生時代からの兄貴分であるジンが言うのだ。間違いはないのだろう。……そう言えば、学生時代の記憶だって曖昧なところもあるな、私は。
「少し大人になったのさ」
とりあえず誤魔化しておこう。
「ふうん」
ジンは何か思うところがあるのだろうが、特に何かを言う事もなかった。気を利かせてくれたのだろうか?
写真撮影を終えて、私たちは再度、最奥を目指して歩き出す。この先に眠る、もしくは目覚めたばかりの“王”を倒す為に。
儚い笑顔、か。人の夢と書いて儚いと読むという。人の夢は、終わった時、叶わなかった時、何処に眠るのだろう? 儚き夢は、墓無き夢か?
……また、ポエマーになってしまうところだった。思考の海に沈むのはやめた方がいいかもしれんな。
気を取り直して、最奥へと向かうとしよう。何より、ポエマーにならない為に。……国や民を守る為にも、な。
地の底へと続くかの如く長い坂を、ただひたすらに下って行く。
幸いなのは、モンスターとほとんど遭遇しなかった事か。ただ単にここにはモンスターがほとんど生息していなかったのか、それとも“王”が目覚めた(もしくは目覚めようとしている今)、モンスターどもも息をひそめているのか。
「モンスターがいませんね。流石におかしくありませんか?」
アリスが私と同じ疑問を抱いたようだ。
「モンスターがいないのは幸運じゃないの」
アキヒコ少年は呑気だな。私の頭の上で未だ眠っているクリスと同じくらい呑気だ。写真撮影が終わり、移動を始めた時にはもう、私の頭の上を定位置と決めたかの如く動かない。あの時、一点を睨みつけてうめき声をあげたのは何だったのかと思わせるくらいに。
「いや、モンスターがいないのではないと思う。ある程度は先程俺たちに襲いかかってきた連中で終わりじゃないのか? 数百匹はいたからな。蜥蜴丸に誘われたのだろうよ、あいつらは」
「おいおい、先程の連中である程度打ち止めだというのはワガハイ同意するがね。違うだろう? 変態片眼鏡、あいつらも貴様と同類ではないのかね? 人外娘を愛してやまない連中が貴様とオフ会をしようと集ったのではないか?」
「バカ言え、あんな連中とオフ会を楽しめる程、俺は人間捨てていないぞ。どう考えてもお前と一緒に外宇宙に飛び出そうとしていただろうが!!」
オフ会? 外宇宙? なんだかもうよく分からなくなってきたな。
とりあえず、ジンと蜥蜴丸の言い合いは無視してもいいだろう。
そして、二時間ほど歩き続けただろうか? 太陽は見えないのでよく分からないが、時間は昼頃の筈だ。
遂に、辿り着いた。最奥だ。
ここが何故最奥と分かるのかと言うと、分かるからとしか言いようがない。
この広大な扉、いや、巨大な扉の向こうから、凄いプレッシャーが押し寄せてくる。並の冒険者ならば、正気を保っていられない程の。
私は皆を振り返った。プレッシャーに驚いたのか、私の頭の上では居心地が悪くなったのか、それは分からないがクリスは今、アリスの腕の中に移動していた。この猫も変わらないな。まあ、ニャーニャー鳴かれるよりはいいかもしれないな。
「みんな、聞いてくれ!! この扉を開ければおそらく、引き返す事は出来ないだろう。もし、引き返したいという者がいるのなら、正直に申し出てくれ。引き返してくれて構わない。ここから先は死地になる可能性が高い。私はみんなを守るつもりではいるが、相手は“王”を自称する者だ。皆を守るのは私では役不足かもしれない。守ってあげられないかもしれない。この先に行こうと言うのなら、命を預けてくれなどとは到底言えない。自分の命は自分で守ってくれ!! 皆自分の意思で決めてくれ。この先へ私と共に行くか、引き返すか。引き返す事もまた、勇気だ。生き延びる事もまた、戦いだ!!」
沈黙が場を支配した。
「一分待つ。この先へ行くか、引き返すか。再度言う。自分の意思で決めてくれ!!」
それから、まるで一時間にも感じる一分が経過した。ゴメン、嘘。せいぜい五分くらいにしか感じられなかったよ。
誰一人引き返そうとしなかった事に私は嬉しさを隠すのに必死だった。
巨大な扉に再度向き合う。
「さあ行こう、扉の向こうへ。待ち受ける闇に臆する事無く、希望の光を私たちの手に勝ちとる為に!!」
フッ、決まったな。もしかしたらいつの日か大演説をぶちかませるかもしれん。
「なあ、どうでもいいけど、皆を守るのは私では役不足って言ってたよな?」
「ああ、言ってた。確かに聞いた」
「おお、俺も俺も」
後ろで冒険者達が先ほどの私の演説の話をしている。ああ、褒め称えてもいいよ。自画自賛したい程の出来だったからな。いつか、私が社会的にかなりの地位についたら、自叙伝でも出そうか。そこに先ほどの名演説を入れよう。そうだな、第一章あたりだ。いや、第二章でもいいな。
「アレ、あの言い方なら“役不足”じゃなく、“役者不足”じゃねえかな?」
「あ、おめえもそう思った? 俺もなんだよね」
「俺も俺も。何だ、疑問に思っていたの、俺だけじゃなかったのか。俺が間違えているかもしれねえと思って言えずにいたんだよな」
……自叙伝を出版するなどと、二度と考えません。ごめんなさい。許してください。
この門をくぐる者、全ての希望を捨てよ――。
どこで、いつ聞いた言葉であったか。私の記憶の中にはない。記憶が正しいかどうか、記憶しているこの言葉が正しいかすら分からない。
もっとも、今開いたのは扉だ。扉をくぐるという表現は正しくはないと思うが、どうだろう? 自信がなくなってきたよ。
何もない、広大な空間が扉を開けた先には広がっていた。ついでに言えば、扉に鍵はかかっていなかった。盗み放題じゃないか。もっとも、待ち受ける者は盗賊など歯牙にもかけない存在ではあろうが。
そこには、まだ、誰もいなかった。“王”は目覚めていないのだろうか?
広大な空間の最奥、何もないと思っていたそこには、数段上った先に玉座があった。赤い、赤い布地がはられた玉座だ。
そして、玉座の前には、豪華な棺。宝石がふんだんに使われている。まるで、盗んでくださいと言わんばかりに。
これは、いけない。あれだけの宝石、換金すればいくらになるだろう? 一生左うちわで暮らせるだけの金額になるだろう。
何人かの冒険者が走り出した。まるで、何かに導かれるように。
「止めるんだ!!」
私を押しのけて走り出そうとした冒険者を一人、顎先を打ち抜いて気絶させることに成功した。一人は救えた、か?
見ればアキヒコ少年やジン、ゲーサンも冒険者を気絶させていた。だが、一人だけ棺に辿り着いた冒険者がいた。
「ソレに触るな!!」
私の叫びも虚しく、棺に触った冒険者。
「ヒャーハッハ、これだけの金があれば、女を買い放題だぜ!!」
己の見たい夢を見ているのだろうか?
だが、それだけ。言えた言葉はそれだけだった。
私たちの見ている前で、彼は棺の中へ吸い込まれていった。棺の中にどうやって入って行くのか? 彼の体は水分が失われていったのか、グングン萎んでいった。そして、最後には咀嚼音が聞こえてきた。棺の中から。
そして、棺の中から“王”がその姿を現した。
病的なまでに白い髪、蒼白い肌。顔面蒼白に近いが、それとは決定的に違う。生気のない瞳。それでいて、豪奢な甲冑を着ている。
身長は二メートルほどになるだろうか?
棺から降りたその偉丈夫は、生気のない瞳で私たちを見渡した。
「おはよう、諸君、目覚めるにはいい夜だな。もっとも、まだ夜ではないがね」
確かに、まだ昼過ぎくらいの筈だ。
「ふん、この棺の罠にかかったのは、質の悪い男か。例の仮面もたいした働きはしなかったな。私の元へはほとんど血液を寄こさなかった。だが、“質”は物凄くイイ、極上の美酒と言っても過言ではない血液をよこした。貴様の血液だな?」
その偉丈夫が見つめる先にいるのは、私か? 私は生者の世界に、陽のあたる世界に生きるのだよ。
「よかったな、蜥蜴丸。お前確か血を大量に流していたな。お前の血で甦ったんだとよ?」
「おいおい、ワガハイは蝶仮面に血液を吸われてはおらぬよ、銀髪、あいつはどう見ても貴様を見ているではないかね」
人外同士、蜥蜴丸に押し付けようと思ったのに……。
「蜥蜴の血液など、私は受け付けぬよ。銀髪の娘、貴様だ。“王”に名を名乗る栄誉を与えてやろう」
言霊思想、と言うのを何処かで聞いた事がある。ここは、偽名を名乗ろう。
「ケロケロ公爵家のケロッピです」
「時代が変わるというのは、恐ろしいモノだな。そのような唾棄すべき名前を自分の娘につける親がいるのか?」
いないと思うよ。信じているのかな?
「くだらん偽名など、どうでもいい。銀髪の娘よ、貴様は我が花嫁となり、私が世界を掌握する様を私の一番近くで見ている事を許可しようではないか」
なんだ、信じていないじゃないか。理性はあるのか?
「陽のあたらぬ世界など、いらないよ」
そんな世界はいらない。私が生きていたい世界は、そんな世界じゃないんだ。
「ククク、私に逆らうと言うか。それもいいだろう。なあに、私は目覚めたばかりで気分がいい。だが、血が足りないのもまた事実。故に貴様らから血を頂こうではないか」
ふん、目覚めたばかりで力が十分ふるえないのならば、今倒せばいいだけの話だ。足を踏み出そうとしたその瞬間、
「出でよ、我が眷属たちよ」
その言葉と同時に、偉丈夫の後ろに漆黒の闇が浮き出てきた。そして、そこから無数の亡者がわき出てきた。
「我が名はノスフェラトゥ。死を総べる“王”なり。そして、世界にあまねく死をもたらすものなり」
こいつらが、“王”を支える軍勢か――?
「世界に死を。闇に閉ざされた新しき世界へ」
“王”の号令に従い、配下の軍勢が動き出した――。




