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セリーナ・ロックハートの大冒険  作者: 折れた羽根 しおれた花
第一章 夏の終わりに~end of summer〜
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旅立ちの朝なのです。

 目が覚めた。今日はレムリア辺境領へ向けて出発する日だ。さあ、朝食をとって身だしなみを整えてから、旅へと出かけよう。

 そう思ったが、自分の腕の中には何者かの感触。毛布をめくってみると、そこには腰まで届く金髪の小さな天使の寝顔があった。ああ、そうだった、昨日は団長の家に泊まらせてもらったんだっけ。

 宿舎に帰っても何もやる事がないからなあ。同じ寝るなら、天使を抱きしめながら寝るに限る。夏の終わりという事もあって暑いけれど、魔法を使って室内をちょうどいい気温に保っている。こんな魔法の使い方をしている人間、そうはいないだろう。

「ほら、起きて、アイリーン。朝だよ」

 そう声をかけると、暫くして寝ぼけ眼の天使さんがお目覚めだ。

「おはよう、セリーナお姉ちゃん」

「おはよう」

 軽く天使の額にキスをする。くすぐったそうにしているが、嬉しそうな笑顔は私にとっていいプレゼントだ。

 団長には公私にわたって世話になっている。もっとも、世話になったのは騎士になる前からなのだが、それに関してはいつか語る事もあるだろう。

 だから、団長とも、団長の奥さんであるセレスティアさん――ティアさん――とも、二人の娘であるアイリーンとも長い付き合いだ。アイリーンは私にとっては妹のようなものだし、ティアさんは私にとってお姉さんのようなものだ。本当は母親代わりと思っているのだが、年齢もそう離れていないのだから、思うのならお姉さんと思いなさいと言われた。あの時のティアさんは笑顔であったが、勝ち目はないと思わされた。それ以後、ティアさんは私の姉代わりである。ティアさんの年齢は分からない。年齢を聞いた事がある筈だが、そんな記憶は残っていない。何故だろう?

 団長自身は、世話好きもあってか他の団員たちと交流を持ちたがる。実際騎士団員の多くが彼の家で食事や酒をご馳走になるが、大半の騎士団員は一度しか行ったことがない魔窟のような場所である。酒が入ろうが入ってなかろうが、ある程度騎士団員の話を聞いたりした後は、ウンザリするほどの奥さん自慢と娘自慢が始まるのだ。これに耐えられる団員はほとんどいない。まあ、もっともそのおかげで私は自分の居場所を団長宅で確保できているのだが。


 アイリーンと二人して洗面所で顔を洗い、寝癖を整え、服を着替えてから食堂へと向かった。そこには、もう四人分の食事が準備され、騎士団長とティアさんが椅子に座って私たちを待っていた。

「おはよう、セリーナ。昨日はよく眠れたかしら?」

「おはようございます、ティアさん。アイリーンのお蔭でグッスリ眠れました」

「そう、ならよかったわ。おはよう、アイリーン。セリーナお姉ちゃんに迷惑かけなかったかな?」

「迷惑なんてかけてないよ。おはよう、ママ」

「おはよう、アイリーン」

「……おはよう、お父さん」

「なんでパパって呼んでくれないの!? 早めの反抗期!?」

 ちなみに、アイリーンは十歳だ。以前団長があまりにベッタリしてくるので、どうにかしたいと相談を受けたことがある。よく抱きついて来るけど顎鬚が当たって痛いのだ、と。抱きつかれる事自体は嫌いじゃないけど、髭が嫌いだ、と。私はそこで言ってやった。「パパじゃなく、お父さんと呼んでみたら?」と。お父さんと呼びだしてから抱きつかれる事は減ったけど、やたらと泣くようになったそうだ。いやいや、近くで見ている分には面白いものだ。

「セリーナ、お前だな?」

 私がニヤニヤしていたのが分かったらしい。団長は“お前を犯人です”と口を動かした。……間違えていないか、この読唇術?

「さて、何の事やら」

「チックショー!! グゥレぇてぇやぁるぅーー!!」

「はいはい、朝ご飯にしますよ。セリーナもこの団長ひとで遊んでないで、ご飯を済ませたら、旅に出るのでしょう?」

 ティアさんの言葉で全員が我に返った。皆で手を合わせ、朝食を開始する。未だに団長の扱いはティアさんには敵わないな。

 時々他愛無い話を挟みながら、何事もなく、朝食は済んだ。……いつ食べても、ここの食事は美味い。帝都騎士団団長というだけあって何人か雇ってはいるが、住込みで働いている人はいない。私が来た時は少なくとも、ティアさんが食事を作っている。いつも作っているのかもしれない。彼女から受けたアドバイスは「好きな男が出来たら、胃袋をしっかりとつかみなさい」だ。いつの日か胃袋をつかみたい相手が出来た時の為に、時々料理は習ってはいるのだが、なかなか上達しない。本気度が足りないからだそうだ。……そんなことはどうでもいい。恋なんて、たぶん出来ないさ。私にとっては八番目の虹の色を見つける事より難しいに違いない。

 食事を終え、客室(客室というよりもう私の部屋だ。私物もたくさんある)に戻り、準備していた服などを詰め込んだ鞄を持ってくる。最低限の服、食料はこうして鞄に詰めてある。冒険者の持つというアイテムボックス(どこかの空間にアイテムやら何やら詰め込めるそうだ、詳しくは知らないが)を騎士団員になった時に購入しておいたおかげで、旅に出る時に荷物がいっぱいだという事にならないのはいい。色々なタイプのアイテムボックスがあるが、やはり一番信頼できるのは、“スペースリザー堂”製造のヤツだろう。これは食料品も入れたままの状態で保存できるという優れものだ。焼きたてホヤホヤの肉を入れておけば、三日後にとりだしても、焼きたてホヤホヤの味が楽しめるというのだから、大したものだ。……三日後に食べたいとは思えないのが、欠点だが。

 この“スペースリザー堂”製造タイプのアイテムボックスが欲しくて学生時代、モンスターハンティングに心血を注いでいた時期もあったくらいだ。かなり値が張ったからな。騎士になる前に購入してやると思ってね。あの頃モンスターハンティングに付きあわせた相棒は今頃どこの空の下をほっつき歩いているのだろうか? 彼は騎士にはならずに冒険者の道へと進んだが。

 さて、武器は、っと。

 騎士団支給品のサーベル――品質は悪くない――を身分証代わりに携帯し(これを持つのを認められるのは、ティンダロス帝国帝都騎士団員だけなのだ)、もう一つ、“日本刀”なる武器も携帯する。私は、騎士団支給品のサーベルより、何だか世界観の違うこの“日本刀”なる武器が好きなのだ。この“日本刀”、銘こそ入っていないが、私には扱いやすく、馴染むのだ。ちなみにこの“日本刀”、これもまた“スペースリザー堂”帝都支店で購入した物だ。

 “スペースリザー堂”、経営者というか、店員は普通の人間だ。何者かから経営を任されていると言っていた。ちなみに、支店長クラスの人間でも、本店の人間は見たことがないし、本店が何処にあるのか、何処から製品が入って来るのかも分からないそうだ。注文をしたら、数日から数週間の間で商品が入荷してくるのだ。よく分からないシステムだ。店員すら、気付いたら商品が並べられていると言っていた。

 ただ、この“スペースリザー堂”、経営が上手く行っているのかは分からない。いつ訪ねても、ほとんど客がいたのを見た事がない。しかし、給料は他の武器防具関係の店や雑貨屋などで働くよりイイらしい。


 鞄と武器を手に、客間を後にする。すぐに使用しない、もしくは不必要なモノは、アイテムボックスに放り込んである。よく分からないがこのアイテムボックス、衣服を乱雑に放り込んでも、とりだすときにはしっかりと畳まれているのだ。一体中て何が行われているのだろうか? 何故かは分からないが、深く考えてはいけない気がする。

 玄関を抜け、厩舎にやって来た。何度か遠出をさせられるので、馬を個人的に買った。普段は騎士団の厩舎に預けているが、時々こうして、団長宅の厩舎に預ける事もある。今回は団長宅からレムリアに向けて直接出向く、という事もあり、預けておいたのだ。

「ロッキー、また、旅に出るよ。いつも落ち着く間もなく旅から旅だけど、まあ、楽しく行こうか」

 話しかけた言葉が分かるのか、私に顔をこすりつけてきた。流石にこのロッキーは“スペースリザー堂”から購入した馬ではない。騎士団員になり、何度か地方に行っている時、そこで一目惚れをして、牧場で高値で買い取ったのだ。今では、長旅の相棒だ。栗毛の馬で、額に三日月形の白く抜けたところがある。

 ロッキーに鞍などを取り付け、厩舎から出した後は、手綱を握り、団長宅の敷地内は一緒に彼と歩く。

 門の所までティアさんとアイリーンが見送りに来てくれていた。団長は公務があるため、既に屋敷を後にしている。

「気を付けて、無事帰ってきなさいね」

「セリーナお姉ちゃん、お土産待ってるよ!!」

 私は門をくぐってから二人に笑顔で手を振り、「行ってきます!!」と声をかけてから、ロッキーに騎乗した。

 さあ、目指すはレムリア辺境領。そこには、何が待っているのだろうか?


 今日が、この夏の終わりの忘れられない旅の始まりになるという事に、まだ私は気付いていなかったのだ。



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