酒は飲んでも飲まれるな。これは鉄則です。
「まったく、本当、あいつらはやってくれましたよ。大恥かいてしまいましたよ」
自分でももう、何回目のセリフかは分からない。ふふ、酒に酔ってなどいないよ? ところで、酔っ払いほど酔っていないって言うって知っているかい?
「あらあら、でも、あれで皆貴女の事を可愛い女性だと思ってくれたのじゃないかしら?」
そう言って私に優しく微笑む女性はオーガスト・ダーレス卿の奥さんであるエミリアさん。昔は魔道士としても名の知れた女性だったとの事だ。
しかし、若いな。十五歳になる娘がいるとはとても思えん。二十代前半と言っても通じるのではないだろうか? 年齢は怖くて聞けないので、実年齢は分からない。ここら辺はティアさんと同じだな。
「可愛い? そうですか?」
とても、そう思われているとは思えない。
先ほど使用人(とは言っても、アキヒコ少年とレティだけ。アルフレッドさんは、旅行中らしく、会えなかった)も交えた夕食が終わり、今は私とアリス、レティにクリス、そしてエミリアさんの女性陣だけで軽くお酒を飲みながら話をしている。
とは言っても飲んでいるのは私とエミリアさんだけだが。ティンダロス帝国では十八歳以上は飲酒が認められている。もっとも、十八にならないうちから飲んでいる奴は結構いるけれど。
「どうかな、アリスちゃん、私は可愛いだろうか?」
心配になって聞いてみた。流石に今私の膝の上にいるという事はない。膝の上に抱きたい。
「アハハ、初めて会った時はビックリしましたけどね。いきなり抱きかかえられて頬ずりされるなんて思いもしなかったので。でも、さっきの父さんとの初対面の時は面白かったですよ?」
面白い? 可愛いじゃなくて?
レティの方を見てみたら、気付かないふりでお茶を飲んでいる。気付いてるくせに!!
「皆して面白いやつだって思っている癖に。もう、私の味方はクリスだけだよ。ああ、貰って帰りたい」
クリスの喉を撫でてやる。目を細めて嬉しそうにしている。ああ、癒されるなあ。貰って帰りたいなあ。
「フフフ、ダメよ。クリスは私にとっても癒しなんですからね」
エミリアさんにやんわりと断られてしまった。残念。
「じゃあ、アリスちゃんを下さい」
「そんな事言っていると、オーガストが怖いわよ? あの人、私やアリスの事が絡むと、普段の数倍の力を発揮するからねえ。昔は皇帝すらボコボコにしたって話よ」
あの人は、それくらいしそうだよねえ。団長もたぶん、するよねえ、皇帝をフルボッコ。常識が通じない人たちだからねえ。
「それ、ホントの話? よく母さんがその話するけど、本当にそんな事していたら父さん生きているわけないよね?」
「アリスが生まれる前の話だからね。でも、やったらしいわよ? 近くに回復魔法を使える魔道士だけ残して近衛騎士団もフルボッコにして、皇帝を殴りに殴って、気絶しても回復魔法で復活させて、回復するたびに殴りに殴って、泣いて謝っても許さなかったそうよ」
そう言えば、二十年くらい前までは皇帝は女遊びが大好きだったという話を聞いた事があるな。だが、ある年を境にぱたりと女遊びをしなくなり、皇后一人と添い遂げると公言したとか。本当かどうかは分からんが。
「むう、やっぱりアリスちゃんも貰えないか。後が怖い」
「でも、セリーナさんってお茶目な女性って感じがしますよ? いきなり抱きしめてきたりとかしなければ、話も面白いし」
「フフ、お姉ちゃんって呼んでもいいよ?」
「お断りします」
無念。
「レティちゃんも……」
「お断りします」
まだ最後まで言っていないのにッ!?
「そんなにアリスの事気に入ったの?」
「抱き枕にしたいくらいです」
間髪入れずに答える私。アレ、視界の中にドン引きしているアリスとレティの姿が見える。おかしいなあ。
ひどいや、お姉ちゃん傷付いちゃう。
「少年、お酒」
私が右手でさしだしたグラスにちょうど部屋にお酒の補充に来たアキヒコ少年がワインを注いでいく。む、アリスとレティが驚いた表情をしているぞ? 何に驚いているんだろう?
「セリーナさん、アキが来た事に気付いていたんですか?」
何を言っているのだ?
「気配は消していたようだけど、足音までは消していなかったじゃないか。後ろに立ったのが分かったから、グラスを出して酒を注いで貰った。何処にも驚くような要素なんてなかったじゃないか」
全く、その程度で何を驚いているんだ? 全然わからん。
「足音も結構消していたんですが……。気付かれていたんですね?」
「フフフ、帝都騎士団三番隊組長の肩書は伊達じゃあないよ。だいたい、三番隊は変態が多かったんだ。いつも気を変な意味で張りつめていないといけない職場だったんでね、足音や気配には敏感になるよ」
おかしな強さのレベルアップの仕方をしてしまったよ。
「そうだ、三人とも十五歳だってな? 進路はどうするんだ? 三人とも騎士や魔道士になりたいと言うなら、私が推薦状を書いてやろう。ミスカトニック騎士養成校に通ってみる気はないかい?」
ティンダロス帝国では十五歳以上になると、働く事が出来る。それまでは、一応学校に通う事になっている。もっとも、全員が全員そうではないのだが。ミスカトニック騎士養成校に通えるのは十五歳以上。試験に受からないと通えないのだがな。
「俺は冒険者になってますので。このまま、冒険者の道を歩こうと思っていますよ」
「そうか、アリスちゃんは?」
「私も冒険者の道に進もうと思っていますよ、今も修行中です」
「レムリア騎士団かい?」
私がレムリア騎士団の名を出した時に、アキヒコ少年とアリスの眉がピクリと動いた。ビンゴか。
レムリア辺境領には国境警備隊はあるが、自前の騎士団はない。私がレムリア騎士団の名を挙げたのは、レムリア騎士団がレムリア辺境領を主要な活動地域とする凄腕の冒険者グループだと聞いたからだ。凄腕の冒険者となると、限られてくる。強さに見合った人間を考えれば、アキヒコ少年やアリスに辿り着く。後はたぶん、蜥蜴丸とゲーサンだろう。
「レティちゃんはどうする?」
「私は何も考えていませんが……」
「心変わりしたら何時でも言ってね。君には魔道士としての素質があるよ、私が保証する。もっとも、エミリアさんも保証してくれているとは思うけどね。もし、ミスカトニック騎士養成校に通いたくなったら、私が推薦状書いてあげようじゃないか。まだ、誰にも書いていないんだぞ? プレミアモノだよ、たぶん。もちろん、少年とアリスちゃんにもね」
私はみんなにウィンクをしてみせた。ちょっと暗くなった雰囲気を和らげてあげようと思っただけなんだがな。何でアキヒコ少年はそんなに頬を赤くしているんだ? おい、逃げ出すなよ。何だ? 全然わからんな。
ふふ、しかし、年上ぶって人生の先輩面してしまったな。後で謝っておこうか。正気を保っていられたらな。
私は酒に酔ってなどいないのだよ? 酒は飲んでも飲まれるな。いい言葉だなあ。アキヒコ少年が注いでくれたワインを一息に飲み干しながら、そう思った。
「どうだった、向こうは?」
頬を赤くして少年が逃げるように駆け込んできた。
「アハハ、ミスカトニック騎士養成校に通わないかって誘われましたよ。推薦状を書いてやるって言われました」
セリーナが推薦状を書いてやろうとまで言いだしたか。何も言っていないけれど、やはりアキヒコ少年やアリスの強さを見抜いているな。まあ、俺でもわかるくらいだ。彼らも強さを完全に隠しているわけじゃないからなあ。
「アキヒコ、私達に遠慮しないで、通いたくなったら言いなさい。学費はそんなに高くないんだ。私が三人分出してやっても構わないんだよ」
三人分? レティも含めてか。オーガストさん、あんた太っ腹すぎやしないかね。どうやら、昔から言われているようだな、少年は。だが、遠慮しているのだろう。
「そこまでお世話になるわけにはいきませんよ。もし、通うとしても全額自腹で出しますよ」
なんというか、うん、応援したくなるな。
しかし、問題はそこじゃない。俺が聞きたいのはそんな事じゃないんだよ。
「なあ少年、お前セリーナの事をどう思う?」
「どどど、どうとは?」
どもり過ぎだろうが。“スペースリザー堂”で初めて見た時、セリーナを見てポカンとしていたが、やはりか。ビンゴだな。
「少年、セリーナに惚れたな?」
「ええ? いや、あの、その、き、綺麗な女性だとは思いますよ、うん」
「うんうん、そうだろう、そうだろう。あいつは俺から見ても文句なしに美人だ。剣も魔法もまあ、一流だと言ってもいいだろう。だけど、そのせいで男が近寄れねえ。あいつもあいつで自分より強い男じゃないとダメだと考えている節があるからな。兄貴分としてはアイツに幸せになってもらいたい。少年は幸い強い。俺よりもな。セリーナより強いかどうかは少年が上手く隠しているので分からんがな。もし、少年がセリーナを本気で好きになるかどうかは分からんが、あいつに効きそうな殺し文句を教えておいてやろう」
「おいおいジン君、困るな。アキヒコにはアリスを幸せにしてもらいたいと考えているんだがね」
ふむ、オーガストさんは本気の眼をしているな。
「おや、二人は付き合っているので?」
「いやいや、その話はアリスにはしていないよ。でもねえ、私は今の所アリスをアキヒコ以外には渡さないつもりだよ」
「そうですか、まあ、どうするかはお前さん次第だ、少年。とりあえず教えておいてやる。いいか、あいつは騎士であることに異様な誇りを抱いている節がある。やたらと、守るという事に拘っている。だが、あいつを守ってやれる奴はほとんどいない。強すぎるからな、あいつは」
そう、俺よりも強い。
「言いたいことは、分かるな?」
「なんとなくは……」
「なら、後は自分で考えるんだな」
これでよしだ。答えを最後まで教えてもしょうがないからな。
「ふむ、真剣にセリーナ君の事を考えているようだね、ジン君は」
「あいつは俺にとっては妹みたいなものですからね」
「君が彼女を幸せにしてやろうとは考えないのかね?」
ふむ、たまに言われるな。
「俺は、人間をやめた男ですからね」
「人間を、やめた?」
「どうも、人間を愛せないんですよね、俺は」
そう、俺は人間を(恋人にする事を)やめた男なのだよ。
おやおや、アキヒコ少年もオーガストさんもドン引きしているぜ? まあ、俺の事を知った奴らは皆同じような反応をするからな。もう慣れたさ。
ああ、明日からの古代遺跡調査で何事かあればいいな。変な問題は起こらない方向でな。
フフ、しかし、俺ってもしかして恋のキューピッド出来ねえ?
明日から楽しみだぜえ。